「そうか、今日はお前か」
久々に会う蘇芳は変わらず冷静だった。
その冷静さが悔しいよ、俺は。
「まぁ、最善の選択じゃないか?元はアイツの我が侭なんだし」
今日、俺がこっちに来た理由を話すと彼はあっさりそう言ってくれた。
そうだとは思うんだけど。
朝から妙な胸騒ぎがするんだ。
・・・・・・こんなの初めてで、どうすればいいのかわからない。
いや、っていうかこんなにウジウジしてるのは俺らしくない!
「・・・・・・俺、TV局に行って来る!」
決意を固めた俺の一言に蘇芳が目を見開いた。何だよ、そんなに驚く事か?
「待て。ソラが二人いるって事の方が大事になるんじゃないか?」
まぁ、それはわかってるさ。
「大丈夫。変装するし!」
生だけ見ていればいいんだ。今日の仕事はそれだけって言ってたし。
何もなければ、それでいい。
確か、あの放送6時からだったよなー。
「俺も行く・・・・・・」
何を思ったのか、蘇芳もそんなことを言い出した。
芸能人に興味が無いとばかりに思っていた蘇芳が、だ。
「へ?何で?」
「心配だから」
おおー、いい親友だな。
って、この時は思っていたんだけれど。
実はこの心配の相手が俺じゃなかったということに気がつくのは結構先の話だ。
「ソラ君!?もうすぐ収録だよ!?」
控え室を歩いていたら通りがかりの音声さんに言われた。
すみません、と答えながら“天”の控え室に入る。収録中にここに誰も来ない事は知っていた。
ついでに、部屋の中にはテレビがある。そこから見ていよう、ってことになった。
それだったら家で見ていたほうがいいんじゃないかって蘇芳に言われたけど、何となくここに来たほうがいいんじゃないかって、
思ったんだ。
そんな蘇芳は友人ってことで一緒にTV局に入れてもらった。俺の肩書きはもちろん“ソラ”。
『新曲の予定はあるんですか?』
にこやかな笑みを浮かべる渡貫サンがメンバーの誰と指定するわけでもなく話を振る。
それに答えるのは八雲くんか夕日サン。
夕日サン、相変わらずカッコイイなぁ・・・・・・。
何かしてくると思っていたけど、特にそんな事はなくトントンと時間が過ぎていく。
なんだ、杞憂だったかな。
そう思ったときだった。
『ソラくんは今までの曲の中で一番何の曲が好きなの?』
はっ。
渡貫サンの質問は、生易しいけど、多分俺だったら一瞬迷う質問だ。
だって、俺ソラの曲なんて実は一曲も知らないし・・・・・・。
この事知られたら空には怒られるだろうけど・・・・・・。
『そうですねぇ・・・・・・「空唄」とか好きですよ。ホラ、題名が俺だし』
空はあっさりと答えた。まぁ、本人だから当然といえば当然か。
『ふぅん。俺と共演したドラマの曲も“天”のだったんだよねー、あの曲、難しかったんでしょ?』
渡貫サンが次の質問をする。段々難易度の高い質問になってきたぞ・・・・・・。
『俺はそんなに難しくなかったですよ。音域があってたのかな?どっちかというと「リーズ」の方が低めで歌い辛い』
ソラが歌い手ならではの答えをする。っていうか流石だ、空!
