足元が崩れるような絶望を一度味わうと、立ち上がるのが怖くなるもんだ。
 そう言ったのは誰だったか、その言葉を聞いた時は理解出来なかったが、正紀は過去に一度痛いほど理解したことがある。それでも、どうにか一度崩れた足場を組み立てることが出来たのは、父の信念を引き継ぎたい思いが強かったからだと思っていた。
 しかし、本当にそんな正義感だけだったのだろうか、と今になって疑問がよぎる。
 本当はその足場を再度組み立てる際に使った欠片に、怒りや憤り、復讐心が紛れていたのでは、と思わずにいられない。遠也を殴った手の痛みがその事を示唆していた。
 本当に自分は、父の信念を継ぐつもりだったのだろうか。これは、ただの復讐なのではないか。
 それにNOと答えるには自分の中にあった怒りは強すぎ、YESと認める勇気も度胸もなかった。
 けれどもし、彼が生きていたら。
 もし父が生きていれば、そんな怒りや復讐心など一気に消え失せ、彼と共に信念のみで戦うことが出来るのに。
 そんな希望で最近の自分の足場が固められてきていることには薄々気付いていたが、それがどれ程危険であるか、それも理解していた。
 きっと今の足場が崩れたら、もう二度と立ち上がれない。

 思わぬ人物に正紀は足を止めていた。そこで、自分の今歩いている場所をようやく知る。教室から離れたい一心で歩いてきたが、自然と寮の方へと向かっていたらしい。この道は、生徒しか使わないはず。何故、教員の彼と顔を合わせたのだろう。
「この先は寮しかありませんが?」
 しかも、授業中で生徒はいない。
 にっこりと笑みを浮かべると、彼は降参の意思表示か、正紀から視線を逸らしつつも両手を上げた。
「……ちょっとした確認だよ」
「確認?」
「伊原優史の寮部屋。彼の部屋は、保健委員が保存していたからな」
「保存?どうして……」
 今まで見てきた被害者達の部屋はすでに別な人間が使っていたり、使えるように掃除されていた。その中で、何故伊原優史の部屋だけが、と正紀は目を上げると、川辺は肩を竦める。
「魚住の部屋に、なかっただろ?彼が飲んでる薬」
「あぁ……それが、伊原の部屋に有ると?でも」
「魚住は保健委員だ」
 あっさりとした川辺の一言に正紀は目を見開いた。保健委員と言えば、学校の薬物関係を管理している委員会だ。
「それ、じゃ……」
「幼馴染の部屋は自分が管理したいとでも言えば、任せてもらえるだろうな。3年だし。それに、薬をやっていた人間の部屋に薬があっても、何の不思議も無い」
 話しながら歩いてきて、川辺が立ち止まり軽く叩いた扉は、伊原優史が生前生活していた部屋だった。一人部屋だということに正紀は多少の引っ掛かりを覚えたが、その違和感の正体にこの時は気付けなかった。
「でも、鍵かかってるんですよね」
「それくらい、どうにでもなる」
 川辺はポケットからクリップを一つ取り出し、それを一本の針金に変えた。あまりにも手馴れた動作に正紀はただそれを見守る事しかできない。床に膝をつき、その針金を鍵穴に入れ、カチカチと適当に動かした彼は「カチリ」と鍵が開いた音と同時に立ち上がる。
「すげー……」
「初歩だよ、少年」
 川辺は正紀の感心の声と戸惑いをさらりと交わし、川辺は暗い部屋の中に足を踏み入れた。正紀もそれに続き、扉を閉め、電気のスイッチを入れるとそこに現れたのはただの部屋だった。ベッドと机、衣装箪笥に本棚が一つという、普通の部屋だ。
「普通の部屋だ」
「普通すぎる」
 正紀の感想を川辺はばっさりと切り、部屋の奥へと足を踏み入れる。
「16歳少年の部屋なら、もうちょっと散らかっていてもいいんだがな」
 自分達の部屋を思い浮かべて正紀は彼の言葉に納得した。母親に怒られるようなことがない事を良い事に、自分達の部屋は散らかり放題だ。それでも、若干潔癖な面を持ついずると週一回掃除をしている。けれど、ここまで綺麗に片付いてはいない。まるでモデルルームのようだった。
