広い一室に大きな外国製の机とその両脇に本棚、そして来客用のソファがある辺りは生徒会長室と同じだった。だが、そのところどころに宗教色が強い置物が置いているのに、高遠は不快気に眉を顰めた。
 目の前のその机の向こう側には、この部屋の主である生徒会副会長千宮路が沈みゆく夕日を眺めていた。オレンジの光りで埋まっていた部屋が段々と薄紫色になってきたところで、千宮路がようやくこちらを振り向くが、逆光でその表情は伺えなかった。
「今日、僕がどうして君を呼んだか……聡い君なら分かっているだろうね?高遠君」
 だが、どことなく怒りを滲ませたその声を、高遠は心の中で嘲笑う。きっと彼はこの間、自分が甲賀克己に色々と喋ったことを怒っているのだろう。彼の側近である水之江が喋ったのかと思い、ちらりと横に控えていた彼女を振り返ったが、彼女はその視線に戸惑うような表情になるだけだった。なるほど、彼女は何も言わなかったようだ。ならば。
「いえ。皆目見当もつきません」
 千宮路の情報元がつかめなかったので、いけしゃあしゃあととぼけた高遠に千宮路は早足で近寄り、その横顔を拳で殴りつけた。
「副会長!」
 水之江の悲鳴に似た静止の声が暗くなりかけた部屋に響いたが、彼は高遠を殴る手を止めない。骨と骨がぶつかり合う鈍い音がしばらく響き、彼が手を止めたのは部屋がすっかり暗くなってからだった。
「碓井がいない今、権限を持つのはこの僕だ。その僕の命令に逆らうなんて、例え生徒会長の側近だろうが許される事じゃない。わかってるよね?」
 高遠から手を離し、拳にこびりついた血を彼は机の上に置いていたウェットティッシュで拭う。高遠は血が溢れる鼻と口を片手で押さえながらも、相手を睨み付けた。その目が気に入らなかったのか、千宮路の眉が上がる。
「残念だよ、君を信頼していたのに」
 大袈裟に嘆きながら彼は言うが、信頼という彼の口から飛び出した言葉に高遠は目を細める。嘘はもう少し上手く吐くものだ。
「しばらく合同会議への出入りは禁止だよ、高遠。生徒会の任は許すけど、他の委員会に関わるのは許さない」
 生徒会長がいない今、生徒会名目の高遠の仕事というと、学校の状況を碓井にメールで報告するくらいだろう。委員会会員である証の階級章を奪い、千宮路はそれを鼻で笑いながら部屋の電気を付けた。白い光が顔面血まみれになっている高遠の姿を露わにし、それに横で見ていた水之江は眉を下げ、千宮路は満足げに笑んだ。
「……思い上がるなよ、高遠」
 低い声での牽制に、高遠は押さえていた手で乱暴に流れる血を拭い、口元を上げた。
「それは、こっちの台詞だ」
 会長に殴られたら一発目で鼻の骨が潰されている。
 そう小さく呟くと、千宮路にまでそれは届いたらしい。彼の顔が再び憎悪に染まるのを見てから高遠は彼に背を向けた。
 外に出ると床に自分の口と鼻から溢れた血がぼたりと落ちる音が聞こえ、俯くとまた二三滴の血の雫が足元を汚す。
「高遠、どうした!?」
丁度廊下を通りがかった少年がそんな高遠の様子に驚き、女子生徒を一人後ろに引き連れて駆け寄ってきた。その小さな背丈は一登瀬虎太郎と磯良部詩野だ。
「一登瀬……」
 まだ血が落ちる鼻と口を片手で押さえていると、一登瀬がやや吊りあがり気味の目を不安気に細めた。
「大丈夫か?高遠……千宮路か?あの野郎、よくも!」
 小柄な体が副生徒会長室へと突っ込もうとするのを、その腕を掴み止めたのはいつからいたのか執行部の遊井名田陽壱だった。
「何の騒ぎ……高遠さん……うわ、何かすごい男前になられて」
 ちらりと高遠の惨状を見た彼は心底気の毒そうに眉を下げたが、暴れる一登瀬の腕はしっかりと掴んだままだ。
「陽壱、離せ!今日という今日はあのイカレ野郎ぶん殴る!」
 血気盛んな一登瀬は今にもその言葉を実行せんばかりの勢いだったが、そのもう片方の腕に抱きついたのは、彼と共に来た少女だった。
「虎様……それはダメ」
 弱々しいようでしっかりとした音を持つ彼女の声が一瞬にして一登瀬の怒りを沈め、静かに窘められた彼は戸惑いの顔で彼女を振り返る。
