「では、みなさんにはこれからカレーを作ってもらいます」
 家庭科教師に連れられてきたのは、調理室ではなく、風が吹く荒野だった。
 皆、唖然と土が露わになっている風景を眺めていた。てっきり、連れてこられるのは畑かそこらへんかと思っていたから。
「皆さんに、先程カレールーを配りましたが、その他の材料は自分たちで見つけて下さいね。実は少しだけ材料を隠してるから、それを探してもいいし」
 荒野のずっと先には森があり、地図によるとその中には川が、さらに森を抜けると人家をイメージした家が並んでいるようだった。
 に、しても無茶苦茶だ。
「別に、ジャガイモやニンジンにこだわらなくていいのよ。でも、中身、最低3種類は用意してね、そしてそれをきちんと完食すること!」
 完食、という言葉に皆かなり嫌そうな表情になる。
 一口二口で終わらせてはいけない、ということだ。となると絶対に人害になる植物や動物を入れてはいけない。適当に食材を選ぶことは出来ない。
「因みに〜、お米は森の中に隠してあるから、探してね」
 人数分無いかも知れないけど、と担当教師はにこやかに言う。
「制限時間は明日の正午、他のグループの料理の邪魔とかしてもいいし、材料奪っても良いし。ただし、銃の弾はさっき配ったペイント弾よ。心臓とかに当たっちゃった人はその時点で終了。何かいけないことがあったら、階級没収するから」
 因みに一年生の北は最初から一個しか無いので、これを没収されたら目も当てられない事になる。
 南側の余裕の空気に反して北側は一気に緊張が張りつめた。
「じゃあ、グループの人と協力して、カレー作ってね!!」



「っつーか戦場で料理なんてしている暇絶対無いと思うんだけど」
 ブツブツ言いながら正紀が地図を広げた。
「常備した食料が無くなった時の対策法でしょう、きっと」
 遠也は歩いていた時からすでに地図とにらめっこ状態で。
 他のグループと別れて森の中をある程度歩き、隠れるのには良い場所を見つけてそこに一度腰を落ち着かせた。
 皆、それぞれ地図を眺めているが翔は一人そんなみんなの様子を眺めていた。
 そっちの方が面白かったから。
「人家のところに畑か何かあるかも知れませんね、この際何でも良いので篠田と矢吹に任せても良いですか?」
「おっし、野菜はまかせろ」
 すでに正紀は立ち上がってやる気満々。
「じゃ、肉は甲賀と三宅で」
「え!」
 遠也の分担に大志が声を上げた。
 その理由を知らない遠也は首を傾げるが、大志は縋るような目で翔を見つめた。
 克己がグループに加わると聞き、彼は信じられないという顔をして、正紀は手を叩いて喜んだ。二人共克己がまさか承諾するとは思わなかったのだろう。
 確かに、昨日の今日で克己と行動するのは怖い気持ちは解かる。
 けれど、思わず翔は大志から顔をそらしていた。
「俺と日向はここで雑用をしているので」
 さらに遠也の冷たい一言が後押しをした。
「や、やだー!遠也と離れたくない〜〜!」
 ではなく、克己と一緒が怖いんだろうが、と翔は内心突っ込みを入れた。
 呆れ顔の克己が大志の襟を掴んで歩いていくのを一応見えなくなるまで見送り、遠也の方を振り返る。
 既に彼は枯れ木を集めてライターで火をつけていた。
「成る程、火の番か」
「篠田が煙草を吸うヤツで助かりましたよ。火をおこせなかったら意味がない」
 紙切れに火をつけて重ねた木に突っ込む遠也の隣りに座った。
「で、遠也、何か俺に用?」
 何となく、そんな気がした翔の問いに遠也が一瞬手を止める。
 あのグループ分けはそういう事だったのだ。察しのいい翔はそれに気付いていた。
「・・・・・・どうして、遅れて入学を?」
「あー、遠也もみんなと同じ事聞くんだな」
 その度に翔は適当な言い訳をして誤魔化していた。入院していたから、という理由にして。そうすると病み上がりで大変だな、という返事だけで終わる。
「まさか、同じ答えを俺に返す気じゃないでしょうね、日向」
 ぱちり、と木がはじけて火が強さを増した。
 なんとなく火の上に手をかざすと思ったより暖かかった。
「どう説明していたのかは知りませんが、本当はどうなんです?」
 遠也の視線を感じ、苦笑するしかなかった。
「遠也には敵わないな」
「・・・・・・言いたくないのなら、無理にとは」
 遠也の心遣いに首を横に振る。
 頭上からはのどかな鳥の声が聞こえてきた。
「別に、大したことじゃないよ」
 息を吸うと木の焼ける臭いが鼻孔をくすぐる。遠也にはきっと誤魔化しは通じないだろう。
「アイツが、殺された」
 風が吹いたらしく木々の葉がこすれる音がした。
 紅い火がゆらりと揺れる。
「意識を取り戻した、3日後だった。俺が病室に行ったら、首が無かった」
 遠也の息を呑んだ音が微かに聞こえた。首が無かったという事は、第三者に殺された事しか考えられない状況だ。
「・・・・・・一体、誰が」
「知らない。でも、ま、いい気味だ。その葬式で遅れたわけ。一応、・・・・・・実の父親だし」
 手元にあった小枝を炎の中に放り込んだ。
 細い枝はすぐに炎の餌食となる。
「・・・・・・何にせよ、俺がアイツを殺したようなものだよな」
「後悔しているんですか?」
「いーや。全然」
「それなら、良いんです」
 遠也がほっとしたような表情を見せたのに、胸が軽く痛んだ。
 嘘を付いたような罪悪感に似ている。
 嘘を付いた覚えは無いのに。
 後悔だってしていない。
 なら、何故、時々何かを忘れているような気がするのだろう。
 今度は頭がずきりと痛んだ。
「日向?」
「あ、やー、何でもない」
 慌てて手元にあった枯れ木を持ってぱきぱき折って火にくべる。
「なんか、ゴメンな遠也、いっつも迷惑かけて」
「そんなことは」
「でも、もう大丈夫。だって、アイツ死んだし。全部終わったんだ」
「日向、そんな・・・・・・無理に笑わなくとも」
「え?無理なんかしてねーって。だって、別にアイツ死んだって哀しいわけないし、むしろ嬉しいし。笑うのが普通だろ?」
 なぁ?と笑顔を向けられ遠也は深く深く息を吐き、火に酸素を与えていた。
 そういう意味ではないのだけれど。
「実の親の、惨殺死体を見たんでしょう?」
 遠也の静かな言葉に翔は動きを止めた。
 惨殺と言われれば、惨殺だったのかもしれない。首のない死体は死に際の苦痛を教えてはくれなかったが。
「もっと惨い死に方でも良かった」
 そう思うほどには、自分は彼を憎んでいたのだから、遠也の心配は杞憂だ。
 でも、あの光景を思い出すと胸の辺りまでせり上がってくるものがある。思わず胸元を擦った翔に遠也が心配そうな眼を向けた。
 そんな遠也の様子に気が付いて、翔はいつもの笑みを浮かべる。
「無理に笑った方がいいのは遠也の方。三宅なんか少し可哀想だって」
 そして、あっさりと話題を変えた。




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