「おー、遠也久し振り〜〜」
 相変わらずの惨状を保っている部屋に、暑苦しい出迎えの言葉。
 双方ともあまり気分のいいものではなくて、遠也は思わず眉を寄せる。当の早良本人はそんな事に気が付かず、笑みを浮かべていた。
「相変わらず人が住むところだと思えない場所ですね」
 よくもまぁ、こんな場所に他人を平気で招けるものだと嫌味を交えてため息をついてやるが、早良には右の耳から入って左の耳から出て行っているらしく全く効き目は無い。
 早良は遠也の来訪を歓迎しつつもパソコンに向かってなにやら書類作り中のようだった。掃除がしたくてもその時間が無い、という方が正しいのだろうか。
「忙しいなら出直しましょうか?」
 散らかった部屋に長居するのは嫌だったので、遠也は早々に帰る気でいた。が
「あー、いいって。大丈夫大丈夫。例の件のだよな、揃ってるぞ」
 遠也が来た理由をすぐに見抜けるくらいには察しが良いのに、今自分が何を不快に思っているのかは気付けないらしい。気付いていてもそ知らぬふりをしているだけかもしれないが。
 そこに、と指差された机の上には確かに書類が山を作っていた。
「……どれですか」
 無造作に置かれた白い紙が山になっていて、どれが自分の求めているデータだか解からない。適当にかき集めてトントン、と揃えてから必要な分を探すつもりだった。
 けれど、早良は本の山の向こうであっさりと
「全部」
 と答える。
「全部?これは3人分じゃないでしょうが」
 予想よりはるかに多いこの量に遠也は文句を言った。きっと早良のまとめ方が悪いに違いないと。余計な情報もありそうな分量に、頭が痛くなる。
 しかし早良は本の間から顔を出し、にやりと笑った。
「遠也くーん、もしかして全然この事件調べてないのかなぁ?」
「はい?」
「実は、手口が似ているヤツ、君達が入学する前からあったんですよね。しかも全部お蔵入り」
「……はぁ?」
 遠也にしては珍しく、驚いたような声色だったので早良は調子に乗って指を一本つき立てにやりと笑う。
「被害者数、トータル12人、そしてそこにあるのは12人全員のデータでーす。今日はここで徹夜だねぇ、遠也」
 早良が嬉しそうに笑うのが癇に障る。けれど自分がまったく予習をしていなかったのも事実。いつものように反論することも出来ず、遠也はただ手の中の紙の分量に舌打ちする。
 一応、戻らないと言っておいて本当に良かった。無断外泊なんてしたら同室者の彼が半泣きで知り合いのいるところを探し回りそうだ。
「……どうせもっと簡単にまとめたヤツ作っているんでしょう?それと写真だけで構いませんが」
 早良の性格なら、集めたデータを確認して自分でも解かりやすくまとめているはずだ。
 流石に、この量は一晩では終わらなさそうだから、彼に頼ることにしようか。
 遠也のお願いに待ってました、とばかりに早良はやはり茶色いA4版の封筒を取り出した。
「ここにあるぞ」
「どうもありが」
 早速それを受け取ろうとした遠也の手から何故か早良は封筒を遠ざける。
 タイミングが合わなかっただけか、と思ってもう一度それに向かって手を伸ばすけれど、早良は矢張り遠ざける。
 何だか嫌な予感がしてきた。
「……何ですか?」
「早良先生有難うございます、って言いながらキスしてくれたらあげる」
 満面の笑みを浮かべての交換条件に遠也は長いため息を吐いて、手元にあった適当な書類を手に取った。
「この書類燃やしてもいいですか?」
「だーっ!!あちあちあっちぃ!!やめやめやめ!!」
 自分が火にあぶられているわけでもないのに早良は慌てて遠也の手から書類をひったくった。ガスバーナーを用意しかけていた遠也は彼の必死のガードに呆れた様子で肩を上げて下げるという動作をする。
「とぉや……君は俺を失業させる気か!?」
 書類を胸に抱き、ゼハゼハ荒い息で信じられないという眼を向けてきた早良に遠也はそっぽ向いた。
 知ったことじゃない、そう言いたげな態度で。
 まったく、今に始まった事じゃないけれど可愛くない。
