とりあえず、一度遠也の部屋に戻ってあの変な人の事を話した方がいいだろうな。
 そう判断して翔は早足で寮まで戻ってきた。この時間、人通りが多くていいはずの寮のロビーには人気がなく、けれどそれを気にすることなく早足でエレベーターホールへと足を進めた。が、思わずその足を止めてしまったのは、エレベーター脇にある観葉植物の影に見覚えのある少年が立ち、こちらを冷たい目で見ていたからだ。
「……沢村?」
 なんの感情も見せない顔は確かにクラスメイトの彼だった。彼は一歩こちらに近付き、ただじっとこちらを見つめている。
 沢村は、苦手だ。
 何を考えているのか良く解からない上に、その人並みはずれた強さは警戒するに充分だった。それに、彼は人間では無いと、ここの科学科で造られた人工の人間だと聞いている。
「日向、翔」
 静かなエントラスホールに沢村の抑揚のない声が響く。不思議な声だ。高くもなく低くもなく、人間の香りがしない声。どちらかといえば、人間より機械に似た声だった。その声がなんだかあまり居心地が良くなく、ほんの少しだけ後ずさってしまう。が
「……助けてくれて、ありがとう」
 多少相手に恐怖を感じつつも、沢村には一度助けてもらった恩義がある。小さな声で礼を言うと、沢村が小さく首をかしげた。
 まるで、何の事だというように。
 だがすぐに何の事か思い出したように黒い目を瞬かせた。
「“助けてくれてありがとう”?」
 そして、意味が解からないと言うように翔の言葉を反芻する。彼のそんな様子に翔は眉を寄せた。
「助けて、くれただろ?」
 変な生徒に殺されかけたあの時、沢村は助けてくれようとしていた。だが、彼は“助けた”つもりはなかったとでもいうのだろうか。
「俺は公務を全うしただけだ。何故、人間が俺に礼を言う?」
 心底理解不能だと言いたげに、黒眼を細めた彼の言葉を今度はこっちが理解出来なかった。助けてもらったのだから、礼を言うのは当然なのに、彼はそれに疑問を持っている。
「俺は人間に造られた。だから、人間に隷属するのは当然の事だ。礼など必要ない」
 けれど、その沢村の一言に彼が何を疑問に思っているのかようやく理解出来た。そうか、そういう意味か。
「でも、俺は沢村に助けてもらったんだ、礼は言う……一応」
「お前……変な人間だな」
 沢村がまた一歩近寄り、その両腕をこちらに伸ばしてきた。冷たい手が翔の両頬を包み、突然の彼の行動にただ眼を瞬かせるしか出来ない。
「だから、甲賀も和泉もお前に構うのか……?」
 まるで品物を定めるように翔の顔をじっと見つめる沢村にされるがままになってしまう。彼の黒い目は無垢過ぎてどうすればいいのかわからない。
「お前は弱いくせに、どうして甲賀のそばにいるんだ」
 そして、沢村の口から飛び出した弱いという単語に、背筋に冷たいものが走った。
「関係ないだろ!」
 思わず目の前にあった彼の首元を掴み上げたが、彼は表情を変えることなく翔を見つめた。なんだか、人形を相手にしているようだ。何の反応も返さない相手に、不気味なものを感じ、熱い怒りが急激に下がっていく。
「……甲賀に媚びれば守ってもらえる。お前、甲賀を利用しているんじゃないのか」
 相手はただ淡々と言葉を続け、首を掴みあげた手に力を入れても大して苦しそうな顔も見せない。
「違う!」
「違う?じゃあなんだ。何故お前は甲賀といる」
「それは、友達だから……」
「友達?」
 沢村はただ不思議そうに首をかしげ、翔はゆっくりと彼から手を離す。
「お前と加藤も友達だろ?」