『ソラ君、そのドラマで共演した時、俺に好きだって教えてくれた曲あったよねーアレは』
『あぁ、「きらきら星」?』
多分、今の質問は渡貫サンにとってはクリティカルヒットのつもりだったのだろうけど、空はあっさり答えた。
まさかあっさり答えられると思わなかったのか、渡貫サンの反応が一瞬遅れる。
「空、カッコイイ・・・・・・」
その見事な空の受け流しに俺は感動していた。
俺がこの番組に出てたらボロ負けだったんだろうなー。
ってか、なんで「きらきら星」だよ、空・・・・・・。
『じゃあ最後に“天”の皆さんに歌ってもらいましょう』
気がついたら最後のシーンになっていた。
曲は、例の渡貫サンと共演したドラマの主題歌。
もう大丈夫かな。
緊張が抜けて、無意識に盛大なため息をついていた。
あわわ。っていうかこの曲終わったらみんなここに帰ってきちゃう。
「蘇芳、帰ろう」
みんなの歌声を最後まで聞けないのは残念だけど。
でも蘇芳は画面を見つめて動こうとしない。
「蘇芳?おい、早く・・・・・・」
「あ、あぁ・・・・・・」
腕を引っ張ってようやく蘇芳を立たせる事ができた。なんだよ、変なヤツー。
控え室から出たら収録場所から曲が切れるのが聞こえてきた。
無事に終わったのか・・・・・・。
と、思った瞬間だった。
「・・・・・・蘇芳」
「ん?」
「喉、なんか・・・・・・痛い」
小さい頃から結構あったんだ。
どっちかが怪我をすると、片方もその同じ箇所に痛みを感じる。
双子ならではのシンクロは、お互いの心が近ければ近い時ほど頻繁にあった。
最近は、そんな事なかったんだけど。
「空が、多分」
俺の予想を聞き終わる前に蘇芳がスタジオの方に走っていく。
茫然としている間に、蘇芳が片手で喉を押さえた空を連れてきた。
「空!」
人目のつかない廊下に移動してやると、ごほごほと空が激しく咳き込み始める。
「り、く」
その声が凄く擦れているのに背筋がひやりとした。
「陸、お前はメンバーのところに戻れ。俺がコイツを病院に連れて行く」
蘇芳は俺の顔から眼鏡、そして帽子を取り上げて空に着用させた。
「でも・・・・・・」
喉が痛い。
でも、それより心が痛い。
少し辛そうな空の顔を見ると、彼は口ぱくで「頼む」と言った。
そう言われたら、そうするしかないじゃないか。
「わかった」
ぐっと何かを堪えつつ、俺はさっきまで居た控え室に戻った。
ドアを開けると着替え中のメンバーの皆が。
「アレ?ソラーさっきの人は?」
八雲くんの質問に「帰った」と答えて、見覚えのあるソラのバックのところに行く。
俺、すでに私服だから着替える事とか無いんだよな・・・・・・。
なんか、頭ん中真っ白。
八雲くんや星夜くんが「お疲れ」って言って部屋から出て行くのをぼんやり見ていた。
ってゆーか、てゆーか・・・・・・。
「ソラ?お前まだ残っていたのか?」
そんな時、夕日サンが帰ってきた。収録後にマネージャーさんと話をしていたらしい。
「ゆーひ・・・・・」
「お疲れ。今日は、っていうか今日も良かったぞ」
夕日サンは笑顔でソラの歌を褒めた。
その言葉を貰うべきなのは、俺じゃなくて空なのに。
そう思った瞬間、何かが切れた。
「ソラ?」
「っ・・・・・・」
噛み殺した嗚咽は多少空気として漏れた。
目が物凄く熱い。
ぼろぼろ涙が流れる。夕日サンが見ているっていうのに、止める事も出来ない。
泣くしか出来ないなんて、情けねぇー・・・・・・。
「どうした?」
そんな、情けない俺に夕日サンは優しい声をかけてくれる。
「俺・・・・・・何も出来なかった」
涙を拭いながら、多分夕日サンには何がなんだかわからない事を口にする。
空が、喉を痛めてるって知ってたのに。
だから、俺、代わりになってたのに。
でも、空の代わりなんて無理なんだ。俺は歌は歌えないし、上手いフォローも出来ない。
空の代わりをするには、俺は役不足。
止まらない涙を必死に拭っていると、頭の上に気持ちのいい重みを感じた。
「お前は、上手くやってるよ」
くしゃり。
頭を撫でられた。
嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、もう訳がわからない涙が再び溢れ始める。
ゴメンな、空。
ホント、ゴメン。
『傷口がちょっと開いた程度だから大丈夫』
メールで空はそう送ってきた。
泣きすぎて目の端が痛い。
「あぁ、ソラ。明日から北海道だって言ったよな」
「へっ?」
目を擦っていると結局泣き止むまでついていてくれた夕日サンがいきなりそんな事を言ってきた。
って、ほっかいどう?
