ここは、どこだ。
気が付いたら見覚えのある場所。
周りを見渡し、すぐにここがどこか判った。
コンクリートの床に行動できる範囲と危険区域を分けた高いフェンス。
普段より近い空。
学校の屋上だ。
音の無い空間で、自分は隣りにいる誰かと話をしていた。
心の中では相手が誰かわからずにいるのに、自分は誰かわかっているらしく話が弾む。
けれど音が無いから何を話しているかはわからない。
誰?と心の中で聞いても、外の自分は話しに夢中でそれを口にしてくれない。
“彼”はそんな自分に手を伸ばし、微笑んだ。
彼に、会いに行かないと。
そんな妙な使命感だけ、残った。
「へ?要今日学校行くのか?」
今日は一人で顔を見せに来た利哉が心底驚いた、というような反応を示してくれた。
スニーカーの紐をきつく結びながら要は頷き、つま先で数回地面を叩き履き心地を確認した。
「行くよ」
久し振りの制服だが、着てしまえば一瞬にして前の生活へと戻れる。
「何の心境の変化だ?」
「別に。一区切りついたから。夏休み前には行くつもりだったし」
思ったより平然としている要を利哉はまじまじと見つめた。
その視線に怪訝な表情を見せると彼は慌てて片手を振る。
「や、お前・・・・・・いいのか?」
両親が死んで、しかも殺されるという最悪のケースなのに。
もう少しゆっくり悲しんでもいいんじゃないかと密かに思ったが、それは口にしないでおいた。
利哉の言葉に要が一瞬自嘲的な笑みを浮かべたが、それは気付かない振りをするのが友情だろう。
「あの人達が死んでも、時間は動いているんだなぁって思っただけだよ。俺は生きているんだし、それに取り残されるわけにはいかないだろ?」
納得できるような言い訳を口にして、利哉の目を見返した。
彼の黒い瞳からは少し疑念の色が伺えたが、目の前にあった肩を軽く叩いてそれを止めるように促した。
幼馴染というものは、気心が知れすぎていてこういうときに厄介だ。
「頼むから強い俺のままでいさせてくれ」
ため息混じりの懇願に利哉は少し眉を寄せたが、すぐに先立って歩き出した。了解ということだろう。
「じゃ、クロン、行って来るからな」
暑さでぐったりしていたクロンは要に声をかけられて身を起こし、元気良く吠えた。
学校へ行くと朝一番に決めたはいいものの、不安はあった。
この間見た夢、クラスの皆が殺される夢が気がかりで本当は行きたくは無かった。
けれど、夢が気になって行けない、なんてよくよく考えてみると馬鹿らしいし、何かに負ける気がして悔しいのだ。
あの黒服の男の存在は気がかりだが、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
自分は、生きているのだから。
それに同意するように父親の形見が耳元で音を立てた。
久し振りの学校で、クラスメイトは手厚く歓迎してくれた。
それはいいのだが、今要の前に冷たい現実が待ちうけていた。
数学の時間、黒板には知らない公式に知らないギリシャ文字。いきなり別世界に突き落とされたような気がして茫然としていた。
耳に入ってくる教師の説明も全然理解出来ない。
元々そんなに得意ではない数学だが、さっぱり解からなくなっていることに青ざめた。
休みすぎた!
