「きゃーvソラくーんvv」

 トーク番組だかなんだかで今日の集合場所はテレビ局。

 そこで溜まっている女性陣に俺は引いた。

 だって!俺の人生で今まで女の子に黄色い声を上げられた記憶が一度も無いし!!

 戸惑う俺に、女の子たちが詰め寄ってくる。

「サイン下さい!」

「握手してください!」

 警備員さんが慌てて飛んでくる。

 うがっ!服引っ張らないで!!

「あ、あの、落ち着いて」

 そう言ったのが間違いだった。

 きゃー、と歓声が上がってしまう。

 多分、本物のソラならこんなことは簡単にかわせるのだろうけど、俺は哀しいほど一般人。

 どうすればいいか考えても分からない上に頭がパニックになっていた。

「あ、あの〜〜!」

「おい、何やっているんだ」

 低い声の後、すぐに肩を引かれた。

 耳触りのいい声にほんの少しだけ自分の心臓が飛び跳ねたのが解る。

 欲しい、と思ったあの声だ。

「夕日くん!」

 更に声が上がるが、彼はそれを難なくかわし、俺を連れて建物の中に入っていく。

 自動ドアが開いて、閉まって。

 見たことの無いテレビ局の内部。人が忙しそうに走り回っている。

 サングラスで顔を隠していた彼がこちらをくるりと振り返った。

「何やってんだよ、空。あんなギャラリーに捕まるなんて、お前らしくない」

「あ、ご、ごめんなさい・・・・・・」

 と、素で謝ってしまった。

 それに相手は目を丸くする。

 しまった。空がこんな殊勝に謝るわけがねぇ!!

 血の気が下がるのを感じつつも、空の性格を慌てて思い出す。

 えーと、えーと、空なら空なら、多分ココで「余計なお世話だよ!」とか言うんだろうな。

 ううう・・・・・・おにーちゃんは悲しいよ、空・・・・・・。

 もう少し優しい子に育てるんだった、と今更ながら思う。

 が、そんな事を思っている場合じゃない。

 覚悟を決めて空の性格になりきろうとしたときだった。

「何だよ、空!お前ちゃんとそういうこと言えるんじゃねーか!」

 夕日、サンは凄く嬉しそうに笑って俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 よ、陽気な人だ・・・・・・。

「俺はてっきりお前と付き合い始めて3年、ずっと我侭王子だとばかり思っていたが」

 すみません、俺も16年一緒に居るけど我侭王子だと思います。

 メンバーさんの苦労を知り、謝りたくなった。

「じゃ、行くか。控え室はこっちだとよ」

 上機嫌の夕日サンに引きずられ、俺は未知の世界へ足を踏み入れた。

 っていうか・・・・・・夕日サン、思っていた印象とかなり違うんですけど。

 テレビや雑誌で見る彼は、寡黙で大人っぽい人、というイメージを持つ。

 が、今自分の腕を引いている彼はまるで近所のお兄ちゃんのような雰囲気で。

 ほんの少し、安心した。

 怖い人かと思ったらそうでもなかったし。

 やっぱイイ声してるよなぁ、と思うし。

「ソラ、ちょっと」

 控え室で衣装に着替えている時、マネージャーの高原さんに手招きされた。

 廊下に出て、眼鏡をかけた高原さんが俺の事をじっと見つめる。

「陸くん、だって?」

 ココに来て初めて呼ばれた本名に慌てて頷いた。

「はい、そうです!」

「うわぁ・・・・・・空が双子だっては聞いていたけど、そっくりだな」

 感心した様子で高原さんは俺をまじまじと見つめた。

 切れ者っぽい高原さんの視線に正直戸惑いを感じた。あんまり人に見つめられるの、好きじゃないんだよな・・・・・・。

「ごめんな、陸君。こんなことになってしまって」

 高原さんはがくりと肩を落としてため息をついた。

「いえ、俺は構いませんけど」

 本当はかなり構うけどな・・・・・・。

「メンバーの人達に、言わなくて良いんですか?」

 素直な質問をすると高原さんは頷いた。

「あいつ等、・・・・・・特に夕日だが、思いやりというか、団結力というか・・・・・・メンバー一人欠けるのなら全員

活動休止すると言いかねない奴らの集まりなんだ」

 このスケジュールを全てパァには出来ない、と高原さんは手帳を見せてくれた。

 っていうか、・・・・・・皆いつ寝てるの?

