武具店は学校の帰り道にある。わざわざ行こうと思わなくても通り道だから時間潰しにも寄ってみたりするので実は店長とは顔なじみだ。

 今日は特に用事も無く、ショーウィンドウに飾られている防具の数々の前を通り過ぎようとしたが、珍しい光景に要は足を止めた。

 普段は人があまり居ない店のショーウィンドウに噛り付いている少年が居る。

 日本では珍しい髪の色を持つ少年だ。

「何しているんだ?」

 彼の近くに行き、声をかけると少年はすぐにこっちを振り返る。

 灰色の瞳と髪はあきらかにこの国のものではない。やや気が強そうな吊り目に白い肌は昔どこかで見た人形に似ていた。

 癖の無いショートカットの髪がちょっとした風でもさらりと揺れた。

「・・・・・・Hello?」

「日本語大丈夫だが」

 一応英語で接したのに思ったより高い声で気まずい答えが返ってきた。

 何だか英語を使った自分が馬鹿みたいじゃないか。

「・・・・・・何を観て居たんだ?」

 開き直って要もショーウィンドウに目をやると、この店の一番の目玉商品の日本刀が。

 まさかこれが欲しいのだろうか。

「コレ、欲しい・・・・・・」

 彼ははっきりと言って、それを指した。

 しかしこの値段は・・・・・・。

「250万だぞ?」

「それって何ユーロ?」

 ユーロ、という単位に彼がヨーロッパの人間だと知るが、もっと細かい国まではわからない。

「いくらだろうな・・・・・・」

 しかも単位計算出来ない。

 二人で色々なことに途方にくれてため息をついた。ほぼ同時。

「お前も欲しいと思うか?」

 少年が高くも無く低くも無い少年期特有の声で聞いてくる。

 灰色の目に覗き込まれ、要は素直に頷いた。

「そりゃあ、欲しいさ。カッコイイし」

「だよな、カッコイイよなぁ」

 二人でショーウィンドウを覗き、再びため息。

「あ、この刀安い」

 彼が指差したのは小太刀のレプリカ。ちなみに5000円。

「まぁ、土産にするんなら無難な線じゃないか?」

 要のアドバイスに彼は深いため息をついたと思ったらすぐにあの気の強そうな瞳で睨んできた。

「ニッポンブッカ高い!」

「俺に文句言うな!政治家に言え!」

 何故防具店前で外国人とこの国の政治について語り合わないといけない。

 彼はどうやら5000円で手を打つことにしたらしく、財布の中からその分の札を取り出していた。

「忍者のいるところに行きたいんだが、どこにある?」

 そして彼はなんとも外国人らしいことを聞いてきた。

 実際、忍者が生息していると思われるのは困るのだが。

「・・・・・・三重県?」

「そこが忍者のアジトなのか!」

 彼は目を輝かせているが、多分何かを勘違いしている。

「あと、サカモトリョーマ」

 時代が飛んで幕末の人物を彼は口にした。外国でも有名なのか。

「・・・・・・それ、高知だけど京都に行ったら?」

「キョウト?」

 彼はきょとんとした大きな目で聞いてくる。

「京都。神社とかもあるし寺もあるし」

 神社と寺に反応した彼は表情を明るくした。

「キョウト行きたい!案内してくれ!」

「無理言うな!」

 ここをどこだと思っているんだ、この外人は。

 多分、何故怒られたのか解かっていない少年はショックだったのか憮然とした顔。

「わかった。じゃあ一人で行く」

「あぁ、そうしろ」

 明日も学校があるというのに、京都まで行くほど要はお人好しじゃなかった。

 しかし、彼は日本刀片手に京都を歩き回るつもりなのだろうか。

 変な外国人だな、と思ってもすぐに外国人ってこんなもんか、と偏見たっぷりに思いなおす。

 そういえば、外国帰りだと言っていたあの神父も相当な変人。要の頭の中でヨーロッパという土地が大きく誤解されつつあった。

 まぁ、彼も彼で日本という国を大きく誤解しているようなので、良い勝負なのかもしれない。

 そんな事を考えられているとは露知らず、少年は要をじーっと見つめていた。

 珍しいものを観るような視線に居心地の悪さを感じる。

「なんだよ」

「・・・・・・ん?」

 不意に彼は何を思ったのか要に近寄り訝しげに眉を寄せた。

「お前、最近・・・・・・身の回りが変わったことないか?」

「え?」

「いや、無ければ良い。世話になったな、私はそろそろ行く」

