真っ赤な血が舞って、誰かが倒れて、ぼんやりとしか誰だかわからない。
助けようとしても体は動かなくて、何も出来ない。
叫ぼうとしても声は出なくて、何も出来ない。
ただただ、音にならない悲鳴をあげるしかなくて、何も出来ない。
なにも出来ないうちに全てが終わって、何も出来なかった。
ただの傍観者だった自分を、アイツは振り返った。
歪んだ笑みを浮かべながら。
『これでお前は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「!!」
びくっと体を揺らして顔を上げた。
その動きに驚いた隣りの友人の視線を感じたが、まず目にはいつもの授業風景が映った。
髪の毛が薄くなった男性教師が「夏目漱石の文学的傾向としては・・・・・・」と語っている。
「要?」
小声で呼びかけてきた利哉に何でもないと答えながら、異常に速くなっていた心臓の鼓動に驚いた。
嫌な予感がした。
でも、それだけ。
ダルさが払拭できない。
おかしいな、どうしたんだろう。
昼食を取りながら不機嫌そうに眉を寄せる要に利哉が首を傾げた。
「どうかしたか?要」
屋上で仲間達といつものように購買で買ったパンとパックのレモンティーを食べたり飲んだりしているのに。
何かが、違う気がした。
「何でもない・・・・・・ハズ」
目の前で友人達がぎゃあぎゃあ騒ぎながらパンの奪い合いをしている光景を見るのもいつものことなのに。
違う気がする。
「お前、顔色悪いぜ?」
自分を気遣う利哉の言葉に「そうか?」と返しておいた。
身体的な気分の悪さではなく、精神的なものだと自分でも気がついていたからだ。
さっき、夢を見た。
生々しい夢を。
今度は、覚えている。
「お前保健室行ったら?」
利哉の薦めに首を振り、手に持っていたパックを握りつぶす。
「平気」
どうせ寝ているし。
今日の授業は寝て過ごそうと、心に決めていた。
どこで寝ても一緒だろう。
丁度その時、予鈴が鳴り響いた。
真っ赤な血が舞って、誰かが倒れて、ココが見知った場所だということに気がついた。
倒れた人物もおそらくよく知った人間で。
助けようとしても体は動かなくて、夢なんだと思ってあきらめようとしたがその生々しさは夢なんかじゃないと思わせた。
叫ぼうとしても声は出なくて、口だけが金魚みたいにパクパク無駄に動く。
ただただ、音にならない悲鳴をあげるしかなくて、体は鉛のように重くて自分の意志では動かせない。
目の前にある光景に息を呑むしかなく。
なにも出来ないうちに全てが終わって
ただの傍観者だった自分を、アイツは振り返った。
歪んだ笑みを浮かべながら
『これでお前はようやく・・・・・・・・・・』
自分に、ヤツは手を伸ばしてきた。
その手が、怖かった。
「嫌だ!」
ガタン
「要・・・?」
「あ・・・・・・」
訝しげな利哉の声と共にクラスメイト全員の視線が自分に集中する。
今は授業中。教師の不思議そうな目にしまったと思う。
一体いつの時代のギャグ漫画を演じているのだ、自分は。
後ろでは勢いあまって立ち上がった時に倒した椅子が、まだ床の上で跳ねていた。
「島崎?どうかしたか?」
数学教師の怒りを漂わせた声に首を横に振り、椅子を持ち上げながら密かに言い訳を考えていた。
「センセ、要具合悪いんだけど」
思わぬ利哉の助けが入り、教師が怒りを消すのが解る。
「そうなのか?」
今度は心配げな声で問われ、違うとは言えない状況になってしまった。
「そうだよな、要」
「あ・・・・・・んー・・・はい」
「なら保健室に行って来い」
ああ、結局こうなってしまうのか・・・・・・
要は仕方ないかと椅子を直し、出口に向かって歩き出す。
数名から心配そうな視線を貰い、扉に手をかけると教師は再び授業を続けた。
授業中の廊下は静かで、人気がない。時々教室から教師の演説が聞こえてくるくらいだ。
保健室はココから遠く、別校舎に有ることを思い出し額を押さえる。あそこまで行くならサボり場の定番、屋上に行った方が近い。
そうするか、と考え直して方向を変えた。
ふと開けっ放しの窓から外を見ると、学校の敷地内だと伝えるフェンスの近くに黒いコートを着た男が一人立っていることに気がついた。
心臓が恐怖に締め付けられる。
『これでお前はようやく・・・・・・・・・・』
ぱしんっ
勢い良く窓を閉め、彼から目を離した。
夢のあの人物と、被る。
おそるおそる視線を戻してみると、もうそこには誰もいなかった。
幻覚・・・か?
「どうした・・・今日は変だぞ、俺」
熱い額を押さえ、急いで屋上へ向かった。
早く寝よう。
単なる夢だ、気にすることは何もない。
そうだよ、な?
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