「ソラ君今日は調子いいねー」
「え、え、そうですか?」

調子良いってどういうことだ。

そんな、自己突っ込みをしつつ、どうにか昨日散々だったCM撮りを終わらせた。
っていうか、俺が昨日全然良いのが撮れなかったから、予定が延びてしまったという大失態。東京に帰るのが延びてしまい、スタッフの人達が明るく褒めてくれるのは嬉しいけど反対に申し訳ない気持ちになる。
高原さんに褒められてから、とりあえずどうにか空の代わりを果たした事に安堵する。
今日は何故かメイクさんからカメラさんまで良い顔していると言われ、まぁ、良い事なんだけど。
・・・・・・良い事なんだけど。

これは、まさかって思うじゃないか。

夕日サンに好きだと言われた。
嬉しいとか思う以前に大きな衝撃だった。
言われて20秒間ほどフリーズして、逃げて、気付いたら空に電話をしていた。
その時刻は朝の5時半。
『知るか』
空が寝起きの悪い事を思い出させてくれる一言で終わらせて、アイツは電話を切った。
そりゃあさぁ、俺も悪いけどちょっとは話を聞いてくれたっていいじゃないか。
ちょっとヘコむよその態度。
携帯を取り出しながら空に電話をかけようか少し考える。俺は時間今あるけど、空は学校だろうしなぁ。
夕方になったらもう一回かけてみよう。
・・・・・・で、でもかけてどうすんだ、俺。空相手に恋愛相談?空って恋愛してるのかなぁ・・・・・・しててもあんまり良いアドバイスくれなさそう。
そんな空に対して失礼な事をぼんやり考えていたら
「ソラさん、今日は調子いいじゃないですかー」
今日は、という辺りを強調した冬河くんの声に思わずびくりと背を揺らしていた。
「わ・・・・・・お、驚いた、冬河くん」
「お疲れ様です。流石ソラさんですよね、昨日は本当に調子が悪いだけだったんだー」
何か、やっぱり言葉の節々に棘を感じるよ、ちくちくと。
夕日サンと冬河くんは兄弟らしい・・・・・・確かに、良く見るとちょっと似てるかもなー・・・・・・って。
「なぁ、冬河くん」
「何ですか?」
「冬河くんと夕日って兄弟なんだよね?」
「・・・・・・そうですけど、それが?」
冬河くんの声が冷たいのはこの際気にしない。
「じゃあ、夕日もクウォーターなんだ!すげぇ、カッコイイなー!!」
黒髪だから気付かなかったけど、冬河くんと兄弟ってことはそういうことだよな。
声を上げた俺に冬河くんはかなり驚いた眼をやってきた。
「あ・・・・・・アンタなに言ってんの?」
「え?だから、夕日カッコイイなー・・・・・・って」
「あのソラが!?あの自分以外はジャガイモつってたソラが!?」
「え・・・・・・っや、その・・・・・・」
空、そんな事言ってたんですか貴方。
次に空と電話する時は軽くお説教タイムになりそうだ。
そりゃあ、そんなこと言ってたら敵増やすっての。
「え、と・・・・・・冬河くんも可愛いと・・・あ、男の子に可愛いは失礼だよな、冬河くんもカッコイイと思うよ!」
せめて俺の間は良い印象を作っておこう。
そう決めて俺は冬河くんにも最初の印象を伝えた。そうしたら冬河くんは芸能人だったら絶対してはいけないような顔をして俺を見る。
「何言ってんの、アンタ・・・・・・寒い!寒すぎるって!!」
「え、コレ着る?」
俺が自分の着ていたコートを示すと冬河くんにさらに気持ち悪いものを見るような眼を俺にやってきた。
「違うし!何アンタ、大丈夫!?熱でもあんの!?」
「え?え!?」
「熱があるんなら、俺が引き取っちゃうけど?」
へ?
突然頭の上から降って来た声と熱に俺は硬直していた。額に当てられた手の持ち主は
「ゆ、ゆーひさ」
「熱はないみたいだけどな?」
うーん?と首をひねりながら彼は自分の額にも手を当てて温度を比べている。
うぉぉぉぉ。
心の中で何だか良く解からない悲鳴を上げて俺は眼を強く閉じていた。何だか解からないけど無性に恥ずかしい。
「・・・・・・夕日、そこの純情ぶってる人にあんまり構うなよ」
そんな冬河くんの冷たい声で俺は眼をあける。純情ぶってる、って俺か?俺のことか?
「べ、別に純情ぶってなんか!」
「そうそ。コイツ意外と本気で純情なんだ」
夕日サン!!何だよそのフォロー!!
真面目くさった顔で言う夕日サンを冬河くんは呆れた眼で見ている。
「・・・・・・夕日、その人の事本気なんだ?」
そして、疲れたようなため息を吐きながら彼はそんな事を言った。
って、な、何の話だ!
「まぁな」
夕日サンも笑いながらあっさり答えるなよ!!
「どこがいいのさ」
「え?可愛いところ」
「ちょ、夕日、は!?え!?」
何で冬河くんもなにやら知っている空気なんだ、とかこんなところで何をいきなり話し始めるんだとか。
色々あってパニックになった俺に夕日サンは笑った。
「ほら、可愛いだろ?」
そう言われた冬河くんはもう一度ため息を吐いていた。
「・・・・・・ソラがこんな人だとは思ってなかった」
それは褒め言葉なのか、それとも失望なのか。
ふい、と俺たちに背を向けてどこかへ行ってしまった。
「アイツ、ソラの事ずっと敵視してたからなー」
それを見送りながら夕日サンは苦笑する。敵視、ってライバル視じゃなくて敵視?
「え・・・・・・何で?」
「んー、ホラ、売れ始めてた頃、一部でお前がプロデューサーとかと寝たから売れ始めたって噂出ただろ?」
「はぁ!?」
そんな話初めて聞いた。
あの空が、寝た?プロデューサーと!?
「なわけねぇだろ!!」
あの気の強い空がそんな事するわけがない。例えそんな話を持ちかけられたとしても、絶対相手殴ってる。
そんな噂があるという事を初めて知って、俺は軽い眩暈を感じた。
「わかってるって。ソラはそんな事しないし、今の人気は実力だ」
怒りの声を上げた俺の頭を彼は宥めるように撫でてきた。
「でも、冬河のヤツはそれを信じてたみたいでさ・・・・・・ごめんな?」
「・・・・・・そうなのか」
それだったら、北海道に来るべきだったのは俺じゃなくて空の方がよかったんじゃないか?
だって、俺より空の方がずっと演技上手いし、そんな空の姿を彼に見せてあげたかった。俺じゃなくて。
「なぁ、夕日サン」
「ん?」
「このCM撮り、東京でも続くんだよな」
「あぁ、らしいな。バージョンが違うんだろ?」
「それと、確かこのCMに使われる曲って俺らのだよな?」
「そうそう。次の新曲。今作り中だけど」
それを聞いて、俺はにやりと笑っていた。
「な、ちょっとお願いがあるんだけど」



