街中を歩いているとどこからともなく聞こえてくる声。
この透明な歌声は、間違いなく
「あ。これ新曲だよねー、買わなきゃ」
「じゃあCD屋寄ってく?私も欲しい」
そんな会話もどこからか聞こえてきて、陸は思わず立ち止まり、音楽の元を視線で辿る。
人通りの多いアーケード内の端にある、大手CD屋の前には彼らの新曲をピックアップした広告板が立てられていた。それを見て、ああ、新曲が出たのか、と思う。
その中でどこか儚げに微笑んでいる少年が、一番人気のソラ。
そして、その背後にいる黒髪の青年が、夕日。
進行方向を変えて陸もさっきの女子高生達の背を追いかけるようにCDショップに向かった。
気がつけば自分の部屋には彼らのCDが全部揃ってて、時々衝動的に買ってしまった雑誌が数冊。
週に一度、深夜にやる彼らがパーソナリティを務めるラジオ番組は必ず聴いていたりとか。今まで弟の活躍なんて一度も観てやろうと思わなかったのに、今ではテレビも時々チェックしている。
数ヶ月前、陸は弟でアイドルをやっている空、と入れ替わってアイドル業に少しだけ関わっていた。
でも、まさかド素人が人気絶頂のアイドルの物まねなんて出来るわけがなく、大したことも出来ずに入れ替わりは終了。
元々喉を痛めて休養期間が欲しかった空は、まだ治りきっていなかったらしく、しばらくの間歌はあまり歌わず、あまり喋らずで仕事をしていたようだけれど、最近ようやく完治したのか、昨日新曲を出していた。
そして、前と何の変わりもなく、忙しい日々を送っている。
自分は、というと。
数ヶ月だったけれど、授業に出ていないのがかなり響き、友人である蘇芳に遅れた分を教えてもらい最近ようやく勉強の遅れを取り戻したところだった。
この地獄のような日々を思い返すと、もう二度とこんな馬鹿な真似はするかと思う。
まぁ、後悔はしていないけれど。
「ただいまー」
家に戻ってきた陸を迎えてくれたのは
「おっかえり、陸兄!」
忙しいはずの弟、空だった。
最近彼は家によく顔を出すようになった。良い変化、だ。
彼はうきうきと部屋に向かう陸の背中についてきた。
「な、俺らの新曲聞いた?結構良い出来だと思うけど」
「今日買ったよ」
CDショップの袋を見せると空は驚いたように眼を見開いた。
「買った!?別に言ってくれれば俺何枚でも持ってきたのに。サインつきで」
「別に空のサインなんてそこら辺にいっぱいあるから要らないけど」
多分、空の部屋を見回せば、あちこちに小学中学時代の教科書が散らばっている。それにはもれなく空の直筆のサインが。今よりずっと汚いが、前に一度チラッと見たサインよりは読める。
「何、夕日のなら欲しかった?」
空のにやにやした笑いを見て陸は少し頬が熱くなるのが解かる。自分の好きな相手を知る双子の弟の意地の悪い言葉に、少し眉を寄せるくらいしか抵抗は出来ないけど。


