「なぁー、あの畑さ、駄目」
 しばらくして正紀達が帰ってきて報告を始めた。
「何も植えられていなかったし」
「まぁ、人が居ないところでなにか植えられているわけも無いと思っていたけどね」
 いずるの笑顔の報告に一番衝撃を受けていたのは正紀だった。
「それを早く言え!」
「え、だってお前凄いやる気だったし」
 親友の喧嘩が始まる前に遠也がため息を吐いた。
「困りましたね」
 他に野菜が望めそうなところはあまりない。
「遠也、俺森の中に何かあるか見てくるよ。そっちの方が色々ありそうだし」
 翔が立ち上がりながら言うと遠也が慌てて引き留める。
「独りで大丈夫ですか?」
「うん。2,3時間経ったら戻ってくるから」
 まず時間を確認してから、腰元のサバイバルナイフとペイント弾の銃も確認。
 準備は万端、ということでさっさと行ってしまった。
 それを見送りながら正紀が一言。
「大丈夫なのか?アイツ」
「多分」
 遠也は頷き、再び火に小枝を入れ始める。
 しかし、視線をあげた先の正紀は納得できないという表情だ。
 遠也はさっさと座れ、と立ちっぱなしの二人を視線で促す。
「彼自身が大丈夫と言うなら、大丈夫」
 と、思いたいのだけれど。



「森……流石、木しかない」
 遠也に何かあるかもしれないと言ってきたが、残念ながら何も無い。
 しかも森と言ってもそんなに広いものではなく、30分程度まっすぐ歩けば外に出られる。
 迷わないようにナイフで木に印をつけるものの、必要ないかもしれない。
 はぁ、とため息をつきながらその場に座った。
 疲れた、と感じるのは多分遠也との会話の所為。
 3年間植物状態だった父親が、突然意識を取り戻した。
 そしてその3日後、何者かに殺された。
 いい気味だ、と心から思う。が、何やら心臓が痛む。
 悲しいとは思っていない。
 あの父親に同情もしていない。
 後悔だってしていない。
 なら、どうして、妙に足が思い。
「きゃぁ!」
 女の高い悲鳴に思考を止めた。
 そういえばF組の女子も参加しているのだったと思い出し、耳をすませる。何かあったから、の悲鳴だろう。
 人の話し声は左の方向から聞こえてきた。片方が男の声だと気付いてすぐに木々の間をくぐって、その現場に行ってみる。なるべく音を立てないで。
 茂みの中から様子を伺うと同じクラスの男が、女子に向かって銃を突きつけているようだった。
 男のほうは見覚えがある。確か、彼は和泉と一緒に居た明石だ。
「じゃがいもよこせ!」
 明石が叫ぶ。傍から見ていてなんて間抜けな。男が野菜欲しさに女を銃器で脅しているのだ。
 でも、当人たちはきっと本気だろう。
「嫌よ!誰があんたなんかに!折角見つけたのに!」
 女のほうは知らない顔だ。
 結構可愛い顔だと思うのは男の性。それと同時に元々強い正義感が湧いてくる。
 元々、男が女性に対して暴力を振るうという事を翔は極端に嫌っていた。過去の事が一因であると自覚はしている。
「よこせよ、じゃないと」
 明石は苛立った様子で銃を鳴らす。けれど彼女はそれを鼻であしらった。
「撃つの?ペイント弾なんか怖くないわよ」
 ずいぶんと顔に似合わず気が強い。
「じゃあ、ナイフでそのくそ生意気な顔を切り刻んでやる!」
 明石は銃をしまい、代わりにサバイバルナイフを握った。
 彼女のほうは丸腰だったらしく、「最低」と悔しそうに呟くのがここまで聞こえてきた。
 この雰囲気は危険だろう。
「明石、止めろよ」
 二人の空気が戦闘へともつれ込みそうだったので、翔はあわてて彼と彼女の間に割って入った。
「日向」
「日向君」
 二人の驚きの声が聞こえる。
 彼女のほうは自分を知っていたらしい。
 と、思ったら
「日向君じゃあねぇ……」
 なにやら後ろであきらめた様なため息が。
「何だよ、ソレ」
 むっとしながら振り返ると彼女はあっさり言った。
「だって、日向君弱そうなんだもん。身軽だろうけど」
 彼女の気は強すぎる。
 一瞬、助けるか助けまいか考えてしまった。
 近くで見た顔は確かに可愛い作りではあったが、気の強そうなその瞳はあからさまに自分を軽視している。
「あのな……」
「私がこの場をどうにかするから、逃げてよ。日向君」
「それじゃあ俺が出てきた意味ないだろ!!」
 絶句した。
 自分はそんなに頼りなく見えるのだろうか。そりゃあ、1ヶ月遅れの入学で、もしかしたら彼女よりも実際弱いかもしれないけれど。
 翔は密かに筋力トレーニングメニューを考えた。
 女に庇われるなんて男が廃る。
「丁度いい、日向てめぇをここでぶっ殺してやる!」
 翔がショックを受けているのにも構わず明石はナイフを強く握り締めた。この間の一件をもしかしたら怨まれているのかもしれない。
 彼の表情はどこか嬉しそうにも見える。
 翔は正紀から聞いていた明石の趣向を思い出す。
 かなり、好色。モテないくせに。ついでにサド。可愛い系が好み。何でそんなことを知っているんだ、篠田と今改めて思った。
「それこそてめぇの可愛い顔をずたずたにしてやる!」
 明石の一言に悪寒を感じた。
「うわ!趣味悪い!てか可愛い言うな!」
「ちょっと、私は生意気で、どうして日向君は可愛いなワケ!?」
 後ろに居た彼女が頬を膨らませて明石に詰め寄ろうとし、翔は慌てて左手で制す。
 それに目をとめた明石は面白そうに笑った。
「いっぱしの騎士気取りか?女みたいな顔してよ。お姫様のほうがお似合いだぜ?」
 醜い顔を嫌味臭い表情で歪める相手に翔は眉を寄せた。
「喧嘩、売っているのか?俺だって武器を持っているんだぞ?」
 侮辱に耐えながら低い声で警告を告げる。
 しかし、彼には必要ないものだったようだ。
「いい表情だ。ぞくぞくするよ」
 頭の中で何かが切れる音がした気がした。
「わかった。喧嘩、売ってるんだな?」
 急に笑顔になった翔に、その変化も気に留めず明石はにやりと笑う。
「ああ、売ってるぜ!」
 答えた瞬間、風が舞い明石の体が2メートル程吹っ飛んだ。多分、そこに木がなければあと1メートルは飛んだだろう。
 あまりの速さと展開に、翔の後ろに居た女子はしばし唖然としていた。