 そして、いつも折れるのは早良の方だ。
「わーかったよ。変なこと言った俺が悪かった。ちゃっちゃと説明してやるからそこ座れ」
 封筒を遠也に渡しながら彼は自分のキャスター付きのイスを遠也に向かって押した。
「残念だけど、遺体を直接見せることは出来ないぞ。何だか知らないが、早々に処理されたから。写真を持ってくるのだって一苦労だったんだからな」
 ビーカーでコーヒーを啜る早良の顎にはこの間は無かった無精髭がまた伸びつつあった。新しい研究の真っ最中だったのだろうか。
「感謝していますよ」
 研究の真っ最中に、余計な仕事を増やしたというのに文句も言わずに調べてくれた事には正直に礼を言う。それに気を良くしたのか、早良の表情が弛んだ。
 遠也が書類を開けると、そこには数十枚の写真と彼がまとめた数枚の書類が入っていた。
 被害者全員分の遺体の写真を受け取り、本当に感謝しているのかと突っ込みたくなるくらい冷静に返す。
 さっそく写真を見て、普通の人間なら見ただけで悲鳴を上げてしまいそうな死体の状況なのに遠也は平然としている。恐ろしい子供に育ったものだ、と早良は思うがそう育てたのは自分だという事も同時に思い出し、黙ってコーヒーの苦味を味わう。
「常人の手口じゃないですね」
 ナイフでめった刺しという死体の状況に遠也はそんな感想を口にした。
 ここまで執拗に刺すというのは恨みによる犯行を匂わせるが、今のところ被害者の共通点が全く無いというから、それから考えると考え付くのは2つの理由だ。
「薬の常用者か、頭がイってしまった快楽殺人者の犯行。もしくはその両方……か」
 最近クスリというものを良く聞く気がした。それは先程の一件の所為だろうか。橘の側にあった、生徒会に許可されていないクスリ。
「遠也はどっちだと思う?」
「生徒会は後者を考えているんでしょう。俺は両方なんじゃないかと思いますけど。明らかに殺人を楽しんでいる傷の量、凶器がナイフという辺りは快楽殺人者の特徴で」
「俺はな、どっちも違うんじゃないかと思うんだよ」
 その他の可能性を示した早良の言葉に遠也が顔を上げると、彼は一枚の写真を渡してきた。
「この被害者の写真、よーく見てみな」
 血を拭かれている所為で傷口が良く見える、なかなかグロテスクな検死写真だ。傷の周りにその大きさと深さを示す数字が書かれている。
 早良に渡された写真は、何となくだが、ナイフの傷が一ヶ所に集中しているようにパッと見でも解かった。
「コレは最近の被害者だよ。つっても何故かお宅の悪趣味な新聞には載らなかったらしいけどな」
 つまりは、一連の事件の被害者として発表されなかった、一般の生徒は知らない存在だ。生徒会がこの存在を知らせたくなかったのか、知らせる必要は無いと判断したのかわからないが、早良がいなかったら手にはいることの無かった情報に遠也は思わず噛り付いていた。
「その傷の下にはわずかだけど火傷と弾痕が確認できる。それが一番最初に被害者が付けられた傷であり、致命傷だな。心臓一発で即死。今まで、決定的な致命傷はなかなか与えず、ひたすら相手が苦しむのを楽しんでいた彼……彼女かもしれないけど、にしては珍しい」
「別な人間が犯人ということは?」
「96%無いね。ナイフの形状、力の入れ具合、癖とかほぼ同一人物。と、科学科は判断したよ」
「でも、犯人も多少の戸惑いがあったんじゃ」
「今まで何の戸惑いも無く殺ってきたのに?それに戸惑うような精神があったら、薬の常用者でもないよな?しかも火傷痕があるということは、極めて近い距離で撃たれた、ということになる。被害者はお前の先輩の2年生。抵抗の跡は無い。何故抵抗しなかった?それとも抵抗できなかったのか?縛られた痕もないのに?」
「……この傷は弾痕を隠す為の偽装だってことですか?でも、何の為に」
「快楽殺人者の仕業に見せたかった……かな?」
「どうして?」
「ついでに付け足せば、何故彼はこの子に対してだけ戸惑った?」
 さぁ、謎は多いよ?どうやって解く?
