ざく。
 ・・・・・・ざく?
 翔はこの場で出てくるはずの無い擬音に首を傾げた。
 遠也に手当てをしてもらい、皆のところに戻ってさっそくカレー作りが始まった。
 まず、ジャガイモを洗って皮を剥こうと翔と克己は川原にやってきた。他のメンバーもそれぞれの役割を今頃こなしているだろう。
 今は皮むきの段階のはずだ。何かを切るような音はしないはず。
 そんな妙な音を発した本人は無言で自分の手を見つめている。
「克己?」
 翔が呼びかけたのと同時、克己の手から赤い液体が滴り落ちた。
「斬った」
「斬った!?てか『切った』じゃなくて今お前『斬った』って言ったろ!?そんなに酷い傷なのか!?」
 怪我をした本人ではなく、翔が大慌てだった。
 克己の普段のナイフの授業は成績で表せばSSクラス。いわばプロ並み。
 克己がナイフで怪我をすることが信じられないのだ。
「料理と戦闘は勝手が違う」
 翔の驚きの目に克己はバツが悪そうに自分の傷を舐める。
 何となく、その仕草で気がついた。
「もしかして、料理出来ない?」
「ああ。破壊的に」
 表現の仕方が『破壊的』。自分で言っているのだから適当な表現なのだろう。
 それにしても、意外だ。
 オールマイティな彼なら、料理の一つや二つさらりとこなせそうなものなのに。
 その時、ふと思い出したことは
「もしかして、調理実習するって言われて、怖い顔してたのってさぁ・・・・・・」
「実習が嫌だったからに決まっているだろうが」
 意外とあっさり認めてくれる。と、いうことはもしかして、グループに誘った時にあっさりと承諾したのもこれが理由か。
 思わず笑いそうになったが、他人の欠点を笑うのは許されないと必死にそれを堪えた。でも、あの克己が苦手な事が嫌で、それを表情に出していたなんて。
 なんと言うか、安心した。
「仕方ないな。取り合えず止血しとけ。無理しなくていいからな」
 しなくて良い怪我をした克己はその言葉に甘んじる。
 どこか嬉しそうなのは気のせいか。
 多分、この調理実習の主旨は戦闘と料理の両立。それと食料が無くなったときの対処の仕方。
 それで料理で怪我をするのは馬鹿らしい。
 克己の手から血に染まったジャガイモを受け取った。スプラッタなジャガイモなんて初めて見た。
「料理は戦いだ」
「克己、それ前も言ってたよな」
 あの時はその意味が理解できなかったが、まさかこういうことだったとは。
 まぁ、人には一つや二つ弱点があるものだから。
「俺が助言できることと言ったら料理が上手い女の子を見つけろってことだけだよ・・・・・・」
 皮むき程度で手を切られてはどうしようもない。
 よくテレビとかで女の人が料理をしていて手を切り、彼氏らしい人がその指を舐める場面を見かける。
 そしてその後、熱っぽく見つめあうのだ。
 相手が女だったらの話だが。
 止血している美形の友人を見ながら心の中で嘆くしかない。
 に、してもサバイバルナイフで小さなジャガイモの皮を剥くのは難しい。刃が大きすぎて克己の二の舞になりそうだ。
 慎重に皮を剥いていると克己がバタフライナイフを貸してくれた。少し血が付いているのが怖い。
「中学の時どうしていたんだよ」
 煙草を吸い始めた克己に世間話を持ちかけてみる。と、彼は少し考えてから
「卵を電子レンジに入れたら爆発した。それ以降教師もクラスメイトも俺に料理をさせなかった」
「それは一般常識のレベルだ!!」
 頭が良いと思っていたのに変なところで馬鹿だ。
 いや、変なところではなくて料理に関して馬鹿なのかもしれない。
「料理は人を生かす業だ。人を殺す俺には出来なくて当然」
「あのな、克己・・・・・・そういう問題ではないと思うぞ?」
「お前、すでにクラスのヤツが数人死んでいることに気がついていないだろ」
 淡々とした口調に翔は皮むきをしていた手を止めた。
「まぁ、気付かないだろうな。机は片付けられるから。一クラス40人編成だけど、今お前入れて36人しか教室にいない。4人、死んでいる」
 全員、北。と付け足され翔は目を見開いた。
 何で、と問う前に克己が口を開く。
「俺とお前も本当は同じ部屋じゃ無かった。お前の同室者と俺の同室者がほぼ同じ時期に死んだから部屋が勿体ないということで同じになったんだ」
 そして、こちらが口を挟む前に
「今、お前が使っているベッドの前の所有者を殺したのは俺だ」
 いまいち感情が読めない一言だった。







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