02 触れる指先


 一人が好きなのは本当。
 騒がしいと思ったのも本当。
 別に、強がりではない。
「つーか……ほんと、お前ら日向いなかったらしゃべんないのな」
 そう言ってきたのは誰だったか。まぁ、そんな他人の感想なんて聞く必要もない。遠也はただ一人で黙々と出された課題を片付けていた。克己も同じだった。正紀はクラスに他にも友人が沢山いるから、適当に話をしながら楽しげだ。
 きっと、ああいう人間はどこにいても楽しげに笑っていられるんだろうな、とそんな様子を見ながら思う。
 別に、今まで近くにいただけで会話もそんなにしていなかった二人だ。多分翔が彼らといなかったら自分も彼らといなかった。翔がいなければ成り立たない友人関係だったのだろう。克己が翔以外の人間を友人と思って接していたかは謎だが。
 さっさとこの1週間が終わって欲しい。一日一日が長くて息苦しい。
「おいそこの陸!」
 そこの陸。
 あまりにも範囲の広い呼びかけだったので、自分ではないと思い込み振り返ることなくさっきの海の生徒の艦内の説明をノートに書き写していれば、苛立ったように肩を引かれ、何だと目を上げると不機嫌そうな海の生徒がいた。恐らく、1年生だ。
「……何か?」
 仕方なく対応すると2人組みの海の生徒がニヤニヤと笑い、手に持っていたゴミ袋を遠也の足元に放る。どさりと鈍い音がしたそれはなかなかの重さのようだ。
「このゴミ、ゴミ捨て場に持って行ってくんねぇかな?俺ら、これから自分の持ち場に戻らねぇといけねぇんだよ」
「俺らが戻らないと、船動かないからさ」
 ああ、嫌がらせか。
 海の生徒には好意的な生徒もいるが、やはり陸に対して良い感情を持たない人間もいるようで、こうした嫌がらせを受けたというクラスメイトの声は聞いていた。
「1年生に操縦桿を持たせているんですか、この艦は」
 船が動かないというのはあからさま過ぎる嘘だ。だからそこを指摘して拒否するが、肩を掴んでいた相手の手に力が入り鈍い痛みを感じる。
「お前ね、誰のおかげで無事に航海出来てると思ってんの。俺達はお前らを乗せてやってるんだぞ?」
「はぁ……」
「分かってんのか!」
 適当な返事を返した遠也を彼らは突き飛ばし、壁に背を打ちつけた小さい彼を鼻で笑う。ようやく周りも遠也が海に絡まれていることに気付いたようで、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。それと、衝撃で眼鏡が飛んだ音も。
「つーか、よくそんな体格で軍に入ろうとか思うよな。何お前、身長何センチ?」
 陸ではこんな扱いを受けた事は一度も無かった。それは恐らく佐木という名があったからだろう。だが、今回の相手は自分の名を知らない。
 顔を片手で押さえ、全身の痛みに堪えているとその手を取られ、無理矢理立たされた。
「聞いてるんですけ……ど?」
 しかし、何故か相手は自分の顔を見て驚いたように何度も瞬きをする。
 何だ?
