「うげぇ・・・・・・」

 臣は下駄箱の中に詰め込まれている大量のチョコに思わず表情を歪めていた。

 体調もそんなに良くないのに、こんなモノを見せられてはさらにがっくりくる。

 本日、セントバレンタインデー。何故か大量にチョコが渡される日。

 すでに友人から貰った袋もいっぱいいっぱいで、けれど靴を取る為にはこのチョコを掻き分けないといけない。


 っていうか、下駄箱に食い物を入れないでくれ。


 「まいったなぁ・・・・・・」


 本日はキリスト教の行事の為、体調がすこぶる悪い。

 本当は今すぐベッドに入って寝てしまいたい気分なのに。

 今日学校に来たのは、いわゆる受験生というヤツで、今後の対策を受験対象校の高校教師から話を聞くという行事があった。けれど臣はすでに第一志望に合格していたから殆ど無意味。

 それでも来たのは、意地にも近かったのかもしれない。キリスト教行事なんかに負けて堪るか、という。

 駄目だ、体から力が抜ける。

 「・・・・・・?おい、君」

 人の声にはっとぼんやりしていた意識を鮮明にする。

 自分の状況を確認すると、下駄箱の前で両膝をついていたらしい。傍からみたら具合の悪い人間そのもの。

 慌てて立ち上がると、立ちくらみがした。

 「うぁ」

 「おい!」

 若い男の声だ。

 倒れそうになったところを腕を引っ張られ、助けられたらしい。

 「おい、君、大丈夫か?大丈夫か?・・・・・・!!?」

 ぺしぺし顔を叩かれていたと思ったら、その手が止まる。しかも男の息を呑むような音が聞こえ、怠い頭をどうにか持ち上げた。


 ・・・・・・?


 霞んで見えるが、男の表情が驚きなのは解かる。

 何をそんなに驚いているんだ?

 ぼーっとしながら何となく自分の体を見て、熱とかバレンタインとか一気に色々吹っ飛んだ。


 ・・・・・・狼の姿になっている。


 人間に、見られた。


 ヤバイ。


 背筋に冷たいモノが走った。

 兎に角ここから逃げないと。

 カバンと大量のチョコを口に咥え、そこから一目散に逃げ出すことしか、出来なかった。



 まさかこんな間抜けな出会い方をした相手とその後にまた出会うことなんて、思いも寄らなかった日は奇しくもバレンタイン。


 敵のはずの神が奇妙な気を回したとしか思えない。






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