気が付いたらよく知るあの場所に立っていた。

父と母の弁護士事務所のビルだ。幼い頃からよく出入りしていたところ。夕飯も時々ココで食べていた。

あれ?俺なんでココに来たんだっけ?

事務所へ続く廊下をてくてく歩くと、「島崎弁護士事務所」という表札が目に入る。

今日は夕飯を外で食べようと話をしていたなと思い出しつつ、ドアを引いた。

カラン、と来訪を告げる鐘が鳴る。

この鐘は要が小さい頃に、しょっちゅうあちこち行きたがる息子が勝手にどこかに行ってしまわないよう、行ってもすぐ気付けるように母がつけた物だ。

――――目が離せなかったのよ

今でも愚痴の種だそうで。

ここに来るたびその話を聞かされる。

少々うんざりした気分になりながらも、要は部屋の中に入った。

ぱしゅっ
ぱしゅっ

そんな妙な音にはっと顔を上げる。

がたん、と椅子が倒れる音がした。

『ナギ!!』

真っ赤な血が舞って、誰かが倒れて、誰かの叫ぶ声が聞こえて

『貴様ぁ・・・ッ』

悔しそうにうめく彼の姿も血まみれで、真っ白いはずのYシャツが紅く染まっていて

濃い、血の臭いが鼻に触れた。

彼は自分の方を睨みつけていて、要はようやく自分のすぐ目の前にいる黒いコートを着た男の存在に気が付いた。

彼の手には、ドラマでしか見たことのないような拳銃が握られていた。

『―――――――――――?』

どこか楽しそうに男は言い、わざとらしく銃を鳴らしてみせる。

その言語に要は目を細めた。聞き覚えのない発音、言葉・・・・・・

しかし彼はそれを理解したようで、悔しそうに顔を歪めていた。

なにがなんだか要には理解できない。

解ることはただ一つ。

彼らが、殺されようとしていることのみ。

助けようとしても体は何故か動かなくて、何も出来ないのだ。

『ナギ・・・ナギ!!』

『無駄だ。死んでいる』

今度は要にも理解できる言葉で、男は惨いことを口にする。

その言葉に彼は血に濡れた唇を噛み締め、男を鋭く睨んだ。

今まで要が見た事の無いような表情で。

正直、驚いた。けどそれほど彼が追い詰められていることを知った。

どうにかしなくては、と思い、無理矢理足を動かそうと必死に力を入れる。

ぴしゃり

液体音に足元へ目をやると、真っ赤な水溜りが広がってきていた。

そしてその水源は・・・・・・

叫ぼうとしても声は出なくて。

いつも優しく微笑んでいたあの顔が血溜まりの中に半分沈んでいた。

半分開いた目は自分を見てくれない。

くすくすという男の笑い声に顔を上げると、ヤツは彼に銃口を向けていて。

――――ヤメロ!

心の中で要が叫んだ瞬間、引き金が引かれた。

ばしゃりと彼が血の中に倒れる音が聞こえる。

体が、がたがたと震え始めるのが分かった。

彼も彼女も死んだ。

ただただ、音にならない悲鳴をあげるしかなくて

なにも出来ないうちに全てが終わって

ただの傍観者だった自分を、アイツは振り返った。

血のついた顔に歪んだ笑みを浮かべながら。

血に汚れた手を自分に伸ばしてきた。



『これでお前はようやく』




「父さん!!母さん――――!!」



 自分の叫んだ声で目が醒めた。
 
 心臓が体育で5キロ走らされた時よりばくばく鳴って

 呼吸は次々息を吸わないと死にそうなくらいになって

 頭は恐怖で真っ白になっていて

 まだ血の臭いがするような気がして



 吐き気がした。



 ガタガタと体の震えが止まらない。

 なんだったんだろう。今の夢は。
 夢と終わらせるには生々しい。

 キィ

 扉の開く細い音にびくりと肩を揺らし、すぐ振り返った。

「あれ?授業中なのに」

 肌の白い、女にも間違われそうな少年が自分を見つけてにこ、と笑う。

 見た事もない生徒、だ。

「・・・・・・お前も人のこと言えないだろう」

「そうだけどね。キミ、名前は?」

 彼は扉を閉め、要に近づいた。
 人は自分の顔を綺麗だと言うけれど、この少年の方がよっぽど綺麗だ。

「島崎・・・・・・島崎要・・・・・・」

 操られたように答えると彼は目を細めて笑った。

「カナメか・・・・・・綺麗な名前だね」

 彼はその白い手を伸ばして、要の顔に触れる。

「顔色、悪いよ?大丈夫?」

 ぞっとするほど冷たい手だった。

「っ・・・・・・平気だ!」

 思わずその手を叩くように振り払い、要は出口へ目をやる。と

「要!!」

 かなりいいタイミングで利哉がその扉を開けてくれた。

 彼の登場にほっとし、立ち上がる。

「利哉・・・・・・」

「ああああ〜〜〜やっぱりココにいた―――保健室に行っても居ないから」

 心配したんだぞと付け足され、ゴメンと返す。

「・・・・・・そいつは?」

 利哉は要の後ろに居る少年に目を止め、首をかしげる。

「・・・・・・さぁ。知らないヤツだ。行こう、利哉・・・・・・」

 不気味なヤツだと認識した要にとっては、もう関わりたくない人物だ。

 さっさと教室に帰ろうという気分になる。

「また、会うよ。カナメ」

 屋上から出る瞬間、そんな言葉が聞こえてきた気がしたが、確かめる間もなく重い扉が音をたてて閉まる。

 空間を断絶された。そんな妙な感じを残して。
 





















   NEXT