真壁は一人ぼんやりと本を読んでいた。生徒会がなにやら騒がしいが、そんなことは一般生徒である自分には大して関係のない事だった。いわば、自習時間というやつだろう。退屈な時間を潰す為に昨日本屋で買った文庫本を取り出し、目を滑らせていた。
そうしているうちに、何人かが教室から出て行ったが、それもまた真壁の気にするところではなかった。
一つ気になったのは、友人の辻が、和泉が出て行った後をどこか心配気に見ているのをその隣りにいた田中が心配気に見ていることだった。真壁の記憶では2人は確か最近恋人になったと思ったが、傍目からすればまだ田中の片想いのようにも見える。真壁にとっては、どうでも良いことだったが。
「真壁!」
再び読書に勤しもうとしたその時、机を叩いた人物がいた。三宅大志だ。彼とはそこそこ会話を交わす仲だが、懇願されるように見られたのは初めてだった。
「何だ、どうかした」
「……遠也たちが全然戻ってこないんだ」
彼の言葉に教室を見れば、確かに佐木遠也の姿はなかった。他の、彼と仲の良い顔ぶれも。
佐木遠也と言えば、先ほどの昼休みに篠田正紀と言い争いをしていた。その事もあってか、大志の表情からは困惑と焦りが見えた。
「だから、探しに行きたいんだけど……一人で行動しちゃ駄目だって言われただろ?」
じっと大志の黒目に見つめられ、彼が言わんとしている事に気付いたが、それを自ら口にしてあげるほど優しい人間ではなかった。大志がどう自分に頼んでくるのか、どう行動するべきかを考えていたその時、真壁の視界の端に思わぬものが映る。御巫が、教室から出て行ったのだ。
彼とは、一応は同じ組織に席を置く間柄だが、彼の行動には注意をしなければいけなかった。何しろ、彼の立場は危うい。数々の組織に身を置き、どこを“本命”としているか知るのは、彼の心だけだ。流石に祖国を裏切るような事はしないだろうが……。
「そうだな」
「えっ?」
大志は黙していた真壁が突然声を出したことに驚いていた。そんな彼に真壁は人の良い笑みを浮かべて見せる。
「俺だってクラスメイトは心配だ。一緒に行こう」
「真壁……!」
ようやく相方を見つけられた大志は嬉しげに笑い、そんな彼のお人好しっぷりに真壁は密かに人の悪い笑みを浮かべていた。大志みたいな人間は操りやすくて楽だ。
廊下を出れば人気は無く、皆生徒会の命令どおりに教室に閉じこもっているようだ。真壁と大志が出た後も、背後で扉の鍵を閉める音が聞こえた。少々友達甲斐のない音だったが、仕方ないだろう。
「行き先の見当はついてるのか」
「分かんないけど、俺らが知らないところにアイツらだっていかないよ」
大志の返答は真壁を納得させるものだった。彼はお人よしだが、頭は悪くない。ここで別れて自分は御巫を追おうかと考え始めたその時、大志の足が止まった。
「日向!」
「三宅?」
廊下の向こうから歩いてくるのは確かにクラスメイトの日向翔だった。その隣りにいる青いネクタイをつけた生徒の顔に真壁は目を細めた。自分の記憶が正しければ、生徒会の役員の一人だ。
「じゃ、俺はここまでだな」
生徒会の青年は大志たちを見てそう言いながら息を吐き、軽く手を振り踵を返した。翔はその背中に頭を下げ、大志を振り返る。
「どうしたんだ、三宅……今は待機命令が出ただろ」
「それが、教室に遠也たちがいないんだよ。日向と一緒かと思ったのに……」
大志の予想を裏切って、翔は一人だった。そこにいると思った場所にちらりと視線を滑らせたが、そこには消火器が置いてあるだけだ。
「遠也たちが?」
大志の困惑した様子に翔も眉間を寄せた。遠也とは別れてから、彼は教室に戻ったものと思っていた。ちらりと真壁を見ると、彼は肩を竦める。
「俺は教室に戻るよ」