「刀買わないのか?」

 駅の方面へ去ろうとする彼にショーウィンドウの中にあるレプリカを指差すが、彼はこくりと頷いた。

「忍者と商談する」

 直談判で値切る気らしい。

 やはり彼は何かを勘違いしているような気がする。

「まぁ、頑張れ」

 でも、その間違いを正す気にもならず、適当に送り出した。けして面倒臭いと思ったわけじゃない。ただ、夢を壊すのは可哀想だと思ったからだ。

「そうだ、お前、名前は?」

 何を思ったのか、彼は大きな目で瞬きをしながら聞いてくる。

「要。島崎要」

「カナメ?私はイズベルガだ。イズで良い。また会えると良いな、カナメ」

 そう言って差し伸ばされた手は意外と小さかった。

 要にとっては本日二回目の握手。

「Auf Wiedersehen.Danke!」

 彼は早口でそう言って走って行く。多分、目的地は京都なのだろう。

「ダンケ・・・・・・ってドイツ語?」

 自分の知識が正しければ、彼はドイツ人ということになる。

 が、何故そんな人がこんな観光するものがない街に来たのだろう。

 ただ迷い込んできたというだけかも知れないが。

「そういや、京都に忍者っているっけ・・・・・・?」





「暑い・・・・・・」

 熱気が溜まっている教会でぐったりしていると彗日が不快気に眉を寄せた。

 ここは先日の教会ではなく、彗日が管理する小さな教会。クーラーではなく申し訳程度に扇風機が数台あるだけだ。

 聖ミカエル教会と名前だけはご立派だが、居心地は相当悪い。

 まぁ、若い彗日が一つの教会を任されていることはそれなりに名誉なことだけれど。

「クーラー買えよ。日本の夏は最悪だな」

 フランスの夏は快適だった。

 久我のさりげない勧めにも彗日は応じようとしない。

「そんなお金無いよ」

「・・・・・・十字架に使う金はあってもか?」

 祭壇の上に乗っている十字架を冷たい目で見ながら久我はため息をついた。

 多分、この教会で一番金目のものだ。純銀製の十字架、その値段は結構なもの。こんな寂れた教会にあるなんて猫に小判というか。

「一応ちゃんと信者さんだっているんだからな!」

「一応、だろ?」

 日本に来てから何度か日曜礼拝に顔を出したが、小さな教会だというのに席はガラガラ。毎回両手の指で数えられるほどの人数だ。
お陰で献金もスズメの涙。

 けれど多分、信者が少ないというのは彗日の所為だけではない。

 この日本という国は一応無宗教国家。国民は宗教に関心が無いのかと思いきや、訳のわからない宗教に走ったりもしている。

 まぁ、宗教に変なこだわりを持つ人間は少ないからやりやすいといえばやりやすいのだけれど。

「神に頼らないという点は大賛成だがな」

「神父がそんなことを言っててどうするんだよ」

 年老いた司祭が聞けば激怒しそうな一言だが、若くても神父の癖に彗日の言葉は相当甘い。

 そんなんだから出世できないんだぞ、と忠告するのは簡単だ。

 けれど彼が他人に甘いのはいつものこと。今更忠告したところで人の性格が簡単に変わるはずが無い。

「お前、ずっとこの国にいたんだろう?周星と面識はないのか?」

「ないよ。・・・・・・全然、気付かなかった。流石だよ」

 流石、という褒め言葉に値するだけの人間だったことは久我が一番知っている。

 傍らに置いていた日本語の聖書を手に取り、間に挟んでおいた封筒を開けた。

 赤と青のボーダーが目に付くエアメールには綺麗な筆記体で住所と宛名が書いてある。その裏側の隅にも同じように彼の名前が書き込まれていた。

『久し振り』、から始まり、『会える日を楽しみにしている』で終わった少し長い手紙。

 最近、知り合いの弁護士が数人続けて不可解な死を遂げている、と。

 『君の分野だろうから久々に手紙を書いてみた』

 達筆な日本語を目でなぞり、ため息を吐きたくなる。

「周星・・・・・・」

 その後に、『もしかしたら自分も殺されるかもしれない』と続いているのだ。

 だったら身辺管理くらいしておけ、と言わずには居られない。

 これが彼なりのSOSだったのだと今更気付いても仕方が無い。

 もう少しわかりやすく助けを求めてきたら、もっと早くここに来たのに。

 本当に、今更なのだけれど。

 彼の最後の願いは『自分に何かあったら息子を頼む』。