心の中でそう絶叫し、思わずへたりと机に突っ伏していた。
そんな要に追い討ちをかけるように数学教師が笑顔で「センターでは必要だからな」と言い放つ。
ああもう、誰か助けて。
半泣きになりつつ進んだページ数を確かめていると10ページと少し。この夏、勉強で死にそうだ。
「後で俺が教えてやるよ」
小声の申し出に顔を横に向けるとそこには神がいた。利哉は理数系の脳を持っているから時々助けてもらっていた。
「利哉・・・・・・」
「ホラそこ、何話してるんだ」
若いが教え方が上手いと評判の数学教師が苦笑を浮かべながら二人を注意する。
生徒の視線も集まり、要は正直にすまなそうな表情になるが対して利哉は不敵に笑う。
「そこの問2の回答間違ってるんじゃないかって話していたんです」
黒板に例題として回答していた問題を指差され、教師は慌てて後ろを振り返る。
要は気付かなかったが、どうやら本当に間違っていたらしい。黒板消しで計算式を消し始める彼の姿に生徒たちも一斉に消しゴムを手にしていた。
「利哉・・・・・・お前相当嫌な生徒だよな」
盗み見た利哉のノートには教師が訂正し始めた箇所だけ白い。
「そうか?」
「やー、水瀬、有難う」
照れ隠しなのか手に付いたチョークを掃いながら教師は礼を口にしていた。それに利哉が目で「ホラ」と言ってくる。
人が良い。この数学教師は。
「島崎もだな。悪いな」
「え、いや・・・・・・俺はわからなかったから利哉に少し聞いただけで」
正直に答えると、相手は忘れていた、というように声を上げる。
「島崎は大変だったもんな。解らない事が直接俺に聞きに来い」
ありがたい。
今まで勢いだけがある教師だと思っていたけれど、その考えを改める。
学校に久々に登校して、顔なじみの教師は勿論、一度も授業を受けた事のない教師まで自分に同情の視線を向けてきた。正直、
うっとおしいとは思ったけれど彼らが心配してくれているのはわかったからそれを無碍には出来ない。
今まで、警察の取調べを受けたり、興味本位の取材陣に捕まったり、苛立つことが多かった所為か前は時々面倒だと思った学校が何となく落ち着く場所だった。
他人が居るから、余計な事を考えずに済むからかも知れない。
「要、俺部活行くから、お前も一緒に行かないか?」
授業が終わり、利哉の誘いに迷いなく頷く。入部してすぐにあんな事件があって、今まで顔を出さなかったから挨拶程度はしないといけない。
新人戦に出てすぐの事件だったから、そろそろ部活に専念しないと秋の大会に出られないかもしれない。
「島崎!」
教室を出ようとしたところを隣のクラスの真白に呼び止められた。
要が学校に来ている事を知っていたらしい。
「部活行くんでしょ?私も行く」
彼女の手にはすでにカバンがあり、丁度部活に行くところだったようだ。
「別にいいけど女子部って今日は道場使う日じゃないんじゃ」
要と利哉は剣道部、真白はその女子部のエースだ。
道場は狭いので女子部と男子部は曜日で使用日を分けている。道場があるだけマシという声もあるから不便に思ってはいけない。
「今日は合同練習だよ。ね?水瀬」
真白の言葉に利哉も頷く。
合同練習、と聞いて一歩引くのは男子部の方だ。男子部内では個人のレベルの差が激しく、あまり上達しない部員は女子部のエースである真白に
叩きのめされてしまう。それに衝撃を受けて練習に励んでくれればいいものの、部を辞める部員が出てくるのだ。
「あー、楽しみだなぁ、負けたときの男の顔って面白いんだよね」
それを楽しんでいる真白は悪魔だ。
くすくす笑いながら道場の隣にある女子部の部室に入っていく。その背が何だか恐ろしかった。
「あ、そうだ。要」
部活、というキーワードに利哉が何かを思い出したように声を上げる。
「何?」
「お前が居ない間に部員が一人増えた。凄いお綺麗な顔をしたヤツ」
へぇ、と返事をしようとした時、道場内からキレのいい竹刀の音が飛び出してきた。
それと歓声も。
珍しく、道場の入り口を数人の女子が塞いでいてキャーキャー騒いでいた。
利哉が一人の子に声をかけるとすぐに彼女たちは道を開けた。
「あ、島崎君」
「大丈夫―?」
口々に知らない女子から労いの言葉を貰い、どう対処すればいいか考えているところで先に中に入った利哉が「アレ」と今勝ったほうの人物を
指差した。どうやら今の一本で勝負が決まったらしく、二人共防具を取り始める。
