「おっせーよ日月!」

 久我が彼の家の横に止めていた車の窓をノックすると、仲間の文句と共にドアが開いた。

「悪い。思っていたより可愛くない性格に育ってくれちゃっててな」
「フランスから帰ってきたって連絡が来たと思えば、アッシー君かよ俺は」
「今更気付くな」
「……ってええええ!?否定しろよー!!日月の馬鹿―!!」
「彗日(さとい)、うるさい」

 運転席に座る青年はさめざめと泣き始めたが、いつものことなので久我はほっとくことにした。
 どうせ彼が自分に優しい言葉をかけてくれるわけがないと彗日自身も今までの経験でわかっていたため、すぐ嘆くのを止めて車のライトを点ける。

「で、どうだったんだよ。お前が気にかけるんだ、そーとーな美人なんだろ?」
「俺の方が美形」
「あのなー、次元が違うだろ?男と女の子じゃ。」

 確かにお前より美形を探すのは難しいだろうけどなー、と彗日は言いながら車を発進させる。

 久我は彼の言葉に一瞬黙した。

「……女の子?」
「ん?女の子だろ?名前、えーと何て言ったっけ?」
「……要?」
「そうそ!要ちゃん!16歳かー。お前もとうとう女子高生に手を出すかー」

 何故かウキウキしている友人の言葉に流石の久我も眉を寄せる。

「……なんでそうなる」
「は?だってお前が気にかけるのは、女で美形!って相場が決まってるだろ!」

 言い切られてしまい、久我も何と返せばいいのかわからなかった。
 自分はそう言う目で見られていたのかと思うと腹ただしいものがあるが、随分と面白い勘違いをしてくれる友人がいたものだ。
 コレは黙っておくのが面白い。

「ははははは。お前にも紹介してやるよ」
「マジで?恋愛は御法度だけど目の保養はしたいからな〜♪」

 その乾いた笑いの真意も知らずに、彗日は純粋に喜んでいた。
 友人の楽しい勘違いに日月はほくそ笑み、さらに楽しむためにはどう行動すべきか思案した。
 本当は、楽しむべき状況ではないのだろうけど。

「……俺の顔も目の保養になると思うんだが」
「ああ?日月は、見ててムカつく顔」

 一回シメてやろう、と久我が思ったことにも気付かず、彗日は上機嫌で車を運転していた。












「いらっしゃい、要君」

 利哉の母、結衣は笑顔で迎えてくれた。
 彼女と利哉の父は共に葬式に出席してくれたので、要はまずその礼を言う。

「いいのよ、そんな事。当然でしょう?」

 彼女は笑い、要をリビングへと誘導した。
 クロンを庭につないできた利哉も一足遅れてやってくる。
 利哉には兄と妹がいる。リビングにはその二人ともそろって自分を迎えてくれた。

「要ちゃんだ、久しぶり〜」
「未琴、いい加減ちゃん付けは……」

 2歳下の利哉の妹は要に言われ、きょとんとした表情になる。

「いいじゃん。要ちゃんは要ちゃん」
「利哉、お前妹の教育間違っているぞ」
「……許せ、要」

 未琴はその二人のやり取りに頬を膨らませるが、すぐテレビに集中した。どうやら彼女ご贔屓の俳優が出ているドラマが放送されているらしい。
 画面に集中している彼女にならってしばらくテレビを見ていたが、なんてことの無い恋愛ものだと気がついて見る気が失せる。

「や。久しぶりだな、要」

 そんな時ぽん、と頭に誰かの手が乗せられた。

「利樹さん」
「兄さん、帰ってきたのかよ」

 茶色に染めた髪がぴんぴんはねている背の高い男の登場に一番驚いたのは要だった。
 彼は地方の大学に行ったと何年か前に利哉から聞かされていたから。
 でも、かなり前の話なので実は大学を卒業しているのかもしれない。

「何だよ、要。その顔は。俺の顔が珍しいか?」
「いや、利樹さんはもう大学卒業したのか?」
「ああ。なんだ、お前言ってなかったのか?利哉」

 話題を振られた利哉はあっさり首を縦に振った。

「忘れてた」
「本当かー?お前わざとじゃないだろうな?」
「そんな事してなんになるんだよ」

 利哉と利樹は流石兄弟、と言えるほど似ている。利樹の身長の高さから見て利哉も背が伸びるだろう。
 父親が身長174cm、母親は161cmという遺伝子を持つ要にとっては羨ましい限りで。

「じゃあ、利樹さんは社会人か。仕事は?」
「ん?警察官」

 その返事に要は耳を疑う。

「けー……さつ?」

 要のある程度の驚きが混ざった声にに利樹がしまったというような表情になる。

「ああ、でも俺刑事課じゃなくて……」
「今、どの程度進んでいるんですか?捜査」

 間髪を入れず要は聞いていた。
 何の、とは説明しなくてもいいだろう。
 要の視線に利樹は眉を寄せる。真剣な眼差しは返事によっては許さないという目だった。
 簡単に情報を流すほど利樹も馬鹿じゃない。でも幼馴染の責めるような目にはたじろぐしかなかった。
 要にも相手の困惑が見て取れた。けど