「……でも、死んでから魚住先輩が片付けたとか」
「さっき、“保存した”って言っただろ。アレは生前のままにしておくってことだ。つまりは――」
 人気の無いひんやりとした空気にくるりと部屋を見回し、川辺は肩を竦めた。
「魚住以外の誰かが、先に入りこの部屋を整理したってことだな」
「誰が?」
「……そう食いつくな。俺もわからん」
 はぁ、とため息を吐いて彼は正紀に背を向ける。その背を正紀はじっと見つめ、眉間に皺を寄せた。
「俺も一つ、解からないことがあるんですけど」
「何だ?」
 その取り澄ましたような態度に、正紀は限界を感じていた。答えを求めてしまう事に躊躇ったが、それでも言わずにはいられなかった。もし、否定されたら。いつもそんな不安が、それを口にする事を止めていたが、今はもうそんな事はどうでも良かった。
 ずっと、どこかで彼は生きていると、その希望だけで今まで生きてきたのだ。
「……どうして、他人の振りをするんだ、父さん」
 苦々しい思いで言い切ると、彼の背の動きが止まった。くるりと振り返った川辺の瞳に揺れがあったことで、正紀は自分の仮定を更に確信へと進める。
「父さん、なんだろ……父さん、なんじゃないのか!?」
 目の前にいた川辺の首元を掴み上げ、正紀は相手を涙目で睨み付けた。彼の戸惑いの表情に、押さえていた感情が弾けるのを止められない。
「アンタは言動も何もかも、父さんにそっくりだ!」
 初歩だよ。
 そう言って笑う父親の顔を、今でも簡単に思い出せた。それは推理小説に熱中し、推理ゴッコをする正紀に付き合ってくれた父がたまに口にしていた台詞だった。
「あの時、死んでなかったんだろ?本当は……生きてたんだろ、本当は!俺だ、って言えよ!生きてた、って笑えよ……!なぁ、父さん!」
 彼の首元を掴み、壁に相手の体を押し付ける。小さい頃は彼の顔を真正面から見ることが出来なかったが、今の正紀は彼の目を見据えられるくらいに成長していた。覗き込んだその眼は、戸惑いに揺れていた。
「……篠田」
「だって、そうじゃなかったら、何で俺達を知っていた!何で諌矢さんの病院の事を調べていたりした!?アンタは一体誰なんだ……!」
 父でなければ一体どんな立場の人間で、一体どんな目的を持って動いているのだろう。敵か味方か、父か他人か、様々な可能性が脳裡を過ぎり、正紀は言葉を詰まらせる。それでも、彼の言葉を待つ間、腰元に潜めていたナイフに手がかかる。
 父でなかったら、彼は敵以外の何者でも無い。自分にとっても、いずるにとっても。脳裡に過ぎるのは父の笑顔と、自分が今まで生きてきた中で激しく憎んだ男の顔だった。
 言葉の代わりに嗚咽を漏らすその茶色い頭を撫でたのは、大きな大人の手だった。縋るように顔を上げれば、少し困惑したような彼の顔が上にある。正紀の涙目と視線が合い、彼は少し笑った。
「ガタイが良くなっても、お前はまだ子どもだな」
 その一言に正紀は赤い目を大きくする。
 父さん。
 そう呼びかけた正紀を制すように彼は正紀の茶色い頭を引き寄せ、自分の肩口に濡れた両眼を押し当てさせた。その川辺の行動に正紀は瞬時に彼が父親でない事を察し、明確な答えが出る前にナイフを抜く。しかし、その手を川辺は制し、正紀の肩に回した腕に力を込めた。
「……昔」
 正紀の耳にだけ届くような音量で彼はゆっくりと話を始める。
「君が、生まれる前の話だ。ここの学校を脱走した一人の男がいた。脱走の理由は単純だ。その男は一度戦場に駆り出され、顔半分を焼く大怪我を負い、戦争に恐怖を感じたからだ。幸い、男は変装を得意としていたから、顔の火傷をそれで誤魔化し、身元も偽造し、まったくの別人として元の世界で暮らし始めた」
 こそこそと耳元で囁くように話しているのは、盗聴を気にしての事だろう。正紀も聞き耳を立てて彼の話を聞き逃さまいとする。
