「なぁ、克己」
「何だ、日向」
「俺、何となくわかってきたぞ、この学校・・・・・・」
「それは良かった」
 棒読みに近い克己の返答と、目の前の現状に項垂れるしかない。
 今現在、この学校で最も安堵できる時間帯昼休みなのだが、食堂での北寮生徒と南寮生徒の視線での戦いが恐ろしい。
 話には聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
 夕食の時間は北寮と南寮で分けられていて、のほほんと夕食に有り付けるのだが、昼休みは限られた時間帯で完食しなければいけない。
 よって、時間は分けられていなかった。
 お陰で北、南、混じっての食堂は無言の殺気の行き交う場所になっていた。慣れればこんな殺気もなくなると誰かが説明してくれた。今まで小中学校と、北と南は別な学校に通っていたから、お互い違う人種と同じ箱の中に放り込まれて戸惑っている時期なのだと。
 それにしても、食堂と大浴場を共同にするのは間違っている。
 冷たい殺気に耐えながらもチキンライスを口に入れるが、味なんてまったく感じなかった。
 しかし、隣で黙々とコーヒーを飲んでいる甲賀克己はそれをまったく気に止める風もなく平然としている。
 南に鋭い視線を送ることもない。自分とは無縁の世界とでも考えているのだろうか。
 けれど、無縁ではないはずだ。
「・・・・・・克己」
「何だ」
「先程から本上君の視線が突き刺さってくるのですが・・・・・・」
「ほっとけ」
 克己に惚れている(らしい)本上夕喜のお門違いな嫉妬の視線が背中に痛い。
 それこそ、自分を目で殺す勢いの眼力。
「ほっとけってなぁ〜〜、元々はお前のまいた種だろ!?」
「自分でまいた覚えはない。勝手に芽が出た」
 何て巧い例えをしてくれるのだろう、この男は。
「それに、お前とのことをアイツが誤解しているのならそれはそれで俺としては好都合なんだがな」
「そりゃ克己はな!でも俺は」
「安心しろ。お前に危害は加えさせない」
 怒りをあらわにし始めた翔におれたのか、克己が解決策を提示した。どこか義務的な言い方には少し淋しさを感じたが。
「当然だ」
 ふん、と翔がそっぽ向くと彼の長い髪がばさりと動く。
「可愛くない・・・・・・」
「って今何っつった克己」
 今、この世で最も聞きたくなかった言葉を聞いた気がした。
「別に」
 発言者はこれ以上なにも話すことはないといった感じで再びカップに口を付ける。
 翔がこの学校に来て、ようやく三週間が経つ。
 その間、慣れるべきモノには慣れたが、慣れないことはまだ多い。
 そのたび、今隣にいるルームメイトがさりげなくフォローを入れてくれたり、中学から親しい友人から助言を貰ったりして何とか過ごしていた。
 最近驚いたのは、生徒一人一人拳銃とナイフを持ち歩くことになっていること。
 お酒と煙草とお薬と銃器は二十歳になってから、というフレーズがテレビで流れていたのに、何故まだ二十歳にならない自分たちが所持出来るのだろうと思えば、それが一応特権扱いになるらしい。
 兵隊が刃物も銃も持たないで何をするんだ、と克己に言われ。
 今、床に置いてある鞄にはサバイバルナイフとオートマチックが入っている。恐らく、食堂にいる生徒達も全員。
 他にも防弾チョッキやら手榴弾やらは自己負担で買えるらしい。ある程度学生割引も付いて。
 ただし、大型のライフルやマシンガンは授業以外では使っていけないという規定もある。勿論所持は認められていない。
 普通の学校にはない校則に、この学校への恐怖が消えない。
「次はナイフ演習だっけ・・・・・な」
 翔が時間割を確認すると、克己が「その次は家庭科」と教えてくれる。
 何故家庭科という教科がこの学校に、という疑問は未だに消えない。
「遠也、待って」
「うるさい、付いて来ないで下さい」
 殺気が漂う食堂に似合わないにぎやかな声に翔は顔を上げた。
 片方は自分の中学からの知り合いの佐木遠也と、それともう一人は彼と同室の三宅大志だった。勿論、大志ともクラスメイトで。
 長身の大志の隣では、遠也の低い身長がさらに目立つ。