 いつも沢村と共にいるクラスメイトの名前を出したが、何故か沢村は今まで眉一つ動かさなかったのに嫌そうな表情になる。実際、そう表情が眼に見えて歪んだわけでもないのだが、あまり表情を変えない友人達と付き合っているからか、翔には沢村の感情の動きが分かった。
「……友達という意味はよくわからないが、加藤とそれでくくられるのは不快だ」
 声も心なしか低く、視線も下がっている。本気で嫌がっているのだ。
「甲賀はお前と友達だから甲賀はお前に構うのか」
「……どうして、沢村はそんなに克己を気にするんだ」
 普段から、沢村は克己を意識していることに翔も気付いていた。純粋な敵意のような、憧憬のような、それを超えて殺意にも似た何かを孕んだ目で克己をじっと見ていることがある。
「甲賀は強いからな」
 あっさりと彼は答えるが、その理由の方が翔にとっては不可解だった。
「なのに、どうして弱いお前が甲賀の隣りにいる?」
 そして、それが沢村にとって不可解だったらしい。
 強い克己に対して沢村は一目を置き、意識をしている。けれどそんな克己の隣りには沢村から見て弱い翔がいる。それに、納得がいかない……ということなのか。
 それは、まるで。
「沢村、お前……克己が、好き……なのか?」
 それは、まるで嫉妬じゃないか。
 克己にはある種の好意を、自分にはある種の悪意を抱くということはそんな感情が一番近いのではないか。けれど、沢村は再び首を傾げる。
「すき……?前にも聞いたが……人間の言う事はよくわからないな」
 彼は、言葉の意味を理解していなかった。
 何故かその答えにほっとしていた。何だか解からないけれど、安心する。どうして、とも少し思ったが次の沢村の言葉にその思考は中断せざるをえなかった。
「お前は甲賀が好きなのか?」
「……へっ?」
 沢村の黒い目にじっと見つめられ、いたたまれない気分になってきたのは何故だろう。
「好きなのか?」
「……い、いや……好き、だけど」
「だけど?」
「別に、変な意味じゃ」
「好きには変な意味もあるのか?」
 そんな事突っ込んでくるんじゃねぇよ。
 あまり友人とはしない会話に戸惑って沢村から顔を背けると、顎に彼の冷たい手が触れる。
「……そういえば」
 ぽそりと上から聞こえてきた声に顔を上げた。するとすぐに沢村の顔が近寄り
「ちょっと待……!」
 その近さに逃げるより早く、口元を硬いような柔らかいような不思議な感触が覆う。
 嘘だろ。
 自分の置かれた状況に翔はただ眼を見開くしかなかった。どうしてこんないつ人が来るのかもわからない場所で、よく解からないクラスメイトとキスなんてしているんだろう。
 茫然としている間に沢村が離れ、首を傾げる。
「篠田がこれは好きな相手とする行為だと言っていたが、この好きは変な意味の方か?」
「お前……」
 さっきから質問の内容に唖然とさせられっぱなしだ。キスされたことも忘れてただ呆れてしまう。しかし、彼には何故こちらが閉口しているのか解からないようで、再度口を開いた。
「お前の甲賀に対する気持ちはこういう意、」
「ねぇ、何してんの?」
 それ以上彼が言葉を続けられなかったのは、後ろからそんな声が聞こえたから。黒い髪に着流しを着た少年の顔には翔は見覚えがあった。
「葵……?」
 けれど、葵は翔の方に視線をやることなく、ただじっと沢村を見つめている。沢村も、突然の介入者を振り返った。
「お前は、誰だ」
 葵の顔を知るわけもない沢村の問いに、彼は口元を歪めた。あの沢村相手に余裕を見せる葵に翔は驚かされる。クラスの中でも沢村に対して恐怖を抱いている人間が多いのに、葵は挑戦的に笑んだ。
「俺はお前を知ってるよ、沢村良高。お前の名前はちょっと俺達の中では有名だからな」