「詩野……」
「虎様まで、あの人に怒られる……それはダメ」
 儚い空気を持つ美少女にそんな風に懇願されては一登瀬も握った拳を開くしかない。
「とにかく……高遠、怪我の手当てしてやるからウチの部屋に来い。詩野、手当てしてやってくれ」
 この2人は保健委員長と保健副委員長だ。高遠は頷き、詩野も一登瀬に頼まれごとをされたのが嬉しいのか満面の笑みで頷く。
「虎様のお願いなら、詩野は何でもきくもの」
「よし、なら高遠、詩野と保健委員会室に。俺は副会長に呼び出しくらってたから……」
 しかし、一登瀬の言葉はそこで止まった。
 何だ?と高遠が目を下げると、自分の胸くらいまでしかない小さな一登瀬が、大きな目を更に大きく見開いて高遠を見上げていた。心なしかその頬が紅く染まっているように見えるのは、恐らく気の所為では無い。
「一登瀬?」
「っだ、ダメだダメだダメだダメだーっ!!詩野が男と部屋で二人っきりなんて、絶対ダメだーっ!!そんなの、絶対許さない!」
 その小さな頭をぶんぶんと大きく横に振り、彼は廊下の向こう側まで届きそうなくらいの声で大絶叫してくれた。
「おい……一登瀬」
 陽壱も呆れたような声で嗜めたが、彼は半分涙目で睨み上げる。
「詩野は俺が守る!」
「虎様……」
 詩野の方も感嘆の声を上げ、目を潤ませていた。
 この2人は、保健委員長と保健副委員長という関係以外にも、幼馴染、そして婚約者という関係を持つ。婚約者という間柄で珍しく両想いなのは良いのだが、その想いがお互い強すぎるのか、たまにこうした騒動になるのだ。
「高遠!俺は絶対許さないぞ!詩野に手を出したらいくらお前でも!」
「……いや、出さん」
 くわっと物凄い勢いで睨みつけられたが、そうした感情が全くないのにそんな目で見られても困る。いまだに血が止まらない鼻と口元を押さえていたからモゴモゴとした音になってしまったのがいけなかったのか、更に一登瀬のテンションが上がった。
「口ではそう言っててもなぁ!男って生き物は狼だからな!美少女と2人っきりになったら何するか分かったもんじゃねえぞ!」
「いや、絶対に無い」
「てめ!俺の詩野が可愛くないってのかぁ!?」
 キッパリ言えば怒られる、どんなに否定しても怒られる……一体どうすればいいんだろう。肯定したら恐らくは殺される。
 口元を押さえている高遠の首元を掴み、がくがくと揺する一登瀬に流石に危ないと思ったのか、陽壱が慌てて制止した。
「おい、一登瀬……!」
「虎様……」
 そこでか細い声が被り、そこでようやく一登瀬は高遠を揺するのを止めた。
「詩野?」
「虎様、詩野は……虎様に可愛いと思ってもらえればそれで、いい……」
 頬を仄かに紅く染め、恥かしげに両目を強く瞑った美少女に、一登瀬はようやく高遠から手を離した。高遠はその時軽い眩暈を覚えたが、一登瀬はそんな相手の様子に構わず、愛しい婚約者を胸に抱いた。
「詩野!」
「虎様……」
 愛を確かめ合うなら別な時にして欲しいものだ。
 唖然としつつ2人の様子を見守っていたが
「……俺はいつまで血を流していれば良い?」
 一向に手当てをされる雰囲気がないこの状況に高遠が低い声で呟くと、隣りにいた陽壱がようやく気付いてくれた。
「た、高遠さん……おい、一登瀬、そんなに気になるならお前も一緒に手当てしに行け。俺も副会長に呼び出されたんだ、俺の後でも良いだろう?」
「ん?高遠、お前まだ血止まってなかったのか。骨でも折れてるのか」
 いまだにぼたぼたと床に落ちる血を一登瀬も視界にいれ、呆れたように言う。まさか自然治癒を期待していたのか。
「骨は折れていない……」
 痛みを堪えつつ高遠が答え、そんな怪我人の両脇に2人が立ち庇うようにして保健委員会室へと向かう。ようやく、だ。
 会長室に戻って一人で止血したほうが早かったのではないかと今更思うが、判断が遅かった。
 どこかフラフラとした足取りで2人に連行されていく高遠の背を陽壱は哀れなものを見る目で見送った。全く、飛んだ災難だろう。
 はぁ、と一息ついて陽壱は副会長室の扉に視線を移し、2回ノックした。
