真っ赤な血が舞って、誰かが倒れて
助けようとしても体は動かなくて
叫ぼうとしても声は出なくて
ただただ、音にならない悲鳴をあげるしかなくて
なにも出来ないうちに全てが終わって
ただの傍観者だった自分を、アイツは振り返った。
歪んだ笑みを浮かべながら。







「要、朝だぞ」

「!?」

 聞きなれた父親の声とコーヒーの香りに要ははっと目を開けた。

 目の前には見慣れた白い天井と

「わうッ」

 ゴールデンレトリーバーの人懐こい黒い瞳。

「クロン・・・・・・」

 彼は嬉しそうに鼻を鳴らし、ぺろりと自分の顔を舐めた。

「ほらほら、クロンと遊んでいる暇あるのか?もう7時だぞ?」

 その微笑ましい光景に父親は笑いながらも酷な現実を告げる。

 そして案の定、息子はその事実に悲鳴をあげた。

「うっそ・・・・・・何で!?いつも父さん6時半に起こしに来るじゃないかぁぁぁ!」

 時計で時刻を確かめてみると、確かに短針は7を指し、長針は12を少し過ぎたところを指している。

 父親はにやりと笑い

「それはだなあ、くわしい事実関係を述べると・・・」

「つまり寝坊したんだな!?母さんも父さんも!」

「お。察しがいいなぁ」

 流石弁護士の息子、と彼はくすくす笑う。

 彼、島崎周星は腕がイイと評判の弁護士だ。その妻、島崎水葱も弁護士で忙しい日々を送っている。
 そんな彼らの一人息子島崎要は現在高校1年生で都立の高校に通っている、ごくごく普通の人間だ。                    
 顔は凡人よりは良いと周りには言われるが、あまり意識した事が無い。

「父さんだってこんなにのんびりしていていいのかよ。寝坊したんだろ?」

 自分だけ何故こんなに慌てる必要があるのだと父を睨みつけるが

「慌ててもいいことないからな」

 そう答え、彼は手に持っていたカップに口をつけた。

「おいでクロン、ウチの王子様が着替えを始めるようだから」

 茶化すような言い方に血の繋がった親でも頭に来たが、いつものことだし時間も無いしで黙殺することにした。
 クロンはおとなしく周星の後について行った。

 要は制服に手を伸ばしながらも、体がなんとなくダルイのに、ほんの数秒動きを止める。
 悪夢を見たとき特有のあの虚脱感だ。
 異様なほどの生々しさだったと思うが、夢の内容は忘れてしまっていた。

「夢見悪いな・・・・・・」

 その一言で済ませ、カッターシャツを頭から被った。



「かなちゃん、おはよう」

 母親は毎朝香ばしいパンの匂いで迎えてくれる。
 いつの間にか父親はテーブルについていて、本日付の新聞を広げていた。

「おはよう、母さん・・・」

 何時の間にか決まっていた席に座り、目の前にある焼けたトーストに手を伸ばす。普段と何も変わらぬ行動だ。
 クロンもテーブルの下で眠そうにしている。
 母、ナギはできたてのオムレツを微笑みながら要の目の前に置いた。

