ダァンという音と共に床が震え、翔は反射的に後ろへと飛び下がっていた。それは起き上がった相手への警戒の態勢をとるためだったが、そんな動きは無駄なことは知っていた。今の音は、かなりのダメージを相手に与えたはずだ。そう、すぐには起き上がれない位には。
「悪い篠田!大丈夫か?」
「いってぇぇぇ……日向お前、ちょっと加減しろよ」
 床に叩き伏せられた正紀は強く打った肩を撫でながら身を起こす。加減はしたのだが、やはり力を抑えるというのは難しいものだと自分の手をまじまじと見てしまう。そんな翔に、正紀はため息を吐いた。
「あーあ。俺、それなりに強いと思ってたのに、こんなにあっさり負けるなんて。勝負持ちかけといて、カッコ悪ぃ」
 ここは寮内にある練習室だった。殴りあいも良し、蹴り合いも良しのこの場所は床も比較的柔らかく作られていて、投げ飛ばされてもそれほどダメージがないように出来ている。が、それでもやはり痛いものは痛いらしく、正紀はひたすら打ち付けた肩を撫でていた。
「ご、ごめん……。俺こそ悪かったんだ、素人相手に、こんな」
 翔は立ち上がらない正紀に駆け寄り、おろおろとするが、正紀はそれを笑って制止した。
「ひゅーが。それ地雷」
 確かに、翔やいずる、克己のように昔それなりに武術を学んできた人間から見れば、正紀は素人だろうが、自分が弱いとは思いたくない。
 そこを指摘され、翔は更に慌てた。
「うわ、ごめ……」
「いーって。つーか、流石五中の日向。現役時代に会わなくてホント良かった」
 もし、不良時代にこんな小さな女顔の少年に投げ飛ばされていたら、シルバーウルフ伝説は負け犬伝説として語られていただろう。そんな予想に心底安堵する。
 そんな冗談のような語り口で話しているというのに、翔はまだどことなく申し訳無さそうな顔だ。どことなく庇護欲をそそられる表情に、何となく今ここにはいない克己の心情を理解した。こんな顔をされては、彼の危険の寸前に立ちはだかりたくもなる。
 自分は立ちはだかったところで、最後は翔に助けられるのがオチだろうが。そんな想像をあっさりと出来てしまうくらいの腕であることが情けない。
「もうちょっと真面目に授業受けるかなぁ……」
 正紀は自分より小さい体格の和泉に簡単に投げ飛ばされてしまった事がかなり衝撃で、それで翔に指導を頼んだのだ。正直、翔であればもしかしたら勝てるかもしれないとどこかで思っていた。だが、手始めに組み手をやってみればものの数秒で投げ飛ばされてしまった。
「俺って、汚いか?」
 そう、翔を見上げて問うと、何を言いたいのか彼もすぐに察してくれたらしい。和泉に動きが汚いと罵倒された時に彼もそこにいた。
「汚い、ってか……隙が多い……かな?」
 正紀の動きは乱雑で、型にはまっていないのでどんな動きが来るか予想が出来ないという面もあるが、各所に隙が多くするりと彼の側にいけてしまう。普段克己を相手にしていると、正紀の動きが鈍く思える。
「筋とか勘は悪くないけど、技術がないな」
「容赦ないですね、日向くん」
 あっさりと批評してくれた翔の言葉はどこか和泉より厳しいものに感じられた。そこで思い出したのは、謎のクラスメイトのぶっきらぼうな顔だ。
「……な、日向」
「何だ?」
「お前、秘色って知ってる?」
 浅学者、と貶された事も少々心に棘となって突き刺さっていた。克己や遠也並とまでいかなくとも、将来探偵なんて特殊な職を目指すのであれば、知識は色々とあった方が良い。だが、この秘色というものがどの程度の常識なのかは探っておきたかった。翔辺りならば絶対に知らない、そう思ったのに。
「ああ、知ってるけど」
「はぁ?」
 さらりと言われたことに正紀は瞠目する。翔の方は、何故そこまで驚くのかと怪訝な表情になった。何だ、秘色とは一般常識範囲の単語だったのか。