その下から現れた顔に要は思わず声を上げていた。
「お前・・・・・・!」
見覚えのある白い肌に、色素が薄く緩くカーブしている髪はあの日、屋上で会った少年だった。
こちらの声に視線を向けた彼は要を見てにっこりと笑う。
「カナメ!」
どうやら相手もこっちを覚えていたらしい。
「アレ?知り合いなのか?」
利哉に聞かれ、何と答えればいいのか。
「知り合い・・・・・・か?」
忘れもしない、あの日に会った人物。その所為かあまり好印象は持っていない。
「また会うよ」という意味はこういうことだったのか。
けれど彼の名前を要はまだ知らない。
こちらの戸惑いの視線に気付いた彼は破顔する。
「1−Cの佐久間翼。ヨクでいいよ。カナメとは知り合いなんだ」
利哉はふーんと興味なさそうな返事をするが、彼ははっきりと自分と知り合いだと言い切ってくれた。
それに突っ込みをしたかったけれど、何か言えない雰囲気だった。
幼馴染で今まで共通の友人しか居なかった利哉の怪訝な視線が背中に突き刺さる。
「なぁ、カナメ。防具店に連れて行ってくれないか?僕、剣道初めてやるんだよな」
初めてにしてはなかなかの腕前だというのに。彼の言葉には少し引っかかりを覚えた。
経験者なのではないかと、彼の試合の様子を見ていて思ったのだが。これで本当に初心者なら経験をつんだらきっと自分より強くなる。
「初めてなら、防具くらいは部の備品があるぞ」
「竹刀くらいは自分のが欲しいからさ」
その気持ちはわからなくもない。
彼の強さを見ても特に嫉妬を覚えることもなく、要はこの綺麗な少年に初めて親近感がわいた。
「まぁ、いいけど」
「本当?嬉しいな」
綺麗な顔を喜びで明るくして彼は要に握手を求めるように手を差し出す。
その手の白さに驚いた。本当に男かと疑うほど。
「よろしくね、カナメ」
「ああ」
特に戸惑いも無くその手に答えたけれど、彼の手の冷たさに背筋がぞくりとした。
何だか、妙な感じがする。
「島崎、早く着替えて私の相手をしてよ」
気が付けば真白が一足早く着替えて、その手には彼女愛用の竹刀が握られている。男顔負けの戦士姿に要が答える前に翼が口角を上げた。
「女の子はあんまり強くなっちゃうと可愛くないよ」
真白が反応する前に利哉が噴出し、賑やかだった周りの空気が固まる。
とんでもない新入生が入ってきた。
真白の強さは彼女の気が強いのに比例している。思い出される仮入部の日、女子部と合同に新入生の相手をしていて、顔を出していた真白の
可愛い外見に騙された。
少し打ってみるかい、と彼女に竹刀を渡した瞬間に道場内は阿鼻叫喚地獄絵図。利哉が止めなかったら自信を無くして退部する部員がもっと増えていただろう。
そんな彼女の地雷を翼は笑顔で踏んだ。
「・・・・・・今、何ていった?」
肩を震わせながら彼女は翼に問う。
すでに部員は道場からいつでも逃げ出せるように準備をしていた。
「うん?あんまり気を張っちゃうと可愛くないよって。女の子は守りたいタイプの方が可愛いからね」
笑顔で翼も言い返す。彼の顔で言われると妙な説得力が。
それに真白も怖い微笑を浮かべた。
「アンタ、良い度胸じゃない。相手になりなよ」
彼女が指差す方向には試合場。
もう真白を止められるのは彼しか居ない。
「・・・・・・利哉、止めてやれよ」
何故か真白は利哉の言う事は大人しく聞く。彼は対真白の最終兵器だ。
要が疲れたようなため息を吐くが、最終兵器は笑顔で
「イヤだ。面白そうじゃないか」
コイツがもう少し真面目な人間だったら周りも安心できたのに。
「あー、面倒臭ぇ・・・・・・。俺帰る」
真白がヒートアップしてしまったら部活どころではないだろうし。
まだ両親の遺品整理等、やることは沢山あった。今年の夏は忙しい。
道場内を見回したところ、まだ部長の名和宗史は来ていないみたいだし。帰るなら今だろう。
「島崎・・・・・・お前、帰るのか?」
が、背後から聞こえてきた低い声に思わず肩を揺らしていた。
「あ、今日は、名和部長」
利哉の明るい挨拶に血の気が下がる。
「久し振りに学校に来たと思えば、部活はサボる気か?島崎」
振り返ると防具を持って怒りのオーラを漂わせている部長が。顔は生まれつき厳つい表情だから、その怖さは倍増している。
「お、お久し振りです・・・・・・部長」
彼とも実は付き合いが長い。何故なら彼は苗字のとおり、真白の兄だからだ。
