「4月の初め、あっちの方で戦争があったのを覚えているか」
 克己のいう『あっち』は外国。
 ニュースでそれらしい事を聞いた覚えがあり、翔は頷いた。
 話が早いな、と克己は微笑む。
「それに、俺達も借り出された。うちのクラスでは4人選ばれて。俺もその一人だった」
「そんな……入ったばかりじゃないか」
「軍に要請されて、学校側は経験の浅い一年を大目に選んだ。スパルタだよな。結果は生存者57名。内一年生の生存者は2名。30人行って2名だ」
 その一人が、克己だったのだろう。
「酷い戦闘だった。大人の軍隊なんて今から思えば基本もなっていない奴ばかり。この学校の必要性に納得した」
 どこか皮肉めいた言い方に翔は居た堪れない気分になる。
「いや、ここで習ったことを戦場で生かせるヤツは、鬼だな。みんな自分が死なないために無我夢中だった。習ったことなんてきっと思い出せない。相手が人だということも、忘れてしまうくらいなんだから」
 克己は目を細めて言葉を一度止め、そっと自分の額より少し上の部分をなぞる。
「殺さないと殺される。殺して殺して殺して何人殺したのか判らない」
 次に聞こえたのは重いため息。
「気がついたらそこに立っていたのは俺一人だけだ」
 敵部隊は全滅。
 こちらの勝利。
「それが評価されて階級は上がった。たったワンランクだ。あの戦場で得たものはたった一個の星と院長の褒め言葉だけ。割が合わないと思わないか?」
 同意を求められ、翔はどう答えればいいのかわからない。
 それを表情で呼んだ克己は軽く笑って彼の頭に手をのせた。
「一年のもう一人の生存者は、俺の同室者だった」
 名前は、春川卓。
 翔は知らない、元あの部屋の住人で、元克己のルームメイト。
「配属された部隊は違ったから、どんな状況だったかわからなかったけど、完全に狂っていた」
 その気持ちは何となくわからないでもない。
 だから、同じ極限状態に陥った克己にだけ彼が持ち帰ってきた狂気に気付いていた。
「前が明るかったヤツだから、クラスのヤツは春川の変わり様に驚いていた。別に、そんなに仲が良かったわけじゃないから俺は特に気に止めなかった。同じ部屋で、昼間は見せないアイツの狂い様を黙って見ていた。いや、黙ってアイツに従っていたと言うか」
 『従う』という言い方は気になったが、口を挟むと話を中断されそうだったので、翔は開きかけていた口を閉じる。
「しばらくは何事も無かったように過ぎていた。俺も忘れようとしていた。でも、確かに俺たちはあの時戦場に居たんだと、思い知らされたのは、帰ってきて1週間と少し経ってから」
 克己は手の傷をぼんやり見つめながら、細く息を吐く。
「春川が、銃でクラスを襲撃した」
 翔にとっては初めて聞く話だった。遠也からも正紀からもそんな話は聞いていない。
 多分、タブー視されているのだろう。
「そこでようやくクラスの奴等は春川が狂っていたと気が付いたんだろうな。皆それぞれ銃だってナイフだって持っているのに、彼を撃つという考えにはいかなかった。まだ誰かを殺すことにそれぞれ抵抗があるんだろう。おかげで、一人撃ち殺された。だから、俺が殺した。春川を」
 この手でな、と克己は軽く笑いながら両手を握る。
「俺は、誰に対しても引き金を引くのを迷わない。誰が相手でも殺せる自信はある。でも」
 ふっと笑い、彼は暗い空を見上げた。
「戦場にはもう行きたくないな」
 ぼんやり虚空を仰ぐ彼に何を言えばいいのかわからなかった。
 でも、何となく納得するものがある。
 世間的には高校一年生と言われ、まだ子供の雰囲気を残す学年で彼だけどこか大人びて見えたのは、他のクラスメイト達が体験しなかったことを経験しているから。
 どこか他人を突き放した態度をとるのも、その所為なのだろうか。