「……有名?」
「ああ。その理由、知りたいか?アンタの頭の中からは消されてるらしいじゃないか、その理由」
 意味深な葵の言葉に沢村は眼を見開き、自分の頭に手をやる。何か沢村にとって心当たりがあることなのだろう。だが、彼は瞬きを一つして、少し遠いところに立っている葵に冷たい視線を送った。
「知る必要は無い。俺はそれを知る事を許されていない」
「おーおー。頑固っつーか、随分と飼い慣らされたアンドロイドだな。同類として情けねぇわ。んでも、人間に相手に自ら手を出すのは感心しねぇな?例えどんな境遇であっても、人間は俺達にとって最も憎むべき相手じゃねぇのか」
 葵の淡々とした言葉に翔は息を呑む。彼の剥き出しの憎悪が一瞬こちらに向けられたような気がして、背筋に悪寒が走った。今まで笑顔で接していた葵の本音には困惑するしかない。
 沢村の方は視線を落とし、「……よく解からない」と呟き、翔から離れた。そのまま寮から出て行く彼を茫然と見送っていたら、葵が笑顔で近付いてくるのにギクリと身を竦めた。
「カケル?大丈夫?」
 けれど、葵の方はきょとんとした目でこっちを見てきた。今さっき自分が何を言ったのか忘れてしまったのか。
「葵、お前……」
「あ。何、もしかしてさっき俺が言った事気にしてる?カケルは気にしないでいーよ。そりゃ、人間は基本的に嫌いだけどさ、俺カケルのことは気に入ってんだ」
 にこっと太陽のような満面の笑みを向けられても、何だか複雑な気分だった。彼の言っている事は本当か?と疑念を持ってしまう自分は、心が狭いのだろうか。
 でも、さっきまで人間に対して憎悪を孕んでいた目が今ではすっかりなりを潜めている。その変わり身の速さがむしろ不気味だ。
「てか、カケルさっきのヤツと知り合いなの?」
 突然顔を覗きこまれ、声を上げそうになったがどうにか堪え、動揺を悟られないように振舞うしかない。
「ん?あ、ああ……クラスメイト。葵こそ、あいつの事知ってるのか」
「クラスメイト?ふーん……ちゅーなんかしちゃってるのに、ただのクラスメイト?」
 自分の口の前に指を置いて、今度は人の悪い笑みを浮かべた葵に、慌てて首を横に振る羽目になる。
「違う!本当にただのクラスメイトだ!あれは、いきなりあいつが……」
「分かってるよ、カケルもそこまで趣味悪くないだろうし」
 ケラケラと笑い、葵が歩き始め、翔もそれに付いて行く。付いて行ったつもりはなかった。ただ、彼の行き先が自分と同じ方向だったから。
「アイツは、俺達の中では優等生ってヤツなんだよ」
 唐突に葵が口を開き、その忌々しげな口調に翔は顔を上げる。
「あいつ?」
「カケルが沢村って呼んでた、アンドロイドの事だ」
「俺達から見ても、アイツは優等生だよ」
クラスで抜きん出た強さを持つ彼らは、人造人間だというのに生徒から畏怖の眼で見られている。人間からもそうした眼で見られる彼らは確かに優等生と呼べる存在だ。
 苦笑する翔を振り返り、葵はにこりと笑う。
「カケルは、キリングタワーって知ってる?」
「ああ……」
 室内や他特殊な条件地の訓練用の建物のことだ。授業で何度か耳にしたことはあるが、実際に足を踏み入れたことはない。1年生でそこに入るのはもう少し経ってからだと聞いている。今は説明を受けているだけだ。
 翔が頷くのは予想済みだったのか、葵はそのまま続けた。
「俺ね、そこ出身なんだ」
「出身……って」
「あのタワーは造られた人造人間の廃棄場所なんだよ」
