『「ああ、そっか・・・・・・陸今北海道なのか」だと』
空には言う機会が無かったから、北海道に着いてすぐトイレで電話をかけた。
確か、空は北海道行きを楽しみにしてたって聞いたし。なりゆきで俺が来る事になったけど。そしたら電話には何故か蘇芳が出た。
まだ空の声が本調子じゃないから、代わりに出たらしい。
「ごめんな、空って伝えて」
北海道俺が来ちゃって。
それと、・・・・・・その喉のことも。
『別に良いだろう、北海道くらい。コイツだってそれを承知でお前に頼んだんだろうし。なぁ?』
なぁ?というのは多分近くにいる空に言っているんだろうけど・・・・・・。
「・・・・・・って、何で蘇芳今の時間空と一緒にいるの?」
腕時計を見ると昼の1時。学校だったらおかしくないけど、流石に空は今日休んだだろうし。
でも平日だし、蘇芳はガッコに行ってる・・・・・・んじゃ?
俺の知る限り、この友人は滅多な事では学校を休まないヤツだった。サボりとか全然しないヤツだったのに。
『深い事は気にしないほうが良い』
蘇芳の笑いを含んだ小声なんて、初めて聞いた。
・・・・・・何だ?
前々からよく解らんヤツだと思っていたけど、少し離れただけで随分と理解不能なヤツになったな・・・・・・。
俺、学校に戻ったらコイツと上手くやっていけるんだろうか。
「・・・・・・あ、そうだ・・・・・・俺さ、ホテルの部屋星夜くんと同室なんだよなぁ」
理解不能と言えば。
八雲くんや夕日サンとなら結構会話をするけど、星夜くんとは未だに会話らしい会話をしていない。
彼が寡黙な人っていうこともあるからなんだろうけど。俺にとっては相当謎な人だ。
「星夜くんってどういう人?って聞いてくれる?」
『星夜?・・・・・・「俺たちの中では一番作ってるヤツ」らしい』
蘇芳が空の返答を読み上げてくれたんだけど・・・・・・作ってるって・・・・・・なにを?
「まぁ・・・悪い人じゃないだろうからいいんだけどさ、じゃあ俺そろそろ」
『陸、「カニとホワイトチョコレート」だと』
はいはい、お土産ね。
俺の財布の中結構ギリギリなんですけど。最近アイドル始めたばっかりなんで。
「わかった・・・・・・じゃあ」
電話を切ってちょっとため息。
陸からソラに変わる準備をしないと。
「よっし!」
ぐっと手を握って個室から出ようとしたまさにその時。
「だからあかんて!」
「!?」
ここは北海道だというのに関西弁が聞こえてきた。しかも焦っているような大声で。
「ああんもう・・・今日は北海道や言うたやんかぁ・・・一週間帰れへんもん。ちょお!伊佐っち聞こえてるんか?いさっ・・・・・・」
『うっせぇ!てめぇなんか支笏湖に沈んでマリモになっちまえ!』
「伊佐っち、マリモは支笏湖やのーて阿寒湖・・・・・・切れてもーたわ」
ってか貴方もそこが突っ込みどころなんですか?
周りにまで聞こえるくらい電話の相手は絶叫してた。
ここで出て行ったら俺が会話聞いてたこと気付かれちゃうけど、仕方ないよな。
そう思いながら恐る恐るドアを開けて、そこに立っていた人に俺は目を見開いた。
「あれ?ソラ・・・・・・?」
「せ、星夜・・・・・・?」
彼は顔を隠す為につけていたグラサンをちょこっと下げて俺の顔を確認する。
って、今の、こってこての関西弁は星夜くんだったのか!?
「なんやぁ、ソラかぁ。よかったわー、これで一般人やったら俺芸能生命絶たれるところやったわぁ」
こっちの驚きなんて気にせず、星夜くんはほっと胸を撫で下ろしている。
「や・・・・・・星夜、お前・・・・・・」
もしかして、空の言ってたのってこの事か!?俺達の中で一番作ってるヤツ、って・・・・・・。
クールで寡黙が売りらしい星夜くんは普段から滅多に話さない。それが知的な感じで格好良いんだけど・・・。
それは、彼曰く
「やって、普段から慣れとかんと俺喋り好きやからぽろっといきそうなんやもん。TV局でも俺のこういうキャラ気に入ってくれてる
監督さんが多いんよ。せやから気ぃ抜けんのは自分家だけや」
関西弁って、本当に早口なんだ・・・・・・。
彼の説明を茫然として聞いていたときに考えていたのはそれだった。
「まぁ、話は今夜ゆーっくりしよか?ソラとは同室初めてやんな。よろしゅう」
「あ。ああ・・・・・・よろしく。でも、今の電話いいのか?何か相手怒ってただろ」
他人の電話越しではっきりと台詞が聞こえるって、凄い大きな声で話していたってことだよな?
