正紀が部屋から出て行きすぐに川辺はポケットから小型の携帯電話を取り出した。これは特殊な電波を使っていて、軍の妨害電波に妨害されることもなく外部と連絡が取れる。
「……俺です」
 彼と電話が繋がり、川辺は早口で用件を伝えた。
「矢張り、貴方の弟が関わっているようです。貴方に言われなくとも俺は身を挺してでも守りますよ……あの子は」
 川辺は眉間に皺を寄せ、今まであまり口にしなかったことをゆっくりと音にする。
「あの子は、俺の大切な息子だ」
 その言葉に、電話の向こうの相手も黙り込んだ。彼も、きっと川辺がどれほどの思いでその言葉を口にしたか、理解してくれているのだろう。
 その時、川辺は息を潜めた。扉の向こうに不穏な気配を感じ、全身が緊張するのが解かる。閉められたはずの扉が、キィと細い音を立てて開き、その正体を晒した。
「……おい、嘘だろ」
 そこにいたのは、科学科が作り出した理性も無く、人間らしい姿も持ち合わせていない、化け物だった。科学科の学者達は、自分達の身を守らせている彼らをガルーと呼んでいるが、その存在は公にされていない。僅かな知性で敵を認知し、本能に従うまま相手を切り裂くように作られている彼らは、今間違いなく川辺を敵と認めていた。背丈は川辺の半分の身長程しかないが、ごつごつとした岩肌のように硬そうな白い肌、必要以上に伸びた鋭い爪と歯、唾液が滴り落ちる口から漏れたのは、奇怪な呻き声だった。大きな目はどこかカメレオンに似ている。
 彼らの姿を太陽の元で見たのは初めてだった。これまた化け物じみている特性で、彼らは日の光を嫌うと聞いていたが、あれはガセネタだったのだろうか。
 そんな化け物が今、川辺の前に2匹姿を見せた。電話の向こうで怪訝な声を上げた相手に無言で電話を切り、彼らから目を離すことなく手の中の物をポケットにしまう。
 一瞬、先に出た正紀の安否が気になったが、彼らの爪が綺麗な白だったことに、彼の身は安全だと察した。しかし、今は自分の心配を第一にするべきだった。川辺の手持ちの武器は、腰にかろうじて差していた細身のナイフしかない。銃は音が出るから身につけるのは避けていた。サイレンサーをつけても、その音を聴きつける人間がこの学校には多いのだ。
 だが、目の前にいる彼らは皮膚が硬く、ナイフでは太刀打ち出来ない。ならばどうするか、と思案したところで爬虫類に似た大きな眼と視線が合った。
「……熱烈な視線をありがとう」
 勘弁してくれ、と思いつつも彼らの弱点に刀身を光らせた。





 ついてくるんじゃなかった……!
 いずるは目の前の状況を受け入れたくなくて、思わず眼を強く閉じてしまう。
「こちらは矢吹家の御子息の矢吹いずる様だ。この度ご入隊されたので生徒会直々に御案内している」
 克己は平然と生徒会の名を使い、それにいずるは心の中で悲鳴を上げていたが、前に立つ男には聞こえていない。もはや文句も言えない状態だった。
 そこまでして潜入しようとしているのは、よりによってヨシワラだった。
 突然のビッグネームの登場にここを取り仕切る老婆はぽかんとした顔で克己といずるを見上げた。
「はぁ……それで、誰をお呼びすればよろしいので?」
 ここに来るというのはそういう目的しかない。だが、いずるもこんな真っ昼間から女を抱く気にはならないし、どうにか逃げ出せないかと画策していた。いい加減、付き合いきれない。
「揚羽を」
 克己が口にしたのは、聞きなれない名前だった。
 こうした場所を利用しないいずるも、有名どころの名前は耳にしている。花の名前を貰っている女性ないし男性は自分達の手が届くような値段ではないことも。しかし、その揚羽という名前は聞いたことが無かった。まず、彼女達につけられる名前の特徴から逸脱している。花の名前ではない。
 よほどの新人か、それとも。
 老婆の表情が凍りついたのをいずるははっきりと見た。
「揚羽、ですか……?」
「良いから呼べ。いるんだろう?金の心配はするな、矢吹家の名は知っているだろうな」
 ってコイツ俺に金を支払わせるつもりか!!