「思ったより元気そうだな」
それは嫌味だろうか。
「はい、まぁ・・・・・・」
「次は必ず来いよ」
名和は要の肩を軽く叩いて道場内に入ってゆく。
彼の言葉には正直驚いた。つまり、今日は帰って良いということだろう。
「部長もそれなりに気遣ってくれてるんだな」
利哉も同じように解釈したのだから間違いない。
「カナメ帰るの?じゃあ僕も帰る」
それを聞きつけた翼が真白の睨みをあっさり無視してこっちを振り返る。それに衝撃を受けた真白が今度は要を睨みつけた。勘弁して欲しい。
被害がこっちに来てしまうから止めてくれ。折角関わらないように早めに帰ろうとしたのに。
名和部長の方を見ると彼も呆れたようにため息をついていた。もしや、早退OKの理由はここに有ったのか。
「防具店連れてってくれるんでしょ?あ、部長、僕も帰ります。仮入部ですし、いいですよね?」
着替えてくるから、と彼は場の雰囲気も気付かず部室に行こうとする。
それを止めたのは流石、というか名和だった。
「真白の試合は受けないのか?」
淡々とした、本当に単なる質問に翼はにっこりと笑う。
「はい。いくら気が強いといっても、流石に女の子を叩きのめすのは気が引けるので」
「私が負けると言いたいの?」
真白は怒りではなく真剣に聞いていた。
今まで、大会にも出た事のない相手が、真白相手にそんな言い方をしたのだ。怒りよりは逆に憐れみを覚えてしまう。
つまり、佐久間翼は誰が強いか弱いかわからない程、弱いということ。
「そんな事言って、本当は私に負けるのが怖いんでしょう」
だから、挑発してみた。
狙い通り、翼は不快気に表情を歪めてこちらと向き合った。
「後悔するよ?」
そんな脅しに屈するような真白ではない。彼女の後ろには実績とそれに伴った自信があったから。
「しないよ」
しばらくにらみ合ってから二人は同時に防具をつける為にその場に座った。
一連の展開を見守ってから、要はどよめく道場に背を向けた。
「観ていかないのか?」
利哉の制止に肩を竦めて見せた。
結果は見えている。真白の勝ちだ。
要も何度か彼女を相手にしたことがあるが、ちょっと気を抜いたら負けてしまう相手なのだ。
今まで勝ちを譲った事は無いが、うかうかしていたら負けるだろうという予想はつく。
そんな彼女に初心者が勝てるわけが無い。
「始め」という声が聞こえてきたが、特に気に止めず外に出ようと出入り口を塞いでいる女子達の間を通ろうとした。彼女たちは多分翼目当てで
来ているのだろう。
「ちょっと」
通して、と試合に目を奪われている女子に声をかけようとした時だった。
小さい悲鳴と鋭い竹刀の音に、道場内が一瞬沈黙した。振り返るとそこには予想外の光景が。
「い、一本・・・・・・」
戸惑う審判が上げた手は、翼側で。
真白は籠手を取られたらしく、竹刀を取り落としその部分を押さえていた。
「おい、名和そこまでだ」
竹刀を拾おうとする彼女に声をかけたのは利哉だった。それに同意するように名和部長も頷いている。
「嫌だ!まだ私は負けていない!」
通常の試合は二本先に取ったほうが勝ちなのだが、今はまだ一本目。
けれど要もその意見には賛成だった。
「・・・・・・お前、手首痛めたんじゃねぇの?」
さっきからずっと手を押さえて、竹刀を拾おうとしていた姿は少し違和感があった。
要の鋭い指摘に彼女はこちらを睨んでくるが、隠せていない事実だったから気付いていた人間は気付いていた。
「島崎、お前帰るなら真白を保健室に連れて行ってやってくれないか?」
部長の頼みに断る理由は無く、真白が防具を取るのを待つ。翼の方はすでに防具を取っていた。
「あ、じゃあ僕校門のところで待ってるから」
のほほんとした言い方に真白がカッとなる。
「私はまだ」
「僕は嫌だよ。これ以上やっても君が痛い思いをするだけだ」
「名和」
利哉がたしなめるように真白を呼ぶと、力を失ったように彼女はその場に座り込み、もそもそと防具を外し始める。
籠手を外したときに彼女の周りに集まっていた女子部員がざわついた。どうやら思っていたより酷い状態だったらしい。
「名和、保健室」
要が呼びかけると気の強い彼女にしては珍しく弱々しく頷いていた。
「あら、紅くなってるわね」
保険医は驚いた様子も無く湿布を用意する。手際よく彼女の細い腕に包帯を巻くと、会議があるから適当に休んで帰って、と言い残して出て行く。
