熱狂するファンに囲まれて、歌を歌う。
テレビに出てドラマに出て、CM出演もして。
望んだものを手に入れた、はずだった。
不意に感じる横の空気の冷たさは何だろう。
真っ青な俺の名前のものを見上げてため息をついた。
兄貴の学校の屋上で、俺は兄貴としてココにいる。
本来、俺の職業は学生じゃなくて芸能人。けれどちょっとした事情で俺は学生である兄貴の学校に来ていた。勿論、俺の仕事は兄貴がしている。
陸にはノートとっとけ、と言われたけれどさっそくサボってるよ、俺。
だって学校の授業なんてかれこれ2年振りで。最初は物珍しさにノートを取っていたけれどすぐ飽きた。
「ったく、こんな眼鏡なんてつけちゃってさぁ」
つける必要の無い邪魔くさい眼鏡を取り、俺はコンクリートの床に投げ捨てていた。
わかるよ、陸と俺の顔はそっくりだから、間違われるのが嫌だっていうのは。
俺だって、そうだった。
陸と間違われるのが嫌で、髪を染めた。高校だって芸能界入りしなかったら、陸とは違うところへ行っていた。
双子っていうのは、不思議なものだと思う。
一番大切な相手であり、一番憎いライバルでもあり。
陸は、そんな俺の気持ちに気付いていただろうか。
親父と母さんは違ったけど、中学の時・・・・・・勉強の出来ない俺はいつもなんでも出来る陸と比べられていた。
教師に怒られる時はいつも陸の名前が出てきた。
これでも、運動は俺のほうが得意なんだぞ、なんて。この業界に入ってからはバク転だってお手の物だし。
胸ポケットから煙草の箱を取り出し、一本咥えた。
本当は喉に良くないんだけど、むしゃくしゃした時とか無性に吸いたくなるんだ。
「陸・・・・・・大丈夫かな」
ゲーノー界って結構特殊なところだから、色々戸惑ってるかも。
・・・・・・でも、陸だから上手くやってるのかもな。
そう考えると少しムカっとした。
陸の事は好きだけど。
俺も、何か卑屈になるのがいけない。
煙草に火をつけて、ふぅと煙を吐き出した。
こうして屋上で空を見ていると、嫌な事を思い出す。
『・・・・・・アレ?君、陸くん、じゃ・・・・・・?』
戸惑いがちに言いやがったあのオトコッ!!
怒りで煙草を持つ手に力が入る、
確か、イッコ上の先輩。
何となく、憧れてた先輩だった、のに。
あのヤロウ、俺を陸と間違えて告ってきやがった上に俺のファーストキス奪いやがった!
あああああ、思い出しても腹が立つ。
陸には当然言っていない。だって、言えるか。
オトコがオトコにキスされました、何て笑いモンだろうが!
それからだ。俺が、合気道を習い始めて、歌も本格的に始めて、煙草も、吸い始めたのは。
その経験は悲しい事にこの業界でかなり役に立った。
何度か襲われかけた時だって、得意の合気道でメッタメタにしてきたわけだし。
「陸!お前、何やっているんだ」
あれ?なんか遠くの方で耳に心地良い声が聞こえる。いいなぁ、オトコって感じの声。俺もそういう声が欲しかったよ。
って、陸って。
おお、そうだ、俺、『陸』だった。
呼ばれて振り返ると、同じクラスの蘇芳、が居た。
確か生徒会長だって聞いている。でもって陸と仲がいい。
「ちょっと具合悪くて」
陸使用の笑顔を振りまくと、蘇芳が呆れた感じでため息をつく。
「具合悪い奴がどうして煙草なんて吸う?」
げ。ヤバイ。
俺の手には火をつけたばかりの煙草が一本、まさに吸っていましたという持ち方で存在している。
「さ、さっき、ここで吸ってる人が居たから、俺没収しといたんだ」
苦しい言い訳に蘇芳は眼鏡の奥の鋭い目を細めた。
何か、心の中を見透かされるような、眼。
「ふぅん。没収、ね」
何か、カンジ悪ぃな、コイツ。
何が気に食わないって、メンバーの夕日並の身長。
確かにちっこいほうが可愛いのは解るけど、なんだかなぁ。
「じゃ、ソレよこせ」
蘇芳が長い腕を伸ばして俺の手の火のついた煙草を差す。
大人しく俺はそれに従った。
どうせまだ箱あるし。
「あ、ごめんな、蘇芳。俺、没収した相手の名前聞いて無いや」
「・・・・・・別にいい」
蘇芳はあっさり答え、俺から受け取った煙草を迷いも無く口に咥えた。
って、オイぃぃ!?