俺の頭の中で牛の鳴き声が響いた。
「そ、北海道。来月に発売する新曲のプロモ撮り」
し、新曲って・・・・・・レコーディング済みだよね?
「前に言ったろ?お前北海道だって浮かれてたじゃん」
多分その浮かれていたのはソラかと・・・・・・。
あー、そんなこと言えるわけない。
「にしてもお前、遅刻しそうだよな」
「しないって!」
そりゃ、空は結構時間にルーズなところがあるけど、俺はちゃんとしてるんだ!
夕日サンの信用できない、という視線が無茶苦茶痛いよ。
「お前、今日ウチに泊まれ」
「へ?」
「そうすりゃ遅刻しないだろ。マネージャーに迷惑かけるのはアレだし」
彼の中ではすでにそうすることに決めたらしく、俺の荷物を手に持っていた。
「お前、ウチに来るの初めてだよな」
そういいながら笑う夕日サンに、ついていく事しか出来ず。
っていうか、荷物持ってもらっちゃってるよ、俺。
地下にある駐車場に止めてある夕日サンの車は、結構見かけるタイプの車。
そういや、ウチは母さんは免許持ってないし、父さんは今外国いるしで自家用車なんて乗るの久し振りだっけ。
助手席のドアを開けて座ると、高い車なのか居心地が良かった。
「ソラ、シートベルト」
夕日サンに指摘されて、シートベルトの存在を忘れていたのに気がつく。
うっわー、間抜け。
慌てる俺より一足早く夕日サンは俺のところのシートベルトを伸ばし、着用してくれた。
「お前、子供みたいだな」
くすくす笑う夕日サンの声が凄く近いところにあって。
うっわー、恥ずかしい・・・・・・。
「どうせまだお子様ですよ・・・・・・」
「そうだなー。若いっていいなぁ」
夕日サン・・・・・・貴方まだ25歳だろ。
ネオンで明るい街を通って、マンションの立ち並ぶ場所に来た。
多分この大きなマンションのどこかが夕日サンの自宅なんだろう。
予想通りそのマンションの地下駐車場に車を止めて、中に入っていく夕日サンの背を追いかけてついたとことは・・・・・・
「広い・・・・・・」
高級マンションだったんだー・・・・・・。
って、夕日サンと同じくらいの年収だろう空・・・・・・お前、いくら貰ってるんだぁぁぁ!!
「ベッドは一つしかないけど、まぁ・・・・・・大丈夫そうだな」
夕日サンは俺の体型を見てそう呟いた。
なんだ!チビだっていいたいのか!
「なんか飲む?」
「ああ、お気遣いなく」
夕日サンの言葉に手も振って観せると笑われた。
やっぱ、ソラらしくない言動なんだろうな・・・・・・。
「なぁ、夕日」
「ん?」
お気遣いなく、と言ったのに夕日サンはグラスに茶色の液体を入れて持って来た。
飲んでみたら冷たい麦茶だった。美味しい。
「俺、最近・・・・・・変、かな?」
変、っていうかソラじゃないから仕方ないんだ。
でも、今の俺をどう思っているのか、聞いてみたかった。
「変・・・・・・って言えば変だけど」
そして夕日サンの返答は凄く普通。
ああそっかー。やっぱり俺、ソラには成りきれていないんだよなー・・・・・・。
成り切れてたら、きっと渡貫サンにも疑われる事もなかった。
きっと、今日みたいな事にはならなかった。
・・・・・・今日の空の喉のことは、俺の所為だ。
考えが暗い方向へ行こうとしていたのを止めたのは、夕日サンの一言だった。
「でも俺、今のお前も好きだ」
その一言がどんなに嬉しかったか、俺本人も気がつかなかった。
ただ、この時は胸が一気に暖かくなったのに正直戸惑いを感じた。
なんで、こんな気分になるんだろう。
アレだよ、少女マンガ的表現だと、俺、ドキドキしてるんだよな。
「・・・・・・本当?」
「ああ。素直だし、前よりずっと可愛いし、それに・・・・・・」
なんか、なんか。
「ありがとう・・・・・・ゆーひ」
にへっと変な笑いをしてしまった・・・・・・かも。
うわわ、もしかして夕日サン硬直してねぇ!?