「ああ、ごめん、真壁っありがと!」
真壁はそのまま2人に背を向け、元来た道を戻り始めた。そんなクラスメイトを見送り、翔は再び口を開く。
「遠也たち、ってもしかして克己も篠田も矢吹もいないってことか?」
誰か一人でもいれば、大志はその人物を共に連れてくるはずだ。しかし、彼の同行者は真壁だった。
「うん。どうしたんだろうな、あいつら」
遠也と正紀の喧嘩、正紀といずるのギクシャクした状態を思うと、妙な焦りを覚える。心配する大志に大丈夫だと声をかけようとした、その時だ。
「日向、翔さん……?」
細い声に顔を上げると、人のいない廊下の影からふらりと着物を着た美少女が顔を出した。黒い着物に薄紅色の羽織を肩にかけた彼女の息は荒く、ここまで走ってきたことを伺える。服装からして、ヨシワラの人間であることは一目で解かった。そして、その黒く大きな瞳から、透明な涙が一粒零れ落ちた。
「お願い、橘さんを助けて!生徒会が、ヨシワラに来たの!」
彼女の涙交じりの懇願にまずい、と大志は思う。翔は橘の事になると目の色が変わってしまう。それは、大志の眼から見ても明らかだった。少女の話を聞いて翔の顔から色が無くなっていくのを、大志は見ていられなかった。大志の知る日向翔は、いつも人懐っこい笑みを浮かべている。けして、悲痛な表情など見せない友人だというのに、今の翔は大志の知る彼とは少し違った。
黒躑躅と名乗った彼女の話を聞き終えた翔の眼は、強い決意一色に染まっていた。
「……ごめん、三宅。俺行かなきゃ」
「駄目だよ……!」
翔のその言葉を予感していた大志は思わず廊下に響くくらいの声で叫んでいた。それには流石の翔も驚かされる。
「三宅?」
「駄目だよ、日向。君は俺と教室に戻るんだ!戻って、あいつらの帰り一緒に待とう?」
珍しく語尾を強くした大志に、翔は戸惑うしかない。彼は事情をあまり知らないはずなのに、どうしてここまで食い下がってくるのだろうか。
「それでも行くって言うなら、俺も一緒に行く!」
「それは駄目だ!」
翔は思わぬ提案を即座に却下し、自分でも思わず大きな声を出してしまった事にしまったと思ったのか翔は自分の口元に一瞬手を伸ばしかけたが、笑みだけで誤魔化し、大志の肩を軽く叩いた。
「なぁ、心配すんな。大丈夫、ちょっと行ってくるだけだ」
「ちょっとなら俺も着いてく」
翔の強い拒絶は、大志を危険なことに巻き込みたくないという意味も持っている。それに気付かない大志ではない。翔のその言葉が嘘に近いということも、察していた。
「もう良いじゃん、日向。どこまで、やるつもりなんだ?」
大志にじっと見つめられ、翔はそっと目を伏せる。
「……どこまでも、だな」
「え?」
小さな声を聞き逃し、怪訝な顔を見せた友人に、翔は笑う。
「俺はこれから橘さんのところに行く。その事を、克己達が戻ったら伝えてくれないか?」
その計算され尽くした言葉に、大志は眉を下げるしかない。
「それ、ずるいぞ」
「ごめんな」
に、と笑って翔はすぐに走って行ってしまった。そんな頼まれごとをされては追うわけにもいかず、大志はその背を見送りつつも眉間を寄せる。本当は、彼を捕まえるべきだ。それでも、彼は彼女の元へ行こうとするだろう。彼を止めたい気持ちはあっても、彼と共に行く勇気は大志にはなかった。遠也や克己には後で怒られそうだ、と思いながら、せめて先ほど突然現れた彼女を自分も話を詳しく聞いておこうと振り返る。すると、そこにはもう彼女は居ず、曲がり角に消えていく黒髪の残像だけが大志の目に止まった。
「ちょ、待って!」
慌てて追い、誰も居ない校内を駆け回ったが、なかなか彼女には追いつけず、息を切らして立ち止まったその時だ。
「ご苦労様、繭良」