 ドスの効いた克己の言葉に老婆は恐怖に震え上がり、いずるも別な意味で震え上がった。そこでようやく自分が連れてこられた意味を知る。多分、克己が会おうとしている女性はただの1年生では会うことが叶わず、会えたとしても1年生では出せない金額の相手なのだ。そこで、名前と金を持ついずるを連れてきたという事か。
「金はそんなに持ってないぞ……」
 VIP室へと連れて行かれているような気がする地下へ下る階段を歩きながら、いずるは克己に言いたい事だけ小声で伝えた。今現在財布の中には五千円と少しくらいしか入っていない。それでも、この歳では入っている方だと思ってはいる。しかし、ここでは法外の値段を突きつけられる。足りるとは到底思えない。
 克己はその言葉に「心配するな」というように眼を細めた。そのどこか大人びた仕草にいずるは眉間を寄せる。どうも、彼に言いように使われているような気がしてならない。
「こちらになります」
 薄暗い階段を老婆の持つ提燈一つの明かりで下っていたが、その仄かな光が一つの扉を照らした。
「ごゆっくり」
 開かれた扉の向こうにはもう一つ扉があり、それを確認した克己は中に入って行き、いずるもその後に続いた。背後の扉が閉められ、一瞬だけ暗闇になったが、すぐに中の扉が開き、淡い光に迎え入れられた。
「ようこそいらっしゃいました」
 思っていた以上に、凛とした声だった。今までいずるが時々目にしていたヨシワラの女性は皆、人間に甘えるような猫なで声で絡み付いていたが、彼女は何かが違うとその一声だけで察せる。
 20畳ほどはある広い和室はいくつもの灯篭の光で照らされ、まるで幻影の世界に迷い込んだような錯覚する。この地下は、あまりにも現実離れしすぎていた。鼻腔をくすぐる香の香りも、さっきまで蔓延していた甘ったるいだけの安っぽい香りとは違い、高貴でむしろ性欲など押さえつけられる香りだ。
「突然の御訪問でしたので、準備が間に合わず申し訳ありません。次からは前日に御連絡をくださりませ」
 そして、どこか棘のある口調には流石に驚かされた。ヨシワラの女という事はクローンかアンドロイドかどちらかで、人間に刃向かう事など許されないのに、だ。
 三つ指をついて礼をしたまま彼女は自分達に文句を言った。だが、克己はそれに怒る様子も無く、顔を半分隠していた帽子を脱ぎ、彼も頭を下げた。
「火急の用だったので、どうかお許しを」
 その言葉に彼女はゆるりとした動作で顔を上げ、それにあわせて肩にかかっていた長い黒髪がはらりと流れ落ちた。
 初めて彼女の顔を見たいずるは思わず息を呑んでいた。こんなに綺麗な女性を見たのは初めてだった。確かに、今まで色々なタイプの美人を見てきたが、彼女には隠そうとしても隠し切れ無い程の気品を感じる。それはどこか、名家の令嬢である自分の母親と似通ったものでもあった。
 長い睫毛の下に隠れていた黒い瞳はしっかりとした自分の意思を持っている。その目が上がり、克己を捕らえ、驚きに見開かれた。
「克己さま!」
 あまりの驚きように克己は苦笑していた。
「お久し振りです、揚羽様」
「まぁ……よくいらしてくださいました」
 彼女は再び頭を下げ、克己は後ろで茫然と突っ立っていたいずるに視線を投げる。
「中に入るぞ。何を呆けている」
「……いや、お前何者?」
 こんな美人に様付けをされている克己の正体を知りたいような知りたくないような。
 けれど克己はその問いを無視して先に部屋へと入り、それに続くと彼女が上品な笑みで迎えてくれる。
 さらさらとした黒い長い髪、白い肌に赤い口元は昔言った大和撫子という単語がぴったりだった。おもわず不躾な視線を向けてしまうと、そんないずるに彼女は口元をゆっくりと上げる。
「お友達ですか」
 彼女の柔らかい問いに、克己は頷かずに口だけで説明する。
「彼は、矢吹家の跡取りです」
「あぁ、いずる様ですね。お名前は耳にしています。弓道を嗜まれているとか」