慣れた仕草で彼は煙を吐き出し、俺の胸元から素早く箱を取り上げる。
銘柄を見てつまらなそうにする仕草が大人っぽい。
「マルボロ、か。妥当なセンだな」
「お、前!」
「喉やられてるってのに、煙草は不味いんじゃないか?空」
「へ?」
こ、コイツ俺の名前言ったよな?今。
俺を、知ってる!?
コイツの顔を俺は知らない。それはつまり陸の高校からの友人ということだ。そういう奴等は俺の存在を知らないはずだ。
「陸からお前の事を頼まれているんだ」
「陸に?」
「そう。昨日電話でな」
何だ、そうだったのか・・・・・・。
「だから、お前はせいぜい陸の評判を崩さないようにするんだな、アイドルくん」
なんか、嫌味くさいのは気のせい?
「わかってるよ、てめえに言われなくたって!」
煙草を取り返そうとしたけれど、あっさりかわされた。
ヤツの口には、さっきまで俺が吸っていた煙草。
「じゃあ、俺は先に行くからな」
ひらひらと手を振る蘇芳に、思わず俺は口元を手で拭っていた。
「何、アイツ・・・・・・」
顔は格好良いけど、俺の周りのヤツで格好良い顔をしている奴等は揃いも揃って性格が悪い。
顔が良いイコール性格が悪いという式の証明に蘇芳の名も追加された瞬間だった。
「あ、諏佐野〜」
「ん、何?」
教室に戻るとさっそく声をかけてきたヤツがいた。
陸は、結構人気者らしいということに気がつくのに時間はかからなかった。
そりゃ、この顔で可愛い性格だったら人気にならないほうがおかしいよな。流石、俺の双子の兄だ。
「今度の日曜に皆でカラオケに行こうって話してたんだけどさ、諏佐野も」
カラオケ、という響きに俺は目を光らせた。
これこれ、これだよ!俺が求めていた学園ライフ!
それにしても何を思ったのか陸のヤツ男子校なんて選びやがって、楽しさ半減だっての。
下駄箱に入っているラブレターから始まる青春だぜ、本来。
「行」
「その日は俺と出掛ける予定だよな、陸」
「行く!」と答えようとした時、教科書か何かで後頭部を叩かれた。
この声は、蘇芳だ。
さっきのことですでに敵と俺の中では判断している。何で陸のヤツはこんなヤツと親友してるんだ・・・。
「あ、そうなのか?相変わらず仲が良いんだな。じゃ、諏佐野また今度」
声をかけてきてくれたヤツはあっさり別なヤツを誘いに行ってしまった。
あぁ・・・・・・青春が去っていく。
「おい、蘇芳・・・・・・なんのつもりだ」
「それはこっちの台詞だ。お前、喉やられたんだろ?煙草もカラオケも駄目だろ」
う・・・。
そりゃあまぁ、そうなんですがね。
医者には毎週通っている。あまり声を使うなしゃべるな歌うなと病院に行くたびにきつく言われていた。
「久々に羽が伸ばせると思ったのに・・・・・・」
思わず呟いた言葉に蘇芳がにやりと笑った。
「それは残念だったな」
く・・・・・・コイツムカつく。
結構楽しみにしてた入れ替わり計画。
色々夢見てたんだよ、彼女つくってラブラブスクールライフとか、スポーツとかして爽やかスクールライフとか。
なのに、ことごとく俺の期待を裏切ってくれる陸の学園生活。
陸が悪いわけじゃないけど、何だかな・・・。
こうなったら放課後はさっさと帰ってゆったり過ごそう・・・・・・。
「あ、そうだ陸、いつも頼んで悪いが、放課後手伝ってくれないか?」
いつも、を強調して蘇芳がそんなことを心なしか大きな声で言う。
そんな大きな声で言ったら、周りの視線が集まるだろうが!
