「よろしくおねがいします」
CM撮りの為に、俺は高原さんと北海道の某湖に来ていた。
うっそうと茂る緑色の木々に、周りの風景を鏡のように映す湖は凄く綺麗な景色だった。きっと、CM撮りなんて理由で来ていなかったら俺は相当癒されていた。
俺達が来た時すでにスタッフさん達は撮影の準備をしていて、俺達の到着を暖かく迎えてくれる。
でも、その暖かさとは正反対に気温は低い。流石北海道と言った所か・・・・・・。
夕日サン達はそれぞれやっぱり仕事があるらしく、俺達とはホテルで別れて、午後からのプロモ撮りでまた顔を合わせる予定だ。
早く終わったら顔を出すと言っていたメンバー達の顔を思い出して気合を入れた。
よし、頑張るぞ、俺!
「ソラ君、共演者の子来たよ」
高原さんに声をかけられ、慌てて営業用の笑顔を作った。そういえば共演者がいるんだっけ。誰だろう。
「こんにちは」
「どうも、ソラさん。昨日ぶり」
にっこりと、俺には敵わない輝く笑顔を向けてきたのは昨日クイズ対決をした彼だった。
あの金髪の人形みたいな子が俺の目の前で輝く笑顔を向けてくる。近くで見るとホント綺麗だなぁ。
やっぱり芸能人って一般人と全然違う。
「・・・・・・何か?」
まじまじと彼の綺麗な顔を眺めていたら彼は訝しげに俺の顔を覗きこんできた。
「あ、な、何でもないよ・・・・・・えーっと、名前、何だっけ?」
グループ名は聞いてたけど、俺彼の名前知らないや。
笑顔で聞いたつもりだったのに、一瞬その場の空気が凍りついた・・・・・・気がした。
敬語使わなかったのが悪かったかな・・・・・・。でも、ソラの性格からして年下っぽい子相手に敬語を使っているようには思えないんだけど。
「・・・・・・やだなぁ、ソラさんってば、僕の名前忘れるなんて酷いですよ。冬河ですって」
けれど、その、冬河くんは笑顔のまま答えてくれた。日本人名なんだ、いや、芸名かもしれないけど。
さっき感じた冷気が気のせいだったと確信したのと、彼の名前が日本人名だということに俺はほっとしながら「よろしく」と答えた。
っていうか、日本語ペラペラだなぁ。やっぱ日本人なのかな?でも髪の色とか、前のソラみたいに染めている色じゃない感じだし・・・・・・。瞳も黒かと思ったら濃い青みたいだし。
そんな俺の一般的な態度に更に彼は笑顔を深め
「まぁ、ソラさんレベルの人にとっては僕なんて覚えるに値しない人間かも知れないですけど」
・・・・・・笑顔なのに言う事キッツイなぁ・・・・・・。
もしかして、さっきの冷気は気のせいじゃなかったか?
「そ、そんなこと無いよ」
俺は基本的に芸能界とか興味が無かったから知らなかっただけなんだ。
心の中でもフォローしつつ、両手を横に振って否定すると何故かそんな俺の態度を見て彼は鼻で笑った。
何だか彼の視線は居心地が悪い。
「そういえば、ソラさん髪の色黒にしたんですね」
その視線は前のソラとは違う箇所をとらえたらしく、俺の頭をじーっと見ている。
「あ、うん・・・・・・」
「まぁ、人工的な色なんて見苦しいだけでしたからね。お似合いですよ」
・・・・・・笑顔なのに言葉の節々に棘を感じる。
ソラ本人だったらきっとここでブチ切れるところだろうけど、俺は髪なんて染めてなかったから、乾いた笑いを返すだけだった・・・・・・。そんなに見苦しくなかったとは思うよ、俺は。
「あ・・・・・・え、えと・・・・・・冬河くんは綺麗な金色だよね」
とりあえず、共演者だしそれなりの友好度を上げることを言わないと・・・・・・。
「一応、祖母がイギリス人なので。隔世遺伝なんですよ、この髪」
クォーターって事か・・・・・・・。空、駄目だよ、遺伝子レベルがもう負けてるっぽいよ。
多分、空は純粋遺伝子だーとか何とか言い出しそうだけどな・・・・・・。価値観の問題だ。
「ソラ君、冬河君、衣装に着替えてくれるかな?」
スタッフさんから声をかけられた瞬間、彼はあの輝く笑顔に戻り
「あ、はーい。行きましょうか、ソラさん」
・・・・・・俺に優しい声をかけてきた。
そりゃ、今まで芸能人の二面性は色々見てきたけど。特に星夜くんには驚かされたけど。でも彼は根っからのいい人で、その良い性格を隠さないといけないっていうのは残念だな、と思いつつも、隠していた方が人気出るんだろうなーとは思っていた。
でも、冬河くんは何か・・・・・・嫌な二面性だ。
大丈夫かな、CM・・・・・・。
俺は、スタッフさんの後を追う彼の背中を見てため息を吐いていた。


『冬河―?』
「そう、冬河って子。知り合い?」
冬河くん一人のCMを撮っている間、衣装に着替えた俺は撮影場所から少し離れた場所で家にいる空に電話をかけていた。
渡貫さんのときみたいに、空じゃないってばれないようにしないといけない。
特に、彼にバレたら厄介そうだし・・・・・・。
まだ傷が癒えない空に聞くのは酷かも知れないけど・・・っていうかメールでやったんだけど、喉の腫れは引いたらしく空は電話をかけてきた。
『ってー誰だっけ?』
のんびりした返事に俺はがっくりと肩を落とすしかなく。
忘れてるよ・・・・・・忘れてるよこの子!