「なんだ、あれか?青磁色っていって元は中国の秘色窯で焼かれたりその色が神秘的だからとか」
 混乱しつつ、和泉から与えられた情報を口にすると、翔は何故か首を傾げた。
「何だ篠田、お前変なこと詳しいな」
「は?だって、お前、秘色って……」
 翔に何故か感心され、正紀は眉間を寄せる。彼の知る秘色と、自分の知る秘色は違うのか。
 困惑する正紀に、翔は口を開いた。
「あれじゃねーの?蒼龍様の名前、確か秘色じゃなかったか?」
 蒼龍というのは地位の名前だ。メディアでも蒼龍様蒼龍様と呼んでいるから、最も忘れやすい王族の名前第一位なのだと、この間テレビで言っていた。それに、今日は蒼龍がメディアに露出したので、正紀がそんな話をしてきたのかと思ったのだ。
「この間死んだ弟が、千草様。千草も秘色も、青の色の名前だってテレビでやってたの見たことあるけど」
 王族のネーミングセンスはいまいち解からない。翔はそう笑い、正紀は何か納得するものがあった。恐らく、和泉は王族の血を引く家に生まれ、蒼龍に傾倒しているのだ。いや、彼がそんな可愛らしい事をするわけがないので、家が恐らくそうなのだろう。
「蒼龍、か」
 正紀は思わずため息を吐いて床に寝転んでいた。
 それに翔も壁際に置いていた本を手に取り、腰を下す。授業外で体を動かして、少し疲れたという理由もあったが、着ている服の状態を確かめるためでもあった。自分が普段着ている服なら気にしないのだが、今上に着ているのはルームメイトの服だった。そんな服を着て正紀と一戦交えていたのは失敗だった。どこか伸びているような気がする。襟元や袖口が一番気になり、長さが変わりないか確かめていた。さり気無く高級そうな友人の服に少々怯えながら。
 そんな翔の様子を眺めながら、正紀は口を開いた。
「日向、最近和泉と仲良いのか?」
「え?何で?」
 そんな時に突然正紀からそんな言葉を投げかけられ、思わず問い返していた。正紀もまさかいきなり問いの理由を聞かれるとは思わなかったらしく困惑する。
「何で、って……いや、ちょっと」
 どことなく歯切れの悪い返事だったが、翔は苦笑した。
「俺と仲良い、なんて和泉は絶対認めないと思うけどな」
「でも、最近話すんだろ?」
「まぁ、ちょっとくらい……な」
 自分と和泉の関係は他人になんと説明すれば良いのかよく解からない。友人と言えば良いのか、それともただの知り合いと言えば良いのか……どちらにしても、和泉は不満げな顔になりそうだ。
「だったら、和泉に礼言っといてくんねぇ?俺、やっぱまだアイツ苦手だわ」
「良いけど、礼って……和泉に言えば分かるか?」
「分かるんじゃねぇの。でも、アイツが忘れてたらそれでいいからな」
「あ、ああ……分かった」
 正紀の方を見れば、どことなく不機嫌な顔で天井を睨みつけていた。借りを作りたくない相手に借りを作ってしまったというような顔だ。何があったのかは知らないが、そんな相手にも礼は尽くす正紀は律儀だ。
「なぁ、篠田の親父さんって、どんな人だったんだ?」
 友人が尊敬する父親には翔も興味があった。自分の中に、尊敬すべき父親像というものがないからなのかもしれない。
「……何が悪か、何が正義か、瞬時に判断出来る人だったな」
 翔の問いかけに、正紀もしばらく考えてから口を開いた。
「人道に反していると思ったら、国さえも敵に回してた。馬鹿みたいに真直ぐな人だ。元々刑事だったけど、警察が正義を貫ける場所じゃないと知って、辞めたりとかして」
「元々公務員だったのか……」
 公務員であれば、それなりに楽な生活が出来たはずなのに、正紀の父親はその生活を捨てたのだ。確かに、世間一般的に見れば、その行動は馬鹿だと言われてしまうだろう。