「いいのか?日向」
「え?」
「俺はこんな人間だぞ?」
「・・・・・・いいもなにも・・・・・・俺、何て言えばいいのかわかんねーよ」
 彼が人を殺した理由は、誰も責める事が出来ない理由だ。和泉のあの言い方には少し憤慨した。
「正直だな、お前」
「でも、俺、さっきの撤回しないから」
 手を止めていた皮むきを再開しながら翔は宣言する。
「言っとくけどなー、自分の昔の話するの結構覚悟いるんだぞ?思い出すのだってキツイんだからな!でもお前に話したっていうのは、その、俺の事やっぱり信じて欲しかったからで、お前を信じたってことで」
 しまった。何を言いたいのか自分でもわからない。
 克己の話の内容に色々な面で衝撃を受けた所為かも知れない。
「とーにーかーく!俺はお前と友達になりたいの!」
 取り合えず結論だけ言っておけ。
 そんな投げやりな考えに達し、力を入れて主張する。
「・・・・・・別に良いが」
 翔の言葉に克己も苦笑しながら答えた。
 淡白な答えだけれど翔は目を輝かせる。
「ホント!?俺の事信じてくれる!?」
「それはまた別」
「・・・・・・そうですか」
 大丈夫だ、頑張れ自分。
 一瞬へこみそうになったが、どうにか立ち直ろうとする前向きな自分に拍手。
「あ。じゃ、俺のこと名前で呼んでよ。お近づきのシルシに」
「名前、何だっけ?」
「・・・・・・翔です」
 本当に彼は自分に興味が無かった事を知る。
 せめてフルネームは覚えていて欲しかった。
「わかった。翔、な?」
 けれどすぐにこちらの要求を飲んでくれた事には感動した。
「あ、あとさ、克己にお願いが」
「何?」
「女の子、部屋に連れ込まないでくれると嬉しいな」
 にへっと笑って見せると克己が怪訝な顔をする。
 克己は顔が良いから女にもてるだろう。ついでに男にも。
「そういう事したいときは迷わずヨシワラへ!よろしく!」
 ヨシワラ、というのは従軍慰安の為の施設。綺麗なクローンや人造人間がそのお相手をする場所だ。
 昔の遊郭の名前を取ってヨシワラ、と呼ばれている。同じ用途だから。
「俺だって言われなくてもそれくらいの判断はする」
 はぁ、と克己はため息をついて嘆いた。
 そこに翔がいらない気遣いをする。
「あ、本上相手の時は言ってくれれば部屋空けるから!」
「何でそこで本上が出てくる!」
「え、本上可愛いじゃん。見た目。あれくらいだと男でも構わない!とか思うんじゃね?」
「・・・・・・お前が言うか」
「それにこの学校多いんだろ?そういうの。叔父さんから聞いてる。気をつけろって言われてきたし。
ま、本上レベルみたら俺なんて気をつける程じゃないだろうから」
「お前、鏡じっと見たことあるのか?」
「ねえよ。ナルシストじゃあるまいし」
 翔は外見は可愛いが、中身はそれなりに男前だ。その事に克己はようやく今気が付いた。
「いいか、日向」
 色々自覚していない翔の両肩を掴んで克己は説明を始める。
「この学校でヤられたとか何とかいうのはな、一種のイジメだ。恋愛感情なんてない。大体は上階級からの気にくわない下階級者への制裁。それと顔が可愛い奴への興味本位の手出し。顔なんて関係ない時もあることはある。が、お前は完璧後者に当てはまるからな」
「日向じゃなくて翔だって」
 しかしこちらの本気の説明は笑い飛ばし、違うところに翔は視点を当てる。
「大丈夫だって。何かあっても俺、逃げ出せるし」
「逃げ出せる状況じゃない。『階級上の者には絶対服従』だからな」
「それでも・・・・・・ま、多分俺は平気だよ」
 一体その自信はどこから。
 克己の怪訝な視線から逃れようと翔は立ち上がった。
「よし。皮むき終わったから帰ろう」
「早いな」
「普通だろ」
 にん、と笑って翔は先に歩き始める。
