「え。俺一目惚れされちゃってたの?」
その、陸の学校の色男を惚れさせた弟は、何とも軽い口調でその告白の報告を受け止めてくれた。
「ふーん。でも断わったんだろ。じゃあいいじゃん」
そして、何とも興味なさげに言ってくれた。確かに告白をされたのは陸だが、彼が実際にしたかった相手はこの空だというのに、まるで他人に起きた出来事のようだ。
「良くないよ!夕日サン好きだって言ったら笑われて信じてもらえなかった!!」
「……当たり前だろ」
空は呆れたようにため息を吐き、ぐしゃぐしゃと茶色く染め直した髪をかき回し、そんな弟の対応に陸は言葉を詰まらせた。
自分だって解かってる。芸能人は一般人からみたら雲の上の人で、その相手に対する想いは普通恋愛感情と言うより憧れだ。
でも、陸の場合憧れじゃない。
きちんとした、恋愛感情。
でも保村は経緯を知らないから、陸が夕日に憧れているだけだと解釈した。
「馬鹿正直に言うなよ。陸は変なとこで馬鹿なんだから」
まぁ、そこが可愛いんだけどね、と空は苦笑しながら今度陸の頭を撫でる。
保村に笑われて思った事は、やっぱり自分が芸能人である夕日に恋をしているというのは、世界が違いすぎているという事。
自分がどんなに頑張っても手の届かないところにいる人。
解かっていても、想いは止められない、それが恋なんだろうと。
解かっているけれど。
テレビでスポットライトを浴びている彼を観ると、心臓が痛い。
「会いたいけど、なぁ……」
ふぅ、とため息を吐く俺の頭を空が撫でてくる。
「あ、そういや今日夕日出てるドラマあんじゃん、それ観ようよ、兄貴」
気を遣うような彼の言葉に頷くと空はリモコンを手にとってチャンネルを変える。今夕日が出ているのは恋愛中心のドラマで、夕日の相手役の女性も前から人気のある女優の一人だ。
夕日と並んでいると、物凄く絵になる。そう考えるとまた胸が痛む。最近どうも後ろ向きの考え方しか出来ない自分が嫌だ。
少し表情に影を落とした陸を空はちらりと見て、その理由を察して口を開く。
「この人、癒し系って評判だったけど最近干され気味みたいだよ。元々歌歌うヤツだったのに、演技中心になってから見れたもんじゃない」
「えーうっそ……」
空の言葉に陸はテレビ画面を振り返る。そこにはふわふわで茶色い髪のどこか頼りなさげな女性が微笑んでいた。夕日の相手役だ。そして、大きな目に形のいい鼻、つまりは文句なしの美人。こんな美人でも干される事あるんだ、と思うと同時にこの業界の厳しさを知る。
「整形美人だけどな」
空は鼻で笑いながら少し低めの音量を上げた。
「……何で空そんな事知ってんだよ」
「だって、初めて会った時と顔ちげぇもん」
さらりとそんな事を言われると、フォローしようもない。しかも真実味に溢れすぎている。
「頼むから、芸能界に夢見させてくれよ、空」
「兄貴が夢見たいのは夕日限定だろ」
う。
ずばっと言われた事に陸は言葉を詰まらせた。
確かにそれも間違っちゃいない。
「夢見るより、俺は現実で会いたいよ……」
あぁ、切ない。
こんな、演じられた笑顔じゃなくて、自分にだけ向けられたあの笑顔に会いたい。
テレビの中の夕日は、あの時陸の隣りにいた人とは別人で、それが尚更胸を締め付けた。

この時双子は、また少し厄介な事が始まりつつあった事を知らないでいた。





「あ、待って律、俺CD屋に寄る」
共に歩いていた幼馴染が、通りがかったCD屋に入っていくのを保村は仕方ない、とため息を吐きながら追った。
「何お前、CDなんて珍しいじゃないか」
音楽なんて無縁の生活を送っていた幼馴染をからかうと、彼はむっとした顔で振り返る。
「いーじゃん。この間あっきーに貸してもらったCD良かったからさ、新曲買おうかなーって思って」
あっきーというのは彼のクラスメイトの名前だ。伝聞でしか聞いていないから、顔も本名も知らない。どんな友人を作ったんだコイツは、と思いながらも保村は幼馴染の背に付いて行った。
到着したところに保村は思わず眉を寄せる。
「おい、史……」
「そんな目で見んなよ、俺だってちょっと恥ずかしいんだから!」
女子が沢山集まっているアイドル系ジャンルのスペースに保村は一歩後ずさる。そんな保村の心情を読み取ってか否か、幼馴染は早足で目的のものを奪い、人が並ぶレジへと向かう。保村もそこに一人で立っている勇気は無く、彼についていった。
「で、誰のCDなんだ」
レジには人が沢山いて、順番が来るまでの暇つぶしに保村は問う。と
「“天”の……アイドルグループでも、歌上手いんだよ。夕日とソラは個人でもCD出してるし、下手なミュージシャンよりはずっと良いんだ。この人達うちの学校の文化祭に来てくれないかな」
 まぁ、無理だろうけど。
 人気絶頂にあるアイドルが学校の文化祭に来てくれるわけが無い。文化祭実行委員会の一人である彼は夢のような事を口にして苦笑した。
「天?……夕日?」
どこかで聞き覚えがあるような、と保村が眼を細めると幼馴染の不思議そうな視線をやや下のほうから感じる。
けれどそれに構っている暇はなく、保村は記憶をめぐらし、一つの事を思い出した。
「なぁ、史」
「何?」
「夕日って、格好良いのか?お前も好きか?」
「へ?あ、ああそりゃ……芸能人だし、まぁ格好良いと思うけど」
「俺より?」
「へっ!?」
途端になぜか幼馴染の顔が紅く染まったが、その理由を特に気にすることなく保村はその様子を眺めていた。不謹慎ながらも、面白いと思いながら。
「あ、あ、あっと、えっと、お、俺はっその!ゆ、夕日より、俺にとってはっ、律の方が、その……か、カッコイイと思うし、す、すすすすっ」
「史、レジ」
前に人がいなくなったのにも気付かない幼馴染に保村は呆れた声を出した。それに慌ててレジに向かう彼を見送り、一足先に出口に向かう。
外に出て待っていても良かったのだけれど、店内のBGMが切り替わった時に思わず足を止めていた。
「律、お待たせ……っあの、さっきの話だけど、俺は」
「史、この曲誰の曲だ?」
聞き覚えのある声が綺麗な旋律となって流れてくる。その音に集中している保村に問われた彼もその曲に耳を傾け
「あ、コレだよコレ」
と、今買ったばかりのCDの袋を指差した。
「は?」
「コレ、“天”の新曲だよ。ここのメロディはソラが歌ってる。綺麗な声してるよな」
「ソラ……?」
あの音楽室から聞こえてきた声が、何故CD屋のBGMとなっているのだろう。けれど、聞き間違いなどではなく確かにあの声だ。透明でまるで天から響いてくるような女性とも男性とも判断しがたい、あの。
保村がその声を耳にしたのは数ヶ月前。日直で少し遅れて部活に行こうとして音楽室の前を通った時、ピアノの単音とその声が耳に触れた。扉の隙間から見えたのは、夕日に染め上げられた教室と、まるで幻のように頼りない少年の姿。
机に腰掛けて小さく歌う彼の声には、魔力めいたものが確かにあった。
「なぁ、史、お前、ソラの顔載ってる雑誌とか持ってるか?」




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