「執行部3年の遊井名田です」
 すぐに「入れ」という声が扉の向こうから聞こえてきて、陽壱はすぐにノブを捻り中に入った。まず先に目に付いたのは、床に残されていた僅かな血痕。恐らくは高遠のものだ。
「やあ。突然呼び出して悪いね、陽壱」
 そんな光景に似つかわしくないくらいの笑顔で千宮路は自分を向かえた。
「俺に何か?」
「大したことじゃないんだけどね。君の弟に命じていた例のこと。君にも手伝って貰いたいんだ。最初から、君にも手伝ってもらうつもりで遊井名田焔次くんに頼んでいたんだけどね」
「1年生の暗殺か……」
 焔次から話は聞いていたが、いくら副会長の命令といえど納得出来ない面が多々ある。まず、何故入学したての1年生を殺さなければいけないのか、だ。不穏分子ならば、それなりの調査をしてから厳罰を下すのなら分かるが、それにしても調査期間が短すぎる上に、彼を調査を担当した委員会は無い。つまりは、調査そのものをしていないということだ。
「甲賀克己といったな、その生徒」
 名前を言い当てると千宮路が目を上げた。まだ何の情報も与えていないのに何故知っていると言いたげだが、すぐに理由がわかったようでその目を細めた。
「そうだよ」
「彼の調査はどこの委員会も行っていないようだが、暗殺の理由はなんだ?」
「調査は僕がした。軍には邪魔な存在だからだよ、いつもの通り」
「軍?お前にとって、だろ?千宮路」
 陽壱が口元を上げると千宮路の目がそんな彼を睨み上げた。冷たい目だ。感情を読み取る事が出来ないその瞳に陽壱は片目を吊り上げる。
 そんな彼の表情に千宮路は哀しげに眉を下げた。
「陽壱……そんな怖い顔で僕を見ないでくれないか。何をそんなに怒っているんだ」
 本当に分かっていないのだろうか。いや、そんなはずはない。
 陽壱は先ほどの高遠のことと、この間の自分の弟の一件を思い出し、眉間を寄せる。
「高遠さんのことはやりすぎだ。それに、焔次のことも……」
「君の弟を勝手に使ったのは悪かったと思っているよ。でも、君がそれを望んでいると思ったんだ」
「何?」
「君のその目を死なせたのは、焔次君だから」
 陽壱の顔半分に刻まれている白い傷跡を指差しながら、千宮路は泣き出しそうな表情を浮かべた。
「千宮路、お前」
「僕は覚えているよ?君の綺麗なもう一つの黒い目。でも、焔次君がその目を殺した」
 悲鳴じみた声を上げて千宮路は大袈裟な身振りで顔を覆う。どこか演技がかったその動きに陽壱は少し眉間を寄せた。
「君は焔次君を恨んでいるだろう。彼が死ねばいいと思ったことはないか?いや、思っているんじゃないか」
「……そんな事、思っちゃいないさ」
 咎めるような陽壱の声に彼は薄く笑った。
「嘘はよくない。僕はねぇ、陽壱。この世界を平和で幸せな世界にしたいんだ」
「平和……ねぇ?」
 その単語を反芻しつつ、陽壱はこの部屋のあちこちに置かれている宗教的な置物や絵画を目の端で眺めた。軍事的な資料が多い中、それらが妙に浮いてみせる。
「そう、平和だよ、陽壱。その為には邪魔なものが多すぎる。一番は戦争だよ。戦争を仕掛けてくる国がまず邪魔だ。彼らは悪魔に取り憑かれている……さっさと消してしまわないと。後は戦争好きなうちの軍の悪魔共を消さないと。悪魔の抹殺、それが、神から啓示された僕の使命さ!」
 自分の理想を語るにつれ力が入ってきた千宮路の様子に陽壱は思わず片足を一歩後退させていた。けれど、それに気付かず千宮路は肩を落とした。
「その為には碓井は邪魔なんだよ。あいつは戦争を好む」
「……お前だってやってることは一緒だろうが」
「一緒にしないでくれないか。僕は聖戦をやろうとしているんだから」
 不機嫌に眉を顰めて見せた千宮路の家は、新興宗教の大元だと陽壱も聞いている。恐らくはこの部屋にあるものもその新興宗教の布教グッズの一つなのだろう。これの一つ一つに法外な値段を付けて信者に売り飛ばしているらしい。その信者という人間の多くは、貧しい階級の人々で、彼らから搾り取った金で千宮路家は短期間で軍閥にまで上り詰め、豪邸に住んでいる。