「でも、そんな親父が俺は誇りだった。ガキん頃は、テレビの変身ヒーローより親父がカッコ良かった。あの頃も、今でも、俺にとっては親父が英雄だ」
 懐かしげに、そしてどこか誇らしげに語る友人を翔は思わず視線を外した。何だか彼を直視出来なかった。
「そう、なのか」
「……俺、そろそろ戻るわ。付き合ってくれてありがとな、日向。ちょっと頭冷えた。俺、川辺んトコに特攻してみるわ。振られること覚悟で」
 背伸びをしながら立ち上がる正紀に軽く手を横に振ってみせた。翔も体を動かして、燻ぶっていた何かが少し晴れたような気分になっていたのでお互い様だ。
「そうか、頑張れよ」
「なぁ、日向」
 翔も立ち上がりかけたところで、正紀が口を開いた。
「お前、この国どう思う」
 え。
 その唐突な問いに翔は顔を上げる。そこには、正紀の真摯な顔があった。驚きを隠せない翔の表情に彼は小さく笑い、顔を背けた。翔が今までそんな事を考えた事も無かった事を察したのだろう。
「さっき、テレビで、蒼龍を観た」
「……ああ」
「国民の幸せを願うとか、口だけなんだよ。いつもいつも」
 自分達は毎日死ぬか生きるかの生活をしているというのに、王族はのうのうと血色の良い肌を晒している。何も知らない子供の頃はそんな彼らを尊敬の念で見ていた自分が今は情けない。
 正紀は目を閉じ、深い息を吐いて再び目蓋を上げた。
「……俺は親父を死なせたこの国が嫌いだ。見捨てる覚悟も出来ている」
「篠田……?」
「つーか、マジ。ぶっ潰してやりてぇな、全部」
 ず、と鼻をすすり上げる音と、僅かに震え必死に感情を堪えているような声に翔は彼の心中を察した。いや、完全には察せていないだろう。自分が亡くした父親は死んで当然の人間だったが、彼の父は違う。息子から尊敬され敬愛され、死を惜しまれた人物だった。
 彼が世界を憎むのは道理なのかもしれない。その気持ちがある意味理解出来、ある意味理解出来ないからこそ、何も言えなかった。
 正紀が去った狭い部屋で一人何となく膝の上に置いた本を捲っていた。捲ってみたところで読めるような本ではないのだが、読む気もなかったので丁度良い。
 この国をどう思う?
 そんな正紀の問いが頭の中を駆け巡る。どう思うなど、何かを思う資格が自分にあるのだろうか。自分はただの一市民にしか過ぎない。しかも、まだ子どもだ。今、この国が嫌いなど嘆いたところで、若い反抗だととられかねない。
 だが、あえて言うなら、好きだと思ったことは一度もなかった。
 自分と姉が苦しんでいた時、誰も助けてくれなかった。誰かがあの時助けてくれていたら、自分は父を刺すことも、姉が自殺することもなかったのではないか。
 しかし、そんなぶつける相手もいない恨み言を思ったところで無駄だ。言い掛かりと批難されるのが関の山だろう。
 誰も助けてくれなかったから、自ら自分達を助ける為に父を刺した。そんな自分を、政府は軍養成学校送りにしたのだ。そんなに自分に、国のために戦って死ぬことを勧めた。
「何が、最善だったんだろうな……」
 ぽつりと呟いた言葉は、紙を捲る音に掻き消される。
自分の最善は、姉が死なないことだった。どうすれば姉は死ななかったのだろう。その答えは未だ見つからない。彼女の自殺の理由が不透明すぎるからだ。
 一般的に見れば、彼女の自殺の理由は分かりきった事だった。虐待に耐えかねて、というのが世間の見方だ。彼女が妊娠していたのであれば、禁忌の子どもを孕んだので自殺という可能性もある。しかし、虐待に耐えかねたのなら、今更、という言葉が浮かび上がる。もう何年も行われてきた暴力だった。それでも、彼女は何か希望を胸に生きてきたのだ、翔と共に。自殺をするのであればもっと早くしていてもおかしくなかった。それが何故あの時彼女は死を選んだのか。あの時、彼女に自殺を思いつかせる決定的な何かがあったに違いない。決定的な、何かが。
