「・・・・・・ソラ、大丈夫?」
「何が?」
「・・・・・・何か怖いから」

びくびくと俺に声をかけてきた八雲くんにはそんな事無い、と答えておいたけどどうにもフォローになっていなかったらしい。
あれからひたすら撮り直しても、満足のいく結果は出せず、結局撮影は明日へと持ち越しになった。
プロモは、演技とか必要の無いものだったからすんなり行ったけど・・・・・・。
「夕日、帰って来なかったしな」
八雲くんは話をそらそうと夕日サンの話題を出してきたけど、残念ながら逆効果。
そう。後で高原さんから聞いたけど、夕日サンは今日のプロモ撮りはパスしたらしい。
構成が、単体が多いヤツだったし夕日サンの撮りは東京のシーンが多いらしいから彼のここでのプロモ撮りは少ないんだってさ。
それでも、普段は側でメンバーを見守る良きリーダーだったのに、本日はキャンセル。
因みに、今はもう夜の10時なのに、あれから一度も帰って来ていない。
それ幸いと彼と同室の八雲くんは俺たちの部屋に遊びに来ていたけど、俺は何だかイライラして落ち着かない。
そんな俺を八雲くんと星夜くんは怯えつつも珍しいものを見る眼で見ていた。
今までこんな感情彼らに見せてなかったからな・・・・・・。ソラも何だかんだ言って飄々とした姿しか見せていないはずだ。
弱いところは彼らに隠したかったからこそ、こんな入れ替わりなんてこと俺に頼んできたんだろうけど。
「・・・・・・そういやさ、ソラ・・・・・・今日大丈夫だった?」
「何が?」
八雲くんが首を傾げながら聞いてきた事に俺はそっけなく返事をしてしまう。
別にそっけなくしようとしたわけじゃなかったんだけど・・・・・・八雲くんは俺の声の温度の低さにびくっとしていたけど負けずにその先を答えてくれた。
「冬河、一緒だったろ?」
今一番聞きたくない名前を・・・・・・。
思わず発言した八雲くんを睨みつけてしまうじゃないか。あ、ものすっごい怯えてる。
「一緒だったけど・・・・・・」
渋々答えると八雲くんは眉を寄せ、星夜くんがため息を吐く。
「やっぱりなぁ・・・・・・何かされたん?」
「やっぱり、ってどういう事?」
「アイツ、俺たちの中でも特にソラをライバル視してるみたいだから」
俺の質問に答えてくれたのは八雲くんで、っていうか、そんなこと聞いてないぞ、空!
「ライバル・・・・・・って何で?」
コレ、聞いても俺が空じゃないってばれないよな?
そういう意味で恐る恐る聞くと、八雲くんは少し逡巡してから教えてくれた。
「あの子、ボーカルで・・・・・・ホラ、ソラも歌だろ?そういう意味でのライバル心もあるみたいでさ。少し前にもドラマで共演してたじゃん。それでも色々あったみたいで」
・・・・・・空、共演者の名前くらい覚えとけ。
ついでに、敵視されている相手も覚えといてくれ・・・・・・。
あぁ、そういえば、冬河君あの例の渡貫さんが探偵で空が怪盗のヤツのドラマに出てたんだっけ。あのドラマ人気だったみたいだけど、俺忙しくて観て無かったんだよなぁ。
「ソラもそういう子煽るからなぁ・・・・・・少し自業自得な面もあるから諦めるしかないね」
違う、俺の場合は自業自得じゃなくてとばっちりだ。
八雲くんの意見に意義を唱えたくて仕方ないけど、言えるわけが無い。
でも、自分への敵対心よりもっと聞きたいことは
「・・・・・・夕日とは」
「え?」
夕日とは、どういう関係?
・・・・・・なんて聞けるわけがないよな。
思わず深いため息を吐いていた。
「何でもない。八雲、そろそろ部屋に帰れよ。夕日に怒られるぞ」
「大丈夫だってぇ。だって冬河に連れてかれたんでしょ?だったら朝帰りじゃない?」
「は!?」
あ、あ、あ・・・・・・朝帰り!?