 こちらもその様子に瞬きをして返すと、突然その顔が横に吹っ飛んだ。
「なーぁ。俺らのダチに何か用?」
 代わりに正紀の足がそこにある。彼が海の生徒の顔を蹴り飛ばしたのだ。
「篠田」
「おぅよ、天才。礼はいらねぇぜ」
「野蛮です」
「っておいコラ」
 折角助けてやったのになんだよ。
 正紀が遠也のほうを振り返った隙に海の生徒は逃げて行き、あまりにもあっさりとした退散に元不良は少し不満げだった。
「つーか、気ぃつけろよ天才」
 眼鏡を拾って付け直す遠也に一言声をかけるが、彼の方は分かったのか分かっていないのか返事をしない。
「次、昼休みでしたよね」
 そのまま先に行ってしまう遠也を見送り、正紀はため息を吐く。
「なー、あれどう思うよ、甲賀」
 どうしても正紀には佐木遠也という人間が解からない。かといって克己が分かっているとは思わないが、他人に愚痴らずにはいられなかった。いずるがいたらきっと良いフォローをしたのだろうが、残念ながら彼はここにいなかった。


 まさかすぐに手を出してくるなんて思いも寄らなかった。
 まだ痛む背に遠也は密かにため息を吐く。食堂に向かう足、一人狭い廊下を歩いていた。海は比較的紳士だと聞いていたが全然だ。自分が陸の人間だからかもしれないが、これでは翔の身が心配だ。
 大丈夫だろうか。
 自分より彼の方が心配だった。翔は変なところで無防備だ。そこを見抜いた誰かに襲われないと良いけれど。
 しかし一番危ない人間とは離れる事が出来たから、幸運なのかもしれない。
 ふ、と息を吐いたその時だ。
 突然横の部屋の扉が開き、状況を把握するより速くその手が遠也の腕を取り、部屋の中へと引きずり込んだ。暗い部屋の壁にまた背を叩きつけることになり、二度目の衝撃に息が詰まる。
 何だ。何が起きた。
「本当かよ。パッと見暗いヤツじゃん」
「本当本当!眼鏡取ったら結構イイ」
 目を上げると緑色の非常灯に照らされているのはさっき自分に絡んできた生徒とそれに2人加えた4人の海の生徒。
「……何か用ですか」
 顔に触れればまた衝撃で眼鏡が落ちたらしい。慣れた感触がない。
 どうせ度が入っていないから支障はないが、だからといって理不尽な暴力が許されるわけじゃない。その怒りが遠也の言葉に苛立ちを含ませた。
 しかし、相手はそれに気付いているのか気付いていないのか、上機嫌に例のレポート用紙を突きつけてくる。
「俺ら、あんたに勝負申し込みたいんだけど」
「……はぁ?」
 何でそうなるのかよくわからなかったが、唖然としているところで自分のシャツを捲られ、さらに困惑した。
「勝負……って相撲でもとるつもりですか?」
 それでは確実に自分に勝機はない。だが、どうせ彼らは勝つことだけを目的にして自分に挑んで来たに違いない。
 無感情な黒い瞳に見上げられ、彼らは苦笑する。
「まぁ、勝負なんてわざわざしなくても勝ちは見えてるけどな」
「やっぱ見目が良い奴イイよなー」
 ……ああ、そういう事か。
 彼らが何を目的としているのか気がつき、頭痛がした。
 自分がそういう対象で見られる日が来るとは、世も末だ。そう思いつつズボンのポケットを探った。



「あー……メシだメシだ!」
 正紀は鬱憤晴らしのように叫びながら食堂に入った。食事時なので人は沢山いるが、やはり時間がずれているのかいずるの姿はない。
 色々と話したいことがあったのだが。
 心の中で舌打ちしたが、こんな事本人に言ったら絶対に笑われる。きっと「淋しがりだな」と言われる。
 淋しがりはお前のほうだろうが!昔のことを俺は知っているぞ!と想像のいずると口論していると、克己が自分の横を通り過ぎる。
「佐木がいないな」
 すれ違い際にそう小声で告げた克己はそのまま空いた席へと向かう。それに慌てて周りを見回したが、確かに遠也らしき身長の生徒がいない。不良時代に培われた第六感とでもいうのだろうか、嫌な予感がする。
「甲賀、どういうことだ!」
 いち早くそのことに気付いた克己はそ知らぬ顔で昼食を食べ始めたが、友人がいないというのに平然と出来る彼の態度が信じられない。
 しかし、克己からしてみれば、大して仲良くもない相手の不在に慌てることの出来る正紀の方が不可解だ。必死な顔で詰め寄って、テーブルまで叩いた彼はまるで克己が犯人のような態度だった。
「俺に聞くな」
 克己はただ、食堂全体を視界に入れ、瞬時に知る顔が足りないと判断しただけだ。別に遠也を意識的に探したわけではない。
「ああ、もうお前も来い、甲賀!天才探しに行くぞ!」
「何で俺が」
 興味がないというように目を伏せた克己の態度に正紀はもう一度テーブルを叩いた。ガタン、と水の入ったコップが弾むくらい強い力で叩かれ、そのテーブルに肘をついていた克己の腕にもその振動は伝わったはずだ。文句を言うように黒い目が細くなる。
 けれど、正紀には策があった。
「天才に何かあったら、日向が泣くぞ」
 翔と遠也は中学からの友人で、仲がいい。翔も遠也には一目を置いているし、遠也のほうも翔には優しい。その事実を克己も知っているはず。
 泣く、というか翔ならその相手殴り飛ばしそうだと思いながらも、正紀は翔の名を出してみた。克己も翔のことは友達だと思っているようだから、何とかなるのではないか。そんな一縷の望みをかけた言葉に、克己はため息を吐く。
 ダメだったか?