「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「貴方もしつこいですね」
 遠也は枯れ木を折りながら正紀の問いかけに呆れていた。
 うんざり、といった遠也のため息に正紀は慌てて理由を言う。
「だって、日向なんか細っこいし……か弱そうじゃん」
 思い出せる日向翔の外見は、一言で言うなら可愛らしい。身長180cmの正紀から見れば小さくてちょこまかしていて、例えるのなら小型犬。勝気に敵に威嚇はするが、そこまでだろう。一度彼の裸も見たが体は男とは思えない程細かった。
「なんかさぁ、お前と違って繊細そうだし」
「悪かったですね」
 正紀の暴言は気になったが、それを口にした相手はそれどころではないらしい。元番長にしては他人を気にかけるヤツだ。
 遠也はため息を吐く。
「……五中の日向、って聞いたことありませんか?」
 仕方ない、という気持ちがありありと伝わってくる言い方だった。
「山代中は隣だったから、聞いたことくらいあるでしょう?」
 確かに、耳に聞き覚えのあるフレーズに正紀は頷いた。
「ああ、確か五中が文化祭のとき、不良が5、6人学校を荒らしにきたのを止めたっていう噂の。確か、隣町のガラの悪いグループだったな。蛇鬼団とかいう」
 不良の世界に精通していた正紀はそういうグループに詳しい。ネーミングセンスないよな、と笑う正紀に遠也は心の中でお前もな、と返していた。
「そういや、その文化祭に俺の配下の奴が遊びに行ってて、その場面を偶然見たとかで興奮して俺に五中の日向を仲間にしようと言ってきたっけなぁ」
 正紀は忘れかけていたその時を思い出す。仲間の溜まり場となっていた廃ビルの黒いソファに寝転んでいたら、突然仲間がやってきて「篠さん、五中の日向を仲間にして一家をでっかくしましょう!」と眼を輝かせて言ってきたのだ。一体何を気に入ったのかは知らないが、勿論正紀は却下した。一家を大きくなんてするつもりはさらさらなかったから。それどころかいつ“一家”なんて大層なものになったんだと思いながら再び夢の中に戻った。
「その五中の日向が、日向です」
 遠也の言葉に一瞬正紀の動きが固まり、いずるも大きく目を見開いた。
「嘘ぉ!」



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