 そうした技術が成功した初期ならまだしも、今は無駄と言えるほど大量に人造人間が作られている。売れない欠陥品などが成功品より多く出来てしまうのも当然だ。そういうものは処分されるものもあるが、手が回らない分はあのタワーへと捨てるのが今では普通となっている。訓練の相手役にもなるので、軍もそれを受け入れていた。
「見目の良い女はヨシワラに連れてこられるけど、そうじゃないのは全部タワー行き。俺も、1年くらいあそこにいたし、カケルの先輩と戦ったこともあるよ」
「そう、なのか……」
「殺した事もあるよ?」
 思いがけない一言に思わず息を呑む。こちらを伺うような葵の眼に足を止めると、その眼がどこか満足げに細くなった。
「2年生だったかな。いきなり撃ってきてさ……んまぁ、射撃下手なヤツだったし、すぐ勝負はついたんだけど」
「葵」
「威嚇と挑発だけは一人前でさ。刺したら変な声上げてそれっきり。何か気持ち悪かったなぁ。血とか肉とか、呻き声とかも何か蛙みたいだったし。でも色々すっきりした」
「葵、止めろ」
「何?やっぱり仲間が殺された話は気分悪い?」
 止められた葵は少し不機嫌そうに口を尖らせる。確かに、気分はあまり良くない。そんな話を聞かされて気分が良くなる方がどうかしている。多分、彼の仲間と気晴らしにする会話がこうした人間相手の武勇伝が多いのだろう。
 でも、それならもう少し晴れ晴れした顔で語っても良いだろうに、葵はどこか怒りを含んだ哀しげな笑みを浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。
「……お前、何怒ってるんだ」
 だが、葵自身はそれに気付いていないようで、むしろ意外な事を聞かれたとでも言うようにきょとんとした目で首を傾げた。
「怒ってる?俺が?どうして?」
「……俺が、人間だから……とか」
「んー。それは無いよ。だって俺カケル大好きだし」
 さらりと好きと言える彼は、さっきの沢村とは全然違う。沢村は物を知らないが、葵は物を知りすぎている雰囲気がある。これが出身の違いか。
 あまりにも軽い彼の態度に先程までの緊張が薄れた。
「……嘘だ、信じない」
「えー、何で?カケルひっどい。何で何で?」
 そういう態度だからだ。
 頬を膨らませて怒ってみせる彼にため息を吐いて再び足を進めた。
「お前、少し似てるよ」
「えー?誰に?」
「克己」
 克己は葵ほど子どもっぽくはないけれど、何かを堪えているような黒い眼が似ているとさっき葵の横顔を見て何となく思った。ほんの少しだけれど。
 自分の答えに葵は足を止め、不意に隣りから消えた気配に後ろを振り返ると、その黒い眼が今度はあからさまな怒りを孕んでこっちを睨んでいた。
「……葵?」
「なんで、そこでコウガが出てくるわけ?」
「なんで、って……葵?何だお前やっぱり怒って」
「俺、コウガ嫌い」
 ぷいっと顔を背ける仕草をする葵の子どもじみた態度にはただ唖然としてしまった。本当に、ただの子どもだ。
 思わず苦笑してしまうと、何かを察したのか葵はムッとした顔になる。翔の解釈が気に入らなかったのだ。
「……サワムラもコウガも優等生だろ?俺、そういうの嫌い。サワムラはタワー出身じゃなくて、科学科で特別教育を受けたヤツなんだ。だから、俺らより人間に対して憎しみはそんなにないかも知れないけど、何か欠けてるヤツなの」
 沢村の何か欠けている、というのはさっきのことで充分納得出来る。翔が納得した顔をしたところで、葵は再び口を開いた。
「優等生は、俺達を平気な顔で殺すから嫌いだ」
「……そっか」
「だから、カケルはそのままのカケルでいてね!俺カケル大好き!」
「ってうぉぉい!!」
 突然正面から葵に抱き締められ、一瞬息が出来なかった。何だ、今日はキスされたり抱き締められたり、厄日か?