立ち止まった教室の中から聞こえてきた声に、大志は走り出そうとしていた足を止めた。この教室は普段は使われていない特別教室だった。普段はしっかりと施錠されている場所からこんなはっきりとした声が聞こえてくるなど、通常ならば有り得ない。通常の事態ではない今ならもっと有り得ないだろう。
そっと閉められた扉の隙間から中の様子を伺ってみれば、そこには先程のあの着物の女性の後姿がある。
「廉様の言いつけだものね」
廉、という名前とそして彼女の背中越しに見えた顔には流石の大志にも見覚えがあった。
千宮路廉、彼はこの学校の生徒会副会長ではないか。
千宮路廉。その名に大志は頭の奥が熱くなるのを感じた。その瞬間、彼らの気配が自分に向けられたのに気付く。
「誰?」
繭良が若干不機嫌に声を上げ、早足で扉に向かい開け放つと、そこには黒い眼帯を着けた少女が無表情で立っていた。
「紀和子」
予想をしていなかった少女の姿に繭良は大きな目をさらに大きくし、そんな彼女の様子を一瞥した佐々紀和子は低い声を小さな口から発する。
「……この非常時に貴方がたは何をやられているのか」
紀和子は生徒会の役員でもあり、更に生徒会長である碓井の婚約者でもある。そんな彼女を千宮路も無下には出来ない。
「佐々君か……久万辺りに言われて来たのか?悪かったな、すぐに行くよ」
千宮路は肩を竦め苦笑し、教室から出て行く。その際、ちらりと周りを見回したが、人影は無かった。先程感じた気配は紀和子のものでは無かったが、自分に脅威となる存在には感じられなかった。千宮路は小さく笑い、その場を後にする。
「貴方はこの教室から出るな」
千宮路を目だけで見送りつつ、紀和子は厳しい声を繭良に投げつけた。
「貴方は生徒会役員じゃない」
「そう。だから紀和子が守って?繭良は弱いから」
にこりと妖艶に微笑む繭良に紀和子はぴくりと眉を上げた。
「貴方の警護は貴方の婚約者である千宮路の役目だ。私の仕事じゃない」
不機嫌を露わにした彼女の低い声に、繭良はゆっくりと微笑んだ。
「廉様はお忙しいもの。廉様の負担になるような女じゃ、捨てられちゃうでしょ?」
東雲繭良は千宮路の婚約者だ。彼女の血筋は王家の血が入っていて、軍人一家である佐々紀和子よりも上の位に値する。そんな繭良の甘ったるい声が、紀和子は嫌いだった。彼女と話していると自然と眉間に力が入る。
「私に勝ち続ける貴方を、私が守る必要はどこにもない。失礼する」
そして、こんな女が自分よりも強いという事実も気に入らない。繭良の美貌を一瞥し、その場から立ち去ろうとした紀和子の腕を、彼女の腕が強く掴んだ。突然の事に反射的にその手を振り解こうとしたが、それより先に繭良が紀和子の耳に囁いた。
「それなら、私が紀和子を守ってあげる」
「何を……!」
「碓井は貴方を守ってくれない。紀和子はこんなに弱いのに」
紀和子の柔らかい黒髪をそっと撫で、繭良は更に囁いた。
「それなら、私が守るしかないじゃない?」
紀和子の左目を隠す硬い皮で出来た黒い眼帯を細く白い指が撫でる。それに触れられるのを紀和子が死ぬほど嫌っていることを繭良は知っていた。知っていてあえてそうした行動を取ると、紀和子が苦しげな表情を浮かべることも知っている。繭良はその苦悶に満ちた顔が一番好きだった。
「ねぇ、紀和子。私は弱い子が大好きなの」
紀和子の白く小さい顎を撫でようとしたその指先に、冷たい刃が触れた。
「この方に、触れるな」
繭良の目の端に入ったふわりと宙に揺れるウェーブのかかった茶色い髪は、紀和子のものでも繭良のものでもなかった。その持ち主の正体を知る繭良は、瞬時に顔から表情を消した。
「……城宮」