「変装術を生かして男は義賊のような事を始めた。その当時、名家に泥棒が入るのは珍しいことではなかった。全てに憤りを感じていた男も復讐心を燃やし、名家という名家に盗みに入り、それを貧しい家に置いて回った。ある時、通りがかった弓道場で男は懐かしさに負けて弓をひいた。男はほぼ無趣味といっていいくらいだったが、弓道だけはずっと続けていた。懐かしい感触にもう一矢、と手を伸ばした時、それを見ていた人物が、その男の本名を口にした。男は焦ったが、彼は男の顔に人違いだと思ったのか謝ってきた。そこで、終わるはずだった。だが、その男とは違う場所で再会することになる。相手は、刑事として。男は、犯罪者として」
 ようやく話の内容と意味を悟り始めた正紀は、更に自分の目の奥が熱くなり始めたのを感じていた。既に、ナイフを握る手に力は無い。
「結局、男はその刑事に捕まった。だが、刑事はその男を逃がした。盗みは止めて、今後自分に協力するよう、約束させて。……そして、男の正体もその刑事は気付いていた。男は約束通り盗みは止めた。その頃、男も共に暮らしたいと思う女性を見つけたからだ。その女性は男の正体は知らない。男は、彼女に自分の本当の姿を知られるのを一番恐れた。醜い顔も隠し続け、本名さえ彼女には言えなかった。だが、男は幸せを手に入れた。子どもも2人生まれ、ようやくまともな幸せを掴んだ。そんな時、刑事は警察を辞め、探偵をやるようになり、男は探偵の仕事を裏で手伝うようになった。だが、やはり偽りの生活は長くは続かない。幸せであれば幸せであるほどに恐怖は増幅し、結局男は女性と別れた。その頃、男と探偵が追っていた事件が危険なものだと察したからだ。探偵も家族の危機を察し、家庭を捨てようとしていたが、それは止まらせ、男は彼に海外脱出を勧めた。探偵はそれを承諾し、ほとぼりが冷めるまで海外に逃げることにした。男もその手続きに尽力し、明日、旅立つというところで……探偵は殺された。男は唯一の友人を亡くしたが、そこで終わりではなかった。男の息子も一人死に、もう一人も大怪我を負った。その男が追っていた事件というのが、“H”関連だ」
 そこまで話し、彼はそっと正紀と目を合わせ、申し訳無さそうに眉間を寄せる。川辺は、正紀の小さな希望を打ち砕いてしまったことを自覚していた。
「すまない、俺は……」
「……別に良い。俺が勝手に勘違いしてただけだ。生きてたんだな」
 よかった、と正紀は小さく呟き、力なく笑う。けれど、示された結論に正紀の頭の中はすこしすっきりとしていた。それでも、川辺の方がどこか辛そうに正紀を見つめていることに、こちらが申し訳ない気分になる。
「でも」
 不意に正紀は視線を落とし、少し痛む目元をこする。きっと真っ赤になっているのだろう。
「今の俺を見たら、父さんなんて言うかな?」
 怒るだろうか。
 悲しむだろうか。
 そんなどこか不安げな正紀の声に、彼は目の前にある茶色い頭を撫でた。
「アイツなら、俺の息子は俺の誇りだ、って俺に自慢していただろうな」
 ウザイくらいに。
 そう付け足した川辺は一瞬嫌そうに眉間を寄せて見せたが、すぐに破顔した。父とは、全く違う笑い方だ。彼の正体を知ってしまえば何て事の無い。全くの別人に見えた。彼が父に見えたのは、彼から感じた父の気配の所為だろう。
「俺が言うんだから、間違いない」
 どこかまだ不安気な表情だった正紀の頭を彼はぐしゃりと乱暴に撫でた。ぐりっと首を無理矢理動かされ、首の骨が僅かに鳴るのが解かったが、それでも正紀は抵抗しなかった。
「……俺だって、父さんの誇りであることが俺の誇りだ」
 そう呟き、正紀はそっと目を閉じた。ず、と鼻をすすり上げ、涙を拭い落とす。ふぅ、と思い切り息を吐けば、背を向けていた川辺が振り返り、肩を竦める。
「……何?」
「驚いた。切り替えの仕方が、タカそっくり」