『でも、好きな人に好きだと言って貰えたら幸せですよね』
あまり今まで見ることの無かった音楽番組をつけるのは、ただ単に彼の顔を見たいから。
今ブラウン管の中で司会者にコメントを求められているのは、隣りでばりばりとポテトチップを食べている弟だ。その姿は今テレビ画面の中で高そうな服を着てビシッと決めている彼からは想像も出来無い程緩い恰好。前髪を適当にピンで留めて、着ている服はゆるゆるのTシャツにジャージ。
新曲を出したからあちこちの音楽番組に引っ張りだこな彼のこんな姿、いつか世間に公表してやりたい。
「なぁ、陸・・・・・・」
「何?」
「もう、夕日に会うつもりはないのか?」
さっきからかってきた彼とは思えない程真剣な質問に、陸は密かに硬直していた。
会いたい気持ちはあるけど。
「・・・・・・会いたい、けど」
「なら」
「でも、今更どんな顔して会えって?俺はあの人結局はだましてたんだし、それに告白の返事だってしたのは、俺だ。ソラだと思っていた相手に告白したのに、ソラじゃないヤツに返事貰ったなんて知ったら」
「あのさ、陸兄、その事なんだけど」
「・・・・・・だから、次会う時は初対面ってことにしたいんだ」
俺は、甘い。と思う。
あの時自分だったと彼に言うのが怖くて仕方が無い。
だから、もし次会えることになったら、その時に陸として告白して、振られる。勇気の無い自分に許された道はそれしかない。
「陸兄」
「俺、もう寝るわ」
何だか、テレビ画面で彼を見るのも少し辛くなってきて、逃げるように陸はリビングから出た。
切ない、というのはこんな状況のことを言うのだろうか。
テレビで観る度に自分と彼の違う世界を見せ付けられているようで、苦しい。
恋って、辛いものなんだと初めて知った。


「うーん・・・・・・」
陸が去った後で空は腕を組んで難しい顔をしていた。
陸は、自分にとって世界で一番大切な人。夕日も、それなりに大事な仲間だ。
その夕日が自分を好きだったというのはかなり初耳だった。彼は空には厳しくて容赦が無い。けれどそれは仲間として、だと空は思っていた。
仲間として、オリコンチャートに入った時は一緒に喜び、お互いに歌い方や演技の仕方をアドバイスしあったり批評しあったりもした。空だって彼には厳しくて、容赦しない。それが、自分達の友情の形だった。
でもそれから恋愛感情が生まれるかというと、微妙だ。何故なら空がアイツに対してそんな感情が芽生えなかったから。
あの日、陸と空の入れ替わりが終わり、空自身が久々にメンバーと対峙した時、八雲や星夜は「・・・・・・何かいつものソラに戻っちゃった」と呟いていた。
けれど、夕日は違う。
ただ淡々と空に接し、空が知っている夕日そのまんまの態度だった。
試しに「昼飯おごって」と言ってみたら「お前の方が儲けてるんだからお前がおごれ」と反対に奢らされてしまった。
陸が言っていた態度と全然違うんですがお前本当に俺が好きなんですか?
と思わず言ってしまいそうになる位。
更に試しに「俺、夕日のこと結構好きだよ付きあわね?」と言ってみたら夕日はものすっごい引いた眼で見てきて「・・・・・・お前、頭大丈夫か」と言ってきた。
これ、俺のこと好きなヤツの反応じゃないだろ、あからさまに。
「・・・・・・気付いてんじゃねぇの、夕日のヤツ」
毎朝、顔を出すたびちょっとがっかりした顔になるのはその所為か。
その顔を見るたびに俺もがっかりだ。
なんて。
「もうちょっと悩んでれば良いさ、馬鹿夕日」
兄貴が傷つかなければそれで良い。
あの日、泣きそうな声で「夕日サンに告白された」と言った陸の声がいまだに忘れられない。空は初めて聞いたと思ったが、その前に電話で言った、と後で言われて密かに自分の失態にがっくりと肩を落とした。
その時点で自分がちゃんと話を聞いていたら、こんなぐちゃぐちゃしたことにならなかったはずなのに。
夕日が自分を好きになるわけが無いと、はっきり言ってやる時間がなかった。
付けっぱなしのテレビはCMに切り替わり、空達が出ている炭酸飲料のものになる。つい最近まで兄が出ていたバージョンだったけれど、季節も変わりもうその映像が流れる事は無い。それがいっそう、あの3ヶ月を陸の中で泡沫の夢にしているようだった。
空の中でも、だが。
うーん、と自分が笑ってるCMを眺めて、空はため息を吐いた。
「俺が一肌脱ぐしかないのかなぁ」


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