 にやにや笑いながら早良は指を一本たててそれをゆらゆら横に揺らす。
 彼は遠也が何かを考え、結論にたどり着くまでの過程を見守るのが好きらしく、適当なヒントを与えてくるけれど、答えは絶対に出さない。今回の事も彼は高みの見物らしい。
 早良もこんな些細な事に構っていられるほど暇ではないはずだ。時間を割いてこの報告書を作ってくれただけで充分だけれど。
「悪いですが、こんな事に構っている時間は殆ど無いんで、生徒会の結論を待ちますよ」
 生憎と遠也は好奇心旺盛で何事にも首を突っ込むような馬鹿な行動を取るような人間じゃなかった。
「えー、何だよそれ!こういう時は謎を解くのが普通だろ!!」
 早良が望むような午後9時台二時間サスペンスドラマの主人公のような性格では無い。
 まったく、科学庁お抱えの優秀な科学者というが、随分と俗世間に親しんでいる科学者だ。そこら辺が彼が一匹狼と言われている由縁だろうが。他の普通のプライドの高い科学者ならきっと鼻で笑いそうな事を彼は好む。こんな人間が自分の恩師だなんて、と思わない時は無い。
「俺がそんな馬鹿な人間に見えますか?」
 眉間を押さえて遠也が聞くと彼はあっさりと首を振る。解かっているのなら聞かないで欲しい。
「俺が育てたんだから、もーっちょっと勇気と柔軟な性格を持って欲しいんだけどなぁ」
「俺は貴方に無謀は勇気じゃないと教えられた覚えがありますが?」
「そういえばそうでした」
 あっはっは、と早良は大笑いをした。頼もしく育ったな、と言いながら。
 その言葉がどこまで本気なのか解からず、遠也は彼の笑顔を冷ややかに見つめた。早良は確かに恩師ではあるけれど、どこまで信用出来る相手かはいまだに解からない。その本心を探ろうとするといつも笑いで誤魔化される。
「……忙しい時期に、すみませんでした」
 一応謝ってみたが社交辞令のようなものだ。それに早良は軽く手を振ってくる。
「あー、いーいー。どうせついでだし」
「ついで?」
 何の、と振り返ると自分の失言にあからさまに失敗したというような顔をする早良がそこにいた。
「あー、まぁ、ちょっとな」
 言葉を濁し、自分の手の中にある書類に目を落とす彼の行動はあまりにも白々しかったが、それを追求する気は起きなかった。他に気になる事があったから。
「今日はもう一つ、話を聞きたいことがあるんですけど」
「お。何?遠也が俺に質問だなんて珍し……」
 ウキウキし始めた早良だったが、遠也が取り出した少し皺になっていた紙を見て面白いくらいに表情を固める。それは見覚えのある書類で、間違いなく自分が先日遠也に渡したものだった。
「橘の報告書ですが、これに少し気になる箇所がありまして」
「あぁ、彼女ね、命は取りとめたよ、まだ眼ぇ覚めてないけど、俺がちゃんと面倒見るし」
「誤魔化さないで下さい」
 早良が話を逸らそうとするのを許さず、遠也は危うく捨てそうになっていた書類を彼の鼻先に突きつけてやる。
 有馬梨紅のクローンである橘のオーダー書類にくっ付いてきた、有馬梨紅の死亡診断書。これとセットでないと一応クローンを造れない事になっている。死亡診断書なんて大して物珍しいことが書いていないから遠也も斜め読み程度だったから、発見が遅れたのだ。
「ココに、“schwanger”と記入されていますが、この筆跡、貴方のですよね?ついでに言えば、ここに書かれているのが正しいのなら、彼女は、有馬梨紅は……死亡時に妊娠していたということになりますが」
 間違いじゃないか。
 それだけが聞きたかった。これが間違いでないのなら、翔に更なる衝撃を与える事になる。それに何故彼女のカルテに早良の筆跡があるのかも問いたださないといけない事象だろう。
 確かに早良はクローン医学を専門にしているが、彼女の作成に関わっているのであれば、もしかしたら翔の家庭の一連の事件にも関わりがあるかもしれない。