 ゆったりとした彼女の喋りにいずるは「はぁ」と曖昧な返事をして流すことしか出来なかった。恐縮しきっているいずるの様子に克己は口元を上げ、人の悪い笑みを浮かべていたが、いずるがそれに気付く事は無かった。
「今日の御用件はなんでしょうか。まさか、私のことを抱きに来たという事でもないのでしょう?」
 長い睫毛を伏せた彼女の言葉に克己は苦笑する。
「俺にはそんな度胸はありません」
 軽く畳に拳を置き頭を下げた克己に、いずるも頭を下げそうになったが、それを克己が手で制した。その意味は解からなかったが、克己はすぐに顔を上げ、視線を揚羽に向ける。
「今、上で起きている事は御存知ですよね」
 揚羽の方は克己の口にした本題に目を細め、大して驚いた風でもなくその目を伏せる。知っているという答えに、いずるも息を呑んだ。こんな地下にいて、あの地上の喧騒を知る彼女は一体何者で、それを知る克己も一体どういう人物なのだろう。
「では、その真相も?」
 更に克己が畳み掛けると、彼女は僅かに顎を引いた。その目は、強く克己を見つめている。
「克己様も御存知なのですね。だから、いずる様をここにお連れになられた」
 突然話に自分の名前が混じり、それにいずるは眉を上げた。何も知らないようないずるのその態度に、揚羽が視線と体もいずるへ向け、克己もその視線をいずるへと合わせた。彼女はともかく、友人のどこか居心地の悪い視線にいずるは「何だ」と言いかけたが、その前に克己が口を開いた。
「矢吹、お前、命を狙われてるだろう」
 その静かな声に、いずるは目を瞬かせる。しかし、それだけだった。特に大袈裟に驚くわけでもなかったが、瞬時に眉間を寄せた。
「……どうしてお前がそれを知っている?」
 心当たりのある話に、いずるははっきりと答えた。それに揚羽は眉を下げ、克己は軽く眉を上げる。
「驚いたな、知っていたのか。それなのに、何故一言もそれを言わなかった?」
 いずるの周りにいる人間は、彼が命を狙われていることなど知らないようだった。特に正紀、彼は知っていたらもっと周りを警戒しているだろう。幼馴染にすら助けを求めなかったのだ。
「俺とお前はそんな会話をするような関係だったか?」
 いずるは呆れたように肩を竦め、ため息を吐く。
「正紀に言わなかったのは、アイツを巻き込むわけにはいかないから。これは、俺の家の問題だからな」
「お家騒動か」
「誰が俺を狙っているのかも知っている。叔父だ。俺がいなくなれば矢吹を継げる」
 いずるの義父―-―-血筋は祖父だが――その弟一家が現当主亡き後は矢吹を継ぐ予定だった。唯一の娘が駆け落ちし、姿をくらましていたからだ。しかし、突然彼らは離婚し、実家に帰ってきた。しかも、正当な後継者となるいずるを連れて。叔父の怒りは噂で聞いていた。しかも、その叔父が裏で軍と繋がっているという事も。軍人を嫌ういずるの義父はどうしても弟に家を継がせたくはなかったはずだ。
「この学校に来ればあの叔父の手も届き難いと思ったけど……ここでも狙われるということは、やっぱり叔父が軍と繋がってるっていう噂は本当だったんだな」
 この学校は軍部の敷地内にある。ここに入れるのは軍の関係者のみだ。この学校でも命を狙われるという事は、軍部の中に自分を狙う人間がいるということになる。しかし、それを克己があっさりと否定した。
「軍とは限らないだろう」
「何でだよ」
「科学科もすぐそこにある」
 克己が親指で指した方向にあるかは解からないが、確かに科学庁の巨大な施設もすぐそこにあった。彼らも許可が下りれば軍部の敷地内に入ることが出来る。それが示すのは、もしかしたら去年の一件で狙われているのかもしれないという一つの可能性だった。けれど、それはあまりにも低い可能性だ。
「それで?甲賀、お前はそんな話を俺にしてどうするつもりなんだ?」
 まさか、単に友人だからという理由で彼が自分に警告してきたわけではないだろう。克己が待っていたと言いたげに口元を歪めたのを見て、自分の考え方が正しかったと思う。
「守ってやろうか」
