そして、空の双子の兄の陸は普通の高校生活を送っている。
双子だからといって、まさかあのアイドルが双子だと知っている人がいるわけもなく、あのソラの兄弟だと気付かれることもなく平穏な毎日だ。
一時期、取替えっこなんかして平穏じゃない日々を送ってみたりもしたけれど、それもまた良い思い出。
思い出、と心の中で呟くと少し胸が痛い。
テレビに映っている夕日はやっぱり次元が違う人で、何となく淋しい気分になる時もある。
そんな時は、一人で彼のCDとか聴いて気分を向上させるのが最近の方法・・・・・・我ながら女々しいと思うが。
「陸、なー、陸ってば」
教室で一人CDを聴いていたら、クラスメイトの浦辺が肩を揺すってきた。
最初は面倒臭くてそのまま寝た振りをしていたが、それを彼は許してくれなかった。
「あ、めっずらしー。何聴いてんの?あ、コレ“天”の新曲じゃん!いいなー、コレ後で貸して!僕も“天”好きでー・・・・・・一番は夕日!かぁっこいいよねー」
「格好良いよな!」
思わず顔を上げて力いっぱい答えてしまっていた。
そして、にんまり笑った浦辺の顔に、しまった、と自分の失敗に気がついた。
「何だー、寝て無いじゃん陸くんってば」
もう寝せないとばかりに陸の肩に抱きついてくる彼に、陸は思いっきり表情を顰めて見せた。
「浦辺に話しかけられるとロクなことが無い」
「ひっどいなー。ただちょっと頼み事したかっただけなのに」
やっぱり。
陸の予想は大当たりだったらしい。
浦辺とは高校に入った時に知り合った友人で、彼が陸に頼み事してくるのは大方
「陸、委員会で保村先輩と一緒だろ?先輩に彼女いるか、彼氏いるか聞いて来てくれね?」
自分が気に入った相手、しかも男に恋人がいるかどうか聞いてみてくれという相談だ。
彼はどうやらそっちの道の人間らしく・・・・・・いや、自分もだが、一応初恋の相手は女の子だ。
「お断りします」
「あ。そういや僕前に、雑誌の抽選で夕日のサイン付き生写真当たった事あるよ」
「・・・・・・・・・浦辺」