「焔次君のこともだ。僕は同情しているんだよ?君達に」
 宗教がらみの人間の同情ほど信用が置けないものはない。その事をよく知っている陽壱は彼の言葉を聞き流した。
「焔次の事はお前には関係無い。それに、俺は焔次を恨んだことは一度も無い。少なくとも、得体の知れない神というものより兄弟の方が信用出来る。侮るな」
「うん?思っていたより君達は仲が良いのかな?」
 意外、と言いたげな千宮路の言葉に陽壱は密かに拳を握った。
「俺達のことだけじゃない。碓井会長のこともだ」
 碓井、という名に千宮路は笑みをわずかに引き攣らせた。彼は必要以上に碓井生徒会長、いや、碓井家に敵意を抱いている。
「甲賀克己の件は了承した。だから、焔次に構うな。二度と、だ」
「……やだな。何をそんなに怖い顔しているんだ?陽壱」
 その時、無邪気とも言える笑みを浮かべた千宮路に戦慄せざるをえない。
「お前が勝てる見込みがない相手に焔次を送ったからだ!」
 部屋中に響くほどの怒鳴り声を上げたのにも関わらず、千宮路の眼は平静だった。それどころか、陽壱の怒りをどこか観察するような眼で見ていた。その、物を見るような眼がどうしても気に入らず、ずっと溜め込んでいたものを陽壱は思わず吐き出していた。
「お前は、高遠さんが命令違反をしてアイツに付いて行ったのを殴ったが、そのおかげで焔次は命拾いした!あの馬鹿は気付いていないが、平常時の焔次一人では甲賀克己には勝てない。いや、殺されたかも知れない!何故焔次を選んだ、お前、焔次を捨て駒に選んだな……!?」
 怒りに見開かれた陽壱の片目を千宮路はやはり冷静に見つめた。千宮路は様子見のつもりで焔次を甲賀克己のもとへ送ったのだ。絶対に勝てるわけがないと知っていて。
 強く睨みつけてくる陽壱をしばらく眺めていた彼は、小さく息を吐いた。
「……大望を成し遂げるには多少の犠牲を払うのは仕方ない事だろう?」
 そして、にこりと笑う。
 それを見てしまった陽壱は背筋に悪寒が駆け抜けたのが分かる。自然と声が震えた。
「お前……自分が何を言っているか、分かっているのか……?」
「ああ、ごめんね?陽壱。君は右家だから彼が死なれたら困るんだったね……そうだね、悪い事をした。次からは気をつけるよ」
 何とも軽いその口調にただ陽壱は目を見開くしかなかった。吐き気がする。
「お前の望む、平和な世界は」
 面白げに細められた千宮路は陽壱のその先の言葉を急かす。まるで、聞きたいと言う様に。
「俺達の地獄だ」
 握った拳はいつでも千宮路を殴る準備が出来ていたが、階級の差がそれを許さなかった。こんな人間の元でこれからも働いていかないといけないのかと思うと、やり切れない。彼の気まぐれで自分はこの手を血に染めなければいけないのだ。彼の世界で生きるという事は、そういうことだ。
「……仕方ないよ、陽壱。幸せってのは、常に他人の犠牲がないと得られないものなんだから」
 陽壱が出て行った後、千宮路は一人言葉を落とした。
「君なら、その事を誰よりもよく知っていると思ってたんだけどなぁ……?」
 


「んー……鼻の粘膜にすっげ傷ついてるなー。傷塞がるまで何度か血出るから気をつけろよ?」
 一登瀬がテキパキと診断を告げ、彼の言葉どおりに手を動かす詩野の姿は医師と看護士そのものだ。高遠は適当に返答しつつ、顔のあちこちに貼られた絆創膏や湿布を撫でた。
「ああ」
「口開けてみ?おーおー、こっちもひでぇ。んでも、ま……この程度なら慣れてるだろ?ちっちゃいころはお前もヤンチャしただろうしなぁ」
 はっはっはと笑う一登瀬の身長は椅子に座った高遠より少し高い程度だ。
「……お前は今も小さいけどな」
「高遠もう一度口開けろ。醤油流し込んでやる」
「虎様……傷にしみる以前に塩分過剰摂取で死んじゃう」
 どこにあったのか小さな醤油瓶を手に迫る一登瀬の腕を詩野が掴む。そんな小コントをこなしていたところで突然扉が開いた。
 バターンと物凄い音を立てて扉を開けることで鬱憤を晴らしたらしい陽壱が背負う重いオーラに、3人は会話を止める。