『CMで生歌ぁ!?』
「うん。ってか叫ぶなよ、空。東京のCM撮りあと一ヶ月しかないんだから」
それまでには喉治るんだろうな。
俺はあの後監督にお願いして東京で撮る時はソラの生歌を入れてくれるように頼んだ。
と、いう事を夜にこっそり空に電話をして報告。同室の星夜くんは今風呂に入ってるからそのタイミングをみて。
『てか・・・・・・別にいいけどさ、何でだよ、陸兄』
「んー・・・・・・まぁ、弟自慢ってヤツかな?」
夕日サンには成るべく高音域の歌にしてくれるように頼んだ。本人は高い音が苦手だと言っているけど、俺はソラの高い音が一番綺麗だと思うから。
これで、冬河くんの空への嫌なイメージが無くなってくれたらいいな、と。
「ごめんな、ソラ・・・・・・何か一日延びて」
『別にいつもの事だって。まぁ、大変なのはスケジュール調整する高原さんくらいだろ。それに、陸なんだからある程度の予想はしてただろうし?』
う。高原さん、ごめんなさい。
「で、さぁ・・・・・・空」
「うあー眠い眠い」
そんな星夜くんの声が聞こえて俺はすぐに電話を切って慌てて枕の下に携帯を隠していた。
俺の行動に疑問を持った彼は首を傾げる。そりゃそうだ、俺もあからさますぎだぞ、今の行動。
「ソラ?どしたん?」
「何でもない、何でもない!!」
うわーうわー、危ない危ない。
いきなり通話を切られた空が電話の向こうで「あぁ?」って言ってるのが眼に浮かぶけど・・・。
後でちゃんと謝らなきゃな・・・。
「あれ?ソラ、携帯変えた?」
別に隠す必要も無かったな、と思って携帯を手に取った俺の手元を見て彼は首を傾げる。
あ、そうかソラの携帯は紅い。俺の携帯は蒼い・・・・・・正反対の色じゃあなぁ。
「え、と・・・・・・うん」
「ふーん?まぁええわ。番号教えて」
星夜くんも自分の携帯取り出して新しく登録しようとしているけど・・・・・・。
もしかしなくてもこれはヤバイ状況か。
「えと、コレさ、プライベート用なんだ!仕事用は今までと変わんないから!でも仕事用、東京に忘れてきちゃってさ、アハハハ!!」
咄嗟に考え付いた言い訳としてはなかなかいいぞ、俺。
けど、そしたら星夜くんがやけに悲しげな顔で項垂れた。
「そうか・・・・・・ソラは俺とは仕事上の付き合いだけっちゅーんやな・・・・・・」
「・・・・・・教えます」
まぁ、メールとか来ても誤魔化しようあるし何とかなるかー。いざとなったら番号変えればいいんだし。
星夜くんと番号交換しつつちょっと物悲しい気分になった。
北海道から帰ったら、一時帰宅っつーかなんつーか、俺は陸に戻らないといけない時期だ。そろそろテストの期間だし。まさかソラにテストまで代わりを頼めるわけが無い。
その話もしたかったし、後は夕日サンの話もしたかった。
ていうか、俺・・・・・・あの人に告白されたんだよ、な?今日はいつも通りな感じだった夕日サンの姿を思い出して顔が熱くなる。
ってか、何で俺ばっかドキドキしてたんだろう、今日は・・・・・・。
もしかして、からかわれたり、とか・・・・・・。
「ソラ居る?」
そんな物凄くタイミングよく、夕日サンが俺たちの部屋のドアを開けた。
な、なんて心臓に悪い!!
ドキドキしている心臓を押さえた俺に構わず、星夜くんが夕日サンに手を振りながら「いるー」と答えてくれた。
「あぁ、ソラ。ちょっと良いか?明日の事なんだけど」
俺に視線をとめた夕日サンは本当に普通に声をかけてきた。内容も普通だ。仕事のことかな。
「うん」
「行ってらっしゃーい」
夕日サンに駆け寄った俺の背中の方から星夜くんの間延びした声が追いかけてきた。
「夕日、制限時間は10分」
制限時間?
何の事か解からない俺が星夜くんを振り返ると、彼はニヤニヤしているだけ。
「制限時間ってなんだ」
夕日サンの最もな質問に彼は肩を竦めて
「今ソラと同室の俺はソラの保護者役やから、門限みたいなもん」
・・・・・・星夜くんが保護者って、何かヤダなぁ。
夕日サンは何を納得したのか、「わかった」と苦笑して扉を閉めた。


