「蒼生―!!」
学校に着いた瞬間、俺を迎えてくれたのは大きな眼を見開いた友人達だった。
一体何事か、と足を止めた俺に彼らは走ってくる。
「な、何だよ・・・・・・」
珍しすぎるほどに仲間達の眼は好奇心に輝いていた。そして、しばらくその3つの視線に晒された後、右左中央からほぼ同時に
「お前、学院の生徒会長と付き合ってるって本当か!?」

一体、何のことだ。

本当に身の覚えがないことに、どう反応すれば良いのかわからずしばらく硬直してしまった。
混乱の沈黙だったのに、付き合いが長いはずの友人達はそれを肯定の沈黙だと察し、
「マジかよー!!」
「蒼生が、学院と、ねぇ・・・・・・玉の輿狙い?」
「あーあ、ちょっとヤバイかもねー。蒼生、ウチのガッコで人気あるし」
勝手に解釈して奴らは勝手に話を盛り上げていっている。それに慌てずにいられるわけがないだろう。
「ちょっと待てー!!何の話だ!」
大体、学院の生徒会長って男だろ、男!俺はまだ男趣味になった覚えはない。ま、まぁ、兄貴は男趣味に走ったけど。
顔をつき合わせて話をしていた3人は、ほぼ同時に俺の方を振り返る。
「だって、学院のヤツから流れてきた噂だぞ?」
「駅で二人で歩いてるとこ見たって・・・・・・」
「それに、学院の生徒会長が、最近好きな人が出来たって友達に言ってたって」
彼らの言い分はおかしい。
学院のヤツが俺を知っているというのもまずおかしいし、俺は生徒会長という人と駅で歩いていた覚えはないんだけど、な。
と、そこまで考えて反論しようとしたが、思い出してみると駅を歩いていた人物が一人だけいる。
「なぁ、学院の生徒会長の名前って、何だっけ?」
学院を敵視している奴らにとっては常識範囲の情報だけど、俺は今まであまり意識した事が無いから学院のことをまったく知らない。
そんな俺を、奴らはきょとんとした顔で
「久慈深継、だろ?」
「あの久慈グループの御曹司―」
「成績優秀、スポーツ万能、おまけに美形ときた、学院では憧れの的、俺たちの間では恨みの的!が、蒼生の彼氏ぃー・・・・・・」
う、何で俺にその恨みの視線を向ける!
「彼氏じゃねぇっつのー!」
そうか、深継は生徒会長なのか。何か納得出来るけど。
「だから、深継はこの間話した兄貴の恋人の弟で!」
変な誤解は多分深継のほうでも耳に入っているだろう。それを思うと何だか無性に恥ずかしくなる。
そして、夜家でこの事を話して、また笑いを堪える誠一郎さんの姿が浮かぶ・・・・・・。
「あー、あの・・・・・・」
一人はあっさり納得してくれたけど。
「あれ?確か久慈って、男兄弟じゃね?」
「ああ、ソレ俺も知ってる。確か久慈会長、兄貴がいるって」

・・・・・・変な情報手に入れてんじゃねぇよ。

それに関する説明を求める視線を向けられたけれど、とりあえずその視線には顔を背けて沈黙の肯定で真実を教えてやった。
とりあえず、友達なら深く突っ込むな。
流石にそんな俺の気持ちは汲んでくれたらしく、3人共に気持ちのこもった手でぽんぽん、と肩や背中を叩いてもらった。

あれ?でも深継、好きな人いるんだ。
さっき得た情報を思い出し、そんな事をぼーっと考えていた。

「でもさぁ、大丈夫なのか?蒼生」
「そうそう、学院の奴らは陰険だからなー。会長に恋人いるなんて知ったら何するか解からないし」
「無言電話の一つくらいかかってきててもおかしくないのになぁ」