 その時、視界の中に唐突に見覚えのあるものが割り込んできた。本の中の挿絵だったのだが、ある軍人の胸元にあるマーク、紋章というべきか、それに翔は目を留めた。
「……これは」
 鷲の翼に守られるように羅針盤が中央に置かれ、その羅針盤の中央には、光り輝く宝石のようなものがある。
 どこかで、見たような。最近じゃない。物凄く昔のことだ。いつだかは、思い出せないが……。
「ここ、もうすぐ終了時間ですよ」
 その時、扉が開かれた音に翔は反射的に本を閉じていた。
「え!あ、はいっ……ってあれ?」
 顔を上げると、見覚えのある顔がそこにあった。あからさまに1年ではない体格と雰囲気に、穏やかな微笑みは見覚えがある。
「千宮路、副会長……?」
 恐る恐るそう言うと、彼は少し驚いたように眉を上げた。
「1年生なのによく覚えていてくれた。偉い偉い」
 制服ではないが、その顔は生徒であれば忘れられない顔だ。瞬時に体中に緊張が走り、慌てて立ち上がって敬礼をした。
「す、すみません。すぐに退室します!」
 そして、自然な動作で手に持っていた本を背中に隠す。内心ハラハラしていた。目の前の相手にこれが見つかれば、自分どころか克己も危うい。
 さっさと帰ろうとしたのだが、そんな自分に何も知らない副会長は手を軽く上げて謝罪した。
「ああ、別に急かしたわけじゃない。悪いね、日向くん」
「いえっ!……あ、あれ、俺……じゃなくて、どうして私の名前を御存知で」
「君は遅れて入学したから。そういう子はちょっと目立つんだよ」
 ああ、なるほど。
 すぐに納得して翔はその安易な理由に安堵する。
「そう、でしたか」
「それに、君はちょっと特別」
「え?」
 特別、という単語に翔が顔を上げると、千宮路は目を細めて笑った。
「ちょっと、君に聞きたいことがある。有馬蒼一郎のこと。特に、彼の死に関して」
 唐突に耳に届いたのは、父の名前と自分の前の名字だった。
 それに一瞬身構えかけたが、自分が送れて入学することになったのは、彼の死が理由だ。書類作成か何かのために、彼はきっと自分に訊ねているのだろう。そうだとしたら、少し申し訳ない。
「はい、何でしょうか」
 父親の死亡日時、通夜の日付、葬式の日付を思い出しながら質問を待つ。今思い出しても、自分には何の過失もないはず。翔がこころよく応対したからだろう、千宮路もどこか和やかな空気を保ったまま、口を開いた。翔も、そんな彼の上辺の雰囲気にだまされていた。彼がもう少し千宮路という人間を知っていれば、彼はこの言葉を聞く前に逃げ出していただろうが、残念ながら今の翔にはそんな知識は無かった。
 千宮路は、完成された大人のもつ低い声を翔に突きつけた。
「君のお父上は本当に亡くなられたのかな?」
 その瞬間は、何を言われたのか理解出来なかった。
「……はい?」
 千宮路とは違い、どこかまだ少年の幼さを持つ声を翔は引き攣らせた。本人は自分の声が緊張を孕んだことに気付いてなかったが、千宮路はそんな彼の中に潜んでいる怯えをすぐに見抜いた。
「さっきの、篠田正紀君の話を聞いて君は何も思うところがなかったのかな?」
 そう問われ、翔もようやく今自分が恐れを感じていることに気付く。しかし、それをどうにか目の前にいる相手に気付かれまいと、思考をめぐらせた。
 さっきの、というのは正紀の問いかけのことだろうか。だとしたら、正紀のあの一言は軍から見れば裏切りだ。一瞬ヒヤッとしたが、それを誤魔化すために壁に手をついて、その手が無数の小さな円に触れたことに安堵する。
