俺と兄さんの歳の差は8歳。俺が17だから、この人はもう25・・・・・・ってことだ。
兄さんは弟の俺から見ても美人で可愛い。多分母さん似だからなんだろうけど、昔から男の人からも女の人からもよく告白されていた。
ふわふわの色素の薄い髪、それに似合う白い肌に真っ黒い大きな瞳が綺麗に配列されていて、口紅を塗っているわけでもないのに綺麗な色の唇が微笑むと半径10メートル以内の人は皆兄さんに視線をやる。
俺と言えば、兄さんと違って真っ黒い髪・・・・・・これがまた弄りようのないストレートで。身長だけは母さんに似たのかいまだに170に届かない。兄さんはとうの昔に越してるってのに。
それでいて更に兄さんはうちのグループ・・・・・俺たちの家は江戸時代から続く老舗の企業らしい。詳しくは良く知らないけど、取り合えず兄さんはそこの若社長になった。因みに、父さんと母さんは外国に新しく作った支店の社長をやっている。日本より今は世界に眼を向けるってことらしい。日本には祖父さんもいるから、兄さんのお目付け役は彼らに任せて俺が小さい頃にさっさと行ってしまった。
そんなわけで、長い間俺と兄さんは二人暮らしをしている。
社長宅と言っても、父さんと母さんが居なくなると決まってから購入したマンションだから4LDKと二人暮らしには広すぎる家だけど、一般家庭が住むそれとなんら変わりない。・・・・・・この間ウチのマンションが億ションだと知って驚いたけど。
家事も家政婦さんとかいるわけもなく、俺が全般的に担当している。家政婦さんとか頼むと祖父さんの息がかかったのが来るから、監視されているようで嫌だと兄さんが言ったから。
それも一理ある話だから俺も納得して家事をやってる。
二人で暮らしてるのに兄さんの恋人の話は聞かない。ちょっと不思議だなと思っていたけど、こんな環境だし兄さんの背後にあるもの目当てで近付いてくる女の人も多かったんだろう。それできっと色々と懲りたんだ、と勝手に考えてた。
そんなある日。
「蒼生、僕、蒼生に会って貰いたい人がいるんだー」
突然、兄さんに春がやってきたらしい。
俺は思わず食べようとしていたトーストを取り落としていた。窓の外ではスズメの声が・・・・・・聞こえるわけないか、ここ25階だもんな。
肌寒い冬の早朝、朝食時に兄さんは辺りに花を振りまいてそんな事を言ってきた。
「え・・・・・・それって、もしかして」
「うん、好きな人出来た」
えへへーと可愛らしい笑顔で兄さんは報告してくれる。再度言うけど、弟の目から見ても凄い可愛い。
この可愛い兄貴が選んだ相手ってどんなんだ!!
可愛い系なのか、それともキャリアウーマン系?兄さんぽえぽえしてるとこあるから、キャリアウーマン系の方がお似合いだ。
キャリアウーマン系、と考えると兄さんの秘書の新城さんが浮かんだ。テキパキと社長である兄さんを誘導出来るその能力は本物で、そのオーラも物凄く鋭い。女の人なのにカッコイイ。
きっと新城さんだ!彼女なら俺も大賛成。
「どんな人?可愛い?」
ドキドキしながら探りを入れると兄さんはちょっと考えるような顔をして
「僕から見たら可愛いけど・・・・・・周りはカッコイイって思ってるみたいで」
照れ笑いをしながら兄さんは答えてくれた。新城さんじゃん!
