ああーっ!もう、何なんだよ、あのオトコ!」
陸と一日目の報告をしあった後、自室に戻って思いきり不満をぶちまけた。
一応陸の親友だし、目の前で言うのはなんだかなって思って。
「何が飴玉で充分だー!ちくしょー!」
お子様顔で悪かったなぁ!陸と同じ顔だぜオラァ!!
ぼすぼすと何の罪も無い枕を殴り、気を紛らわせた。
机の上には、ヤツがくれた飴玉が一つだけある。
大人しく食べるのも癪で、何かのお菓子が入っていたらしい緑色の瓶を持ってきてその中に入れてやった。蓋を閉めて何となくすっきりした気分になる。
飴をヤツに見立てて、拘束してやった気分。
「お前の言いなりになって堪るかー!」
その瓶を指差して宣戦布告。
俺を誰だと思ってる!あの天のソラだぞ!女の子にお前よりずーっとモテるんだからな!お子様顔でも!
ある程度怒りを吐き出すと落ち着いた。
冷静に考えたら、もしかしたら彼は自分の親友である陸に同情していたのかな、とも思う。
わかってるんだよ、これは俺の我侭。陸を巻き込んでしまった俺が悪い。
でも、さ。
「何で俺、お前と放課後デートしてるわけ?」
陸になって3日目、毎日放課後は蘇芳の手伝いだ。
違うだろ、学生の放課後ってのは可愛い彼女とデートかもしくは部活で可愛いマネージャーと!
「・・・・・・お前、放課後に何をしたいんだ?」
どこか呆れたような蘇芳の質問に、俺は胸を張って答えてやった。
「勿論、彼女とデートか部活で熱血して可愛いマネージャーと」
「陸には彼女はいないし、この学校は男子校だから可愛いマネージャーは居たとしても男だが?」
う。そ、そういうところ突っ込むなよ。
「いいだろ・・・・・・多少の夢を持ったって」
「まぁ、夢にしか過ぎないがな」
なんかコイツの言い方すっげぇムカつく。
「俺だって、たまには息抜きしたいんだよ」
その息抜きが、なんでこんな雑用ばっかりやってないといけないんだ。
授業がつまらないのは陸のためだと思えばなんとかなるけど!
「お前、何で芸能界に入ったんだ?」
「へ?」
顔を上げると机を二つくっつけて向かいに座っている蘇芳の視線が自分にあることに気がついた。
真面目な顔でこっちをじっと見つめていて。
「・・・・・・歌、やりたかったから」
校庭から聞こえるどこかの運動部員の掛け声。彼ら以上に、俺は必死だった。
確か初めてのステージは中学の文化祭。当時つるんでいた仲間と、軽い気持ちでバンドで自主参加して、その時自分が思っていたより歌が好きだということに気が付いた。
「歌が好きで、ずっと歌っていけたらいいなって思ってた。偶然、軽い気持ちで応募した事務所のオーディションに受かった時は、本当は相当悩んださ。売れるかどうかもわかんないし、その為に手放すものだって多いだろうし。でも」
確か、その日に陸と話をした。
ぼんやりソファに座りながら何となく歌っていた俺に、陸が「空の歌は綺麗だよな」って言ってくれたから。
「俺は、俺の可能性に賭けてみたかった」
芸能界は荒波のような世界だと聞いていたけど、そこで売れなかったら俺はそこまでの才能しかないんだって、諦めようと決めてた。
そしたら何か、売れたし。それなりの評価も貰えた。
だけど。
「事務所の力」とか「顔が良いから」とか、聞こえてくる陰口。
一番堪えたのは、「体で仕事を貰っている」という噂が流れていると知った時。
気にしていないつもりだったけど、意外と疲れていたのかもしれないな、俺も。
それを振り払うように無理な行動して、結果喉を痛めた。
「この選択が正しかったのか、わからなくなる時があるんだ」
メンバーや家族には絶対言えない、俺の弱み。
勿論、双子の片割れである陸にだって、言えない。
「無理して笑っている時だって、あるし。辛い時があっても笑わないといけないし。こんな苦しい思いしてまで、やることなのかなって、思う時もあるし。笑ってても、俺、今本当に楽しいのかなって、思う時が多くてさ・・・・・・なんか」
なんか、なんだろう。
もしかして、俺、後悔・・・・・・してるんだろうか。
歌は好きだ。この気持ちに変わりはない。
でも、ここまで辛い思いをしてまで、やるようなことだったのかな・・・・・・。
がむしゃらに行動して、結局喉痛めて、陸にまで迷惑かけて・・・・・・。
「あっは。悪ぃ悪ぃ。別に暗い話をしたくてここに来たわけじゃないんだよ」
内心慌てて笑顔を取り繕った。
何でこんな初対面に近いヤツに愚痴ってるんだ、俺。
この期間が終わったらすぐに他人になるようなヤツに、だ。
俺らしくない。
「・・・・・・単なる馬鹿かと思っていたけどな」
そんな俺の努力を無視するような蘇芳の言葉に笑顔が引き攣る。
「あぁ?誰が馬鹿だ?」
「誰も馬鹿じゃない。見直したよ、空」
そら、と自分の名前を呼ばれてときめいたのはこれが初めてかもしれない。
「み、見直したって・・・・・・?」
「お前、凄いな。普通、お前くらいの歳で自分が本気でやりたい事見つけられるヤツなんて滅多に居ないんだぞ?しかもお前はすでに自分の居場所確保出来てるし」
「え・・・・・・でも」
居場所って、あの芸能界・・・・・・?