違う。この部屋は防音の施しがされていて、外に音は聞こえない。勿論、声も。恐らくは食堂にいたときに話していたことだ。そこで思い当たるのは一つ。
――俺の親父は死んでるけど、顔がメッタ刺しにされてて、誰かも解からない状況だった。だから、もしかしたらそれは親父の死体じゃなくて、誰か他の死体で、もしかしたら親父はどこかで生きてるんじゃないかって、本当はずっと思ってた。
 瞬時にその言葉が蘇ったのは、もしかしたら翔も何か引っ掛かりを覚えていたからかもしれない。
 どこか希望めいた色を含みながら話していた彼の言葉は、賛同すべきだったのか。それとも、否定するべきだったのか、どちらが正解だったかは解からない。いずるならどうしただろうと考えたところで、不意に漠然とした不安が過ぎる。
 誰かも解からない状況。
 誰か他の死体。
 もしかしたら、生きている。
 こうして断片的に彼の言葉を拾ってみると、何だろう、何かが引っ掛かる。
 そしてそれを考えようとすると何故かその不安が肥大化していく。だが、無意識化の警告に従う事は出来ず、翔は思考を深めた。
 顔がメッタ刺し。誰か解からない。誰か他の死体。もしかしたらどこかで生きている。
 正紀の言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、翔は千宮路をゆっくりと見上げた。彼は、急に黙りこくった自分を興味深そうに見ている。何も言わないのは、そのまま思考を深めてくれて構わないということか。むしろその黒い目には、急かされているようだった。その目の暗闇に飲み込まれるように、翔は自然と思考を深める。
 どこかで生きている。誰か他の死体。誰か解からない。顔がメッタ刺し。誰か解からない。顔がない。顔がメッタ刺し。顔がない。顔がない。
 首がない。
 その瞬間、思わず息を呑み手に持っていた本を取り落とし、自分の首を掴んでいた。ドサリ、と本が落ちる音が響く。けれどそんなことにも構ってなどいられなかった。
「顔……くび……首が、ない……」
 脳裡に蘇るのは、消毒薬臭い白い廊下だった。白い太陽光のおかげで更に白く見えるその廊下を走り、スライド式の病室の扉を開けた、その瞬間顔に生暖かい液体が降り掛かる。
 それに目を強く閉じてから、手でその液体を拭い、目蓋を開ける。視界を埋めたのは紅い色だった。白い部屋のはずが、紅く染められたその部屋にただ唖然としたのを覚えている。
 その中央のベッドに横たわり、痙攣しているその体には首が
「首が、なかった……」
 茫然と千宮路を見上げながら呟くと、彼はどこか満足げな表情になったが、それに意を唱えられる状況ではなかった。頭には、正紀のあの言葉が再び蘇る。
 俺の親父は死んでるけど、顔がメッタ刺しにされてて、誰かも解からない状況だった。だから、もしかしたらそれは親父の死体じゃなくて、誰か他の死体で、もしかしたら親父はどこかで生きてるんじゃないかって―――
「嘘……だ」
 そうだ、そんなはずはない。だって、あんなに血が出ていた。普通の人間なら死んでいる。だから彼は死んでいるはず、死んだはずなのに。
「そうだ、首を切られたら人間は死ぬ。生きているわけがない」
 ぼそりと呟いたが、あの正紀の言葉に目を強く閉じる。
――もしかしたらそれは親父の死体じゃなくて、誰か他の―――
「日向くん、大丈夫?」
 困惑する翔に、千宮路は微笑み、無遠慮にその肩を叩く。突然の衝撃に翔は身を揺らしていた。今は、目の前のこの男が怖い。
「それで、有馬博士の生存の可能性は?有馬翔君」
 微笑んではいるが、千宮路の眼は果てしなく冷たかった。

 



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