繭良と紀和子の間に体を滑り込ませたのは、長身の美少女だ。しかし、少女と呼ぶには若干体格の良い人物の登場に、繭良はそれ以上何も言わなかった。
「出よう」
ため息を吐くように紀和子がそう言い、城宮も後に続く。二人は部屋から出、その扉に鍵を掛けた。扉を閉める瞬間、紀和子は繭良を視線を合わせてしまい、それに繭良はニコリと笑った。その笑みを断ち切るように城宮が扉を閉め鍵を掛けて、肩から力を抜く。
「大丈夫?紀和ちゃん」
「ああ。それより、彼は?」
茫然とこの部屋の前に立っていた1年生を素早く保護をしていた事を思い出した紀和子は、城宮に問う。
「大丈夫だよ」
そう言い、城宮は近くの掃除用具入れを開ける。すると、そこには身を縮こまらせていた三宅大志の姿があった。
「出ておいで」
城宮にそう言われ、大志は崩れるように狭いロッカーの中から出て、そしてそのまま床に膝をついた。肩で息をする彼の姿に、紀和子は腕を組み、城宮は苦笑する。
「大丈夫かなー?駄目じゃん、1年生は教室にいろって放送流れたのに」
「せんぐうじ」
「ん?」
「あれが、千宮路」
大志は千宮路が去った廊下の向こうを見、荒い声で呟いた。興奮を抑えようとしているのか、テンポの悪い深呼吸を繰り返すその緊張に慣れない1年生の頭を城宮が荒っぽく撫でる。
「私が君を庇わなかったら、君は死んでたよ」
「城宮先輩……」
「あれ?私を知ってるの?」
「……城宮先輩は有名ですから」
は、と息を吐いて大志は城宮を見上げた。ふわふわの長髪に女子制服を着ている姿は正に美少女だが、如何せんその身長と体格が若干の違和感を生む。そして、その女性にしては低い声もだ。
城宮のフルネームは城宮貴彬。正真正銘の男性だった。彼の噂は大志も耳にしているが、本人を見るのは初めてだ。校則には男子生徒が女子生徒の制服を着てはいけないというものがないと言い、女子制服を好んで着ていて、しかも似合っているという噂は本当だった。
「……君は教室に戻れ」
「嫌です」
立ち上がりながら、大志は鼻を啜り上げる。今まで、自分は遠也や正紀、そして翔たちが何をしていようと、気にしてこなかった。いや、少しはしていたが、彼らが自分を関わらせようとしなかったので、気にしないようにしていた。自分もなるべくなら、平安を保っていたかった。だが
「千宮路が、友達を危険な目に合わせようとしてるなら、俺も黙って見ていられないよ」
小さく呟き、大志は拳を強く握った。
人気のない廊下で、真壁は足を止めた。生徒会役員も何かあったのか、どこかざわつき、一般生徒への警戒が揺らいでいる。今なら、校舎から抜け出し、御巫の後を追う事も出来る。
「どこ行くの?」
しかし、今まさに方向を転換しようとしたその時、背後からからかう様な声が聞こえ、ぎくりと真壁は脚を硬直させた。
「加藤か……」
平静を装い、振り返るとそこにはクラスメイトの加藤が人懐っこい笑みを浮かべて立っている。しかし、そのどこか無害な笑顔とは裏腹に、彼の体には虎の血液が流れているという。そんな彼もまた、生徒会の命で動く委員の一人だ。
「真壁くん、今、どこ行こうとした?」
「どこにも。教室に帰るつもりだった」
「本当に?別にどっか行っても良いんだよー、そしたら僕がこっそり君を食べちゃうから」
にやりと微笑んだ加藤の口元には尖った歯が除き、それに真壁は早足で教室へと向かった。教室に付き、ノックをすると友人達が鍵を開けてくれ、真壁は早々に中に入る。それを、最後まで加藤は見つめていた。
「そうそう、出てこない方が身のためだからね」
扉を閉める寸前、そう呟いた加藤に、真壁は背筋に悪寒を感じる。彼は人の形をした獣だ。真壁の理解出来る範囲を超える存在だった。なるべくなら、あまり関わりあいたくない。動物は勘が良いとも言う。色々と裏の顔を持っている自分に、気付く者がいるとしたらとしたらああいう存在だろう。