「で、蒼生に相談なんだけど」
「ん?何?」
「その人と、一緒に暮らしてもいい?」
兄さんの真剣な顔に、俺はすぐ頷いた。ようやく兄さんが好きな人見つけたんだ、それを邪魔しようなんて考えるわけがない。
「いいよ。俺ももう子どもじゃないし、一人で」
「何言ってんの!蒼生も一緒に住むんだよ。まだ未成年なんだから」
俺はてっきり一人暮らしをお願いされるのかと思ったけど兄さんが慌てて首を横に振った。でも同棲してる恋人と一緒に住むのは何となく肩身が狭い。
そんな俺の考えを読んだのか、兄さんはニッコリと笑った。
「大丈夫。あの人も兄弟と二人暮らしでね、まだ未成年で心配だからって一緒に住むことになったから」
「え、その兄弟って男?」
「うん」
まぁ、女兄弟だったら一緒に住む事にならないだろうな・・・・・・。ちょっと残念。
自慢じゃないが、俺は今まで彼女とか作ったことは一度も無い。今の高校が男子校っていう理由もあるし、出会いが基本的に無いから。
「今度の日曜にウチの経営してるホテルの喫茶店で待ち合わせしてるから、その時紹介するね」
俺が変なところを残念がっているのに気付くことなく、兄さんは溶けそうな笑顔で日時を指定してきた。勿論、俺がそれに意義を唱える理由などどこにもなくて。
それなりにおめでたい報告を聞いて、俺はその日一日上機嫌だった。
兄さんに連れてこられた上品な音楽が流れる喫茶店。まさに結婚報告をするには相応しい・・・っていうかお見合いによく使われそうな場所だ。ウチの経営してるホテルらしいけど、俺は来た事一度も無い。第一、高校生が来れるような場所じゃない。
もうちょっときちんとしたカッコで来るべきだったかなぁと思うような場所だ。でも兄さんもセーターにジーパンでラフな恰好だし、大丈夫か。
そんなラフな恰好である俺達に従業員の人が深々と頭を下げるから、周りのスーツを着たおじさん達が怪訝な顔で時々俺達を見てくる。そりゃそうだよな・・・・・・。
「約束は2時だから・・・・・・そろそろ来るはずなんだけど」
兄さんは時計を見ながらちらちらと入り口の方の様子を伺う。俺はというと、法外な値段の紅茶を無料で出されて恐る恐るそれを飲んでいた。経営者から紅茶の代金を貰うわけにはいかないんだろうけど、五百円する紅茶・・・・・・普段飲んでるティーパックとどう違うんだ、コレ。角砂糖からわずかに薔薇の香りがするけど。
「・・・・・・なぁ、兄さん紅茶くらいもうちょっと安くしろよ」
突然の話題に兄さんも驚いたようで時計を何度も確認するのを止めた。
「何で?」
「高すぎるから」
「あぁ、ここのホテル利用する人達って高級志向でさ、安くすると反対に怒っちゃったり飲まなかったりするんだよね」
だからちょっとサービス料という名で割り増し。
そう説明してから「あ、でもちゃんと値段に見合う葉とか砂糖とか使ってるはずだから」とフォローを入れてくれた。
そうか、ちゃんと経営してるんだな・・・・・・兄さん。
どこか危なっかしい兄さんでもそういうこと考えているということに何となく感動した。
「あ、でも僕は蒼生の淹れてくれた紅茶の方が好き」
その満面の笑みでの言葉にもちょっと感動。
でも兄さん、俺が淹れてる紅茶はもれなくティーパックだ。
まさかそんなことを今更カミングアウトする気にはならず、俺は黙って五百円の紅茶を啜った。
「遅くなったな」
そんな低い声が背後から聞こえてきたけど、まさか俺たちに話しかけられたものではないと思って俺は振り返らなかった。だって、俺達が待ってるのは女の人。すっごいカッコイイ声だったけど、待ち人じゃない・・・・・・と思ってたら向かいに座っていた兄さんの表情が輝き、待ちかねたように立ち上がった。
「誠一郎」
はい?
嬉々として兄さんが呼んだその名前は男名で、茫然としてる間に兄さんは彼ともう一人の腕を取って俺の前に二人の人間を並べた。
「紹介するね、蒼生。深継君と誠一郎」
深継君、とやらは俺と同い年ぐらいの男で・・・女子が見たらきゃあきゃあ言いそうな外見。
誠一郎・・・・・・さんは多分兄さんと同じくらいか、それより多少上の、これまた女子が見たらきゃあきゃあ言いそうな外見と、深継君よりずっと高い身長。
多分この二人は兄弟なんだろう・・・・・・けど。
俺は思わず五百円の紅茶を噴出してしまった。
「兄さん!?ちょっと待て、どういうことだ!?」
濡れた口元を慌てて拭いながら、紅茶勿体なかったな、とも思いながら俺は硝子テーブルを思いっきり叩いていた。そんな俺の様子に誠一郎さんは呆れた眼で何で俺が動揺しているのかさっぱり解かってない様子の兄さんを見た。
「全・・・・・・お前、説明しなかったのか」
「説明したよ。好きな人と暮らしたいって」
いや、この状況、それだけの説明じゃ明らかに説明不足だっつーの!!