 克己はその背を見ながら眉を寄せた。
 『有馬』という姓と彼の顔に覚えがある気がしてならない。
 まさかな、と考えを打ち消した。


 眠い。
 ごし、と遠也は目を擦った。つける必要の無い眼鏡が邪魔だ。
「とーや、眠いの?」
 その様子に気付いたのは近くにいた大志だった。
 素直に子供っぽい仕草で頷く遠也に思わず口元を押さえる。
 か、可愛い・・・・・・。
「オイ、三宅?」
 大志の不審な様子に気が付いたのは火に当たっていた正紀。
 アレは放って置いて大丈夫なのだろうか。
「寝てもいいと思うよ、とーや。最近遠也パソコン遅くまでやってたし」
 ぽん、と頭を撫でられ遠也は眠気と格闘する意志を無くしかける。
「でも、見張り、とか」
「大丈夫。甲賀達にも言っておくから、安心していいよ」
 優しい声に遠也は目を閉じる。
「あれ。天才寝たの?」
 木に寄りかかってぐったりしている遠也の様子に正紀は自分の腕時計に目を落とす。
 10時ちょっとすぎ。
 少し早いが確かにそろそろ寝る時間だ。
「ただいま。アレ、遠也寝ちゃってる?」
 いいタイミングで翔と手に怪我をした克己が帰ってきた。
「俺たちも寝ようか。いい加減体力持たないし」
 いずるの言葉に反対するものはいなかった。
「じゃ、おやすみ」
 早々に寝転がった大志は3番目の見張り役。相方は遠也に決定。
「じゃ、俺達一番やるから。3時間交代な」
 一番目をかって出たのはいずると正紀。
 密かに正紀は嫌そうな顔をしていたが、異論の無い克己は木に寄りかかってすでに寝る体制。
 翔も近くの木に寄りかかって目を閉じた。
「あー、なんでお前と見張り役なんだよ」
 正紀の不満そうな小声が聞こえ、次にいずるの低い笑い声が耳に入る。
「嫌?」
「嫌って言うか・・・・・・」
 正紀にしては歯切れの悪い返答だ。
「俺が怖いんだ?正紀」
「ばっ!怖くねーよ、別に」
「じゃあ、もっと近寄れよ。何?この距離」
「べ、別に。何でもねーよ」
「もしかして、あの事まだ怒ってんだ?」
「別に、俺は」
「俺は、何?」
「怒ってはいない」
「ホント?じゃあまたやってもいい?」
「そ、それは嫌だ!!」
「何だ、残念」
「お前、またやりたいのかよ!悪趣味だな!」
「正紀、声デカイ。静かに」
「!お、お前、その手にあるものは何だ!」
「コレ?この間も見せただろ?お前がすっげぇ声上げたヤツ」
「か、勘弁して下さい、いずるさん」
「だってココ外だよ?しかも森。いい雰囲気じゃん」
「良くない!大体、こいつらいるだろ!」
「正紀が大声上げなければいいだろ?」
「嫌だ。やるなら一人でやれ」
「それじゃあ、つまらないだろ?」
「こいつら起こす気か?」


・・・・・・・・・・会話が気になって眠れない。


 遠也以外の3人はまだ起きていた。
 無駄にドキドキしている大志と、一刻も早く夢の中へ行きたい克己。会話の内容をいまいち理解できていない翔は寝たふりを続けていた。
「じゃ、始めるよ。正紀」
「うわ、嫌だ!止めてくれ、いずる!」
「何を今更。本当は好きなくせに」
「嫌いだって昔から言っているだろ!怖い話!!」
 わざとらしい寝息がその瞬間止まった。
 怖い話、という真実に。
「騙された?」
 くすりと低く笑ういずるの呟きに再び寝息が聞こえ始めた。
「なんでわざわざこんなところまで怖い話の本持ってくるんだよ。お前本当に悪趣味だな」
「だって好きなんだからいいだろ?正紀は昔からこのテの話苦手だよな」
「お前と二人きりになるとその話しかしねーんだもん、しかも夜!」
 いずるは怖い人だ。
 3人はそれを知り、とにかく早く寝ようと努力した。




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