あながち、彼の言う事も間違っていないのかも知れないなぁ・・・・・・。
空の記憶力に俺は冬河くんに心の中で謝罪していた。
「GOTHとか何とかの金髪の・・・・・・」
『・・・・・・あぁあ!』
俺のヒントで空は誰だかようやく思い出したらしい。
『冬河ってその冬河かぁ』
「・・・・・・なんか、空位のレベルの人には覚えるに値しない人間だと思いますけどーとか言われたんだけど・・・・・・」
『あぁ、俺、新人に良く言ってるから。“俺に名前覚えて貰いたかったら俺を蹴落としてみろ”って』
あっはっはと笑いながら言った空の言葉は、カッコイイんだかアレなんだか解からない。
そりゃ、睨まれるわけだよ・・・・・・。
さっきの冬河くんのは、俺にとばっちりが来たわけだ。
『冬河は、まぁ小物だからそんなに気にしなくて大丈夫だって、兄貴!』
「いや、多分俺は彼から見たら小物だと思うんだけど・・・・・・」
『兄貴は俺と同じ顔ってだけでヤツより格上』
・・・・・・褒められてんだか貶されてんだか・・・・・・。
『撮りもそんなに緊張しなくても大丈夫だよ。多分、俺ってだけで周りは気ぃ使ってくれるから、笑ってりゃそれでいい』
空が作った芸能界での立場はそれはもう堅固なものだった。俺がミスしても揺らがない。
揺らがないだろうけど・・・・・・精一杯やりたいよ、俺は。
『兄貴なら大丈夫だって。だって、兄貴昔俺と一緒に劇団入って主役までこなしたじゃん』
空が突然かなり昔の話を持ち出してきたのには吃驚した。
覚えてくれてたんだ、とちょっと感動。
「あれは子供の劇団で・・・・・それにお遊びみたいな感じだったじゃないか」
かなり昔の話で、幼稚園から小学校低学年くらいまで市が運営していた子供劇団みたいなヤツに俺と空は入っていた。内容は学校の学芸会レベルの演劇と歌。別に業界関係のヤツじゃなかった。
それがあって中学に演劇部に入ってみたけど、少しやってみて思った。
あ、俺目立つのあんまり好きじゃないや。って。
反対に空は目立つのが大好きで劇団もノリノリだったからなぁ・・・・・・。
『基本は変わらないだろ。兄貴がその経験皆無だったら、俺だって兄貴に代わり頼んだりしねぇよ。現に見事に俺を演じてくれてるわけだし』
「・・・・・・そうか?」
『そうそー。あ、聞いてよ兄貴!この間さ、俺、数学の小テスト合格点取ったんだ!』
「お、本当?すごいなぁ、空―」
空だってこうやって俺の世界で頑張ってくれてるわけだし・・・・・・。
芸能界なんてきっと嫌味の飛び交う世界だしな、これくらいで負けて堪るか!
