トリュフが三つ並んでいるうちの一つを摘み、口の中に放り込めば高級な味がする……気がする。
「……板チョコと大して変わらない気もするな」
 所詮、庶民の味覚は安物で構成されているのだ。だが、アルコールが入っていたのだろう、少々苦いが、仄かに体が熱くなる。
 まぁ、高級高級。
 そう心の中で褒めて、翔はもう一つ口に入れてから残りは袋の中にしまった。
 しかし、高級チョコレートというのは随分な量の酒を使うんだな。
 じわじわと熱くなる体の変調は悪い気分ではなく、翔は壁に背を預けて目を閉じる。夕食までまだ時間がある。このまま少し眠るのもまた一つの時間潰しになるだろう。
 その仄かな熱に身を任せ、一眠りすることにした。
 ……したの、だが。
 一向に眠りが訪れない上に、何故か体はどんどん熱くなっていく。流石におかしいと思い、目を開けて身を起こそうとしたが、体に力が入らない。
 嫌な予感がした。
 これを貰ったのは、元々は一登瀬虎太郎、彼は生徒会役員だ。好意を抱く人間も多いだろうが、その反対の感情を抱く人間も多いだろう。もし、このバレンタインという行事を利用して、彼を亡き者にしようとしたものがいたとしたら?
 ……おいおい、まさか。
「毒、とか……」
 ようやく出た声は掠れていて、他人には聞き取れないほどだっただろう。
 やばいだろ、これは。
 生憎、ルームメイトは不在で、いたらいたで恐らくこれを食べる事は彼が許さなかっただろうが。助けを求めようにも多分隣りに正紀もいない。彼はさっき出かけてしまった。思い浮かんだのは、眼鏡を掛けた小さな天才少年の顔だ。怒られるだろうが、背に腹は変えられない。
 どうにか足に力を入れようとした、その時ようやく新たな自分の体の変調に気づき、顔に熱が集中する。
「え、え……ええ!?」
 いや、これは生理現象で、健康な男子であれば当然の反応……にしても、一体何に反応したんだろうと考えてようやく結論にたどり着いた。
「……媚薬、ってやつ?」
 話には聞いたことがあるが、まさか本当にあるとは思っていなかった。
 そうか、これは一登瀬虎太郎を心底愛している人間からの贈り物だったのか。モテモテだな、あの先輩。アッハッハ。
 心の中で笑った瞬間に虚しさが込み上げてきた。
「……恨むぞ、先輩……」
 枕に顔を埋めて、翔は嘆くしかない。性欲に関しては潔癖だった翔には、今の状況は地獄にも等しかった。
 下半身が疼く。
 男であれば当然の反応というけれど、どうしても性欲だけは許容できないのは、きっと過去の事があるからだろう。中学の時はこうした欲情はスポーツで最低限に抑えていたような気がする。そして今は過酷なほどの授業内容で、心身ともに疲れてしまい、そんな気分になる事は殆どなかった。
 けれど、3日に1回はそれを慰めないといけないという誰かから聞いた話がたまに脳裡を過ぎり、シャワーを浴びるついでに事務的にこなすことはある。
 ……でも、みんなやってる事……なんだよな?
 普段共に笑い合っている友人達の顔を思い出し、頭が熱くなるのが分かった。
ごめん、変なこと考えて本当ごめん。
 前に遠也に聞いたことがあるが、その時は彼はあっさり「俺を何だと思っているんですか。俺だって男ですけど」と答えてくれた。男らしいとその時は感動したものだった。医者の息子である彼はそうした方面を恥ずかしがらない。正紀やいずる、大志もそんな話をしたら恐らく笑いながら乗ってくれる気がする。
 じゃあ、克己は……アイツは適当な女の子引っ掛けてそうだ。
 いや、他人のことはどうでもいい。今は自分のこの状況をどうするかだ。
「シャワー浴びたら、なおんねぇかな……」
 熱いなら冷やせと思うが、体があまりいう事をきかない。シャワールームまでたどり着くかどうかが怪しかった。
 ああ、もう泣きたい。
「く……」
 唇を噛み締めて、下腹部に手を置こうとした、その時だった。
「……翔?帰って来てるのか?」
 部屋の扉が開く音がして、いっそ今死ねたら良いと翔は心底思う。
「か、克己か……お帰り!」
 慌てて布団で隠し、何事もなかったように振舞った。
「ああ……なんだ、寝てたのか?」
「あ、うん、まぁなっ!ちょっと疲れて!」
「それにしてはテンション高いな……」
 不自然な翔の態度に克己は首をかしげながら、手に持っていた白い袋を自分のベッドに置く。中身はチョコの類ではないようだが……。
「克己、それは?」
「ああ、消毒薬とガーゼ。切らしてるの忘れてたから買ってきた」
「あ。そういえば……」
 寮の各部屋には救急箱が一つ置かれている。怪我の多い授業だから、すぐにそんな消耗品はなくなるのだ。そういえば、今日の授業も散々だった、と思い出していると
「翔、手当て」
「へ?」
「お前、今日の授業で背中怪我してただろ?」
「……あ」
 そう、今日の授業は散々だった。演習中に背中から倒れて、岩に強打してしまったのだ。あちこちに擦り傷やら打撲やらで、確かに今の自分の背中は惨状のまま放っておかれていた。
 背中や自分では手入れをやりにくいところは、お互い助け合うのが暗黙の了解というやつで。今まで何度彼に助けられたか解からない。解からないのだが……。
 待て、今日はヤバい。ヤバいぞー。
「い、や、えーっと!」



1.じゃあお願いします。
2.遠也にやってもらった!