「骨は折れていないみたいだな」
大人しい彼女に声をかけると
「それほど痛くないからね」
とだけ返された。
彼女の意気が阻喪しているのが見て取れる。
それもまた、珍しい事だった。大会で彼女は負けても今までは特に気落ちすることなく次の試合に臨んでいた。
「名和、相手は男だ。それに次やったら勝てるかも知れないだろ?」
下手な慰め方だというのはわかっていたけれど、他に言う言葉も見つからなかった。
「・・・・・・勝てない、と思う」
真白は怪我をした部位を擦りながら低く呟いた。
「多分、私は勝てない」
「何で」
「わからないけど、試合が始まって、アイツの目を見た瞬間、体が重くなった」
その時のことを思い出したのか、真白は表情を歪めた。
プレッシャーとか相手の覇気とかとは違う雰囲気だった。
「男と女の力の差で負けたわけじゃない・・・・・・正直、わけのわからない恐怖を感じた」
彼女の口から恐怖なんて言葉を聞けるとは思わなかった。
それに素直に驚いていると、突然彼女は顔を上げて要を見つめた。その目がうっすら潤んでいるのは気のせいではないだろう。
「島崎、アイツと試合しないほうが良い」
「名和?」
「何があっても、アイツとは試合しちゃ駄目だからね?」
何度も念を押され、頷くまで彼女はそのことを繰り返した。
どうして、と聞いても彼女の返事は「わからないけどやめたほうが良い」。
それほど彼女は怖かったのだろうか。
「わかった・・・・・・」
真白を道場まで送って、校門に向かうとレンガで造られた門に寄りかかっていた人物がそこから背を剥がしていた。
翼だ。
「カナメ、遅かったね。あの子、大丈夫?」
心配げに聞かれ、黙って頷いて観せると彼はほっとしたような表情になる。
「良かった・・・・・・」
そう言って胸を撫で下ろす動作をするところは、どうやら本心で言っているらしいが・・・。
「佐久間」
「翼で良いって言ったよね」
「お前、剣道初心者って嘘だよな?」
鋭い目で見られた翼はきょとんとした顔で要を見つめるがすぐににっこり笑った。
「嘘じゃないよ」
「嘘だ。名和が負けるほどだ、初心者なはずがない」
「僕自身は初心者だよ。僕はただ、願いを叶えて貰っただけ」
「願い?」
唐突な単語に要は思わず聞き返していた。
それが嬉しかったのか、翼はすぐ頷く。
「そうだよ、願い。その代わりに、僕はあの人の願いも叶えないといけないから、剣道もそれなりに強くなるようにしてもらった」
「・・・・・・お前の言っている意味がわからない」
「そのうち解かるよ」
彼は笑みを深くする。それにどんな真意が隠されているのか・・・。
「俺も、お前と試合がしてみたい」
真白にああ言われたが、わけのわからない相手の態度についそれを口にしていた。
「・・・・・・何?敵討ちって事?あの子と付き合ってたの?」
翼の無粋な考えは首を振って否定をし、挑戦的に笑ってみせる。
「ただ単に、お前と試合をしてみたいだけだ」
本当のところは、気の強い彼女が今にも泣きそうな表情になってしまっているのを見て、長年の付き合いで出来た仲間意識がざわついていたのもある。
けれど、それ以上に自分も認めている技術を持つ彼女を打ち負かした彼の力に興味があった。
要の純粋な好奇心に翼は表面上は穏やかに笑んでいた。その心のうちを要は知らない。
「いいよ。僕もカナメとしないといけないかなって思ってたし」
ピルルル。
二人の会話に水を差したのは携帯電話の着信音だった。
翼が手馴れた動作でそれを胸ポケットから取り出し、電話に出る。
「あ、ゴメンカナメ。今日僕武具店にいけなくなっちゃった」
どうやら電話の相手に呼び出されたか何かしたらしく、片手を立てて彼は謝ってきた。
別に良い、と素っ気無く答えて要は彼に背を向ける。翼もほぼ同時に要に背を向けた。
「あ、うん。そうそう、今シマザキカナメと居たんだ」
要に会話が聞こえないよう、小声で電話の向こうの相手に答える。
大体の行動が思惑通りに進んだ事を告げて。
まさかここまで上手くいくとは、翼自身思っていなかった。同時にその驚きは指示をしてきた相手への尊敬へと変わる。
このまま行けば、自分の願いが叶うのもすぐだ。
「次はどうすればいい?」
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