 文字の書き込まれていない場所は無い手帳に一歩引いた。

「大丈夫、ソラの仕事はトーク番組とバラエティしかないから。3ヶ月間」

 俺がソラの時は歌わなくて良い、演技しなくていい仕事しか入れていないらしい。

 大変だなぁ、マネージャーって・・・・・・。

「あの、空の喉の事は」

 空は誰かに弱みを見せる事を嫌っているから、メンバーの誰かに言う事はしていないと思う。

 高原さんは苦笑していた。

「ああ。少し休めば大丈夫らしいから」

 俺にさえ詳しい状況を教えてくれなかった空だけど、流石にマネージャーさんには言っていたみたい。

「あー、ずっるいソラぁ。高原さんは俺のモノだって前言ったじゃん」

 背中の方から聞こえてきた声に俺は焦って振り返った。

 そうだ、俺ソラだったんだ。

「八雲!」

 高原さんは険しい表情で彼を見る。

 八雲、くんはメンバーの一人で確かソラより1コ上・・・・・・だったかな。

 人懐っこい顔で笑って、八雲くんは高原さんに抱きついた。

 は!?抱きついた!?

「八雲!遅刻だぞ!」

「そんなのいつもの事じゃん。今更怒んないでよ」

「今更だからこそ怒るんだ!まったく、今年何歳だ、お前」

「じゅー、はち。だっけ?」

「俺に聞くな」

 八雲くんはにゃはは、と笑って高原さんに抱きついたまま。

 って、高原さん・・・・・・突込みどころは遅刻の事だけなんですかね!

「二人とも楽屋に戻って休んでいろ。ソラは兎も角、八雲、今日は強行だぞ」

「いえっさー」

 俺より年上とは思えない子供っぽい返事をして、ようやく八雲くんは高原さんから離れた。

「あれ。ソラ、髪黒くしたの?」

 茶色いぴんぴんした髪を持つ八雲くんは子犬のような黒い目を大きくして小首を傾げた。

 い、一応俺より、俺より背高いんですけど、八雲くん、可愛い・・・・・・かも。

「う、うん」

 ソラを意識しつつ、でも八雲くんにつられて素直に笑ってしまう。

 その瞬間、あの時の夕日サンのように八雲くんの目がさらに大きくなった。

 しまった、また失敗した!?

「何か、今日のソラ可愛い〜〜」

 にへ、と笑って八雲くんは俺に抱きついてくる。

 何だ、抱きつき魔なだけか・・・・・・。

 男子校だからそう奴も何人かいるし、この状況は俺にとってそんなに慌てる事ではなく。

「そぉらぁ〜〜俺お腹減ったぁ、歩けない〜〜」

「楽屋にチョコの差し入れあったから、それ食え」

 俺に全体重を預けてきた八雲くんを引きずって俺は楽屋へ戻った。

 高原さんのすまなそうな視線を感じつつ。

 そういえば、ソラと八雲くんが結構仲がいいんだっけ?まぁ歳も近いしな。

 テレビ局の白い廊下を歩いていると正面から美人サンが歩いてきた。

 あ、テレビで見たことある、えーと、歌手の人だ。

「あ。ソラくんと八雲くんだ。やーん、可愛い〜〜」

「矢橋、さん」

 八雲くんが少し驚いたように彼女を見る。

 確か矢橋香里さん。なんか歌を歌う人で、歳は20代後半位。ここら辺で俺の芸能界無知振りがわかるよな・・・・・・。

 でも、確かソラと、っていうか『天』と同じ事務所だった気がする。んじゃアイドルなのかな?