 いや、自分も人のことは言えないのだけれども・・・・・・。
「あ、よっす。日向・・・・・・甲賀」
 まず大志がこちらに気が付き、ひらひらと手を振ってきた。遠也が助かったと言うような表情になる。
 人が良く、明るい大志の隣では、遠也の冷静な性格がさらに目立つ。
 ・・・・・・コレも自分も人のことは言えないのだけれども。
「きーてくれよ、日向ぁ!遠也俺のこと覚えていないんだぜぇ?」
 かなり取っつきやすい性格の大志とは、初めてあってすぐに打ち解けることが出来ていた。だから翔とはすぐに仲良くなったのだが。
「覚えていないのではなくて、知らないんです。そっちが間違えて居るんですよ」
 遠也とは同室なのに今だに打ち解けていない様子。
 大志の方はかなり打ち解けているようだけれど。
「間違えてない!俺名前だって覚えてたんだぞ!佐木遠也、お前しかいないだろ!」
「人違いです」
 きっぱり否定し、遠也は大志を睨み付けた。
 翔はその様子をおろおろして見ているしかなく。
 克己は当然、我関せずの態度で。
 大志の言い分だと、彼と遠也は幼馴染みだったと言うのだ。
 大志の父が牧師で、転勤が多いらしく中学校は一緒にはならなかったものの、小学校中学年までは仲良く遊んでいたと。
 けれど遠也はそれを認めない。
 どうしてそこまで頑なに拒否をするのかはわからないが。
「初恋の人を間違えるわけ無いだろ!」
「大声で叫ばないで下さい!」
 ・・・・・・拒否する理由は何となくわかったが。
 理由はともかく、見た目も中身もお人好しな大志をそこまで嫌う必要は無い、と思う。
 そう克己に言ったら「アイツはどんな女と付き合ってもイイ人で終わらせられるタイプだな」と返された。
 褒めているのか、貶しているのか。
「あ、日向次の授業って何だっけ?」
 暴れる遠也を腕に抱えつつ、大志が翔を振り返った。
「え?ナイフだけど」
「ああ、岩本教官かー。容赦無いよなぁ・・・・・・。遠也、気を付けろよ」
「余計なお世話です」
「俺は先に行くぞ」
 賑やかなのを克己は嫌うのか、翔が止める間もなく席を立ち早々に去ってしまった。それを少し淋しげに見送る翔の横顔に、大志は少し複雑なものを感じた。
「日向、甲賀に懐いてるんだな」
「三宅、その表現ちょっとおかしくね?」
 翔としてはただ、友達と共にいるつもりでいるのに、何故そこで懐くという表現が飛び出してくるのか。
 大志は素直に悪い、と謝ってから視線を落とす。
 ここにきてから三週間、翔は持ち前の性格でクラスの大半の人と友人になれた。気のいい奴等ばかりで正直ほっとしている。
 が、肝心の同室の克己とは翔が一方的に話しかけるばかりで、その距離は全く縮まっていなかった。とりあえず、同室で席が隣りだと普段の訓練でペアを組まされる事が多く、他人よりは克己と会話していると思うのだけれど。周囲はそんな翔を稀有な眼で見ていた。
 それどころか、どこか同情的な眼で翔を見ていた。その意味は知らないが、今も現に大志がそんな眼で自分を見ている。言いたいけど言えない何かを隠しているような眼で。
「あのさぁ、日向」
「時間です。いきますよ、三宅」
 大志の言葉を遮るように遠也は冷たい声を出し、それに大志は声をかけてもらったのが嬉しかったのか「はい!」と心なしか高い声で対応した。変わり身が早いというか、何と言うか、ウキウキした様子で大志は遠也の後を付いていく。
 それを唖然と見送りつつ。
 気を張らないといけないナイフの授業なのに、思いっきり気が抜けた気がする。




 それがいけなかったのか。
「いってぇ〜〜ちくしょー、ナイフ岩本めッ!」
 翔はズキズキ痛む左頬をさすりながら憎々しげに呟いた。
 そこには遠也提供の大きく切られた湿布が貼り付けられている。心なしか口の中が血の味がした。
「ま、油断大敵、ということだな」
 隣の席の克己が息をつく。
 そうかも知れないけれど、納得いかない。
「だって・・・・・・アレは酷いだろ!ナイフのはじき方やってみろって、指名されてやって見せたらいきなり殴って『こういう反撃も来るからな』だぞ!?」
 先に言え、先に!