「空、俺も頑張るよ!」
決意を新たにした時
「お。いたいた、ソラー」
「・・・・・・へ?」
突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて、振り返ると夕日サンが笑顔で手を振って・・・・・・
『陸兄?どうかしたか』
電話の向こうで俺がいきなり黙り込んだのを空が心配げに聞いてくる。
不味い。
「ゴメン、切る!」
『へ?ちょ、兄貴』
空には悪いけど止める声を無視して俺は通話を切った。
「あれ?誰かと電話していたのか?」
俺が携帯片手だった事に気付いた彼は少しすまなそうに聞いて来たけど
「あ、大したことじゃないから」
まさか、空と通話していたなんて言えるわけが無い・・・・・・。
「夕日こそ、仕事は?」
とりあえず電話から話を逸らそう。
今日は皆他に仕事があるらしい話だったのに、何でここにいるんだろう。
聞いたら彼は「終わらせた」と笑顔で答えてくれる。
簡単なトークとかそこら辺だったのかなー?
首を傾げる俺に彼は意味ありげに笑ってきた。
「まぁ、色々と心配だったしな」
そう言いながらぽんぽんと俺の頭を撫でてくる。
「心配、って・・・・・・」
まさかと思うけど俺のこと・・・・・・って思ってもいいのかな。いやいや、それは自意識過剰すぎるだろ、俺。
「最近のソラ、可愛いけど危なっかしいからなぁ」
「・・・・・・え」
彼の台詞・・・・・・というか一単語に何故か俺は敏感に反応していた。
いや、今まで何度も言われたはずなんだ、可愛いって。
なのになんで今更ちょっと緊張するんだ?んん?
「ついでに昼飯食いに行こうって八雲から言われててさ、俺はソラの誘導係ってわけ。美味いラーメン屋があるらしいから」
「そうなんだ・・・・・・」
「俺がおごらされるっぽいから、あんまり高いの頼むなよ」
苦笑する夕日サンの言葉に、八雲くんにねだられたんだろうなーっていうのと、その場面もありありと浮かんだ。きっと八雲くんが背中にへばりついて離れなかったに違いない。
兄貴分って大変だな、と思うけど俺も甘えてるんだから人のことは言えないか。
「空腹具合によるけどな」
「じゃあ、ソラの頑張り具合でサービスしてやろう」
「お。言ったなぁー」
よし、じゃあていく・・・・・・テイクだっけ?テイク6くらいで決めてやるか!
北海道のラーメンの為にぐっと拳に力を入れる。
「じゃ、早めに終わらせて貰う為に俺が演技指導してやろう」
俺のやる気を察してくれたらしく、夕日サンが俺の手元にあった台本・・・・・・っていってもドラマとかのとは違って薄っぺらい紙3枚だけど。それを手に取りにやにやと笑ってくる。
「演技指導・・・・・・って」
「なんだ、嫌か?」
夕日サンの言葉に必死に首を横に振ると彼は笑顔を深め「んじゃ、やってみろ」と言ってきた。
夕日サンも確かドラマにも出てる人だもんな。映画・・・・・・にも出てたっけ。空にはまだ映画の話来てないのに、凄いなぁ。確か、次のシーズンには主役やるとか何とか。
「安心しろ、ソラ。お前の演技ベタは俺がよく知ってる」
そうそう、空、最近はそれなりだけど、最初の頃はスッゴイ下手だったんだよなぁ。
思わず夕日サンの言葉に笑ってしまった。空には悪いけど、初めてのドラマの時は母さんと二人でテレビの前で大爆笑してたんだ。
俺の反応を意外と思ったのか、夕日サンはちょっと眼を大きくして驚いていた。
「なんだ、二三発は殴られると思ったのに」
確かに、空本人だったら殴ってるだろうな・・・・・・。
「殴らないって。本当の事だし。でもさ、今は昔よりマシだろ?」
「・・・・・・まぁ、昔よりは、な」
打倒夕日!と毎日稽古に励んでいた弟の姿を思い出し、俺は笑っていた。多分誇らしげなものだったと思う。空が褒められるのは嬉しいからな。
・・・・・・って、今は空のことより自分の事だろ、俺。
「じゃあ、夕日最初っから」
「夕日!」
台本に眼を落としていた夕日サンの表情が、彼の声を聞いた瞬間少し違うものになる。
やっぱりきたか、とか仕方ないとか、そこら辺の意味合いを含んだ苦笑顔。
そんな彼の背中に金色の頭がくっついた。
ここにいる関係者で金色の頭なのは、パッと見彼しか居なかった・・・・・・気がする。
「久し振りだな、冬河」
肩に埋められた彼の頭を夕日サンは慣れた感じで撫でていた。冬河って、やっぱり冬河くんの事だよな・・・。
夕日サンはソラと違ってちゃんと名前覚えているんだ、なんて感心している場合じゃない、か?