俺は別にグッズとか掻き集めるようなファンじゃないんだ、と言いたくても、了承してしまった今となっては信じてもらえそうも無い。
保村は、学校でも人気のある人物だ。あまりそういうことに興味を示さない陸が知っているのだから相当だろう。
身長高いしそれなりに整った顔に、頭が良い。それでいてバスケ部というモテる部活に入っているから。
男にモテてどうする、というものはあるが。
そんな彼とは同じ図書委員会だけれど、常に人に囲まれている彼と話したことは一度も無い。つまりは人気者なのだ。
話す機会が無いから、聞けない。
そういう理由があれば、浦辺も諦めるだろう。
そう思っていた、のに。
「じゃあ、歴史系の棚は保村と・・・・・・ああ、そこの君に任せるよ」
週に一度の委員会の今日、図書室に集まって滅多にやらない本の整理。
そして、委員長が適当に指差したのは、よりによって陸だった。何でこんな時に、と心の中で絶叫するが、所詮は心の叫び、誰かが聞いてくれるはずがない。
委員長命令に逆らえるわけもなく、保村の背についていって、人気の無い本棚へと向かった。
「よろしくな、陸くん」
「はい、よろしくお願いします」
一応名前だけは知っていてくれたらしく、笑顔で彼は陸の名前を呼んできた。確かにその笑顔は女子にキャアキャア言われてもおかしくない。
気の所為か、頭の中で浦辺が「聞け!聞け!」と追い詰めてきた。
「日本史の本が世界史の方に混じってるな・・・・・・陸くん、日本史の方にも世界史の本が混じってるか見てきてくれないか?」
保村の方はこっちの事情も知らずに仕事を進めようとしているし。
委員長が自分と彼をペアにした理由も仕事場に来てなんとなく解かった。自分は背が低い、保村は背が高い、そういうことだろう。
陸は腕いっぱい伸ばさないといけない本棚の一段目を保村はなんて事ないように整理している。バスケをやっているだけあって、体格もいい。浦辺が気に入るわけだ。
「あの、保村先輩」
自分はきっとお人よしだ。
彼は何?と優しげな笑みを浮かべて振り返ってくれる。多分、何か整理について質問があって話しかけてきたと思ったんだろう。そんな好意が今は良心に刺さってくる。
「先輩って、好きな人とかいるんですか」
心の中で謝りながら聞くと、本を整理していた彼の手が止まる。
その静止が長かったのでどうしたんだろうと不思議に思ったが、今の状況を考え直してみて自分の失敗に気付いた。
自分と彼は、今日初めて会話をした。
しかも、一番最初の会話が、こんな込み入った質問。
・・・・・・俺は馬鹿だ。
上手く立ち回れなかった自分にがっくり来た。
「す、すみません、ほら俺あんまり女の子にもてないし、先輩なら格好いいし彼女とかいるのかなーとか思って、日常会話範囲ですよね、これ!」
あわあわと弁解していたら保村は本を一気に五冊本棚に突っ込んだ。五冊も手に収まる彼の手はなかなかに大きい。
そんな事に感心している暇はないのだが。
「えーとえーと・・・・・・すみません」
結局謝ることしか出来ず。
ぺこりと頭を下げたら「いやちょっと驚いただけ」と彼の苦笑する声が降って来た。その返事にほっとする。が
「だって、気になってた子にそんな事言われたらさ、吃驚するだろ?」
「あぁ、そうですよねーあっはっはっはっは・・・・・・・・」
あれ?
今、何かすっごい事聞かなかったか?
笑い声を止めたくなかったけれど、自分の目の前でにこにこ笑う彼にその気力を奪われてしまった。聞き返したくないけど、聞き返さないといけないという窮地に、陸は口元を引き攣らせる。
「え?先輩?」
「ん。俺、諏訪野のことずっと気になってたんだけどさ、どう?」
「どうって、え、え・・・・・・えぇぇえぇ?」
からかわれているのかとも思ったけれど、彼はにこにこと笑っている。その笑顔の意図が解からない。
「すみません、俺好きな人がいるんで無理です!」
すぐに思わず口にしていたのはその台詞。とりあえず、こう言っておくのが無難だろうし、嘘はついていない。
彼は少し驚いたようだったけれど、また笑顔に戻る。
「そっかー。残念。諏佐野の好きなタイプってどんなんなんだ?好きな相手って誰?この学校?俺知ってる?」
この学校?って聞くのはちょっとおかしいんじゃないかと思う。この学校は男子校なのだから。実際好きな相手は確かに男だが、何だか少し腑に落ちない。
「この学校じゃないですけど・・・・・・先輩も多分知っているかも」
こそこそと小声で正直に言うと彼の眉が興味深げに上がる。
「へぇ、誰?」
誰って。
どうしよう、素直に言うべきか、でも相手も本気なんだから、それを適当に返すのも悪いような気がする。
そんな律儀なことを考えてから、陸は決意をする。
「あの、“天”っていうグループ知ってますか?」
恐る恐る正直に告白すると、保村の顔が少し怪訝なものになる。
「へ?ああ、名前だけなら」
突然芸能人の話になったから、不思議に思ったんだろうが。
「それ、の夕日って人が、すき、で・・・・・・」
好きと言葉に出すと何だか照れくさいものがある。少し恥ずかしくなって俯き、もごもごと答えると、何故か保村から返事がなかなか来ない。
「先輩?」
彼を見上げると、彼は首を傾げ、視線は白い天井。
「えーっと、君は芸能人に恋してるってこと?」
ええ、まぁ、はい。
こくりと頷くと、司書さんに注意されるまで彼は笑い続けた。

「そっか、そうなんだ、じゃあまぁ、俺の事も気長に考えといてくれよ」

保村は笑いを堪えながらそう言い、そしてしばらくして委員会が終わった。その目に涙が浮かんでいたのを陸は見逃さなかった。そんなに笑えることなのか。
そんな彼に、俺のどこが気に入ったんですかと聞いたら
「ああ、少し前に放課後に音楽室で歌ってる君の姿を何度か見て、ね。綺麗な声だったよ」
因みに、陸は放課後に音楽室で歌を歌っていたことなんて一度も無い。
疑問はすぐに解決した。あのそっくりの顔を持つ弟の顔がすぐに浮かんだから。
じゃあ、と笑顔で手を振る彼に思いっきり叫んでやりたかった。

先輩、貴方も芸能人に恋してますよ・・・・・・。



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