「要〜〜〜今日マジ元気なかったよな、大丈夫か?」

 何人かのクラスメイトに声をかけられ、とりあえず大丈夫だと答えておいた。

「他のクラスの女子なんかさー、お前が居なくなってクラスの華やかさが無くなったって言うんだぜ?」

 それは言いすぎだろうと思う。

「イイ男はつらいなぁ、島崎」

 くすくすと笑いながら言ってくれるのは、友人である高野だ。

「辛くなんか無いけど」

 面倒な時はあるが。

「・・・・・・大体にして、俺なんかイイ男の部類に入らないって」

 ある人物を思い浮かべ、うん、と頷いてみせる。

 すると周りの男3人は盛大に驚いてくれた。

「お前、鏡見てんのか!?鏡!!」

「てか島崎のいい男基準ってどこにあるのよ!!」

「おお、島崎要いい男を語る!か?」

 なんだそりゃ・・・・・・と要は脱力するしかなかった。

「・・・・・・昔、親父の友達が一度だけ家に来て・・・そいつが無茶苦茶美形だった」

 おそらく弁護士仲間か何かだろうとは思う。

 そこまで語ると友人達は何かを感心していた。

「そいつ、要の初恋だったりして?」

「はぁ!?何言ってんだよ、利哉!!」

 いきなり親友に考えもしなかったことを言われ、要は柄にも無く声を上げてしまった。

 慌てて手で口を押さえるが、後の祭り。友人達の好奇の視線が突き刺さってきた。

「あの要がムキになった!」

「何?マジもの!?」

 やはりそういう反応か・・・・・・

 予想通りすぎて、笑う気にもなれない。

「・・・・・・絶対違う・・・・・・」

「え?男と女、どっちよ」

 先にそれ聞け。

 話をこじらせた利哉を睨みながら頭を抱えた。

「・・・・・・覚えて、無い」

「はぁ!?」

「覚えて無いんだって」

 そう。かなり幼い頃の記憶なのか全くもってその人物のことを覚えていなかった。

「名前もか?」

 高野の心配そうな声に少々ムッとする。多分、若いのに痴呆症かとか見当違いなことを思ったのに違いない。

 それだけはかろうじて覚えていたのは救いだろう。妙な勘違いをされては堪らない。

「ひかり・・・・・・俺、ひーちゃんって呼んでた気がする」

「おー。女じゃん!!」

 そして要が答えた瞬間、誰かがそう囃し立てた。

 ・・・・・・うるさい。

 さっきまで自分が保健室まで行くような病人だったということをこの中で覚えている人間はいるのだろうか。

「いいなぁ。もし会ったら紹介しろよ?」

 下心見え見えな台詞に要は息を吐き、舌を出してみせた。

「なっ、いーじゃん!目の保養目の保養!!」

 そんなブーイングも聞き流し、授業あと一時間寝る体制にはいる。

 要の態度に友人たちはこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、別な話題に入っていた。

「そういえばさ、例のメールの話聞いたか?」

「ああ、聞いた聞いた。でも送られてきたヤツっているのか?」

 メールとかそんな話題は要にとってはどうでもいい事だった。

 何故か父親は自分に携帯電話やパソコンを持たせてくれず、要は自分のメールアドレスなんて持っていない。

 ふと見た外はなかなかいい天気。

 もう少し屋上で寝ていたかったなぁとぼんやり思っていると、高らかにチャイムが鳴った。


「今日の授業はここまで」

 古典の教師がぱたんと教科書を閉じるとほぼ同時、教室は一気に賑やかになった。

 その声で目が醒め、ごしごしと目をこする。

「あー・・・」
「よく寝た?」

 苦笑混じりの利哉に台詞をとられ、身を伸ばすのを中断した。

 でも確かにその通りで、昼間見た悪夢を見ることが無かった。

 あれは単なる夢だ。

 お陰で目覚めすっきり、気分も快調。

「今日、夕飯外で食べるって約束したから」

 それなりに体調は整えておかないと。

 どこか楽しげな要の言葉に、帰り支度をしながら利哉は「相変わらず仲イイ親子」とコメントしてくれる。

「俺の家なんて今日も昨日もカレーだぜ?父さんと母さんケンカしてっから」

「あはは。ケンカするほど仲イイっていうだろ」

「限度があるぜ。限度が」

 やれやれ、と利哉はカバンに教科書を突っ込んだ。

 ちらりと時計を見ると授業終了時間からもう10分も経っている。担任の教師がなかなか来ないことに軽く疑問を覚えた。

 それを要に言おうとした時、がらりと教室の扉が開いて担任が謝罪の言葉を口にしながらやってくる。

「ゴメンゴメン、遅くなった」 

 遅い、という生徒からの文句も受け流し、教壇に立ってた。

「あ、島崎」

「え?」

 まだ眠気がとれない要は突然の呼びかけに慌てて顔を上げる。

「今、すぐに荷物もって職員室に行け」

 俺、なにかやったか?

 まず先にそれを考えつつ「はあ・・・?」と返事をした。

「なんですか?」

「いいから。早く」

 理由は告げず、早く早くと急かす担任の態度に疑問を持ちながら立ち上がった。

 持ったカバンを背負い、数名のクラスメイトの視線に送られながら教室を出る。

 瞬間、学年主任ともう一人の教師が自分に近寄ってきた。

 あまり見たことの無い顔に、教頭・・・だったっけ?と首を傾げる。

 しかも二人とも珍しく何かを焦っている様子。

「島崎くん?」

「そーですけど・・・」

 もうすぐ定年だろう女教師に詰め寄られ、一歩引きながら頷く。彼女は、おそらく教頭・・・と顔を見合わせ、頷きあいもう一度自分の顔を見つめた。

「落ち着いて、聞いて下さいね」

 落ち着くもなにも・・・慌てる理由がまだ自分にはないんだけどなぁ。

 そう密かに思いつつ、彼女の言葉の続きを待った。



「お父さんとお母さんが、事務所で襲われたらしいの」





 一瞬、あの夢を思い出した。



「・・・・・・どういうことですか?」

 ようやく出せた声はまだそれなりに冷静を保てていた。

 それにはそれなりの根拠もある。彼らは職業柄暴漢に襲われることが何回かあった。そのたび病院に行くと、顔に青痣を作った父親が笑顔で迎えてくれていた。

 今回もきっと、そう。

「くわしいことはまだよくわからないけど」

 教頭の言葉に少しだけほっとした。

 ほら、やっぱりいつもと一緒だ。だって死んでいたらすぐ死んだって言えるだろう?

「じゃあ、病院に行きます」

 案外平気そうな要の態度に教師が感心しているのがわかる。

「田所先生が病院まで送ってあげるから」

 聞き覚えのある名に国語教師の若い女のほうを思い出した。新任の、少し気の弱そうな教師だ。

 もう昇降口で待っているから、と急かされ要は少し早足で歩き始める。

 背中に居心地の悪い同情の視線を感じながら。





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