『あれ?父さん達どっか行くの?』
『ああ、久々の休みだからな。要は留守番よろしく』
『ふーん。まぁいいや、土産よろしく』
その日、仲のいい二人の背を見送って。
けれど帰ってきたのは二人の笑顔でもなく、土産でもなく。
一本の電話だった。
独りで住むには広すぎるマンション。
独りで住んでいるわけではないから当然だ。
きちんと部屋の雰囲気に合わせた家具が並べられているリビングを見て何となくため息。
二人分の朝食を用意しながらもう一つため息。
慣れない家事をとりあえずこなせる様になったのはいいけれど、同居人が楽をしていると思うとイライラする。
完成した朝食は今日も完璧だ。
米、味噌汁、焼き魚、野菜サラダ(和風)、後は昨日の夕飯の残りがもろもろ。
先に食卓について箸を握る。これが自分のいつものパターン。
テレビのニュースを聞き流しながら、ひたすら白い米を口の中に運んだ。時々時計を確認しながら。
高校生だからなかなか朝はゆっくりしていられない。
「ご馳走様」
自分で作ったものでも材料に両手を合わせて敬意をはらい、食器を片付ける。
向かいに準備したもう一人分はそのままにしておいて。
部屋に戻って制服に着替える。高校にしては珍しいらしい黒の学ラン。金ボタンが無いから中学生には間違われない。それに一応有名進学校だから有名な制服らしい。
普通ならこれで笑顔で「行って来まーす」なのだろうけれど、まだ仕事が残っていた。
カバン片手に隣の部屋の扉の前へ。
「叔父さん、朝ですよ」
コンコン、と軽いノック。これで相手が起きた例は無い。
毎朝のことだから怒るのもきっと大人げないのだろう。
けれど毎朝の事だから怒りを覚えるのだ。
「叔父さん・・・・・・」
ゴンゴンゴン、と殴るようなノック。これでも相手が起きた例は無い。
「うぉら!起きろこの馬鹿久我!!」
結局はこうして部屋の中へ殴りこみに入ることになる。
そして、部屋の状態はいつも。
「きゃあ!?」
最初に悲鳴を上げるのは女。勿論叔父が女という落ちは無しで。
それなりに綺麗めの大人の女性が胸を白いシーツで隠し、顔を紅く染める。
今までこういう反応を返した女はこれで18人目。
「何だよ・・・・・・要」
寝ぼけた声を出しながら彼は身を起こす。勿論上半身裸。
「起きろって言ってんだよ。お前も仕事あるんだろうが」
なるべく冷たい声で言うと彼は美形の顔を眠そうにしてこっちを眺める。
「ああ・・・・・・お前、学校か・・・・・・俺はもう1ラウンドするから早く行け。行ってらっしゃい」
ひらひらと手を振ってくれるが、さっさと行けということだろう。
言われなくとも。
「あのな、久我叔父さん。俺、一応高校生なんで、有害になる音をあまり聞かせないでくれますか?昨日凄く耳障りだったんですが」
叔父と呼ばれることを嫌う彼にわざと「叔父」を強調してやる。
ついでに軽い嫌味を。この叔父は顔が良い事を利用して毎晩のように女を連れ込んできているから。
しかし、何を思ったのか彼はにやりと笑った。
「ああ、童貞のお前には刺激が強すぎたか?悪ぃな」
一発その美形を殴らせろ。
拳まで握ったものの、朝から無駄な体力を使いたくない。
「悪いと思っているなら家に女連れ込むのは止めろ。ホテルに行け」
「金勿体ないだろ?」
結構稼いでいるくせに!!
彼がどんな仕事をしているのかはよく知らない。どうせホストだろう、ホスト。
勝手な予想を立てていたから聞く気にもならなかった。
叔父は叔父で自分の家で何をしようが勝手だろうという態度。流石に頭にくる。
「この間の女と違う・・・・・・」
最後の抵抗を口にしてすぐに部屋から出た。ドア越しにヒステリックな声が聞こえてきたけれど気にならなった。
見えない相手に舌を出して、学校という平和な場所へ急ぐ。
島崎要と先ほど女とベッドに居た久我日月は叔父と甥の関係だった。
|