「陸―、おはよ」

「ん?ああ、おはよ・・・・・・」

 すれ違う人の顔も確認することなく適当に返事をしてしまう。

 昨日なかなか眠れなくて睡眠が足りない頭はかなりぼーっとしている。

「コラ、陸」

「いって・・・・・・」

 机に座ってまたぼんやりしていた俺の後頭部に軽い衝撃。

 俺、というか陸相手にこういうことをするのはただ1人。

「蘇芳・・・・・・」

「何朝からぼーっとしているんだ」

 お前の事が気になって眠れなかったんだよ!!

 なんて当人目の前にして言えるわけが無く。

 つか、気になるって何だよ、俺!おかしくねぇ?俺は一億五千万人のアイドルだぞ?それがファンの可愛い女の子ならともかく、可愛くない、いや格好良いけど男が気になる?そりゃ、コイツがある程度優しいのは認めるし、声好きだし顔も良いと思うし頭もいいし・・・・・・でも男だぞ、オ・ト・コ!そりゃ芸能界でそういうヤツは居たし、居たし、居たし・・・・・・あああ、数人顔が思い浮かんでしまう!

 いいのか!?それで!

「人類滅亡の危機は近いぞ」

「はぁ?何言ってんだ、お前」

 急にそんなことを言い出した俺に蘇芳は怪訝な眼を向けてきた。・・・・・・当然だ。

「な、何でもない・・・・・・」

 馬鹿な言動を恥じながら一限目のノートを取り出そうと机の中を探った。

 目的のノートはすぐに見つかったのだけれど、覚えの無い感触にそれを引っ張り出してみると

「・・・・・・封筒?」

 白い封筒が入っていた。宛名も書いていない。勿論俺はこんなものを入れた覚えが無い。

 ・・・・・・ってぇ事は。

「ラブレター!?」

「だから叫ぶなって言ってるだろう」

 声を荒げてしまった俺の後頭部を蘇芳がすかさず叩く。

 もう少し優しく接して欲しいところだ。

「でも、ラブレターだぜ?ラブレター!これこそ俺が求めていた青春!」

 これがきっかけでこのわけがわからん感情をどうにか出来るんじゃないかと思ったんだけど。

 そんな俺を見て、蘇芳がため息を吐いた。

「・・・・・・盛り上がっているところ悪いが、お前何か忘れていないか?」

「は、何が?」

「ココは男子校」

 遠くで寺の鐘が鳴り響いた気がした。

 そうだった・・・・・・ココ男子校なんだっけ・・・・・・。つまりは、この手紙の相手は男・・・。

 中の手紙には「諏佐野陸さま」と書かれ、本日午後5時屋上で待っていることも書かれていた。

「・・・・・・行くなよ」

 文面を眺めている俺に蘇芳が釘を刺す。

 言われなくてもいかねぇよ・・・・・・。

「当たり前だ」

 何が悲しゅうてムサイオトコから告白されに行かなきゃならんのだ。

 俺は一応一億五千万人のアイドルなんだから!

 その封筒は教室のゴミ箱行きとなった。



「陸、なんか今日様子おかしかったな」

「へ?」

 帰り際にこの間カラオケに誘ってきたヤツがまた声をかけてきた。確か名前は佐藤だっけ。

「今日ってかここんとこ、ずっとぼーっとしてるし」

 ぼーっとしてるのは俺が陸じゃなくて空だからだ・・・・・・。

 なんて、言えるわけが無い。

「そんな事無いよ、心配してくれてありがと」

 にっこり純粋な笑みを向けてやれば相手は納得して帰っていく。

 ふっ、ちょろいぜ。

 今日は確か、蘇芳が生徒会だから俺は教室で自習だ。

 蘇芳には教科書の問題を課題として出されている。

 陸だったらさっさと解けるだろう問題を30分くらいかけて解いた時には教室に人は居なかった。

 時計を見たらもうすぐ5時。

 すでにどうにか答えを導いていたからやることはもう無く、蘇芳の帰りを待つのみ。

 暇だ、と思ったときに今朝の手紙の文面が脳裏を過ぎる。

 ・・・・・・俺が、行かなかったとしたら相手多分怒るだろうな。

 もしかしてそのしわ寄せ、陸に行くんじゃないか?

 陸だったら律儀に行って、律儀な台詞を並べて穏便に済ませるだろうけど・・・・・・。

 つか、陸にこんな男相手の告白なんて聞かせて堪るか!