「まぁ、明日の午後東京に戻るわけだけど」
「うん」
星夜くんに言われた制限時間を守ろうとしているのか、落ち着いた場所は同じ階の非常階段のところだった。ここなら人もあまり来ないし。
明日の午後・・・・・・かぁ。何だか早かった様な遅かった様な。
「・・・・・・お前、俺が今日の朝言った事ちゃんと伝わってる?」
東京に戻ると言われてこくりと頷いた俺に、夕日サンが首を傾げた。
今日の朝言ったこと・・・・・・というとアレしかないよな。
「え・・・・・・と」
恥ずかしいのと戸惑いで口ごもる俺に夕日サンは苦笑した。
「俺も流石にさらっと言いすぎたかなーと思って、ちょっと不安になってさ。理解して貰えて無い様だったらもう一度改めて」
「いいです!理解出来てますから!!」
彼の言葉に俺は慌てて首を横に振っていた。恥ずかしいだろ、恥ずかしすぎるだろ!!それ!!
でもそうやって否定してからはっとした。
今の、変な誤解されないだろうな。
「あ、別に夕日に告白されたのが嫌だったとか、そういうわけじゃなくて、そうじゃ、なくて」
何だか下手したらドツボにはまりそうな言い訳の始まりだった。
何て言えばいいんだろう。恥ずかしすぎて夕日サンの顔が見れない。
「・・・・・・え、と・・・何か勿体ない・・・・・・?」
俺そんなに国語苦手ってわけじゃなかったのに、何でこういう時いい言葉思いつかないかなぁ。
首を傾げながら言った言葉は、多分今の俺の心境に一番合っている単語・・・だと思う。
解かってくれただろうか。
ちらっと視線を上げると、夕日サンがお腹を押さえて笑いを堪えていた。
「ちょ、何!」
「ごめん、お前可愛すぎるからつい・・・・・・」
目元に溜まった涙を彼は拭いながらそう言うけど、ひ、酷い・・・・・・。
「人が真剣に考えてたって時に!大体、夕日さ・・・夕日の態度の方が今日ずっと何事も無かったみたいにして、なんか俺ばっか緊張して」
何で告られた俺の方が緊張しないといけないんだー!!
本気で怒ってるというのが通じたんだろう、夕日サンの顔から笑顔が消えた。
「俺だって、アレでも大分緊張してたけど、な?」
「へ?」
「まぁ、演技力の差だ。そこら辺は」
にやりと笑う夕日サンは、何だか少し意地悪く見えた。
「ずるい・・・・・・」
「大人はずるい生き物ですって習わなかったか?ま、通じてたんならいい。返事はいつでもいいし」
もうそろそろ10分だしな、と彼は苦笑する。

どうしよう・・・。
何か、俺、この人の事好きかも知れない。

妙に負けた気分になった時に、そう思った。

「じゃあな、おやすみ、ソラ」

でも、俺の頭を撫でて自分の部屋に帰っていく夕日サンの言葉に、俺は背筋に冷たいものが走ったような感覚を覚える。
じゃあな、おやすみ。そこまでの言葉はとても柔らかく聞こえたのに。
ソラ、と言われた瞬間、夢から覚めたような感覚を覚える。
何で、すぐに気付かなかったんだろう。何で、すぐにそう思わなかった?
それくらい、浮かれていたってことなんだろうか。
ぺし、と茫然としながら自分の顔を叩いた。
どうしてもっと速く気付かなかった?よく考えればすぐに気付けたのに。
この顔は、確かにそっくりだけど。

俺は陸で、空じゃない。




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雲行きが・・・。