 くすりと笑う彼に正紀も笑い返し、頬を叩く。恐れている暇など無いのだと、自分を奮いただして。
 そしてもう一つ、気になっていたことを口にした。
「……実は、さっき佐木殴っちまって」
「佐木を?」
「ああ。ちょっと、不味かったかな?」
「君が後悔しているなら」
 川辺の言葉に、正紀は息を吐くしかなかった。
「……だよな。後で謝らねぇと」
 冷静になった頭で考えれば考える程、自分の行動に後悔した。翔の言うとおり、あれは単なる八つ当たりだったし、大志の言うとおり、遠也は自分にも協力してくれていた人物だった。なのに、あんな事だけで彼を詰った自分の器の小ささに頭を抱えたくなった。
 いたたまれない気持ちを誤魔化すつもりで部屋の中を見回し、机の上のコルクボードに目をやった。そこには、伊原と魚住が共に移り、笑っている写真がピンで留められている。
「……先輩の部屋には、こんな写真なかったな」
 それを指で弾き、正紀は目を細めた。この違いは、一体何を示すのだろう。ひっくり返して裏を見ると、そこには日付と「かっちゃんと俺!道場にて、県大会準優勝」と書かれていた。なるほど、確かに二人は弓道着を身につけ、魚住がトロフィーを持っている。伊原が準優勝したわけではなく、魚住がその栄光を手に入れた写真だ。それに、正紀は思わず笑ってしまう。普通ならば自分の功績の写真を貼るだろうに、彼は友人の功績を残している。
 もしや、伊原自身はそれほど成績を残せなかったのだろうかと、その横にあったフォトアルバムらしきものを引っ張り出し、開いてみたがそこにはちゃんと「優勝」と書かれた賞状を手に微笑んでいる伊原がいた。しかし、その横に魚住はいない。
「おい、篠田」
「正紀で良いよ、呼びにくいだろ。何だ?」
 呼ばれて振り返ると、壁にかかっていた大きめのボードを外した川辺はその青い壁に手を滑らせていた。
「……ここに何かあるな」
「何かって?」
「壁紙を剥がす。手伝え」
 素早くナイフを取り出した彼は迷わず壁に刃を突き立て、壁紙を剥していった。その手馴れた動作には目を見張るものがあったが、通常より簡単に剥がれたそれは、どうやら端だけ簡単に貼られているだけだったようだ。そこから出てきたものにはさらに驚かされることになる。
「……なんだ、これ」
 出てきたのは壁一面に張られた新聞記事だった。その見覚えのある内容に正紀は困惑する。
 新聞社は違うが、その見出しはほぼ同じだ。どこの新聞社もひねりが無くて笑えるが、今はそんな事で笑える状況ではなかった。
「俺の……」
 “父親の仇を討った若き英雄”見出しの多くはそんな文句だ。
 一般的な新聞社から地方新聞まで網羅しているそれには背筋が寒くなった。本人でさえこんなことはしていないというのに。
 川辺も一通り目を通し、眉を上げる。
「君の熱狂的なファンか?」
「熱狂的なアンチファンだろ」
 自分の名前を赤ペンで塗りつぶされている辺り、好かれている自信はまったく無い。中には、ナイフで刺したような跡があるものもある。
「……狙いは俺?」
「かもしれないな。連中は、君に一連の事を邪魔された事をそれなりに怒っていたらしいな」
「へぇ、“邪魔”になっていたのか。それは良い気味」
 こうしてまじまじとあの当時の記事を見るのは初めてで、物珍しい気分でそれを眺めていたが、正紀は小さく笑いながら、指からそれを離し、ついでに視線も離す。
 そこで、もう一度部屋を見回し、ある疑問を口にした。
「な、伊原さんって何者?」
「何?」
「だって、おかしいだろ。北寮で一人部屋、しかも2年生で。話を聞く限り普通の人で……もしかして、伊原さんって」
「……これは」
 その時、川辺はその新聞の中に小さなメモを発見した。そこに書かれていたのは、誰かの名前だ。
「何かあった?」
 正紀が言葉を止め、覗き込もうとした瞬間に川辺はそれを握りつぶした。