とんでもない事をさらりと言われて俺は硬直していた。
朝帰りって・・・・・・あの朝帰りだよな。何で?何で夕日サンと冬河くんだと朝帰り!?
「ちょ、八雲!余計な事言わんで!ソラも、冗談やからな!」
慌てた星夜くんがフォローを入れてくれたけど、色々な意味で遅かった。
イライラが最高潮に達した、そんな時に見つけたのは、
「飲む」
「へ!?」
驚く八雲くんの傍らに有った缶チューハイに手を伸ばし、味なんて感じる前に嚥下していた。
「そ、ソラ・・・・・・!」
あ、意外と甘いもんなんだな。
口の中に残っていた味を確かめていたら、八雲くんがもう一本俺の目の前に差し出してくる。
ライチ味だって。あ、俺結構ライチ好き。
「いやー、あいっかわらずいい飲みっぷりだな!そうだよな、夕日ばっかり朝帰りとかズルイじゃん、飲もう飲もう!飲んで忘れちゃおう!」
バシバシと俺の背中を叩いて八雲くんはノリノリだ。
八雲くんは元々そういうノリだから。でも星夜くんは流石に大人だった。
「ちょ、おい・・・・・・ソラ、八雲不味いんやない?これで夕日が帰ってきたら怒られ」
「夕日だって外で遊んでんだろー!な、ソラ」
八雲くんの意見には大きく頷いて俺は缶に口を付ける。
その返事に止められない、と思ったのか星夜くんは大きくため息を吐いた。
「なら俺も付き合うでー!」
さきいかと缶ビール片手に彼は俺と八雲くんの輪に入ってくる。
大人は大人だけど、駄目な大人の部類に入っちゃうんだろうな、星夜くん・・・・・・。







「・・・・・・で、これはどういう事かな?」
「あー、夕日お帰り〜〜」
すっかり出来上がってしまった八雲くんに迎えられ、多分部屋に居なかった彼を迎えに来たんだろう夕日サンは笑顔だったけれど、多分結構怒ってる。それくらいは解かるくらいの付き合いになったのか。
酒臭い部屋と顔を紅くした男3人に迎えられた彼は引きつった笑みを浮かべていた。
「おい、星夜」
そして彼の怒りの矛先はこの中で一番の年長者である星夜くんに向けられる。
こうなる事が解かっていたけれどうっかり酒に呑まれてしまった彼はぎくりと体を揺らしていた。その引き攣った笑みはテレビじゃ絶対観られない。
「やー、実はソラがちょーっとへこんどってな。それのテンション上げの為やったん」
言い訳理由は俺かよ。
間違っちゃいないけど、酒の入った頭では軽い怒りを覚えつつ星夜くんの背を睨んでいた。
「ソラが?」
夕日サンの声から少し怒りが消え、彼の視線が俺に向けられる。
でも少し心配げなその眼から顔を逸らして手にあった酒を飲み続けた。
「どうしたんだ」
俺の反抗的な態度・・・・・・に見えたかどうかは知らないけど、夕日サンは俺じゃなくて近くに居た星夜くんに聞いていた。
「あー、何か撮影上手くいかんかったみたい」
冬河君のことは説明しないで星夜くんは簡単に説明した。
それもあるけど、でもそれに繋がる理由っていうのがあるんだよ。
ムカムカしてきたな、何か。
「そうか・・・・・・」
夕日サンはそう呟いて俺の方にやって来る。
あんまり近付いて欲しくないのになぁ・・・・・・とぼんやり思った。
「気にするなよ。調子なんて日によって変わるんだから、な?」
こんな顔紅くなるまで飲んで、と目の前で元凶が笑う。
つーか・・・・・・。
つーか!!