 そう思った瞬間
「……さっさと行くぞ」
 克己が動いた。
 言葉どおりさっさと食堂から出る克己の背を追いかけて、正紀は感動すら覚える。あの甲賀克己が、あの佐木遠也のために動くとは……いや、彼にとっては日向翔の為なんだろう。
「なんつーか、お前にとって日向は電源だな……」
 思わずそう呟いたが、克己の背は何も答えなかった。
 しかし、克己は艦の中を歩き始めたが、居場所が解からないのに歩き進めて大丈夫なのだろうか。しかも、これはさっきまでいた場所に戻る道だ。
「おい、甲賀、佐木の居場所、別れて探した方が早いよな、俺こっちに」
「佐木の性格からして、食堂へ向かう間に寄り道はしない。アイツはきっちりタイムスケジュールを守る奴だからな。誰かに連れ去られたのなら、食堂に向かう間。その食堂までは一本道で横道がない。人間一人拘束して連れ去った人間がいるなら、目立つし誰かが気付いて俺かお前に言ってくる。と、いうことはだ」
 ずらりと個室の扉が並んだ廊下へたどり着き、克己はそこで足を止める。
「このどこかの部屋に連れ込まれた……と考えるのが妥当か」
「よし!じゃあここの扉片っ端から開ければいいんだな!」
 遠也の名を呼びながら左右10室程度並んだ扉を開け始めた正紀の姿に少々呆れつつ、克己はそれを見守ることにした。
「天才―!いたら返事しろ!」
 しかし、こんな賑やかな捜索があって良いものだろうか。正紀のやり方に少々疑問を持ったが、克己はそれ以上動くのも面倒だった。
 勿論遠也からの返事は無く、正紀も8つ目の扉に手をかけた時、後ろにある扉から苦悶の悲鳴が聞こえる。
「な……っ!」
 死に際の絶叫にも似たその悲鳴は遠也の声ではない気がしたが、その扉のノブを握り思い切り開け放つと、暗い部屋の真ん中で小さい身体が倒れているのが廊下の光で浮かび上がった。
「佐木!って!」
 慌てて中に入ろうとしたその瞬間、踏み込んだ右足に鈍い衝撃を感じ、崩れた体制を持ち直すことも出来ず床に顔を打ち付ける羽目になる。
「いってぇー……」
 助けにきたってのになんだこのざまは。
 痛む顔を擦りながら身を起こすと、遠也だけではなく2人ほど海の生徒が床に倒れて呻いていた。予想しなかった光景に瞬きをしていると、肩にまた鈍い痛みが走った。硬い棒で殴られた、そんな痛みだ。
「何すんだ、いってぇだろ!」
 振り返りざまその凶器を掴み引っ張れば掃除用具のモップの柄。どうやらさっき足に引っ掛けてしまったのもコレだったようだ。
 武器を掴まれた相手はそれに怯むことなく突っ込んでくる。その柄の先が首を刺さない様に慌てて横へ引けば、それを予想していた相手はそのまま正紀の首を柄で捕らえ、押し倒す。
 首を圧迫する棒を退けようとしたが、相手の力も相当で正紀は地に仰向けに倒れる事になった。
「くそ……っ」
 倒れないように足に力を入れたのが悪かった。ずきりと痛んだ足の所為であっさりと相手の思惑に嵌る。
「離せ!」
「くっそ、邪魔しやがって!」
 一人は正紀に敵意をむき出しにしたが、もう一人は興味深げに獲物を眺めた。
「……俺はコイツの方が好みだな」
 どうにかその棒を首元からなくそうともがく正紀の顔を覗きこみながら、一人がとんでもない事を口走る。
 背筋に悪寒が走ったが、相手がそんな正紀の状況を考慮してくれるわけもなく、顔を近づけてくる。
 飛んで火に入る何とやら、という状況だろうか。
「ぅええええええちょ、ちょっと待て!」