「要くんは彼の子供だから、やっぱり只者じゃないってことかな」

 教会の掃除を続けながら彗日は先日の一件を思い出す。

 彼の何気ない一言に久我もそのことを思い出し、眉を寄せた。

「・・・・・・只者でないと困る」

 普通である事がどれだけ幸せなことか、人は時々忘れる時がある。

「日月?何か言ったか?」

「あの・・・・・・」

 か細い声に二人は会話を止め、出入り口に視線をやる。そこには所在無さ下に少女が立っていた。

 近くの高校のセーラー服を着ている彼女は視線を集め慌てて頭を下げる。

「どうかなさいましたか?」

 彗日が声をかけようとしたのを遮って久我が聖職者の笑みを造った。

 それに彼女は顔を赤らめてもう一度頭を下げる。

「あの、私・・・・・・」

「どうぞ、こちらへ。暑いでしょう」

 久我は穏やかに懺悔室へと彼女を誘導する。そのお手並みは流石としか言いようが無い。

「あの、ここでいいです」

 けれど彼女はそれを断わり、手の中に持っていた携帯電話を強く握り締めた。

 かと思えば急に目に涙を溜め始める。

「あたし、怖くて。教会って、お祓いとかしてくれるんですよね」

 様子がおかしい。

 しかも彼女は軽く勘違いしている。教会で洗礼はしてもお祓いなんて滅多にしない。

 その上ここの主が彗日という辺り、絶望的だ。

「え、えーっと・・・・・・」

 お祓い、という言葉に彗日は戸惑い、久我は神社に行けと心の中で突っ込んでいた。

 けれど彗日は根っからのお人好しで、その面は神父にぴったりなのだ。困った人を見ると放っておけない。

 それとここで親身になったらもしかしたら献金をくれる信者さんが増えるかも知れない!というちょっとした下心もある。

 久我は“女性に優しく”をモットーとしているので、ここで彼女を追い返すのは信条に反することで。

 言うまでもないが、この相手が男だったら適当にあしらって終わりだったろう。

 それぞれ理由は違ってもわざわざ尋ねてきた少女を邪険に扱う事は出来ないという意見は同じだ。

「まずはお話をお聞かせ下さい」

 久我がにっこりと微笑むと彼女は頬を紅くして俯く。

「チェーンメールが、きたんです」

 その単語に彗日も久我もどこかで呆れを感じた。あぁ、たかがチェーンメールを気に病む人間が本当に居るのだと。

 それでも、やはり先程の理由で彼女の話を中断することは出来ない。

「その手のものは、無視するのが一番だと思いますが・・・・・・」

「違うんです!」

 彼女は首を必死に横に振って否定した。

「そのメール、沢山送ると願いを叶えてくれるって、だから」

「何人に送ったんですか?」

「・・・・・・13人、です。」

 良心がとがめるのか小声で彼女は答えた。

「それと別に、願いを叶えて欲しかったら一人誰かの名前を返信しないといけなくて・・・・・・そしたらその子が死んじゃったんです」

「え・・・・・」

 驚いた彗日がつい声を上げたところを密かに久我は睨みつける。

「願いは叶えられたんですか?」

 久我の静かな問いに彼女は頷いた。

「因みに、その願いの内容をお聞きしても?」

「・・・・・・好きな人と両想いになりたい、です」

 この頃の年令にはよくある願い事だろう。

「そしたら、願いを聞いてやった代わりに、問題に答えろって。じゃないと私の命も持って行くって」

「問題?」

 久我がそう問い返してすぐに彼女は頷いた、と思ったが首を縦に折ったきり、上げようとしない。

 それどころか背もたれに体を預け、全身の力を抜いている。

「あの・・・・・・?」

 彗日が彼女の肩に触れようとしたのを、久我が制した。

「日月?」

 久我の真意を理解できなかった彗日は驚いた表情になるが、当の彼は眉をひそめ彗日を巻き込んで彼女から一歩後退する。

 すぐに、彼女の口から声が出た。

 さっきまでとは全然違う禍々しいしゃがれた声だったけれど。

「『破滅の喇叭が響いた。
 地上のざわめきと君の嘆きが聞こえる。
 すべてを終わらせる音色が無情に世界を壊す。
 羽より軽い君の魂を弁護するのは誰?
 今、7つの音が世界を切り裂く。
 破滅の詩を歌おう。
 君の弁護人を見つけて。
 火の池に堕ちる前に
 君の弁護人は誰?
 君の弁護人は誰?
 君の弁護人は誰?』」