 陸は昔から純粋というかなんと言うか、鈍いとこもあった。しかも、運動系は結構苦手範囲で、とろいとこもある。周り曰くそこが可愛いとか・・・・・・。

 もし、相手が逆切れして陸に襲い掛かったら・・・・・・。

 そこまで考えて、俺は立ち上がっていた。

 時間は・・・・・・よし、まだ間に合う。

 多分、蘇芳が帰ってくるまでに終わらせられる。



「あ、諏佐野君!来てくれたんだね」

 屋上には一人しか居なかったから、ヤツが手紙の人物だとすぐ気付いた。

 ・・・・・・俺は見たこと無い人物だ。体格も俺よりずっと良いし、顔もまぁ、普通の方だけど、蘇芳とは比べ物にならない。ここら辺は好みの問題かもしれないけど・・・・・・って何で比較対象が蘇芳なんだ。

「―――――で、君が好きです。僕と付き合ってください」

 色々考えていたら相手――っと、高橋って言ったっけ?の話を聞いていなかった。

 えーっと、まぁいいや・・・・・・どうせ断わりに来たんだし。

「その・・・・・・あの、俺、気持ちは嬉しいんですけど、貴方の気持ちには答えられないです」

 陸っぽくすまなそうに、を心がけて演技をした。

 演技はあんまりやってこなかったけど、見られるくらいには出来るから、ドラマのオファーがきたりする。これぐらいちょろいもんだ。
 みるみる相手の表情が暗くなっていくけれど、同性に告白するんだ、これくらは覚悟してもらわないと。

「それに、俺そういう趣向じゃないんで・・・・・・」

 トドメのつもりだった台詞に、何故か相手はぱっと顔を上げて俺を睨んできた。

 は?何で?

「嘘を吐くな!」

「はい?」

 嘘・・・・・・って?

 予想しなかった相手の言葉に茫然とするしかなかった。

 俺、なんか嘘言った?いや・・・・・・言ってないよなぁ?

「僕は見たんだ!昨日、君と生徒会長がキスしてるところを!」

「はぁ!?」

 見に覚えの無い事に少し素を出してしまった。

 生徒会長って、蘇芳・・・・・・だよな?アイツと俺が、き・・・・・・。

 想像してしまい、その瞬間顔が火を噴きそうなほど熱くなった。

 いや、気持ち悪いとか思えよ、俺!何でぇ!?

 その反応を相手は肯定と取ったのか、いきなり俺の両肩を物凄い力で掴んでくる。

「だったら、僕ともキスできるだろ!?」

「ちょ・・・・・・んだその無茶苦茶な理論はぁ!」

 ぐぎぎぎぎと口を近づけてくるのを両手でどうにか防ぐけど、あっちもさらに力を入れてくる。

 物凄い死に物狂いの攻防戦。

 ってか、俺、また陸関係の告白で男にキスされるわけ!?

 過去のことが色々蘇ってきて、自分の運命を呪うしかなかった。

 こういう時の為に合気道を習ってきたのに、どっか力を抜いたら俺のセカンドが奪われそうで怖い。

 力を込めた腕が段々痺れてきた。ヤバイ。

 なんで耐久戦になっちまうんだよー!これじゃあ俺のほうが絶対的に不利だ。

「諏佐野君・・・・・・っ」

「近寄んな・・・・・・っこの変態がぁっ」

 こんな時でさえ陸を演じていられるほど俺は大人じゃない。

 その態度に男の表情に不思議そうなものが混じる。げ、やべぇ・・・・・・。

 何がヤバイって、この顔の近さも危険だ。キスされそうなのもそうだけど、まじまじと見られたら俺があの天のソラだとバレるかも知れない。眼鏡をつけているからまだ大丈夫かと思うけど。

「変態?君だって昨日生徒会長と!」

「だから、全然身に覚えねぇっつってんだろうが!」

「そんな事言って、実はすっごい淫乱なんじゃないのか?」

 ・・・・・・・・・・。

 何かどこかで聞いた事のあるその単語に、自分が今陸だってことを忘れそうになる。

 淫乱なんて、普段どこで使うんだよ、何で知ってるんだよそんな単語。国語力なさそうな手紙書いてきたくせに。


 この業界は仕方ないんだよ。


 そう言って苦笑していた高原さんの顔を思い出す。

 ド素人だった俺が、早いデビューを果たしたことに色んな噂がたって、その事に対する高原さんのフォロー。今じゃ割り切れる部分もあるけど、当時右も左も解からなかった俺はそんな噂にブチ当たって、何も思わない程大人じゃなかった。