 まさか、自分がそんな対象にされるとは思いも寄らず、正紀は首を横に振って相手の唇から逃れた。
 自分くらい成長した男相手に男が手を出すなど有り得ないと思っていた。対象となるのは、日向翔のように可愛らしい顔を持つ男か、佐木遠也のように小柄な人間ではないのか。
 そんな自分の反応を相手は「可愛い」と囁いてくる。心底カンベンしてもらいたい。この、腹の底が冷える感じは何だろう。ああ、そうか、恐怖と嫌悪だ。
 ひぃぃぃぃぃ。
 徐々に、だが確実に近付いてくる男の顔に心の中で絶叫した。声を出せるほどの余裕がないという状況に陥ったのは初めてだ。というか、海は本当にそういう男の巣窟だったのか。
 ああ、いずる……次お前に会う時は俺、お前の知らない俺になってるかも。
「おい」
 心の中で親友に嘆いていた時、頭上から聞き覚えのある呆れた声が降ってきた。ハッと我に返ると、克己が2人の男の後ろに腕を組んで立っている。かったるそうな顔をしているような気がするが、気にしない。彼の後ろに天使の翼が見えた。
 そういえば、克己も連れてきていたことをその時思い出し、正紀は肩の力を抜いた。クラスでもトップの力を持つ彼がいるのなら、もう安心だ。
「甲賀!」
「仲間がいたのか」
 正紀の上に馬乗りになっていた男が舌打ちをするが、克己は一向に動こうとしない。それどころか、冷静にことの次第を見とどけるというような目で部屋の中を眺めている。
「……あのー……甲賀くん?助けてくれないのかな?」
 恐る恐る聞いてみれば、克己が少し驚いたように目を大きくした。
「何で俺が」
 っておいー!!
 分かってはいたが、ここまで動かない男だとは思いも寄らなかった。人としてどうなんだその態度は。先ほど見えた天使の翼は悪魔の羽へと早変わりした。
「甲賀、お前……俺ら見捨てたら日向にチクってやる!」
 思わず口走った言葉だったが、立ち去ろうとした克己の背を止めるにはなかなかの効力を発揮してくれた。
「……篠田、お前」
「俺と佐木がヤバかったのに、甲賀は見捨てて帰ったって言うからな。日向なんて言うだろうな!」
 本当に、日向翔という名前の効力は凄い。
 正紀が彼の名前を出してからおそらく10秒も経っていないのだが、克己の足元には2人の男が倒れていた。
 気が付けば、喉を圧迫していたモップの柄もただ自分の首の上にあるだけになっている。
「さんきゅ……甲賀……マジ助かったマジ助かった」
「貸しにしとくぞ」
 はいはい、もう貸しだろうが菓子だろうが好きにしてください。とにかく、自分の貞操を守ってくれた克己には心底感謝した。
 それより、いまだ倒れている遠也の方が心配だ。
「天才、大丈夫……」
 立ち上がろうとするとさっき引っ掛けた右足が痛み、しゃがんだ体制のまま彼に近寄る事にした。何とも無様な格好だったが、床に落ちている遠也の眼鏡を拾いつつ、肩を叩く。
「篠田?」
 両手で顔面を押さえていた彼がその手をずらし、その下にあった瞳が濡れているのに不覚にも動揺してしまう。
「さ、佐木っ!?泣いてるのか!?まさか手遅れだったとか!?」
 普段怒るか嘲笑うかしかしない遠也の見たことのない表情に慌てふためくと、その目が怪訝な色を持つ。
「……何を言ってるんですか?」
 けれど、遠也の目からはとうとう涙が零れ落ちる。
 言葉は強がっていても酷い目にあって怖かったのだ。そうじゃなきゃ、あの佐木遠也が泣くわけがない。一体どんな事をされたのか。それを想像すると遅くなった自分が許せない。
「ごめんな、佐木……」