 遠也の黒い眼に早良はしばらく逡巡してから口を開いた。
「……まぁ、妊娠一ヶ月だったから多分彼女は気付いていなかったと思うけど。っていうか、何でお前その文字読めるかなぁ……」
 もう誤魔化しはきかないと察した早良は自分の頭をかき回しながら白状した。
「科学庁の学者の一家で起きた事件だったんだ、検死やら何やら全部俺達が召集された。適当な機関には任せられない。理由も、解かるだろ?」
 この書類のことが無くても、少し考えれば気がつけることだと言いたげに早良は肩を竦める。それと同時に、自分が関わっていることは大して注目すべきところではないとも主張していた。
 そんなことは、遠也も承知の上だ。
「それは、つまり、有馬蒼一郎は極秘の研究に携わっていたという事ですよね?」
 だから、追求したいのはそこだ。
 そんな遠也の鋭さには脱帽する。
 ここまで察しがよいと何だか反対にイライラしてくる。何でこんな風に育ってしまったんだろう、と思うがこんな風に遠也を育てたのは自分だと思い直した。だから、ほぼ確信に近いその問いには答える必要はないだろう。
「……有馬翔、日向翔くんにも俺は会った事がある。っていうか、会わせてくれって言った」
 それで与えられた役目は、随分と損な役回りだった。彼にこの学校に入学することになると伝えた、あの時の冷めた様な表情が今でも忘れられない。
「彼女の妊娠のことは、俺も彼に伝えなかった。遠也はどうする?このこと、日向君に伝える?」
 憂いを帯びた早良の眼はどこか珍しく哀しげで、思わず視線を逸らしていた。
「伝えられるわけがないでしょう、こんな、事……」
 翔の話からそのまま考えると、この子供の父親は、彼らの父親、ということになる。そんな惨い事彼に伝えられるわけが無い。
 遠也の戸惑いの表情を見て、早良は微笑んだ。
「その方がいい」
「……胎児は、どうなったんですか?」
「そこまでは解からない。多分、母体と一緒に処理されたんじゃないか?」
 一ヶ月じゃ、まだ人の形にもなっていなかっただろう小さな命。
 日を見ることなく闇の中で死んだ命を考え、遠也の表情が曇る。生きていても微妙な立場だけれど、死ぬのと生きるのとであれば生きていた方が良いだろう。
 もし、彼女がこの子の存在を知っていたら自殺を思いとどまったのではないかという安易な仮説も脳裏を過ぎる。そうしたら、翔も今のような最悪の状況に陥らなかったかも知れない、とも。
「必然だよ」
 苦いコーヒーを啜りながら早良は近くにあったパソコンの電源を入れた。
「俺達の世界には必然しか無い。有馬梨紅が死んだのもあの人が死んだのも全ては必然だった。それ以外の道はどうあがいても選択出来なかった」
 まるで回避しようとしたと言う様な口ぶりに遠也は訝しげに早良を見る。
「それ、一体どういう」
「さーて。俺は本日軍属のご息女とお食事なのでねー、そろそろ準備しないと。遠也、ここ好きに使っていいから。俺今夜戻らないかも知れないし」
 明らかに話をはぐらかそうとしている早良の態度には眉を寄せたが、これ以上話さないというのなら絶対に話さないだろうし、問い詰めたところで時間の無駄だ。
「ヒゲは剃った方がいいですよ、早良博士」
 その無精髭さえなければ多分年齢より2歳は若く見えるだろう。2歳若く見えるという事は、20代に見えるという事だ。その差は意外と大きい。
 とりあえず全部見ておくか、と大量にある書類を手に取った。凄惨な死体の写真が綺麗に印刷されているが、ここで怯むほど自分は純粋じゃない。翔辺りならこれを見たら大絶叫しそうだが。後、大志と正紀辺りも。いずると克己は悲鳴は上げないだろうが、眉を寄せる程度はしてくれそうだ。