 矢橋さんの後ろにはマネージャーらしき男の人が立っていた。優しげな若い男の人。

「・・・・・・石田さん」

 八雲くんが彼の名を呼ぶと、その男の人は戸惑いがちに笑んだ。

「久し振りだね、弥」

 わたる、というのは八雲くんの本名だ。

 八雲弥が彼の本当の名前で、それを知るのは極一部の人のはず。

「いこ、ソラ」

「お、おう?」

 いきなりがらりと雰囲気が変わった八雲くんは俺を今度は引っ張って楽屋に戻る。

 何なんだ?

 み、見ちゃいけない芸能界の裏の顔を見た気がした。



「大丈夫か?八雲」

 俺が彼を呼び捨てにするのは気が引けたけれど、楽屋に戻って更衣室に俺と一緒に入った八雲くんの顔を覗き込んだ。

「そらぁ〜〜」

 口を開いた八雲くんの声はおもいっきり涙声。

「やっぱ、俺まだ駄目だよ〜〜」

 何が!?

 こんなメンバー事情きいてねぇぞ、そらぁ!!!

「何か飲み物持って来ようか?何が良い?」

「・・・・・・ココにいて」

 子供っぽい仕草で彼は俺の袖口を引っ張った。

 実は事情がよくわからないので早く逃げたいんです、何て言えるわけが無い!

「そら、気付いてたんだろ?」

「な、何が?」

 とぼけた俺の返事に彼はそれを俺の優しさと取ったのか、どこか自虐的な笑みを浮かべた。

「俺と雄吾の事」

「ゆうご・・・・・・?」

「さっきの石田だよ、相変わらず人の顔と名前覚えられないなぁ、ソラは」

 ぐずりと鼻を鳴らしながらも八雲くんは苦笑した。

「俺の、前のマネで、好きな人だったんだってば」

「・・・・・・え?」

 芸能界って、本当にそういうのあるんだ・・・・・・。

 冷静に思いつつ、俺は焦っていた。

 だって、事情よく知らないし。

「どうした?」

 天の救い。夕日サンがやってきた。

 困り果てた俺の顔を見て夕日サンは大体の事情を把握したらしい。

「星夜、高原さん呼んで来い」

 いち早く支度を終えていた星夜さんに指示して、夕日サンは俺を更衣室から引っ張り出す。

「夕日?」

「何か買って来る。何が良い?八雲」

 驚く俺を尻目に夕日サンは膝を抱えている八雲くんに優しく聞いた。

「炭酸・・・・・・。レモンがいい」

 小さな声のリクエストに夕日サンは頷いて俺を連れて部屋から出た。

 楽屋には八雲くんが一人残される。

「いいのかよ!アイツ一人残して!」

「そのうち優しい優しいマネージャーが来る。むしろ俺たち邪魔」

「へ?」

「ま、まだ時間に余裕はあるし、そこら辺ぶらぶらしてようぜ」

「う、うん・・・・・・?」

 夕日サンは事情を把握しているらしいし、この人の言うとおりにしといた方がいいか。

 大人しくついて行く俺を夕日サンは不思議そうに振り返った。

「やっぱ、お前今日おかしくねぇ?なーんでそんなにあっさり俺の言う事聞くんだよ」

「え?」

「いつものお前だったら、俺のこと蹴り飛ばして反論するくせに」

 まぁ、それは空だから・・・・・・。

「夕日の言う事は、間違ってねーと思うから・・・・・・」

 ひとまず、そんな言い訳。

 ふーん、と夕日サンは頷き、俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。

「わ!な、なんだよ、夕日!」

「何か、可愛いな。初めてお前に対してそう思った」

 初めて間近で見る芸能人スマイルに、俺は不覚にもときめいていた。

 なんだろ、おかしいぞ、俺。

 その時気がついたのは、夕日サンの声は勿論、顔も性格も、結構好きな方で。

 俺は今まで兄貴として空の面倒見係だったから、誰かにこんな風に可愛がられるのが初めてということ。







 そうだよ、俺、兄貴が欲しかったんだよ・・・・・・。


 











Next


でも昔特撮ジャンルでした。