そうなんだ。この期間が終われば、蘇芳とはもう会うことは無い。
それを考えると何故か息苦しくなる。
今日の分の飴を手の中で弄りながらベッドに寝転がり、ぼんやりしていた。
何か、おかしいよなー、俺。
飴をいつものように瓶へ納めて、部屋から出た。もやもやする気分を払拭する為に取り合えず別な事をしようと階段を下りる。
リビングからはテレビの音が聞こえて来て、母さんがいる事を教えてくれた。
「あら、陸。帰って来てたの?」
母さんに俺たちの入れ替わりのことは言っていないから、彼女は俺を陸だと思っている。
「うん。夕飯まだ?」
「もう少し待ってね」
こんなに家でのんびりするのは久し振りだ。
ソファに座り、賑やかな画面へ視線を滑らせた。画面の中では、俺が笑っていた。
「ソラ、だ」
少し前にやったドラマの再放送だろう。少したどたどしい演技に苦笑するしかない。
「そうそう。空よー。演技下手よね」
母さんの笑いの混じった一言がぐっさりと心に刺さる。他人は騙せても身内は騙せない・・・・・・。
「でもね、この間のドラマは上手くなってたのよ。アレ、絶対練習したわよ、空」
あの子、人一倍負けず嫌いだから、と母さんは続ける。
その読みは大当たりだ。
確か、このドラマで色々陰口を耳にして躍起になったんだっけ。ドラマには出ないと断言していた八雲を巻き込んで練習しまくったんだ。
「かぁさん、チャンネル変えていい?」
「いいわよー。でも陸、たまには空の活躍見てやってよ。お兄ちゃんでしょ?」
「ん。気が向いたらね」
やっぱり陸、俺のテレビとか観てなかったんだ。
予想通りで苦笑してしまう。
ま、自分と同じ顔が映ってたら恥ずかしいだろうなぁ。
チャンネルを変えると少し前に話題になったドラマが再放送していた。この時間、そういうの多いよなぁ。
ぼーっとしながら観ていたらキスシーンが出てきた。最近のドラマは結構キスシーンが多い。覚悟しとけよ?とマネージャーに言われているくらい。
・・・・・・そういや、俺今日二回もキスしたな。
一回目は最悪で二回目は・・・・・・。
今更ながら、全身が熱くなる。
一回目の気分の悪さを忘れさせるくらい衝撃的だったアイツとのキス。
思い出すと恥ずかしい。今すぐ山奥に走っていって絶叫したいくらいだ。
アイツ、何で俺にあんな事したんだろう。からかうだけの為に?いや、それだけだとデメリットの方が大きいだろ。
あ――もう、忘れろ、俺!!
忘れたい、けど忘れたくないような。
今でも思いだせるあの柔らかい感触に、俺は目の奥が熱くなるのを感じた。
どうしたんだ、らしくない。
そんな時、俺の携帯が鳴り響く。
紫色の点灯は、高原さんだ。
「もしもし?」
『あ、ソラ?』
俺はリビングから廊下に出た。母さんに入れ替わりのこと感づかれたらヤバイし。
『元気そうだな。その後、喉の方はどうだ?』
「順調だよ。あんまり歌わないであんまりしゃべらなければ後少しで治るって」
使いすぎで傷がついたと言われた俺の喉。
時々痛むけれど、まぁナントカなっているようで。
「こっちの生活もそれなりに楽しいし」
『それは良かった。陸くんもそれなりにやってくれているよ』
「そりゃあ、兄貴だし」
テレビで観ていれば彼が一生懸命なのはわかる。
『・・・・・・あのな、ソラ』
「ん?なに?」
急に低くなった彼の声に俺は明るく返した。
けれど、少し戸惑いを見せながらも彼は言葉を続ける。
『実は、その・・・・・・』
『高原、俺から話そう』
電話の向こうから聞こえてきた声に俺は口元を思わず引き攣らせていた。
「げ・・・・・・社長」
『げとはなんだ、げとは』
高原さんはさっさと社長と電話を変わっていたらしく、俺の呟きが彼の耳にも届いていたらしい。不快げな彼の言葉に思わず頭を下げていた。
「すいません、何でもないです」
『声は出るようだな』
「はい、まぁおかげ様で」
これなら、すぐにでも復帰しても大丈夫そうだ。そう、復帰を急かされるのかと思っていたけれど。
『良いか、空』