「だから、何が……篠田、俺は別に」
「ああ、いーって。何も言わなくて良いから」
 シャツの乱れを直してやり、遠也の頭を撫でる。
 遠也が何を言おうと、彼の側から離れるべきではなかったのだ。それが、友人として正しい対応だった。ここは海のテリトリーで、いつもと違う。自分も遠也もその事をきちんと自覚出来ていなかった。
「取り合えず、今は思い切り泣けばいい」
 片目で遠也は正紀の顔を見上げ、その拍子にまた目尻に溜まっていた涙が落ちる。遠也の体が小さい所為か、年下の子どもが泣いているようでなんだか痛々しい。
「俺の胸で泣け!オラ!」
 思い切って抱き締めてみたらやっぱり腕があまるサイズだ。力いっぱい抱き締められ、息が詰まったのが「ぐっ」という遠也の呻きが聞こえた気がしたが、気にしない。
 しかし、すぐに遠也に胸を叩かれた。
「……いや、それより篠田……水下さい」
「水?」
「目が痛くて……一刻も早く洗いたいんですが」
「は?」
 その時、遠也の手に小さいスプレー容器が握られているのに気付く。まだ中身は入っているが、その紅い色をした液体の正体に首を傾げていると、涙を大方流し終えた遠也が腕の中で一息吐いた。
「2人程コレで撃退したは良いものの……跳ね返ったのが自分の目にも入ってしまって」
 遠也がちらりと見たのは、部屋の中で倒れていた2人。
「え……天才、その中身って、何?」
「……口開けて下さい」
「ぅえ?」
 微妙な顔をして遠也を見る正紀の言いたいことは分かる。大丈夫なのか?だ。
「大丈夫、人体には無害ですから」
 その言葉を信じ正紀が恐る恐る口を開けると、遠也が目の痛みを堪えながらその口めがけてスプレーを押した。シュ、とあの独特な音が聞こえた瞬間、正紀の眉間に皺が寄る。
「……辛ッ」
「タバスコです」
「た、タバスコっ!?お前、それをこいつらの目にかけたのか……!?」
 はっと改めて始めから倒れている2人を見ると、すすり泣きが聞こえてきて背筋に冷たいものが走った。遠也はもうおさまりかけていた涙を拭いつつ「結構痛いもんですね」と一言。
 この天才怖い。
 いっそ、知らない薬品の名前を言われた方がマシだった。下手に知るものだからこそ、彼らの痛みを予想出来て恐ろしい。
「容赦、ないな……」
「人をいきなり襲おうとした人間に必要ですか、それは」
「……いや、無いけど」
「ああ、もうこんな時間ですね。甲板掃除にいかないと」
 さっさと正紀の手から眼鏡を奪い、それを装着し時間を確認するともうすぐ昼休みが終わる時間だった。
「先に甲板に行っててください。俺は一度部屋に行って薬取って来ます」
「は?天才、お前他に怪我したのか?」
 驚いたような正紀の反応に、思わず遠也も息を吐く。
「怪我をしたのは貴方でしょうが」
「……あ、そうか……おーい、甲賀、手ぇ貸してくれ」
 立ち上がるのも困難な痛みに突っ立っていた克己に声をかけるが、彼はやはりどこか嫌そうな顔になる。だが、正紀はもう彼の扱い方を知っていた。
「じゃねーと日向に」
「篠田お前後で本気で殴らせろ」
 そう言いつつも克己は正紀に肩を貸し、甲板の方へと向かう。心なしか足が速いのはさっさとこの面倒な役目から逃れたいからだろう。
 その2人を見送ってから遠也も部屋を後にした。
 まさか本気で自分が誰かに襲われるなんて、と自己反省をしつつ。




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あーホントお題潰しにかかってるな。