俺の指摘に彼は自分の手の中の黒い携帯電話をちらりと見てから肩をすくめて見せた。
「あんまり良くは無いけど、どうしようもないからな」
突然彼が標準語になったと思ったら、トイレの清掃員が入ってきて、もそもそと掃除を始める。
凄い、俺、この人が来る音全然気付かなかったのに・・・・・・手練れだ。
彼はいつもはにこりともさせない顔を満面の笑みに変えて「いこう」と先にトイレから出て行った。
な、なんか・・・・・・どっと疲れが。
空・・・・・・俺はお前を尊敬するよ、なんとなく。
「おい、ソラ大丈夫か?」
外に出ると夕日サンが一人で待っていてくれてた。他の人は先にいっちゃったんだろうな・・・。
「平気・・・・・・」
はぁ〜とため息をついた俺に彼は何か思い当たったらしく、にやりと笑った。
「星夜のアレに当てられたな」
「え・・・・・・」
「気にするな。最初は驚くが、慣れれば可愛いもんだ」
流石、というか何というか・・・・・・夕日サンだよなぁ。
何だか尊敬するよ、うん。
夕日サンの後ろをスーツケースを引きずりながらついて行くと、俺の後ろに居た高原さんが「あ」と声を上げる。
マネージャーさんの声だから皆ほぼ同時に彼を振り返った。
「高原さん?」
皆を代表して夕日サンが彼に声をかけると高原さんはスケジュール手帳片手に慌てて手を振る。
「悪い悪い。何でもないんだ。まま、早く早く・・・・・・」
何だかいつもの高原さんらしくない態度で急かしてきた。どうしたんだろう。
空港の外に出た瞬間、その疑問は解消されたけれど。
「天の皆さん、ようこそ北海道へ〜〜」
そんな元気な女性の声とカメラに、先頭を歩いていた夕日サンと八雲くんが硬直していた。
こ、これはもしや・・・・・・
「驚きましたか?深夜に放送されている『音楽ジャンク』ですー。知っていますか?」
司会者らしい女性の顔は俺もどこかで見た事がある、気がする。
マイクを向けられた夕日サンは肩を落としながら「知っています」と答えていた。
『ごめん、言い忘れてた!!』
いつの間にかカメラさんの隣りに移動していた高原さんがそんなカンペを出してくる。
言い忘れてた、ってこういうのってドッキリ企画なんじゃ・・・・・・。
「聞いてないぞ・・・・・・」
マイクに入らない程の小さな声で夕日サンが呟いていた。リーダーである彼にはいつもこういう企画でも高原さんが伝えていたんだろう。
確かに、人間唐突な事には冷静に対処し辛いしな。
「はい、このコーナーでは最近新曲を出した2つのグループにクイズで対決して貰い、勝った方には新曲のPR時間30秒と、
豪華賞品が贈られます〜〜。今回はスペシャル企画ということで北海道でお送りしてます!」
女性司会者は元気にカメラに向かって説明し、おかげで俺も大体のことは解かったけど・・・・・・。
「負けた方には、その買った方が貰える豪華賞品の代金をいつも通り払ってもらいます!」
更に説明を補足して彼女は俺達を誘導した。クイズをするためのセットを作っているらしい。
まぁ、豪華賞品っていってもそこまで高いものじゃないだろうし、4人で割ればそれなりに安くなるだろうなぁ。
「俺、一度コレ出てみたかったんだよな〜〜」
八雲くんは楽しげだし。
少し歩いたところに人が溜まっているな〜〜と思ったらどうやら観客だったようで、こちらに気が付いた彼女達が歓声を上げて俺達を迎えてくれた。
そのセットの周りをぐるりと彼女達が取り囲んでいて・・・・・・もしかして、そこを突破しないといけないのか。
きゃーきゃー言われるのも慣れたけど、でも俺はやっぱり心底一般人らしく、その熱烈な視線に居心地悪さを感じる。それとちょっと罪悪感。
俺、ソラじゃないんだけどなぁ・・・・・・。
「ソラ」
今まさにファンの壁に突き進もうとした時、夕日サンの声が上から降ってきた。
「はい?」
反射的に答えてしまったからソラらしくない返事だったはず。なのに、彼は疑問を持った様子は無く、俺の肩を、抱き寄せてきた。
って、え!?
それを見たファンの何人かがきゃあ、と黄色い歓声を上げていたけれどそんなの気に止める余裕も俺には無かった。
「歩けるか?」
こそりと言われた言葉に、俺が楽に歩けるように気を使ってくれたのかと納得。
ふー、び、びっくりした・・・・・・。何か心臓ドキドキ言ってるんですけど。
「はい、じゃあ天の皆さんスタンバイお願いします」
ファンに取り囲まれての簡易セットに座り、ようやく一息つける。
「あ、GOTHじゃん。北海道に来てたんだ〜〜」
八雲くんが今日のライバルらしいグループに目をやって手をひらひらと振っていた。
あぁ、聞いた事はある。4人のバンドグループ、だったかな。確か。
ボーカルの子はソラ程ってわけじゃないけど、結構綺麗な声で歌う。
ちらっとそのボーカルの子を見ると、白い肌に金色の髪の毛・・・・・・何かヨーロッパの王子様みたいな可愛い子だった。
うわー、空、見た目から負けてるよ、俺!!