「遊井名田?どうし」
 ただ事ではないその様子に高遠が一番に口を開くと、彼は眉間に皺を寄せ、また大きな音を立てて扉を閉め、空いていた椅子に座った。そして
「高遠さん。あのイカレ野郎いい加減どうにかしてくれ」
 苛々とした口調で言われ、高遠がそれに答える前に一登瀬が嫌そうに顔を顰めた。
「お前、千宮路と言い合ったのか?うわぁ……カンベンしてくれ。俺も今日中にアイツに会いに行かないといけないんだから」
「大丈夫……虎様は詩野が守るから」
「例の、甲賀克己。俺が焔次と行く事になった」
 カップルの睦言を無視し、陽壱はさっきの呼び出された理由を告げる。それは高遠も予想していたのか、視線を下げるだけだった。
「そうか」
「良いのか。俺と焔次ってことは、甲賀克己を殺せと暗に言われたようなもんだぞ」
「俺が殺すなと言ったら、命令違反を選ぶか?」
「俺は高遠さんに従う」
 きっぱりと答えた陽壱に高遠は目を上げたが、すぐに目蓋を下し首を横に振った。自分は会長の側近ではあるが、代理ではない。実質的に今一番地位が高いのは千宮路だ。
「千宮路に従え、遊井名田」
 それが、高遠からの命令だ。
 無言でそれを了承した陽壱と高遠を見比べ、一登瀬は少し考え込むような動作を見せる。それに気付いた詩野が不安げな眼差しで顔を覗きこんできたが、それには安心するように笑んでみせる。
「なぁ、高遠」
「何だ?一登瀬」
「うちの委員会には裏切り行為をした人間が一人いる。それと、ヨシワラの一斉摘発の日時も決まった。前者はうちの委員会内でどうにかするから、静観していてくれ。後日結果を報告する。以上だ。ってな訳で詩野、俺達は副会長に報告しなくていいぞ」
 にんまりと悪戯っぽく笑った一登瀬に詩野も嬉しげに笑う。突然の事に高遠は言われた意味が分からず困惑していたが、隣りにいた陽壱の方が先に一登瀬の真意に気付いた。
「成程、確か、委員会の報告は生徒会上層部に言えば良いんだったな。なら、高遠に言っても良いわけだ」
 生徒会上層部とは、生徒会長とその側近、副会長とその側近の事を指す。勿論、高遠もそこに入っているのだ。
「高遠、お前、最近合同委員会会議で公表された情報以外の、千宮路のところに入った情報は渡されていないだろ。安易なイジメだな」
 一登瀬の言葉は図星だ。最近、細かい各委員会の報告は千宮路のところへと行っている為、高遠のところまではそれが回ってきていなかった。だから、自分で何か行動することは出来ず、結局は千宮路の言い成りになるしかなかったのだが。
「高遠、俺はこれからお前に委員会の報告をする。お前から千宮路に伝えろ」
「……悪いが、俺はしばし委員会出入り禁止だ」
 奪われた階級章がつけられていた襟を引っ張りながらそれを示すと、一登瀬の動きが硬直する。どうやら気付いていなかったらしい。
「ダメじゃん!何やってんだお前!つかそれマジ千宮路の思うツボだろ!」
「……すまない」
「や、高遠さんそんなに気にしなくていいって……」
 小声で謝る高遠とそれを物凄い勢いで怒鳴りつける一登瀬をたしなめつつ陽壱も肩を落とす。
 しかし、だ。ものは考えようで。
「生徒会の仕事も溜まっているし……委員会のお目付け役が休めるんだから、俺はこの機会に溜まってる仕事片付けるつもりだ」
 これが良い機会だと思っている高遠は意外と大物かもしれない。
「うちの仕事も手伝ってくれないか。執行部は委員会じゃないから、良いだろ?」
 執行部は委員会とも違う機関だ。万年人手不足はどこの部署も同じで、ここぞとばかりに勧誘してきた陽壱にそれも良いかと高遠も頷いた。
「構わないが、支障の無い程度に頼む」
 しかし、この命令違反の屈辱的な結果を碓井に報告すべきなのだろうか。怒られはしないだろうが、彼には笑われそうな気がした。
 


一登瀬→ひととせ です。何かルビ振り上手くいかなかったので。
後でルビふります。

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