「い、いいよ・・・・・・何するの?」
引き攣った笑顔で、心の中で立てていた計画を崩された怒りをどうにか隠す。
それに答えるように蘇芳も悪気のない笑顔で
「ホラ、俺学級委員長だろ?修学旅行の計画資料とか作らないといけなくて」
こっちの怒りを知ってか知らないでか・・・・・・いや、絶対知ってるだろ、この男のこの笑顔!
「うん、わかったー・・・・・・放課後ね」
ちくしょう、返せよ俺の学園ライフ!!
「ほっといたら何をするかわからないからな」
夕日の入る教室で、俺と蘇芳は二人きり。
その時ようやく彼は俺に自分の真意を語ってくれた。
「お前が今立っているのは陸の領域だ。そこを滅茶苦茶にされたら困るのは陸だ」
「陸に迷惑はかけねぇよ!」
「どーだか」
資料をまとめる作業を続けながら蘇芳は肩を竦める。
俺はその資料のコピーを番号順に並べてホチキスでまとめる作業をしている。
「つか、何だよさっきから陸陸陸ってさ。お前、陸のこと好きなわけ?」
うっわー男子校ってマジそんなことあるんだぁ。
なんて、思ってみたけど、忘れたい過去を思い出してしまい結局自爆。
「さぁ、どうだろうな?」
蘇芳は慌てるわけでもなく作業を続ける。
ここで顔を紅くしてくれたらまだ可愛げがあるのに。
蘇芳と会話をするのも嫌になってきて、俺は自分の手元に視線を移す。
修学旅行の行き先の資料だ。最近の高校の修学旅行の範囲には外国も入っている上、選択性らしい。
@沖縄A京都Bイタリア・ローマと書いてある。
いいなぁ・・・・・・。
思わず呟いていたらしく、蘇芳が作業を止めてこっちを見る。
「修学旅行、行ったことないのか?」
「小学校の時は行ったけど、中学んときは芸能活動始めてたし・・・・・・」
ロケとかツアーで全国飛び回ったりはしてるけど、観光なんて時間ないし。
旅行番組なんて話くるわけないし。
休みもないし。
もしやこの入れ替わりの時期に修学旅行か!?と思って日にちを確認したけれど、重なっていなかった。
でも陸にも悪いよな・・・・・・重なってたら。
「蘇芳はどこ行くんだよ」
「京都」
「はぁ?何で今更。お前折角なんだからローマ行けよローマ!」
まったく、親の金で旅行できるなんて修学旅行くらいなものなのに。なんで謙虚に生きてるんだコイツ。
近くにあったローマの旅行雑誌を叩いて主張すると突然蘇芳は笑い出した。
「お前、陸と同じ事言うなよ」
流石双子だな、と彼は言ってくれるけど。意識してやってるわけじゃないからこちらとしてはそんなの知るか!って感じで。
「まぁ、陸のほうがもっと穏やかに言ってたけどな」
「悪かったな・・・・・・騒がしくて」
「元気だって褒めてるんじゃないか」
「それってガキ扱いしてるってことじゃね?」
「深い事は気にするな」
確かに、蘇芳とは同い年と思えない程の身長差があるし、ヤツもヤツで大人っぽい。
なんだろう、この湧き上がってくる悔しさは・・・・・・。
「今日はもう終わりにするか。お、綺麗にまとめたな。えらいえらい」
陸になる為に黒く染めた頭を蘇芳は二三回撫でて俺がまとめた資料を回収した。
って、オイ。
「蘇芳、お前」
「じゃあコレをやろう」
俺が何かを言う前に蘇芳は俺の手の中に小さい何かを押し付けてきた。
紅いセロファンに包まれた小さい飴玉だ。
「・・・・・・飴?」
「のど飴。煙草よりはずっと喉にいいだろ」
む。余計なお世話。
「ってかお前煙草返せよ」
なけなしってわけじゃないけどアレは俺が稼いだ金で買ったものだ。
けれど、蘇芳は鼻で笑ってきやがった。
「未成年の癖に。それに、お前全然煙草似合わないし。お子様顔のアイドルくんには飴玉で充分だろ」
ごめん、陸・・・・・・俺が3ヶ月持たないかもしれない。
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