なんて、空に言ったら怒られそうだな・・・・・・。双子だし。
「クイズは早押しで先に7問正解した方が勝ちでーす。それで気になる賞品はー」
そんな司会者の声にはっとした。いけないいけない、今収録中なんだっけ・・・・・・。
「北海道セット!毛蟹からマリモまで北海道をすべて集めてみました!総額約21万円です!」
ゴフッ。
思わず咳き込んでしまった俺を八雲くんが心配げに覗き込んできた。
っていうか、総額21万!?馬鹿だろ!馬鹿だろ、この番組スタッフ!!そんな金あるか!
「それではご当地北海道の問題です〜〜」
意義をとなえる前にすでに番組は進行していて・・・・・・。あぁ、21万円のクイズ・・・・・・。どんだけ難しいんだろう・・・・・・。
頭の中に、前回の期末テストでどうしても解けなかった数学の問題が駆け巡る。
答えあわせの時に教師が某有名大学の入試試験から抜粋したと言っていたあの問題。あれさえ解けたら評定が上がったのに・・・・・・。
いや、今更、というか今考えることじゃないけど・・・・・・。
色々考えているうちに、番組は進んでいた。
「第一問、北海道は昔なんと呼ばれていたでしょうか!」
・・・・・・・・・。
え、これ・・・・・引っ掛け問題とかじゃないよな。
八雲くんが難しい顔をして悩んでいるから、手元にあったボタンを押すのを少し躊躇ったけど。
でも、昔ってどれくらい昔?アバウトすぎだ。でも、それでも解答も二つくらいしかないし・・・・・・。
大丈夫、思い切りが大事だ、俺!
俺が押したボタンがピンポーンと鳴り、彼女の視線が俺に向けられる。
「はい、ソラ君!」
「え、蝦夷・・・・・・」
「せいかーい!!」
ピポピンポーン。
正解をつたえる音にほっと緊張が抜けた。
っていうか、コレレベル中学生ぐらい、だろ・・・・・・。
「すごいな、ソラ!何で知ってんの!?」
「・・・・・・八雲」
君、俺より年上だよね?
クイズには正解したけど泣きたくなった。
「第二問、明治に来日し札幌農学校で教鞭をとった「少年よ大志を」」
「クラーク」
「第三問、旧5千円札にもな」
「新渡戸稲造」
その後も、中学生レベルだと思われるクイズが続き、連続6回でストレート勝ち。俺の独壇場だったと後で空に言われる事になる、このクイズ。
「ソラくん凄いですねー!!才色兼備って人本当にいるんだぁー」
気が付いたら、俺達の勝利だった。
才色兼備、と言われても・・・・・・一般常識レベルだったのは気の所為か?
現役高校生舐めるなよ!
「もしかして、クイズとか得意?」
マイクを向けられ、この一ヶ月ちょっとでどうにか覚えた愛想笑いをカメラに返す。
「いえ・・・・・・そんなことは」
「そっか、取り合えず天の皆さんには北海道セットプレゼントー!」
彼女の一声に周りのギャラリーが大きな拍手をくれる。
ちらっと高原さんの方を見たら頷いてくれている。どうやらOKだったみたいだ。
「やったな、ソラ!凄いよ〜〜」
八雲くんにも褒められた。
彼は俺の肩をバシバシ叩きながら満面の笑みで
「俺、ソラってバカだと思ってたけどバカじゃなかった!」
「・・・・・・・」
ど、どう返せってのこの台詞。
「残念でしたねー、GOTHの皆さんはー」
「ソラ君、頭良すぎですよ〜〜」
隣りから聞こえてきたそのGOTHというグループと司会者の会話に何気なくそっちを振り返ると、さっきの金髪の王子様と眼が合った。
取り合えず笑ってみせたら、何故か物凄いキツイ眼で睨まれた。
・・・・・・怖!
「ソラ、収録終わり。行くぞ」
「あ、はい・・・・・・」
彼の眼力に驚いて硬直していた俺の腕を夕日サンが引っ張ってきた。
そのおかげでどうにか我に返ることが出来たけど・・・・・・俺、何かしたかなぁ・・・・・・。
・・・・・・・・・21万円払わせた。
すぐ彼が睨んできた理由を知り、俺はがっくりと肩を落とすしかない。
でもでも、それは俺の責任じゃないだろ?この番組のスタッフがおかしいんだって!!
でも、悪いことしたよなぁ・・・・・・。
ちょっと沈みかけていたそんな時、俺の頭を誰かがぐしゃりと撫でた。
誰か、というか近くに居るのが夕日サンだから彼しかいないんだけど。
え?と顔を上げると夕日サンはさらにぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。
「よくやったな」
・・・・・・・・・。
現役アイドル様の満面の笑みって、格好良いな、流石。
彼にそう言われて、何だか沈みかけていた感情がどっかに行ってしまったなんて、秘密だ。
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