 克己は口元に当てた拳の下で笑い、その眼はどこか楽しげだった。その言葉もどこか上からの目線で語られており、それは彼が単純な善意から言っているわけではない良い証拠だ。
「生憎、そう簡単に殺されるような体じゃない」
 矢吹家に途中から入った身だとしても、いずるの中にはそれ相応のプライドは育っていた。克己の不躾な態度を窘めるように彼を見たが、そんな視線に克己は呆れ返っていた。
「自信過剰もほどほどにしておけ。ここにはお前より強い奴が、お前より弱い奴より多いぞ。俺も含めてな」
「……お前こそ自信過剰だろ。俺と本気で打ち合ったことが無い」
「お前こそ、俺の本気を見たことがないだろう」
 いずるもそれなりに腕に自信はあったが、克己の鋭い声に思わず息を呑んだ。彼の実力なら、クラスの授業で目にしている。大して経験をつんでいない目から見ても解かるくらいの強さだ。だが、あれが本気でないとすると、彼の強さはいずるには計り知れない。
 沈黙したいずるに、克己は面白げに目を細めた。
「俺はお前に恩を売りたい、矢吹いずる」
「恩?何の為に」
「卒業後の就職先?」
 こんな会話の途中で冗談めいたことを口にした克己にいずるは眉間を寄せた。
「丁度良かった、知り合いの農家を紹介してやるよ。稲刈りするのに人手がいる」
「そんな面倒をかけるような話じゃない。ただ、矢吹という存在が欲しい、それだけだ」
 金ではなく、矢吹の名が欲しいと言う克己に、いずるはさらに眉間の皺を深める。金を求められているのなら、物事は単純だった。普通の人間が金銭を求めるのは単純な欲望で、ある程度支払えば手を切れる。しかし、家名となれば厄介だ。それをどう使われるのかによって、いずるの身も危なくなる。
「……お前の後ろには誰がいる?」
 そう考えるのが妥当だった。克己の後ろには何らかの存在があり、その何らかの存在が矢吹家と手を組みたがっているのだろう。しかし、克己は肩を竦めた。
「俺は、お前と個人的な取引がしたいだけだ。お互い、利用価値のある人材を手に入れる。悪い話じゃない」
「本当に、悪い話じゃないのか?」
「こう考えればいい。俺を、敵に回したいか、それとも味方につけたいか、だ」
 そう言われてしまうと、いずるに選択権はあまりなかった。今までクラスメイトとして彼と接してきた所為で克己の力を知りすぎてしまった為に、拒否が出来ない。それに、彼にはいずるの弱点もすでに知られている。ここで拒否をすれば、彼がどんな行動に出るか、今のいずるには予測不可能だった。
「……少し考える時間をくれ。悪魔との契約を迫られてる気分だ」
 最近観たホラー映画のワンシーンを思い出し、いずるは僅かに湿った自分の額を撫でる。あの時は傍観者で、まさか似たような境遇に置かれるとは思いも寄らなかった。
 僅かに頭痛を感じ、頭を軽く横に振ったいずるの仕草を克己は笑う。
「安心しろ、俺はお前の魂に興味はない」
「なら、悪魔の方がまだマシだ」
 何なんだ、コイツ。
 心の中でいずるはそう吐き捨てたが、克己は話は済んだとでも言うようにいずるから視線を外し、今度は自分達のやり取りを静かに見つめていた彼女に向き合う。その何事も無かったかのような横顔に、いずるは思わず口を開いていた。
「日向は?」
 脳裏に浮かんだのは、克己と同室でよく行動を共にしている翔の顔だった。彼は大分克己に懐いていたように見えたが、あの一見普通の友人に見える空気も、こうして作り出したものなのだろうか。
 普段、何を考えているのかなかなか掴めないとよく評価されるいずるだったが、人並みの良心は持ち合わせているつもりだった。翔はいずるの中の友人枠に入っていたし、彼が人の良いタイプであることは知っていたのもあり、そんな彼を利用しているかも知れない克己を軽く睨み付ける。
「お前、日向ともこんな話をしたのか。日向も、何かに利用するつもりなのか?」
「日向……?」
 克己より先に反応したのは何故か揚羽だった。それに克己はハッと目を大きくする。いずるもそんな反応を見せた彼に首を傾げるが、すぐにその理由を知ることになる。
