「……あれ?」
 確かにあの時胸ポケットに入れたはずなのに、誰も居ない部屋に戻ってきたけれどそこにはなかった。大志は何度も自分の胸ポケットを確かめてみたが覗いて見ても叩いてみても出てこなかった。
 あの教室で拾って、葵が来て、それでヨシワラに行って、寮に帰って来て……と本日の行動を思い起こしながら大志は青ざめる。
 まさか、落とした?
 探しに行こうにもこういう日に限って行動範囲が広かったりする。
 もしや、別なシャツに入っていたりはしないかと無駄だと思いながらもう一着あるはずの制服を探すが、それも無い。
「何で!?何で!?神隠し!?」
 今朝出た時は確かにハンガーにかけたおいたはずのシャツが無くなっているのだ。あちこち探してもどこにもない。これか、と思って手にとってみてもサイズが一回り小さいということは同室である遠也のもので。
 まさか克己が着ているなんて思いつけるわけもなく、大志はひたすら写真とシャツを探した。
 でも、やっぱりどこにも無い。
 仕方なく、正紀に謝りに行こうと部屋を出たら、目の前を正紀と同じ茶色の頭が走り抜けていった。
「へ?」
 一瞬、自分の罪悪感が見せる幻かと思ったが、後姿を確認したら、そっくりさんどころか本人だ。
「ちょ、篠田!?どこ行……っ!ていうか廊下は走るな!!」
 しかし大志の声は耳に入らなかったらしく、正紀はそのまま曲がり角へと姿を消した。
 一体何がどうしたというのだ。
 一体自分はどうするべきなのか。
 しばし思案タイムに突入した大志は、結論的に正紀の後を追ってみる事にした。時間が少し空いてしまったからもしかしたらすぐに見失うかも知れないが。というかとっくに見失っているが。
 こんなところ、遠也に見られたら優柔不断!と一喝されてしまうだろう。
 取り合えず、彼が曲がった曲がり角の方へ、もう彼はそこに居ない事前提で歩いて行った。走ったところで追いつける時間帯じゃなかったから。
 とりあえず、大雑把な足取りを掴んでからいずるに何があったのか聞きに行こう。
 そう思ってひょいっと曲がり角へ顔を出すと……・思いがけない事に正紀はまだそこに居た。
 それと、もう一人。
 まさかそこにいるとは思わず、大志は慌てて顔を引っ込めた。そんな行動をとってから、隠れる事はなかったんじゃないか?と思うが、何だか二人の雰囲気が邪魔してはいけないような空気でとりあえず今度はそっと彼らの様子を伺う。
 低く聞き取りづらい彼らの会話に耳に神経を集中させるがなかなか聞こえない。
 どうにか声をかけるタイミングも見計らってみるが、会話が聞こえないのだからそんな時が来るわけもなく。
「すいません、今日はお世話になります」
 ようやく聞こえたのは正紀のそんな一言。
 お世話って、どういうことだろう。
 会話が無くなったのでもう一度顔を出すと、もうすでにそこに彼らは居なかった。
「……・何やっているんだ?」
「うぉわ!」
 緊張しているところで突然背後から怪訝な声をかけられ、心臓が飛び出しそうな程驚いた。
 振り返ると、そこには不思議そうに首を傾げるいずるが。彼もまさかここまで大志が驚くとは思わなかったらしく、訝しげな表情だ。
「な、なんだ……矢吹か。ってかお前その顔!」
 紅くなっているいずるの左頬に大志は眼を丸くしたが、彼は少しバツの悪そうな顔をして肩をすくめるだけで済ませる。
「何だとは何だ。写真は?」
「あ、あー……それがちょっと見つからなくて」
 怒られるかと思ったけれど、いずるは「そうか」と一言言っただけだった。その変わらない表情にほっとする。
 変わらない、というかどこか意気消沈といった感じだけれど。
 珍しいいずるの雰囲気と正紀の怪行動は何か関係あるのだろうか。雰囲気的に喧嘩あたりか。
 喧嘩、となるとお人好しの大志のお節介心が表れる。
「そういや、篠田が何か走っていったけど何かあった?」
「……アイツ、どこに行った?」
 何があったのかという質問には答えず、いずるはそれだけ聞いて来た。何だか彼の雰囲気が普段と違い、大志は慌ててさっきのあの光景を思い出す。少し様子のおかしかった正紀と、そんな正紀の前に立ち、話を聞いていたあの後姿は見覚えがあった。自分とは親しい間柄ではないけれど。
「えーと、ホラ、あの魚住って人とどっか行ったみたいだけど」
「……はぁ?」
 いずるは大志の説明に思い切り不機嫌な声を出してしまった。それはもう、他人からの穏やかという評価を粉砕出来る音色で。相手は大志だから知ったことじゃないが。
 魚住、よりによって魚住、だ。
 本当は、多少悪いことをしたと思っていた。今回の事の非は自分にある。だからさっさと謝ってしまおうとわざわざこの自分が探しに出てきたというのに、その行動は自分に対する当てつけか。
 魚住という名にいずるの空気の温度が急降下したのに、大志はびくっと身を震わせるが当の本人はそんなこと気に止める余裕もなかった。
「三宅……」
「は、はい!?」
「あの馬鹿に、二度と帰ってくるなって言っておけ……」
 普段どこか常に穏やかな空気を纏っていたいずるはもうそこにはいなかった。いるのは、鬼か悪魔かそれとも魔王か。とにかく今彼に逆らうのは得策じゃないと、大志の生命維持本能が首を縦に振らせていた。


「んー……」
克己がシャワーを浴びている間パソコンをもう一度立ち上げて、何となくメールを開いてみる。
 ずっと開いていなかった所為で、色々な情報メールが溜まりに溜まっていて、とりあえず一番新しいメールを確認すると、明日は一か月分の給料明細の配布日だというメールを見つける。
 それと、最新の一件は何故か件名に自分の名が入っていて。
 個人にあてられたメールだということに思わず姿勢を正してクリックしていた。
 何か、悪いことをしただろうか。
 けれど、その内容に眼を通して、思わず息を呑んでいた。
 匿名で送られてきたそのメールの発信元は学校の図書室。誰が送ってきたのかは特定出来ないが、心臓が高鳴るのが解かった。
 何かの罠か、とも考えたけれど、罠でもワラでも何でもいい。情報が乏しかった自分にはこれに縋るしかないのかもしれない。

『日向翔様 彼女の自殺の事を知りたければ、明日の朝、川辺の元へ行け』











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すいません、ここからちょっと書き直しとか後々するかも知れません(;´Д`)