「何でも無い、正紀……そろそろ時間だ」
「時間?」
「生徒会がヨシワラの一斉摘発に乗り出す。時間は午後1時30分。だが、奴等は別の場所で薬の取引をする。場所はA棟の中庭」
 正紀の知らない情報をつらつらと並べた川辺に正紀は眉間を寄せる。
「……その情報は、正確なのか?」
 彼の情報源を知らない正紀の問いに、川辺は思わぬ事を聞かれたと言いたげに肩を竦めた。
「お前、俺に情報の正確性を問うなんて良い度胸してるな」
 元々、彼の本業は情報屋だった。しかし、それを知らない正紀は川辺のぼやきに怪訝な表情を見せる。自分のバックグラウンドを知らないのであれば、当然、むしろ称賛してもいいくらいの慎重さだろう。
 川辺はポケットから小さなメモ用紙を取り出し、それを正紀の前に差し出した。そこには今日の日付と『13:30A棟中庭』と印字されている。
「これはこの間日向に女装させて手に入れた奴らからのツナギだ」
 そういえば、和泉が前にそんなことを言っていたな、と思い出し、正紀は目を見開いた。
「っていうか、一斉摘発って、まさか」
「……店じまいを始めたようだな」
 それを聞いた瞬間正紀は立ち上がり、今すぐにでも駆け出しそうだった彼を川辺は慌てて引きとめた。
「行ってどうする。いるのはどうせ、何も知らない駒だぞ」
「……あの時と、同じだ」
「何?」
「あの時も、そうだった。薬を飲んでたやつらは皆正気を失って警察に撃ち殺された。何かを知っていた人間もみんな……手がかりを全部消された。今回もきっと」
 過去の事件の流れを一番良く知っている正紀に、川辺は止めても無駄である事を察した。
「……どうしても行くのか?」
「行く」
 川辺を見上げた正紀の眼の色はすでにいつもの光を宿していた。
「真実は自分の目で見極めたい」
 普通の子どもが持つような好奇心の光ではなく、信念と正義に輝く瞳は父親譲りか。正紀の背後に彼の父親の気配を感じ、懐かしさに川辺も声を上げそうになったが
「じゃあ行ってくるぞ!」
「ちょっと待て!」
 こうと決めたら即行動な面も父親にそっくりだった。何がどう危険かきちんと理解しないままに行動するところもだ。
 引き止められた正紀は、止められたことに驚いた様子で、そんなところもまた父親似だった。
「あのな、正紀……気をつけろよ?」
「解かってるって」
 その本当に解かっているのかと問いただしたくなる返事もそっくりだ。正紀の側にいたいずるも、きっと影で相当苦労していたに違いない。
「それと……矢吹とは仲直りしたのか?」
「……それ、今する話か?」
 ある種非常事態である今、のん気な話題だと思っているのか、それとも聞いて欲しくない事だったのか、正紀の表情が少し不機嫌なものになった。つまりは
「まだ仲直りしてないのかよ」
 遠也のことにはあっさりと自分の非を認めたというのに、いずるの件だと正紀は頑なだった。眉間を寄せた彼に、川辺は息を吐く。
「佐木遠也も矢吹いずるも、君と同じ15歳の子どもなんだ。確かに、大人のような考え方が出来るかもしれない。だけど、まだ子どもだ。大人のように割り切れない。強がってはいるが、彼らだって何かの支えがないと生きていけない。大人である俺だって、未だ親友の死を受け止め切れてないんだ。だから正紀」
 成長だけはしてしまった肩に両手を乗せ、川辺はため息を吐いた。
「友達は大切にしなさい」
 じっと懇願するように見つめられ、正紀はしばし視線を彷徨わせた。確かに、彼の言う事には頷けるし、説得力もそれなりにある。有るのだが。
「つーか、さ……」
 前にも自分の父親に似たようなことを言われたなぁ、と思い出して苦笑してしまう。
「簡単に「ウチの息子と仲良くしてね」って言えば良いんじゃね?諫実ちゃん」

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