「ああ、話には聞き及んでいます。克己さまに仲の良い御友人が出来たと……とても可愛らしい方だそうですね」
「揚羽様……」
 ころころと笑う揚羽に、克己の困ったように息を吐く。それにいずるは多少なりとも驚いた。あの甲賀克己がこんな声を上げるような相手がいたのか、と。
一通り笑った揚羽は、袂から小さな銀の鈴を取り出し、唖然としていたいずるに視線を投げかけた。
「いずる様、克己様が貴方様をここへ連れてきたのは恐らく善意です。でも、そうですね……」
 彼女はちらりと克己を見、にこりといずるに対して笑いかける。
「100パーセントの善意ではないでしょうけれど、克己様のような方相手では、善意だけでは心許無いでしょう?」
 確かに彼女の言うとおり、克己が善意のみだと言い張っていたら、怪しいことこの上ない。こうして目的をはっきりさせてもらっていた方がよほど安心出来る。
「それに、もしかしたらお家騒動なんて単純な理由ではないかも知れませんし、彼の力を借りるのも良いかもしれませんよ?」
「はい?」
 さらりと何か重要なことを言われたような気がし、いずるは引き攣った声を出していた。どういうことだ、と克己を振り返れば、彼はどことなく面倒臭そうな表情になった。その反応から、克己も何か知っているということと、彼は話す気が全く無かったということは解かった。
「何だよ、お前何か知ってるのか?」
「……これはあまり現実的な話じゃない」
 だから現実主義であるいずるには話したくなかったと克己は言うが、その先をいずるは促した。
「良いから、話せよ」
 こうなったら意地でも話させるつもりだった。引く気の無いいずるに、克己もため息を吐く。
「お前なら聞いたことがあるだろう。昔科学庁が死んだ人間を生き返らせる研究をしていて、それに成功したという話を。都市伝説の一つになっている」
「イースターか」
 インターネットのオカルト系サイトを見れば必ず目に入る話だった。イースターという名称は誰がつけたのか、元々は宗教の祭りの名称だ。適当な名称が更に胡散臭さを増している。
 いずるが普段ホラーや都市伝説の類の話を好んで読んでいることが幸いした。話が早い、と克己は余計な解説は全て取り払うことにした。だが、そういう話を好きであるのに、変に現実的ないずるがどう反応するか、それを考えると少し憂鬱だった。
「……政界、軍部、学者、宗教関係者の中に、そのイースターが本当の話だと思っている奴らがいる」
「……はぁ?」
「そいつらは小さな研究会を作って、イースターを探し、それに関連した研究を進めているらしい」
 予想したとおり、話を聞き終えたいずるの表情は呆れ顔だった。克己自身、この話を聞いた時は彼と同じ反応をしてしまったのだから、何も文句は言えないが。
「それ、本当の話か?」
 あまりにも現実離れをした話に半信半疑のいずるに、克己は用意していた証拠を口にした。
「お前、自分の兄が何の研究材料にされていたか、知らないのか?」
 瞬間、いずるの顔が凍りついたが、克己は淡々と言葉を続ける。
「……お前の兄は確か、成長が止まる病気だったな、世界でも症例が少ない。つまり、それは」
「大方の話は読めた。頼むから、それ以上は言うな」
 膝の上に置いた手を強く握り、いずるは俯く。その様子に揚羽は痛ましいものを見るような目を向けたが、克己は話をやめる気はなかった。聞きたがったのはいずるなのだから、聞いた後に後悔するかどうかはいずるの問題だ。
「問題は、お前の兄の話じゃない。お前の話だ」
 いずるの兄の話は彼に自分の話を信じさせる為に出しただけだ。ここで話を終わらせるわけにはいかない。克己の強い声に、いずるもゆっくりと顔を上げる。そんな彼を克己は鋭く見据えた。
「矢吹いずる。お前が一度死んでいるという話が本当なら、何故生きている?」
 その問いに、いずるの目が大きく見開かれた。

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