「教えてください」

 どうしても情報が必要だった。自分の目的を果たす為には。
 部屋の中ののほほんとした雰囲気ががらりと変わる。
 テレビに集中していた未琴もこちらを振り返っていて、キッチンから聞こえてきていた包丁の音も止まっていた。

「要、俺の部屋に行こう」

 それを壊したのは利哉だ。
 要が文句を言う前に腕を掴み、自分の部屋がある二階へと引きずっていく。
 階段を上りきったところでようやく利哉は手を離した。

「何だよ、利哉」
「俺の部屋行こうって言ったろ」
「だから、何で?」
「兄さんを困らせるな。わかるだろ?警察の情報は家族にも話してはいけない」

 利哉が部屋の扉を開けて中に入るよう促してきた。
 電気が点いていない部屋に大人しく入ったが

「でも俺には聞く権利がある」

 要は振り返り、ドアを閉めた利哉を睨み付ける。

「聞いて、どうするんだ」

 珍しく感情をぶつけてくる幼馴染の態度に嘆息しながら利哉はベッドに腰を下ろした。

「くだらない事を考えているようだったら、殴るぞ?」
「くだらない?何のことだか」
「おじさんとおばさんを殺した奴を見つけて、この手で殺してやりたい・・・とか」

 言い当てられた要の表情が強張るのに利哉は嘆息した。

「らしくないな。いつもは冷静で頭の良い要が」

 ベッドに座っている友人が厳しい目で自分を見ている。
 どこか哀しげな目に要は拳を握った。

「お前に、何が解る!」

 階下には彼の家族が沢山いる。これから皆といつもの夕食が始まる。
 自分が無くしてしまったものを彼はすべて持っている。

「お前に何が解るんだよ!兄弟だっている、両親だって、帰ってくれば誰かがむかえてくれるじゃねーか!」

 頭の冷静な部分ではこれが八つ当たりだと解っているのに、口が止まらない。

「俺は、もう・・・・・・どうして!」
「要」
「どうして俺は助けることが出来なかったんだ!」

 ここ数日、ぐるぐる頭の中で回っていたことだった。
 あの夢は、自分に何らかの警告をしていた。
 その夢をあの二人に言っておけば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

「お前の所為じゃないだろ?」

 珍しく取り乱す要の手を掴んで利哉が言い聞かせてくる。でも

「違う!俺の所為だ!あの男・・・・・・」

 夢の中で両親に銃を向けていたあの黒コートの男の目を思い出す。

 自分を見て、心底嬉しそうに笑った、あの。

「あの男が探していたのは俺だ!」



「で、実際のところ、どこまで捜査進んでいるんだよ」

 弟の質問に兄は煙草に火をつける。
 他の家族全員寝静まった深夜、利哉は正面のソファに座っている兄利樹に聞いた。
 うっかり発言をした兄は弟からオーラで責められていて「教えられない」とは言えない状況だ。

「・・・・・・全然。指紋も怨恨も何も見つからない。要には言うなよ?」
「言うかよ。自分の兄貴の頼りなさを強調してどうする」

 これを要が聞いたら日本の警察の無能さに怒りを覚えるだろう。あの場で言わなくて良かったと思う。
 言ってしまっていたらさらに要の静かな炎に油を注いでいただろうから。

「凶器はトカレフ。現場に捨ててあった。でも他の事は全然わからない。不可解な事が多すぎる」
「何が?」
「まず、犯人がどこからあの事務所に入ったか、だ。昼間だってのに目撃者が誰もいない。逃げていく人物も見られていない。
防犯カメラにだって何も映っていなかった」

 要にはとっさに嘘を吐いたけれど、実際はこの事件を担当している刑事科に利樹は所属している。
 この仕事からは外されているが噂だけは聞こえてくるのだ。

「迷宮入り確実かもしれない」
「何だよ、ソレ・・・・・・要は、どうなるんだ!」

 迷宮入りなんかになったらそれこそ要は独自で犯人を上げにかかるだろう。恐怖を感じながらも。

 あんなに、なにかに怯えていた要を見るのは初めてだった。

「・・・・・・気になることが無いとは、言い切れないんだけどな」

 兄の呟きに利哉は顔を上げた。
 けれど、兄は難しそうな表情で床の一点を見つめている。

「最近、弁護士の死が相次いでいるだろう?」
「え?そうなのか?」

 利哉の驚きの声に利樹は呆れたように息を吐く。
 でも、仕方ない事だろう。普通に死んだ弁護士の事など新聞でこそ小さな記事で書かれているが、テレビのニュースでは殆ど取り上げられない。

「少し、不自然かな、と思うけど。今回の事に関係しているなんて証拠は無い」

 島崎夫婦以外の弁護士達の死因がすべて事故か病死なのだから、それと結びつけるのは難しい。
 上司にそれとなく言ったら「考えすぎだ」と言われた。

「弁護士・・・・・・?」

 利哉は何となく最近身近で聞いたような単語だとその言葉を口に乗せてみる。
 要の両親が弁護士だということは小さい頃から知っていることだから今更する話題でもないのに。

「兄貴、要が狙われるかもしれない」

 利哉の言葉に今度は利樹が驚いたように目を見開く。

「どういうことだ?」
「なんだか、要は犯人を知っているような感じだった」

 あの男、という表現を思い出し、利哉は眉を顰める。

「犯人が探しているのは、自分だって」










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利哉は年相応に格好いい子、のつもりです。