「ねぇ、かなちゃん」

「ん、何?」

「かなちゃん、好きな人っている?」

 いきなりの質問に要は飲んでいた紅茶の所為で思いきりむせた。

 面白そうにこちらを見る父親の視線が、憎い。

「母さん!いきなりなんでそんな変なこと聞いて来るんだよ!!」

 ゲホゲホ咳き込む要に彼女はにっこり笑った。30後半とは思えない顔で。

「今日の夜、ご飯外に行こうかって、周星さんと話してたの」

「それがなんの関係が・・・・・・?」

「その時ね、紹介したい人がいるんだけど・・・・・・」

「婚約者なんて言わないよな?」

「そんなこと言わないわよ〜〜」

 のほほ〜んとしながら彼女は笑う。自分の親だが、何故彼女が弁護の鬼と呼ばれるのか謎だ・・・。

「でも、絶対かなちゃんにとって大切な人になると思うから」

「それ、やっぱり最初の質問と関係ないって」

 そう返すと彼女は「そうかしら」ととぼけてくれた。
 この両親は時々自分をからかってくるから要警戒。

「なんだ、まだ彼女もいないのか?頑張れよ」

 周星の言葉には呆れるしかなく。

 そんな息子の心情に気付いたのか、ナギはあわてて取り繕おうと懸命になる。

「あ、何食べに行こうか?かなちゃんの好きなイタリア料理にしようか?」

「・・・・・・行く」

 その条件はなかなか魅力的だった。が、ふと目にした時刻にあわてて食事と向き合う。

「もう俺ガッコ行く!」

 分けられたもの全て胃に詰め込んで要は椅子から立ち上がる。それにクロンが反応し、身を起こした。

「あ、かなちゃん、夜の7時に駅前の噴水前ね」

 母親の言葉が追いかけてきて「わかった」と手を振ってみせる。
 忙しい彼らの代わりに、クロンが玄関まで送り出してくれた。

「じゃな、クロン。今夜は留守番頼むぞ」

 その頭を撫でてやり、要は玄関から飛び出し、奥にいる両親に聞こえるよう叫んだ。

「行って来ます!!」

 元気な声に周星は新聞に目を通しながら微笑する。

 が、灰色の紙に印刷された活字に目を留め、笑みを消した。本当に端にある小さな記事だったけれど。

「あの人、死んだのか・・・・・・?」

 そこの記事は若手だけれど敏腕と言われテレビにもちょくちょく顔を出していた同業者の死を伝えるものだった。
 死因は『心不全』。
 周星は目を細めて記憶の底の方をかき回す。
 
 確か、3日前にも同じようなニュースを見た気がする。

 その1週間前には、自分の知り合いの弁護士が死に、葬式にも出席した。
 けれど、どれも『心不全』『脳溢血』『交通事故』などなど、事件とは何のつながりも無い原因の死だ。
 
 相次ぐ弁護士の死。
 
 まぁ、偶然だろう。

 そう自分の中で納得して、周星は新聞を要が座っていた椅子の上に置いた。



「おはよう、要く〜んッ」

「うわあ!?」

 教室に入った途端、クラスメイトの高原に抱き付かれ思わず声をあげてしまった。

「昨日は加藤とのことサンキュ〜vvおかげで金崎に怒られなくてすんだぜ」

 昨日のことを思い出し、要はつい顔を顰める。
 顔も知らない後輩に告白され、丁寧に断わった昨日の放課後。目の前で泣かれてしまい慰めるのが大変だった。何故自分がいきなり泣き出した女を慰めなくてはいけない・・・・・・
 普段は呼び出されても無視するのだが、今回はこの友人の幼馴染の後輩で、話をちゃんと聞いてやって欲しいと頼まれたのだ。

「次は無いからな・・・・・・」

「勿論!」

 高原はその幼馴染に頭が上がらないらしく、彼女の言いなりになりつつあるらしい・・・・・・それも愛ゆえだとどっかの誰かが言っていた。
 窓際の自分の席にカバンを下ろすと、隣りの席の水瀬利哉の笑い声が聞こえてき、そちらに視線をやる。

「・・・・・・なんだよ、利哉」

「いや?相変わらずお前はイイコだなと思ってな」

「人をガキ扱いするな、まったく・・・・・・ドイツもコイツも、どっちがガキなんだか」

 高校生のガキ臭さにため息を吐きながらも自分もその一員なのだと考え、さらに息を吐いた。

「一限目、なんだ?」

「確か地理」

「じゃあ、寝る」

 ノート取っておいてくれと利哉に頼み、早々に机に突っ伏した。

 相変わらず、眠り王子だなと苦笑しながら利哉は要の向こう側にある窓に目をやる。
 外は気持ちのいい快晴だった。

「よくこんなに日当たりのいい所で寝れるもんだ・・・・・・」

 おそらくもう夢の中であろう幼馴染であり、親友でもある要に感心しつつ、利哉は机の中から教科書を取り出した。












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