でも、凄く嬉しかったんだ。
変なの。さっきまで空のことで気分下降中だったのに、俺なんか気分上昇してるよ。
「俺、眠くなってきたからベッド借りて良いか?」
安心したら眠くなるって本当なんだなー。
「あ、ああ・・・・・・あ、シャワーはあっちな。パジャマは」
「あ、パジャマ貸してもらってもいいかな?」
硬直が取れたらしい夕日サンにお願いポーズを取ってみる。
なんか、ガチガチとした動きで夕日サンはパジャマを持ってきてくれた。
っていうか、夕日サンのパジャマでけぇー・・・・・・。親父のパジャマみたい。
初めて入る他人の家のシャワールームは高級マンションらしく綺麗なところだった。
俺って、こんな現金な人間だったかなぁ?
あんなにショックだった色々なこともあっさり乗り切って、今は凄く機嫌が良い俺がいる。
シャワーを浴び終えて、借りたパジャマを着て、まぁ予想通りパジャマのズボンはぶかぶかだったからはかなかったけど。や、
はかなかったんじゃなくてはけなかったんだ。
「ゆーひ、コレ返す」
まぁ、上もおっきめで充分隠れるからいいだろ。
TVを見ていた夕日サンにズボンを返すと、何か凄い驚かれた。
「あぁ、ウエストぶかぶかでさー。このまま寝るよ」
確かにいきなり男相手に生足さらされたら嫌だよな。
「ベッドルームはあっちだ」
なんか、早く行けと言わんばかりの指図なのは気の所為か?
「サンキュ。あ、夕日もちゃんとベッドで寝ろよ。じゃなかったら俺もベッドで寝ないからな」
よっしゃー。この家のベッドってどんなんだろ。広いんだろうなぁ、ふかふかなんだろうなぁ。
って・・・・・・俺ってもしかして凄い庶民?
そんなことで凄くわくわくしている自分に苦笑。
本来、空も夕日サンも雲の上の人だからなぁ。まぁ、夕日サンも俺がソラの代わりなんてしてなかったらこんなに
優しくしてくれなかっただろうし・・・・・・。
そんな事を思ったら、何故か胸が針で刺される様な痛みを感じた。
気のせいか?
「おお!広いしふかふかだ!」
俺はベッドに感激してすぐ、あまりの寝心地のよさにすぐ夢の中に行ってしまった。
だから実は夕日サンが隣りに寝ていたかどうかは知らない。
朝目が覚めた時には夕日サンはすでに起きていたけど、俺のものじゃない体温がベッドに僅かだけど残っていたから多分、
彼は隣で寝ていたんだろう。
「・・・・・・飛行機で夕日が爆睡してる・・・・・・」
その日、北海道へ向かう飛行機の中で夕日サンは熟睡していた。
飛行機で寝る人なんて珍しく無いじゃん。
八雲くんの驚きの声にそう言ってやると、彼は首を振る。
「夕日、飛行機苦手なんだよ。前にスペインに行った時のフライトでだって、15時間も乗ってるのに一睡もしなかったんだよ?」
そこまで来ると馬鹿だよねーと八雲くんは笑っていた。
・・・・・・もしかして、俺がベッドに一緒に居たから寝心地悪かったのかな?
「昨日の夜眠れなかったのかなー?」
のん気に夕日サンの寝顔を覗き込みながら八雲くんが言ってたから、一応昨日の夜俺が泊まったことを言った。
そしたら
「あぁ、なーんだ。ソラが気にする事じゃないよ」
と、なんともあっさりした答え。
まぁいいや。夕日サンが起きたら謝っておこう。
北海道2泊3日の始まりだった。
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