 熱弁する翔に克己は「はいはい」となおざりにあしらうだけ。まぁ、彼ならそれも避けることが出来たのだろうけど、自分はまだナイフの授業を数回しか受けていない。
「だからって顔はないよな」
 初めて翔に同意してくれたのは、窓の近くで親友と話をしていた真壁裕大。
「そうだよな、日向の顔が・・・・・・」
 彼の親友の乃木光輝も同意してくれる。
 が、
「何が言いたい・・・・・・」
 翔が二人を睨み付けると、二人はほぼ同時に「さぁ」と肩を竦めた。
 どうせ自分は女顔だ。自覚もある。けれど黙っていられない。
「おまっ・・・・・ってぇ〜〜、ああ、もう何でここに医務室無いんだよ!」
 話すたびにズキズキ痛む頬を押さえながら不満をぶちまけた。歯が折れなかったのが不思議なほどの威力だった。
 そう、この学校に傷を治す為の医務室、保健室の類は存在しない。怪我は自分で治すのが鉄則らしい。
 確かに、怪我人が多すぎて対処しきれないという理由が有るのだろう。病気になったら寮へ帰り、自分で用意した薬を飲めということだ。
 何も用意できていなかった今回はひとまず遠也に治療して貰ったが、そのうち自分で救急箱を買わなければならない。一ヶ月の小遣いがすべて薬品に化けそうな予感。
「1年E組のみんな、元気かな〜?」
 チャイムと共に家庭科教師のハイテンションな声が聞こえる。常にそのテンションでMCIやMREについて語ってくれる人だ。
 自称26歳女独身。ここのクラスで最もタイプな男は甲賀克己、と初日の自己紹介で言ったらしい。
 彼女は教壇に立ち、黒板に大きく『調理実習』と書いた。
「明日明後日は調理実習です。この学校に入学して初めての実習なので緊張せずにやってね」
 調理実習に緊張するのか。
 それに二日間も必要なのか。一体どんな料理を作らせるつもりなのだろう。一晩熟成しろとか、そんな本格的なものを望んでいるのだろうか。
 やはり疑問が残る家庭科。
 克己なら何か知っているだろうと思い、首を横に動かしたが。
 彼は珍しく冷ややかな目で教官を睨み付けていた。
 殺気もわずかに感じる様子に、声をかけてはいけないと判断し、慌てて克己から視線をそらす。
 どうしたんだろう。
「ナイフと銃を忘れないでね。それと、最高6人のグループを作っておくこと。それと、F組の女の子達と一緒の授業だから、楽しみにしててね」
 女の子。
 その言葉を聞いただけでクラス内の空気に色が付いた気がした。
 彼女はそれだけ言うとそうそうに授業を切り上げ、去っていく。
 そして、やはり疑問が一つ。
「ナイフと・・・・・・銃?」



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MCI(meal-combat-individualt)・MREは軍の戦闘糧食のことです。国によって違います。
日本では豆ご飯とか、焼き鳥、乾パン・・・・・・とか。でも何でもあります。しかも結構美味しいらしい。

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