「久し振りすぎるよ・・・・・・昨日会ったのに、全然しゃべる機会なかったし、同じ北海道居るのにしゃべれないで終わるのかと思った」
冬河くんの涙声・・・・・・って涙声!?何で!?
俺の中で彼のイメージがすでにあの嫌味っぽいキッツイ感じのものに固定されていた為、彼のその様子には驚かされた。
「悪い悪い。次はちゃんと約束して会おう?な、冬河」
そんな彼に夕日サンも夕日サンで何か甘い感じに宥めている。そんな彼に、冬河くんは拗ねたような眼を向けていた。俺に対して向けていた敵意のものとは全然違う。
「・・・・・・約束しても夕日、いっつも破るじゃないか」
って、あれ?あれ?
なんか二人の世界に入っちゃっている二人に、俺はなんだかいたたまれなくなってきた。
俺、ここに居てもいいのかな・・・・・・。
流石芸能人二人、っていうか・・・・・・男同士なのにくっ付いてても絵になっていて。
「ねぇ、じゃあ今日さ、昼一緒に食べようよ。僕、もう終わったから・・・・・・あぁ、ソラさん、スタッフの人達が探していましたよ?行かなくていいんですか?」
彼は思い出したように俺に視線をやり、あのちょっと怖い目で笑う。
な、なんか・・・・・・すっげぇムカムカするんだけど。
しかも、お昼って。
「昼か・・・・・・仕方ないな、今日だけだぞ」
はぁ、と夕日サンはため息を吐きながら冬河くんの頭をくしゃりと撫でる。彼は心底嬉しげな笑みになり「やった」と小さく呟いていた。
けど
「夕日、昼って・・・・・・オイ!」
さっきまで俺たちと一緒に行くって言ってたのに!
思わず口を挟むと彼は両手を合わせて「ごめん!」と謝ってきた。
「金は後から払うから、多分高原さんに言えば送ってくれると思うし。演技はまた今度な」
てか、てか、何で冬河くん優先なんだ!?
なんて思った後になんで自分がそんな事を思うのかよく解からず、正論で意義を唱えることが出来なかった。
「えー、夕日、もしかしてメンバー内でパシリ役なの?酷いなぁ」
彼の一言・・・多分金は後で払うから、ってヤツに冬河くんがじろっと俺を睨んできた。
怖いけど、何かちょっとイライラするぞ、その目・・・・・・。
「あぁ、違う違う。俺はおねだりに弱いタチだからな」
すぐに夕日サンが自分で否定してくれたから、彼も納得していたみたいだけど・・・・・・。
まだ俺を見る目が怖い。
「じゃあ俺ちょっと高原さんに言ってくるから」
「うん、いってらっしゃーい」
冬河くんは夕日サンを笑顔で見送・・・・・・・って
「へ!?お、オイ!」
夕日サンが高原さんを探しにさっさと行ってしまい、俺は冬河くんと二人っきりにされてしまった。
この人と二人っきりにしないで欲しいのに!
いや、逃げる口実はある。
「じゃあ、俺も撮りが始めるから・・・・・・」
「ソラさん、言い忘れてましたけど」
逃げようとしたのに呼び止められた。ここで聞かなかった振りして逃げても後々色々言われそうだ。
ああ、もう泣きたい・・・・・・。
「何?冬河くん」
引き攣った笑顔で彼を振り返ると、彼は俺を何故か鼻で笑った。
「僕のですから」
「へ・・・・・・?」
「僕のですから邪魔しないでください、ね?」
ね?って・・・・・・。
にっこりと有無を言わせない笑顔で彼は俺を見送ってくれた。
気が付いたら、俺は撮影場所まで全速力で走っていた。足を踏み出すたびにがさがさと草が悲鳴を上げていた音が耳障りで。
僕のですから、と何かを見抜いているような目で言ってきたその言葉が頭の中にぐるぐる回っている。
それと、冬河くんの頭を撫でる夕日サンの姿も。
何だろう。何か、すごく嫌だ。
「何なんだ・・・・・・」
こんな変な感じ、生まれて初めてだ。


その後すぐ始まった撮りではテイク6どころか取り直しの連続となってしまった。




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