 あ、何かちょっとイライラしてきたかも。

「何をしている!」

 この声、は。

「蘇芳!」

 やったー。助かったー。

 と、素直に喜んだ俺は気が抜けたらしく、腕の力も一緒に抜いてしまう。

 つか、普通第三者が来たらしっぽ巻いて逃げるのが普通だろ。今までやったドラマでも大体そうだった。

 でも、現実とドラマは違うという事を思い知った瞬間だった。

 俺の油断したところを狙って、相手はあっさりと自分の意を遂げる。つまりは、このよく知らない男に俺は口にキスをされていた。

 あまりの出来事にぼーぜんとしていた俺の目に男の向こう側にある夕日が映る。

 息苦しいとかも思わず、結構長い時間していたんじゃないか?多分、息をするのを忘れていたからだろうけど。

 えーっと、俺、今何しているんだ・・・・・・?

 我に返るきっかけは、相手の舌が・・・・・・俺の口の中に入ってきた事だった。

 話には聞いていたけれど、まさかこんな時に経験するとは思っていなかった大人のキス。

 あまりの気持ち悪さにどうにか離れようとしたけれど、一端拘束された体を自由に出来るほど俺は力が無く。

 気持ち悪すぎて眼に涙がたまり始めた辺りで、相手は口を離し嫌な感じに笑った。

 その唇が濡れて光っているのを見てしまい、まず思ったことは、「ごめん、陸」。

 色々考える前に体が動いていたに違いない。

 気がついたら目の前に居た相手が俺の足元に蹲っていた。

「あーっれぇ?ごめんなさい。当たっちゃいましたぁ?」

 悪いなんてこれっぽっちも思っていない台詞に彼は涙目で俺を見上げた。ああ、痛いだろうな、俺の膝が鳩尾に入ったんだから、相当痛いはずだ。

 それだけじゃあ俺の怒りは収まらない。

「でも、これ位いいですよね?何たって、この俺の唇奪ってくれたんですから」

 男の首元を掴み、上に持ち上げてやった。苦しげに相手の表情が歪むが知ったことか。

「どうです?気持ち良かった?」

 勿論、俺の顔はにこやかな笑顔だ。

「天国見れたんだから、今度は地獄に行ってみませんか?」

 俺の笑顔を見て恐怖の表情を浮かべるヤツなんてコイツくらいなもんだろうな。

「おい、その辺にしておけ」

 蘇芳の言葉にパッと手を離すとヤツはさっさと屋上から逃げ出した。

「お前なんか陸君じゃない!」

 なんて捨て台詞を言いながら。

 当たり前だ。俺は空なんだから!

「二度とその面見せんな!」

「空、だから叫ぶなと言ってるのに・・・・・・」

 はぁ、と蘇芳がため息を吐く。何だか凄く疲れたように。

 てか、よくココがわかったな、コイツ。

 じっと蘇芳を見つめていると蘇芳は再びため息を吐き

「この馬鹿」

 べしっ。

「いてっ」

 何故か両頬を軽く叩かれた。でかい手が俺の顔を包む。

「行くなと言ったはずだ」

 蘇芳は少しかがんで俺と視線を同じ高さにしてじっと見つめてくる。

 まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるように。

「だって・・・・・・ここで無視したら陸がアイツに告られるじゃん」

 俺のこの一言で何を考えてここに来たのか察せたらしく、また深いため息を吐かれる。

「な、何だよ!てか何で俺が怒られないといけないんだ。俺は被害者だぞ!」

 何だか蘇芳に呆れられたのが悔しくて子供みたいに主張していた。

「それに、顔は叩くな。一応商売道具なんだからな」

 注意するほど強く叩かれたわけじゃないけど。いまだに蘇芳の手が俺の顔にくっついてて何か恥ずかしいんですが・・・・・・。

「いいだろ、俺自分でどうにか出来たし。合気道習ってたんだ」

「それにしては、あっさりキスされてたな」

「う、うっせぇ!キスぐらい平気なんだよ!俺は役者でもあるんだ。ドラマでキスシーンだってベッドシーンだってやれっつわれたらやんねぇといけないんだから」

 まぁ、まだそういう役は回ってこないけど・・・・・・。

 これから多分増えるだろうから、覚悟はしておかないといけない。

「・・・・・・そういや、アイツ昨日俺とお前がキスしてるところ見たって言ってたけど」

「はぁ?」

 蘇芳がかなり驚いたような声を上げる。この様子じゃ、デマだろう。

 そうか・・・デマか。まぁ、だよな。

「あぁ・・・・・・もしかしたら、お前が寝てるかどうか確認してる時を見られたのかもな。角度によってはそう見えたかも」

 ああ、結局そんなオチですよ!!