「気にするに決まってんだろーが!」
かんっ。
フローリングの床に叩きつけるように缶を置いたら何だか凄くイイ音がした。
「あんな事言われたら誰だって気にするんだよ!何?俺なんかしたのか?初対面だってのになんだって言うんだ!」
「あ。ソラが怒った〜〜」
「まぁ・・・・・・怒って普通やな」
八雲くんと星夜くんには散々愚痴を言ったから彼らはのんびりと俺の怒声を聞いている。
驚いているのは夕日サンただ一人。
「怒って普通?何が!?」
解かってないのが更に頭に来る。
オロオロしている彼を思い切り睨みつけてやった。俺の眼に彼はさっきまでの怒りなんて全部吹っ飛んで今度は怯える側になったみたいだ。
「大体なんなんだ、あの子!ベタベタしてさ、朝帰りとか八雲くんは言うし!俺だって、俺だって、俺だってー!!」
ぐ、とさっきまで缶を持っていた手を握ると夕日サンの眼が大きく見開かれる。
気の所為か、周りの空気も微妙に変わった気がするけど、そんなの気に止めることじゃない。
そうだ、俺だって!
「ゆーひさんに頭撫でて貰いたかったー!!」
うわああああん。
気が付いたら俺は声を上げて泣いていた。
涙は拭いても拭いても流れてくるし、声も止まらない。
「ソラ・・・・・・怒り上戸かと思ったら泣き上戸だったんだ」
八雲くんの感心するような声が聞こえてくるけど、そんなの構ってられない状況だった。
俺も初めて知ったよ・・・・・・そういえばお酒飲むのって初めてだ。
ぐしぐし鼻を鳴らしているとぽん、と頭に夕日サンの手が乗せられる。そうそう、これがあの時欲しかった・・・・・・っていうか羨ましかったんだよ。
「落ち着け、ソラ・・・・・・悪かったよ、昼飯もキャンセルしたしな」
明日昼おごるから、という声が耳のすぐ近くで聞こえて・・・・・・って俺もしかして抱き締められてる?
「あー、いいなぁ、ソラ。夕日、俺もぎゅーして欲しい〜〜」
「お前は高原さんのところにでも行って来い」
そんな八雲くんと夕日サンの会話が段々と遠いところに行くのを感じる。
そういえば、泣くって結構体力使うんだよな・・・・・・。
それに、昼間は仕事詰めだったし。
他人の体温を感じながら寝るのは久し振りだった。多分、小さい頃に空と一緒に寝てた時以来。
そんな事を考えながら、俺は眠りに落ちた。





「寝た?」
「だな」
ぽんぽん、とソラの背中を叩いてから夕日は深いため息を吐く。怒られた時はどうしようかと思った。
その体を抱き上げてベッドに運びながら酒臭い二人を振り返った。
「お前らも酒抜いとけよ。特に八雲、お前未成年なんだからな」
「あいあいさー」
とか言っといてその手にはまだ缶ビールが握られている。
それを見咎め、夕日は八雲の襟首を掴んだ。
「帰るぞ。明日も早いんだからな」
「俺、帰らないよー」
「は?」
まだ飲む気か、この馬鹿は。
そんな眼で見られて襟首を掴まれた八雲は少し苦しそうにしつつもある方向を指差す。
そこを振り返って、八雲に対する怒りが一瞬にして吹き飛んだ。
「ソラ、起こしたら可哀想じゃん?俺今日この部屋に泊まるから、ソラ連れて帰りなよ」
夕日の服をしっかり掴んでいる白い手を示しながら何故か八雲はにやにやと笑っていた。
それに言い返すことも出来ず、ただ悔しげに彼を睨んで夕日は再びソラの体を持ち上げる。
「本当に早く寝ろよ!明日、お前らが不調になっても知らないからな!」
「はーい」
ソラを抱えてドアが開けられない夕日に助けの手を差し伸べながら、八雲はにっこり笑いながら彼らを見送った。その笑みに疑わしい視線を送りつつも、夕日は部屋から出て行った。
扉の向こうでまさか二人がにやりと笑っていた事なんて気付きもせずに。予想くらいはしていたかも知れないけれど。
「よっしゃ、星夜飲むかー」
「せやなー、まだまだ飲み足りんわー」





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