それはそれで、なんか微妙なんだけどなぁ。
うーん、と悩む俺に蘇芳が突然
「俺は、羨ましいけどな」
へ?
耳を疑うぞ、俺は。
あの蘇芳があの蘇芳が、俺が羨ましい?
「マジで?」
ここでまた馬鹿にするんじゃないだろうな?
そんな俺の質問に、彼はあっさり頷いた。
「ああ。憧れるな、必死に夢追っかけてるヤツって。格好良いとも思う」
「え、マジ?俺カッコイイ?」
可愛いとかはよく言われるしそういうキャラ作りしてるから仕方ないけど、カッコイイなんて初めて言われたぞ!俺!
しかも自分よりカッコイイヤツに!
「そうかぁ、俺ってカッコいいんだー」
なんか、ちょっと良い気分になってきた。
そんな俺を見て「浮き沈みの激しいヤツ・・・・・・」と蘇芳が呟いたのが聞こえたけど、無視してやった。褒めたお前が悪い。
「アレ?もしかしてお前、自分の進むべき道に悩んでるってヤツ?じゃあ人生の先輩の俺が聞いてやろう」
「・・・・・・生憎、芸能界なんて特殊な道を進んでるヤツに話すような悩みは無いね」
「なんだ、つまらん」
「・・・・・・お前、他人の悩みを何だと・・・・・・」
褒めるんじゃなかった、と蘇芳は後悔してるみたいだけど、後の祭りってやつだな!
「ホラ、今日の分」
小さな子供にお駄賃あげる感覚で蘇芳が何か握っている手を差し出してきた。
中身は多分・・・・・・わかっていても何となく手を差し出す俺も俺だけど。
「また飴?」
喉にいいのはわかるけどさ・・・・・・。
「歌、歌いたいんだろ?」
心なしか優しげな彼の言葉にこくりと頷くと蘇芳はふっと微笑んだ。
「なら、大事にしないと。な?」
「・・・・・・う、ん」
大人しく頷いた俺に彼は満足したらしく、黒くした頭を撫でてきた。
この小さな飴は、彼なりの優しさなのかもしれない。
そう思ったら自然と飴を握り締めていた。
なんか、ちょっと、というかかなり。
嬉しいかもしれない。
芸能界という特殊な世界に入るのに、両親は快く頷いてくれた。
『空、歌好きだったもんね、空の歌、好きだから頑張って』
母さんはそう言ってくれて、外国に居る親父にも連絡をしてくれた。親父は、外国でも俺の姿が見られるようになって嬉しいと言ってくれた。
そんな彼らに弱音を吐くのは憚られた。勿論、陸にも。
スポットライトの下で笑う俺じゃない俺を、初めて家族以外に見せてしまったのに、蘇芳は普通に受け止めてくれた。それどころか、褒めてくれた。
嫌なヤツだと思ったのに、なんだろうこの感覚。
夕飯までベッドの上でごろごろしていて、机の上にある緑色の瓶に目を留める。
今日の分を入れて、3つ飴が溜まっていた。
のど飴って言っていたけど、どんな味がするんだろう。
食べてみようかと手を伸ばしたけれど、なんとなく勿体なくて止めた。
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