 謳うように彼女は最後の句を繰り返す。

 その様子に久我は眉をひそめ、彗日は恐怖に目を見開いた。

「ねぇ、教えてよ。貴方たちを助ける人を」

 くすくす笑いながら彼女はふら付きながら立ち上がり、狂気の瞳で二人を捕らえる。

「あたしが、食べてあげる」

 彼女の高笑いが教会中に響き渡り、びりびりとステンドガラスが振動した。

「弁護人・・・・・・」

 慌てる彗日とは違い久我は冷静に自分が気になった単語を口にした。

 けれど思考に耽るにしては環境が悪い。

 うるさいサウンドを止めようと、彼女の額に手を当てた。瞬間、彼女の笑いが止まる。

「なんだ・・・・・・この程度ではあたしは」

「操られているだけだ。悪魔は聖域を侵せない」

 人間を使うなんてなかなか頭の良い事をしてくれる。

 まぁ、彼らが頭がいいのは昔からだから今更感心することは何も無いのだが。

「天に居られます我らが主・・・・・・ッ」

 祈りを始めた瞬間に彼女の体はあっけなく崩れ落ち、彗日が慌てて駆け寄った。

 速い。

 こんなに呆気ない展開は初めてで、仕事を終えて喜ぶどころか胸騒ぎを感じる。

 何故こんなにあっさりとしている。

 彼女の手から滑り落ちた青い携帯電話を手にとって物珍しいものを見るような視線をやった。

「この国では随分とコレが普及しているようだな」

「あ、俺も持ってるけど。日月は持ってないのか?」

「・・・・・・持っていると色々と厄介だからな」

 舌打ちをしながらの久我の言葉に彗日はこの間の電話の主を思い出す。

 携帯電話なんて持ったら、あの人からのラブコールラブメールの嵐だろう。

 それでなくとも彼の携帯番号を知りたいと思う女性が多いだろうし、それを断る一番いい言い訳が「持っていない」。

 かったるそうにアンテナを伸ばしたりしまったりしている久我に、何となくわかった気がした。

「美形は大変なんだな・・・・・・」

「は?今更。美人がストーカーに付け狙われて殺された事件だってあるんだぞ、美人薄命なんてよく言ったもんだよなぁ」

 はぁ、やれやれ。

 心底疲れたように久我がため息をつくが、その動作に怒りを覚えるのは何故だろう。

 けれど、のんびり口論出来るような場面でもなかった。

「あ・・・・・・大丈夫?」

 彗日は自分の腕に抱えていた少女が身じろぎしたのに、彼女が意識を取り戻した事に気がついた。

 久我も再び穏やかな笑みを浮かべて彼女に携帯電話を差し出した。その変わり身の速さには感心してしまう。

「暑さで気を失ったようですね、これ、取り落とされましたよ」

「すみません・・・・・・」

 彼女は腕を伸ばしてそれを受け取るが、何か痛みを堪えるようにそれを強く握りしめる。

「・・・・・・その問題には答えられたんですか?」

 何となく久我は聞いていた。

 まだ、彼女は何かを隠していると直感的に思ったから。

 そしたら彼女はびくりと体を揺らし、恐る恐る顔を上げる。その目は、後悔に満ちていた。

「その・・・・・・私、どうすればいいかわからなくて、弁護人なんて・・・・・・昔、親戚がお世話になったって言ってた弁護士さんの名前が浮かんで、咄嗟に」

「咄嗟に?」

「その人の名前、送りました。でも、“残念”っていう電話が来て」

 カタカタと震える彼女の手に嫌な予感がした。

 まさかとは思うが。

「その、送った弁護士さんの名前は?」

 彼女の言葉を遮るように質問をした。

 聞かれたくなかったことなのか、涙の溜まった目で見上げられたけれど。


「し、島崎・・・・・・周星・・・・・・弁護士です」


 あの事件は全国に放送されている。

 だから、この名を言えば彼が死んでいるということをすぐに察せられてしまう。彼女はそこが怖かったらしい。

「日月・・・・・・!」

 背後で彗日が息を呑むような声が聞こえた。

 言われなくともわかっている。