ぼーっとしていたおかげで、友人達の心配そうなトークを聞き逃していた。



「卵に生クリームに・・・・・・なぁ、蒼生、卵白と卵黄ってどうやって分けるんだ?」
「誠一郎さん・・・・・・暇なんですか?」
家に帰って来て、とりあえず暇だしケーキでも作ってみようかと、駅前で買ってきた本と家にあった材料を照らし合わせていたら、誠一郎さんも帰ってきて私服に着替えた彼はソファに座って俺の買ってきた本を開いている。
「今は蒼生と話してて忙しいな」
「・・・・・・いや、そういうことじゃなくてですね」
誠一郎さんも早く帰って来れる日があったり、物凄く遅い日だったり、とまちまちだ。兄さんもそうだけど、でも朝は早く行っている辺りは偉いと思う。重役出勤、って言葉を忘れさせてくれる真面目さで毎朝同じ時間に彼らは出て行くから。
会社でどういう仕事をしているのかまでは知らないけど、この間夜まで仕事をしていた誠一郎さんの姿を思い出すとやっぱり大変そうだ。やっぱ、偉いよなぁ。今まで想像の社長って高級料理店で接待っていうイメージしかなかったけど、改めておかないと。
「そういえば、深継って生徒会長だったんですね」
今日初めて手に入れた情報を口にすると、誠一郎さんは知っていたらしく「ああ」という返事が来た。身内は知ってたらしい。
それにしても、学院で生徒会長で久慈グループの御曹司、なんて揃いすぎだろう深継。
「誠一郎さんも生徒会長とかやってたんですか?」
「まぁな」
これで兄弟揃ってとかだったら更に揃いすぎだな、と思いながら聞いたらあっさり頷かれた。何だか妙に悔しいのは、ウチの兄さんも会長歴があるのに、俺はそういう役職に就いた事が無いからだ。なりたいわけじゃないけど、こういう差を見せ付けられると少し自分が情けなくなってくる。じーちゃんが今まで俺に眼をかけてこなかった理由が何となく察せた。
「蒼生は奈良崎の秘蔵っ子だから、あんまり目立つ事やるなって言われてるんだろ?」
でも誠一郎さんは俺が学院にも入らず役職にもつかずという状況にいることを全然違う解釈をしてきた。秘蔵っ子だなんて、初めて言われた事には俺も驚いた。
「秘蔵っ子って、俺はそんなんじゃ」
「だって、蒼生は全然業界のパーティに顔出さなかったじゃないか。奈良崎に第二子がいるなんて、殆どの人間が知らないし。大事にされてたんだな」
そういう解釈で正しいのだろうか。
俺は、小さい頃からそういうのには顔を出したくなくて、親もその気持ちを汲んでくれてそれで行かなかったんだと思ってたけど。それもあったんだろうけど。
「だから蒼生は捻くれずに育ったんだな・・・・・・」
はぁ、と誠一郎さんは疲れたようなため息を吐く。誰と俺を対比しているのか・・・多分深継だろうけど。
「深継だって別に捻くれてないと思いますけど?」
「まぁな。最近は何か楽しそうで歳相応に見えるが」
あ、何かそれちょっと聞いたことある台詞なんだけど。
今朝深継も同じような台詞を言っていたことを思い出し、思わず笑ってしまう。この二人、良く似た兄弟なんだろう。
「でも、兄貴と呼ばれた日はショックだったな・・・・・・」
「別にそれ普通ですよ」
「普通じゃない。兄としての立場に立てば解かる。今度全に言ってみろ、兄貴って」
「はぁ・・・・・・」
何と言うか。
誠一郎さんって、初めは取っ付きにくい人かと思ってたけど、そんな事なかったな。久慈という名前に警戒していた自分を反省する。
この人なら、多分兄さんを幸せにしてくれる。
そんな信頼が生まれつつあった。
ま、男でも良いかな・・・・・・可愛い姪か甥は望めないのは少し残念だけど、兄さんの幸せが一番だよな。
心の中で、別に自分に言い聞かせているわけじゃないけど、多少そういう面もあったけれど、そう呟いていたら、カウンターに置いていた携帯が振動する。
あ、ちょっと嫌な予感。
またじーちゃんからじゃないだろうな、と手にとってみたらメールだった。
じーちゃんはメールなんてするような人じゃないし、何より見たことのないフリーメールアドレスで、パソコンだったらウィルスを疑うところだけど、携帯だから多少警戒しつつも開いてみる。
パッと見、変な広告メールではなさそうだった、が。

『久慈深継ニ近寄ルナ』

・・・・・・一体どう反応しろと?

昼間の久慈会長恋人疑惑を思い出し、ぐらりと眩暈がした。これ、多分学院のヤツからだよな?何で俺の番号知ってるんだ?まさか金があるからって探偵雇ったとかではないよな。
とにかく、近寄るなと言われても同じ家に住んでいるんだから無理な話で。
でもここで無理です、って送ったら火に油を注ぐような行為だし。
「不穏だな」
俺の様子から何かあったと察したのか、携帯を覗き込んできた誠一郎さんがため息を吐きながらそう言った。
「深継のヤツは自分の身辺整理も上手く出来ていないのか」
「身辺整理って・・・・・・」
誠一郎さんの言い方に、苦笑しながらまだ下に文があることに気が付いてスクロールして、顔が凍りつくのが解かる。
『紅子ガ来ルゾ』
え、何で紅子!?
突然現れたキーワードに吃驚だ。だって、今朝学院連中は紅子の事を知らないって話をしていたばかりだ。
紅子が来るのか、何で、え、はぁ!?
これはつまり、身辺に気をつけろってことなのか。でもそこで何で紅子が来る?
・・・・・・もしかして、紅子は深継が好き・・・だとか?
恋敵は容赦なく殺す、と言っていた友人の言葉を思い出し血の気が下がる思いだった。
いや、冷静に考えろ自分、これは学院の奴らから来たメールだと考えるのが筋だ。それもそれで物凄い迷惑だけれど。
「ただいま・・・・・・って兄貴と蒼生、何やってるんだ?」
そこにひょっこりと顔を出したのは深継で、手には真新しい白い包帯が巻かれている。
「お前それどうした?」
誠一郎さんがまずそれを見咎めたけれど、彼はけろっとした顔で「授業で馬鹿やった」と答えていた。
「それ、朝のか・・・・・・?」
俺はその箇所に覚えがある。深継は俺の問いに首を横に振った。
「違う」
その返事に、どこか安心している自分が居た。これで電車に乗ってて傷つけられた、なんて紅子の話まんまじゃないか。
「そ、か・・・・・・でも、その手じゃケーキ作りは無理だな」
「あぁ、見た目ほど大したこと無いから手伝えるって・・・・・・それより、蒼生」
突然深継は真剣な眼になり、俺をじっと見つめる。何かと思えば
「あんまり一人で電車に乗るなよ?」

俺の恐怖を増長させるような助言をくれた。


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