「んだよ・・・そんな勘違いで俺はアイツにキスされたのか・・・・・・」

 ったく、やってらんねぇ。

 がっくりと肩を落とす俺を見て蘇芳は口元を上げる。

「何だ、俺とキスしてなくて残念だったか?」

「へ!?」

 彼の悪戯たっぷりの台詞に何故か笑い飛ばす事も出来ず怒る事も出来ず・・・・・・ただ顔を紅くしてしまう。蘇芳にしてはいつものからかいだったんだろうけど・・・・・・。

 俺の反応が意外だったのか、蘇芳も蘇芳でそれ以上何かを言う事が出来なかったらしい。賑やかだった屋上が一気に静かになる。

 な、なんか変な雰囲気じゃねぇ・・・・・・?

 色んな事を誤魔化そうと、取りあえず自分の口を袖で拭う。やっぱり気持ち悪いし。

「空」

「何だよ、蘇芳」

 人が一生懸命あの感触を忘れようとしているところに、蘇芳が何故か俺の眼鏡を取った。その流れがあまりにも自然なものだったから、眼鏡を外された事に疑問は持たなかったんだ。

 不意に鼻を掠めた香りが蘇芳のものだと気付くのにそう時間はかからず。

 ああ、キスしてるんだなと思っても嫌悪感はわかなかった。

 さっきの男にキスされて体が動かなかったのはあまりの事に茫然としていたからだろうけど、今抵抗する気があまり無いのは、なんかよくわからないけど気持ちがいいから。

 取りあえず唇の感覚だけを追うつもりで目を閉じた。

 最初、蘇芳の舌があの男と同じ動きを見せたのには一瞬体を堅くしてしまったけれど、慣れてしまえば全く平気だった。と、いうかむしろ本気で気持ち良くて。

 熱い息を吐き出したり酸素を求めたりしながらも夢中だった・・・気がする。

 がくりと膝が力を失い、倒れそうになるのを蘇芳が支えてくれて、倒れる危機感を持った俺は彼の体にしがみ付いていた。それでもまだキスしていた。

 ずっと前、ドラマの作中でのキスシーンが一番長いのは―――なんて馬鹿な事を比較した番組があったけど、その最長タイムより長いような・・・・・・。

「ん、は・・・・・・っあ」

 ようやく解放された俺は息も絶え絶えで肩を激しく上下に動かしていたのに、蘇芳はけろっとしている。

 何だか悔しいぞ・・・・・・。

「そら」

「ひゃ・・・・・・」

 その声で耳元で囁くな!

「キスぐらい平気なんじゃなかったのか?」

 ぐったりしている俺に蘇芳はそんな事を言ってきやがった・・・・・・。

「お前ぇ・・・・・・」

 恨みのこもった目で睨んでも蘇芳はどこ吹く風、といった感じで。

 からかわれた!?からかわれた!!

「蘇芳・・・・・・」

「ん?」

「あの変態ヤロウと間接キスだぜ。ご愁傷様」

 本当に、些細な嫌がらせもしたくなるだろう。

 蘇芳も流石にそんな事を言われるとは思わなかったらしい。軽く目を見開いて俺を見ていた。

 はっはー、ざまぁみろ!

「お前、可愛い男NO.1なんだろ?」

 でも、蘇芳はどこかの雑誌で企画したランキングの話をいきなりしだした。

 それが?という目で見上げてやると

「もう少し可愛げのあること言え」

「ヤダよ。何でお前の前でわざわざ作らないといけないわけ?」

 多分、もう言わなくてもわかっているだろうけれど、テレビの中の俺は作りモノだ。性格使い分けないとやってられない世界だと俺は思っている。メンバー全員オフとオンを使い分けているし。

 だから、こんなにのびのびと自分を出せる相手はメンバーか親兄弟以外に居なかったわけで。

 ・・・・・・あれ?

 つか、今俺、何・・・・・・。

 思わず口を手で押さえていた。

 何で、いつの間に蘇芳がそんな相手になってるんだよ。

「・・・・・・空?」

 こんな、この入れ替わり期間が終わったら二度と会わないようなヤツなのに。

「何でも・・・ない」




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