 解かっていることを他人に言われるのは結構頭に来るものだ。

 この場で舌打ちしなかった自分に拍手を送りたい。

「解かりました・・・・・・。よく、話してくれましたね」

 心の動揺とは裏腹に懺悔に来た相手に必ず言う前置きを淡々と口にしていた。慣れとは恐ろしい。

「貴方の所為では無いですから、あまり気に病むことの無いように。それと、また何かあったらいつでもいらっしゃってください。あ、貴方のお名前は?」

「橋野美衣です・・・・・・」

「橋野さん、大丈夫、必ず神が貴方を守ってくれますよ」

 にっこりと笑って、最後も常套句だが初めて来た彼女にそれに気付く余地は無い。

 彼女を笑顔で見送り、その姿が見えなくなった時に一気に表情を崩した。あまりにも不機嫌な表情だったらしく、彗日が一歩後退した。

「か、日月・・・・・・怖い」

 矢張り、この事実は彼にそれなりの衝撃を与えたのだと彗日は思う。

 本当は彼が死ぬ理由となった彼女をその場で殴り飛ばしたかっただろうに。いや、流石にそこまではしないだろうが。

 そんな事を考えていると久我に後頭部を叩かれた。

「馬鹿か。周星がこんな事件を起こす程度のヤツに殺されるか」

「えー?じゃあ、島崎さんの殺人と今のことは別件?」

「さぁな。まだそれを断定するのは早いが・・・・・・」

 嫌な気配がするのは気の所為では無いだろう。

「取りあえず、二人ってところか」

 ぼそりと久我が呟いた言葉に彗日は首を傾げた。

「何が?」

「悪魔の数」

 さらっと言われたことに彗日は顔色を悪くする。

 一人でも相当厄介だということくらい、彗日だって知っている。この間見た悪魔祓いのドキュメンタリーでは5人関わって内4人が死亡した。

 久我曰く、それ専門でない初心者が挑戦したから当然の結果だと。

 こんな悲劇を起こさないように、と教会が経験の無い神父や修道士たちに見せていたビデオ。取り憑かれた少女の狂ったような高笑いが
しばらく悪夢を呼び寄せた。

 ってゆーか、そのビデオ撮ってたの誰だよ、という突っ込みを考えられないほど怖ろしい内容だった。

「だから一応助っ人頼んだろうが。助っ人もプロだから大丈夫だ」

 長椅子の下に隠れてガタガタ震える彗日に久我は少々呆れつつ、そろそろその助っ人も来てもおかしくないと考えていた。

「お、俺は知ってるぞ・・・・・・日月!」

「ん?」

 座っている椅子の下から彗日が何やら言ってくる。

「お前、悪魔祓いの時、お前の力と悪魔の力があいまみえる教会をぶっ壊していることを!」

 要らない情報を得てくるな。

 久我が心の中で舌打ちしたことに彗日は気付くことは無かった。

「教会クラッシャー!ステンドグラス何枚割ったんだ!」

「ざっとヒビも入れて3百程度だ」

「うわーん!それで悪魔が二人も居たら俺の教会がぶっ壊れる!」

「教会は聖域だから悪魔の力が半減するんだ。こちら側にとっては有利な場所で」

「じゃあ教会がぶっ壊れるのは日月の所為じゃないか!」

「失敬な・・・・・・」

 壊したくて壊しているわけじゃない。そりゃあ、敵がステンドグラスと共に吹っ飛ばされるのは観ていてかなり心地良いが。

 にゃー。

「ん?」

 動物の鳴き声らしきものが聞こえ、彗日は椅子の下から這い出た。その姿はどこかトカゲによく似ていた。実は石の床が冷たくて気持ちが良い
という肉体的理由もあったのだが。

 顔を上げたところには一匹の黒猫が長い尻尾をゆらゆら揺らしてちょこんと座っていた。

「お。お前どうした、迷い猫か?」

 彗日が話しかけると猫は自分の前に置かれていた白い封筒を鼻先で突く。

 読め、と言うように。

 その仕草を見た彗日の脳裏に嫌な予感が掠める。古来、黒猫は魔女の使い魔と言われていて不吉なものの代名詞だ。まさか、先ほどの少女の
一件と関係があるのだろうか。悪魔がさっそく宣戦布告してきたとか。

