気が付いたら知らない場所に立っていた。

 頭の上には満月。

 ああ、夢なのだと要は漠然と思う。

 最近、妙な夢を見る事が多い。

 あの両親の死ぬ夢だってそうだ。
 彼らが実際に死んでから一度も見ないあの夢。

 不意に、鼻腔に生臭い匂いが掠めた。

 夢で五感を感じるなんて。

 ぴちゃり、という液体音も聞こえてその音源を辿ろうとする。

 その時初めて気が付いた。

 何かを沢山積み上げて、その上にえらそうに座っている人物が自分を見下している。

 誰だ。

 顔は逆光で見えない。

 けれど、よく知る人間だということだけはわかった。

 よく知る人間、親しかった人間のはず。

 けれど無性に彼が怖かった。

 逃げないといけない。

 直感的にそう思い、踵を返そうとするが体は無常にも動かない。

 このまま、ココにいたら殺される。

 なのに、体が全然動かない。

 項垂れていた彼の顔が不意に自分の方を振り返る。

 彼は驚いたように動きを固め、




『―――・・・・・・る・・・・』




「!」 

 はっと目を開けると左目が鈍く痛んだ。

 そこを押さえながら身を起こす。

 妙な夢だ。

 窓からは朝の光がカーテンからかすかに漏れている。

 ベッドの下では、本来の部屋の主がまだ夢の中。

 利哉の寝顔を見て昨日の自分の失態を思い出し、頭を抱えそうになった。

 酷い事を言ってしまった。彼は自分を心配してくれたのに。

 本当にらしくなかった。

 すまないと心の中で謝りながら部屋から出る。

「あら、要君、早いわね」

 出た途端声をかけられ身を竦めた。

 利哉たちの母、結衣だ。

 流石主婦だ。家で一番早く起きて朝食の用意をしていたらしい。炊き立てのご飯の香りが家中に漂っている。

「お、おはようございます」
「今、朝ごはん作っているから、まだ休んでてもいいわよ」
「いえ、俺は・・・・・・」

 帰ります、とか細い声で伝えると結衣は驚いたように目を大きくする。

「どうして?今日も泊まってもいいのに。今日日曜よ」
「ちょっと、用事があるんです」

 嘘をついてしまった。

 用事があると言われては結衣もそれ以上何も言えなかったらしい。

「じゃあ、また来てね?」
「はい、有難う御座います」

 利哉と顔を合わせ辛かったのもある。

 何も言わずに去ってしまうのは流石に不作法かと思い、取り敢えず扉の向こうで寝ている彼に心の中で謝った。

 これくらいで許してくれる相手では無いのは判っていたけれど今回ばかりは見逃して欲しい。

 起きていた彼女だけに挨拶をして、早足で彼の家から出る。夏だけれど朝は少し肌寒かった。

 音を立てないように玄関を閉めると外につながれていたクロンがすぐに反応して立ち上がり、忠犬振りを見せてくれた。

 その些細な仕草が可愛いと思うのは親馬鹿なのか。

「いくぞ、クロン」

 といってもすぐ隣なのだけれど。






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