「あぁ、そういえば彼女が自殺未遂をした部屋にあった薬の分析してくれましたか?」
 白衣を脱ぎかけた早良にもう一つしていた頼み事の件の事を聞くと彼はしばらく眼を宙に漂わせ、「あぁ」と思い出したような声を上げる。
「悪い、忘れてた。今からやるわ」
 再び白衣を纏い、パソコンの前に座る彼の態度は珍しく、切り出したのはこちらだけど慌ててしまった。
「別に後で良いですよ。急ぐわけでも無いし、俺でも機材貸してくれればそれくらい出来ます」
「やらせろって。仕事で食事行けませんってのは大分良い口実だと思わね?」
 俺あんまりあの女好みじゃないんだよなー、というあんまりな理由を聞いてしまうと遠慮した自分が馬鹿らしくなってくる。
「今夜中には何とかするから、暇なら適当に推理巡らせとけよ」
 資料なら沢山あるから、と早良は彼が調べた書類を目線で示すが、遠也は肩を竦めて遠慮した。
 別にこんな事件ここでは日常茶飯事と聞いたし、解決したところで自分には何の得もない。
 適当に先程彼が教えてくれた人物のデータだけを眺める。
 死亡したのは本当につい一ヶ月前。
「2年生……の伊原優史」
 あ。この間の鎮圧戦に行っている。
 プロフィールに書かれている最後の一文に眼をとめ、遠也は眼を細めた。
 克己も行ったこの一戦から帰って来て3週間後に彼は死んでいる。死亡原因は何も書かれていず、ただ殉職と書かれていた。
 あの写真を見せられなければ、単に戦争での傷が元で、と言えるがあれはあからさまに他殺だ。生徒会はもみ消したかったのだろうか、彼の死亡原因を。でも、何故?
 何だか嫌な予感がしてきて、遠也はその書類から視線を剥がした。こういう予感は大方的中するのだ、関わらない方が身のためだと本能が警報を鳴らしている。
 無いとは思うが、知り合いがこれに巻き込まれないことを祈りつつ、自分が見ていた書類すべてを茶封筒の中にしまい込んだ。
「でもさぁ、遠也、コレ本当に全部の事件同一人物なのかなぁ、とお兄さんは思うわけで」
「しつこいですよ」
 もう考えるのはやめたのに早良がしつこく事件の話をしてくるので遠也は彼の台詞を冷たく突き放した。
 変な事に巻き込まれるのは極力避けないといけないのだ。
 克己に言ったことは自分にも当てはまる。奇妙な動きをしたら即生徒会や軍本部に眼を付けられてしまう。あの佐木家の人間がわざわざ北側に居る事を望んだ、それは即ち国家への反抗だと解釈されてもおかしくない。
 それでも、自分に不利で危険な選択をしたのは、彼らと同じ立場に立っていたくなかったからなのか、それとも全てに対する反抗だったのか。それとも、僅かに残った良心による懺悔だったのか。
 途切れることなくしっかりと脈動する心臓の鼓動に手を当てて、遠也はしばらく眼を閉じてその存在を感じていた。
 他人の生死までも自分の思い通りにしたがる人間の傲慢さには怒りさえ覚えるが、茶封筒の中に入れられた人間達には同情する気はさらさらなかった。むしろ、嘲りの笑みさえ浮かぶ。
 誰かを殺したのであれば、誰かに殺されるのは宿命だろう。
 それを覚悟出来ずに武器を握るのは愚かとしか言いようが無い。もしかしたら、この犯人ももう死んでいるかも知れない。誰かに殺されて。
 この学校でこんな事件が起こっても自然消滅しているのは、犯人が誰かに殺された、もしくは生徒会に暗に始末されたという場合が殆どだからだ。だからこそ特に重要視することでもない。自分達は自分の身を守っていればいい。反対に言えば、こんな相手から自分の身を守れないヤツは死んでも当然ということだ。
 弱い者はことごとく消えてゆく。そんなこの世界には嫌悪しか感じられなかった。











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