「か、日月ぃ!黒猫が来た!」

「黒猫?」

 彗日の情けない叫びに久我は立ち上がり、コツコツと足音を立てながら猫に近寄る。

 それに猫はぴくりと耳を揺らし、自分の何倍も大きい久我を黒い瞳で見上げる。

 しばらく彼らは睨み合い、それを緊迫した空気だと彗日は一人で勘違いしていたが。

「ヴィンス、お前が来たのか」

 久我の一言に黒猫は、にゃーと鳴いた。同意するように。

「ヴィンス?」

 彗日は猫を敵視しない久我にハテナマークを飛ばしていたが、久我は全部無視。

 猫の前に置かれている封筒を手に取り、中身を見てから疲れたようなため息をついた。

「確かに誰かを遣せとは言ったが・・・・・・」

 その呟きに気を悪くしたらしい猫がにゃーにゃー鳴いて久我の靴を引っ掻くが、彼にダメージは与えられなかった。

「日月、その手紙何書いてあるんだ?」

 彗日が便箋を覗き込むと理解できない外国の文章がつらつらと書いていた。

「ドイツ語。この猫の自己紹介」

 日本に来るというのに、自国語で書くヤツが居るか、馬鹿。

 久我が彗日に説明するついでに下で自分のつま先を噛んでいる猫を嘲笑う。それに猫は毛を逆立てていた。

「え、この猫字が書けるのか!?凄いな!」

「ドイツ語が書けるあたりはお前より知能が上かもな」

 素直に感心した彗日に余計なことを言った自覚は久我には無い。

「ヴィンツェンツ・オファニム・フォン・ブライトクロイツ。ドイツ出身の同業者。歳は21」

「へー、猫なのに名前長いな・・・・・・って同業者!?」

 当初、敵だと思っていた彗日の驚きは大きい。

「そう、同業者」

 嘘だと言って欲しかった彗日の願いも虚しく、久我は首を縦に振る。

 悪魔が二人も居て、対するこちらは久我と黒猫。

 ああ駄目だ、負ける。

「うわーん!この歳で死にたくない!」

「お前、なんでいきなりそんなところに思考が飛ぶんだ・・・・・・?」

 突然泣き喚き始めた彗日を久我は怪訝な目で見るが、彼としてもこの人選が正直なところ不思議だった。

 それを解明したのはもう一枚の便箋。

 フランス語で、一文だけ。

 久我は外国語を聞いて頭の中で自国語にしてから理解するタイプではなく、外国語をそのまま飲み込むタイプだ。この時ほど自分の
語学力を恨めしく思った時は無い。いっそ解からないで終わらせられれば良かった。

けれど、今までフランス語が自国語に近かったのもあるから解からないで済ませられるわけが無く、この手紙の相手に連絡を取って小一時間
問い詰めたい気分に襲われた。

「何て書いてあるんだ?」

 フランス語が読めない彗日と、手紙になんて書かれていたかは知らなかったらしい黒猫の視線がこちらに集まる。黒猫は日本語は堪能なので、
訳に選んだ言葉は日本語だ。

 久々に観るフランス語の筆記体が綺麗だからそれがいっそう恨めしい。



「・・・・・・“「猫の手も借りたい」っていう日本語あったよねー”・・・・・・」



 瞬間、教会内に忙しなく鳴く蝉の声が妙に響いた。



 ギャグ人選!?と3人同時に心の中で叫んだとか。

 結構緊迫した状況だというのに、蚊帳の外の人間はこっちの状況を楽しんでいるようだ。

 何よりも、そんな理由で選ばれてしまった猫のショックは大きかったらしい。その場に丸まってしまった。

「お前もう一人はどうした?」

 久我はもう一人の存在を思い出して、落ち込んでいる猫に人間語で聞いた。すでに人間語が通じることは証明済みだ。

 久我の記憶では彼には相方が居たはずだった。兄弟祓魔師とその名を馳せていたから。

 猫はこちらを振り返り、弱々しく鳴いた。

「・・・・・・そうか、はぐれたのか」

「って、日月!なんで解かるんだよ!」

「そんなお約束の突っ込みは要らない」

 突っ込みに駄目だしをされた彗日はショックを受け、先ほどの猫と同じく壁の隅の方で膝を抱えて丸くなる。

 それはそれで静かになってこちら側としてはOKだ。

「に、しても相変わらず愉快な体だな」

 黒猫の姿を見つめ、素直に感想を言っただけなのに彼は怒ってしっぽを立たせる。

「夕飯は猫缶か?それとも生の魚がお好みかな?」

 にやりと笑う神父に猫は威嚇する。その程度の行動では人間様に勝てない事をまだ彼はわかっていないらしい。



 そんなヴィンスが今では彼の自国の中でトップ3に入る祓魔師になっていることを久我は知らない。知っても鼻であしらって終わりだろうが。




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ようやく仲間が出来た・・・・・・(T□T)