俺の心の絶叫を読み取ったのか、誠一郎さんははぁ、とため息をついてその視線を俺に移した。
「初めまして、奈良崎蒼生くん。俺は久慈誠一郎。こっちは弟の深継。話は聞いてると思うが、俺たちは」
「ちょっと待って。今何て?」
俺はその誠一郎さんの言葉を止めて、彼の名乗った名字を思い起こす。
久慈、久慈って言ったよな?この人。
まさかと思うけど。
「・・・・・・久慈誠一郎と、久慈深継だ」
誠一郎さんは俺がどうして言葉を止めたのかすぐに察したようで、俺がもう一度聞きたかったところを繰り返してくれた。
と、いうことは俺の予想が当たっていると判断していいのかな。
「久慈って、まさかあの久慈の子息か!?」
久慈、という名は俺も兄さんも昔から耳タコだ。
何故なら、うちのじーちゃん・・・つまりは今のうちのグループの総帥の口から良く出た名前だから。罵詈雑言と共に。
久慈家と奈良崎家は昔から仲が悪くて財界では有名らしい。それでも、父さんの代ではそれなりに和解をしてたけど・・・・・・まだ祖父さんは和解的行動をとった父さんを許してない。
それに、一応商売敵じゃないか!
「子息っていうか、誠一郎はもう社長だよ」
あっさりと説明してくれる兄さんを俺は思わず睨んでいた。
「兄さん!この事、祖父さんは」
知ってたら雷が落ちる上に兄さんを絶対海外にやるだろうな。
多分知らないから秘密にしてといわれるんだろうと思って言ったんだけど
「知ってるよ。言ったら勝手にしろって言われて、だから勝手にした」
この人はー!!!!
俺は思わず高級だろうソファに頭を預けてしまった。
勝手にした、って思いっきり祖父さんの血圧上げるようなことして。あの人怒ると無茶苦茶怖いって知ってるはずなのに。
「認めてくれなかったら会社捨てるって言ったのが結構効いたみたいでさ」
「兄さん・・・・・・それ脅迫っつーんだよ」
俺の知らない間に恐ろしいやり取りがあったんだと知って、もう魂が抜け出しそうだった。
祖父さん・・・・・・お願いだから俺に八つ当たりはしないで。
「それに、久慈とは今提携の話も出てて。やっぱ外狙うんだったら情報も分け合えた方がいいし」
「わかった・・・・・・久慈だって件はもうどうでもいい」
兄さんが一生懸命説明してくれたし、俺だって頭が固いわけじゃない、昔のしがらみをいつまでも持ってるってのはあんまり良くないことだと思うし。
久慈だってことは、この際どうでもいい。
でも、どうでも良くないのは
「でも、男だろ!この人!」
ビシリと誠一郎さんを俺が指差すと、兄さんは彼をちらりと見て「女には見えないよね」と言った。
そうじゃない!!
男だぞ、野郎だぞ!?
「子どもとか作れないだろ!」
俺もそこを指摘するのはどうかと思ったけど、でもパニックになってた俺の言葉に兄さんは哀しげな目をした。
「子ども居ない夫婦だっているよ」
違う、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。
でも、大好きな兄さんが哀しげな顔をしたことに俺の心が痛む。
そこを狙って兄さんは涙で潤んだ眼で懇願してきた。
「ね、お願い、蒼生。蒼生だって父さんや母さんが居なくて淋しかったよな?家族欲しくない?」
そう言われると物言いにつまるものがある。
俺は小さい頃いつも淋しい淋しいと泣いてて、兄さんに慰めてもらっていたから。まさか、兄さんその事覚えて・・・・・・いや、まさかな。
「そりゃ・・・・・・俺だって。でも、それとこれとは話が」
「僕は本気で好きなんだ」
俺の言葉を遮った兄さんの真摯な言葉に、俺は脱力するしかなかった。
「もう、勝手にしてくれ・・・・・・」
何となく、祖父さんの気持ちが解かった気がした。
ぱぁっと嬉しそうに表情を輝かせる兄さんのそれはまさに恋するなんとやら。もう、兄さんが幸せならそれでいっか、なんて思うくらいに俺は甘い。
すっかりぬるくなった紅茶を飲むと、底の方に溜まっていた薔薇の香りつきの砂糖が口内に広がった。高級志向の人には良いのかも知れないけど、基本的に庶民な俺にはどうにも好きになれない香りで。
家に帰って飲み直そう。・・・・・・ティーパックだけど。
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