「葵、離せ!」
 意外と葵の腕はがっしりと筋肉がついている。毎日訓練を受けている自分よりもたくましいのは何故だ。
 ケラケラと楽しげに笑う葵の声が耳元で響き、もがいて彼の腕から逃れようとしても更に力を込められ、大きな手で後頭部を固定されてしまう。
 突然の事に眉を寄せて彼の胸を叩いたが、無駄だった。
「なぁ、カケル」
 さっきまでのふざけた口調ではなく、睦言を囁くような甘い声が今度は耳に触れる。けれど、これも彼のおふざけの一つなのだろう。思いっきり眉を顰めて見せればくすりと笑う音が聞こえた。
「好きってのは、嘘じゃない」
「……俺は金持ってねぇぞ」
 自分を口説いたところで良い事は何もない。
 翔の素っ気無い返事に葵は口元を上げた。
「嘘じゃないんだ。カケルは橘姐を助けてくれた。今でも橘姐を心配してくれてる。クローンの事をそこまで考えてくれた人間に会ったのは初めてだった……凄く嬉しかった」
 抱き締めてきたときとは逆にそっと解放する葵の顔を見上げれば、少し頬が紅潮している。気まずそうに眼を伏せる彼は……もしや照れているのだろうか。
「……ごめん、俺、ベッドの中なら結構思いつくんだけどこういう時の言葉ってよくわかんないんだ。こういう時は……ありがとう、でいいんだっけ?」
 黒髪を撫でながら彼は困惑した眼を向けてくる。そのどこか幼い仕草に、思わず笑ってしまった。
「当たってるけど、俺は葵にそう言って貰える事何もしてないよ」
「えぇ?うっそ、え、じゃあ俺何て言えば良いんだ?」
 間違っていたとでも思ったのだろうか。困ったように眉を下げた葵には、本当に悪い事をしている気分になった。
自分が彼女を助けようと思っているのは、少なくともクローンである彼女自身の為ではない。あの時助けられなかった姉の為、と言えば聞こえは良いかもしれないが、ようは自己満足の為だ。彼女を助ける事によって、姉を助けられなかった後悔を払拭しようとしている自分のやり方が陋劣である自覚はある。
「……俺が、葵にごめんって言わないといけない」
「へ?何で?俺別にカケルに悪いことされてないぞ」
 首をかしげる彼は人間嫌いだと言うが、自分を気に入ってくれている辺り、人が良い。
「いーや。俺は、あの人を守り切れなかったしな。でも次は大丈夫。次は絶対に守ってみせる。その時までその言葉は取っておいてくれ」
「……カケル」
 強い決意を湛えた翔の薄い茶色の瞳がとても綺麗で、うっかり葵はそれに魅入っていた。今までみた事が無いくらい綺麗な眼で、ぼんやりと綺麗だと思った瞬間に胸に奇妙な疼きをわずかに感じる。その感情が何かは解からないが、それが葵に口を開かせた。
「……でも、あんまし橘姐には関わらない方がいいよ」
「え?」
急に表情を暗くした葵の言葉は思いもかけないもので、翔は目を丸くする。何故?と首を傾げれば彼は目を伏せた。
「橘姐、好きな人がいるんだ」
「え、ああ……魚住先輩だろ?」
「違うよ」
 そう言い切った彼の顔はとても苦しげで。俯いたその横顔は憂いを帯びていた。
「葵……?どうかしたのか」
 けれど、葵はすぐにぱっと顔をあげ、にへらっと笑う。
「俺の事も心配してくれる、そんな優しいカケルに葵くん情報を提供しちゃいましょうか!」
「え?」
 っていうか今の演技だったんかい。
 そんな翔の心の突っ込みも知らず彼は活き活きと説明を始めた。
「知らないの?俺達ヨシワラの人間は色んな人間と接するから時たま生徒会とか色々な人に情報を流したりしてるんでっす。今日はサービスで無料にしといてあげる」
「いやでも、葵」
「いーからいーから。心配じゃないの?いまだに部屋に帰って来てないお友達の事」
 丁度部屋の扉の前に来た時の葵の言葉に、ドアノブを回せば鍵がかかっている。まだ、克己が部屋に戻ってきていない証拠だった。時間はもう夜だ。確かに、今までこんな時間までに彼が部屋に戻ってこないことは無かった。
 昼間のことを考えると、不安がよぎる。
 表情を曇らせた翔の反応は少し意外だったが、ここぞとばかりに葵は囁いた。
「今、コウガがどこにいるか、教えてあげよっか」






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