結局、戻って来てしまった。
何も探れずに帰ってきた自分に、真壁は小さく息を吐く。その時だ。
「真壁くん」
田中が不安気に声をかけてきて、それに顔を上げた時に気付いた。
「……辻は?」
あの良くも悪くも目立つ長身が教室から消えていた。田中が不安視していることにすぐに気付き、真壁は盛大にため息を吐きかけた。
「辻君、トイレに行くってさっき出てったんだけど……」
「じゃあ、すぐ戻ってくるだろ」
しかし、田中は何か思い当たることがあるのか、その童顔をくしゃりと歪ませる。そして、どことなく言い難そうに口を開いた。
「……和泉君、が」
「和泉?」
何故そこで和泉の名が出てくるのか、と真壁は怪訝な声を上げたが、それに田中はふるりと首を横に振った。
「なんでも、ない」
きゅ、と眉間に皺を寄せて田中は黙り込んだ。その珍しい様子に真壁は瞬きをしたが、取り合えず面倒事だということだけは理解する。そして、そんな彼にずっと抱いていた疑問を口にした。
「お前、何で辻だった?」
「……え?」
田中と辻が今では同性同士でも恋人同士であることを真壁は知っていた。辻は若干鈍い面があるが、自分は様々なものに敏感であることを求められてきた所為か、近しい友人に注がれる視線の意味と持ち主に、恐らく辻よりも早く気付き、そしてずっと不思議だった。
「お前、甲賀が好きだったろ?」
甲賀克己は、クラスで最も目立つ存在だ。それは入学当初から変わらず、このクラスの人間は皆彼に羨望なり嫉妬なりそれぞれ何かしらの感情を抱いているはずだ。そして、その中には恋情を抱いた人間も何人かいる。
田中は遠くからひっそりと見つめて満足するタイプだった。少なくとも、真壁はそう記憶している。辻を見つめた視線が甲賀克己へと流れ、そしてどこか哀しげにその目が伏せられるようになったのは、いつからだったろうか。
日向翔が彼の隣りに並ぶようになってからだ。
じっと真壁の黒い目に見つめられ、田中はそっと目を伏せる。そう、その表情だ。甲賀克己をしばらく見つめた後に見せる、諦めの表情。
「……辻君は優しかったから」
「優しい辻で妥協したってことか」
「そういう言い方しないでよ……真壁君、僕のこと気持ち悪いって思ってるでしょ?」
「思ってる」
悪びれもなくあっさりと真壁は頷いた。ここは同性同士の関係に寛容だが、真壁の趣向は極めてノーマル主義だ。幼い頃から、同性愛を良しとしない宗教と関わっていたからかも知れないが、理解が出来なかった。
「辻は確かに優しいからな。お前に告白されて拒否出来なかっただけだ」
入学当初、真壁が初めて会話をした相手は辻だった。適度に味方を作っておこうと思っていたところで、寡黙な彼とは付き合いやすかった。普通に出会っていれば、お互い友人になれただろうとひっそりと思っている程度には、気が合う友人だったのだ。それが何故こんなヤツに、と田中へ視線を落とすと、彼は俯いたままだ。
「……中学の時なんだ、僕が男の人しか好きになれないって気付いたの。僕が好きだって言って、拒否しなかったの、辻君が初めてだったんだよ」
彼はそう小さな声で言い、真壁に背を向けた。泣いているのかとも思ったが、彼に何か声をかけようとは思わなかった。自分は何も間違った事は言っていないのだから。
「あいつ、面倒だよね」
そんな真壁に声をかけてきたのは、意外にも今までそれほど会話をしたことがない本上だった。何故自分に声をかけてきたのか解からず、眉間を寄せてみせると、彼は小さく笑んだ。
「甲賀さんの話してたよね、今」
「……凄い耳だな」
「うん、気分が良いからもっと褒めて」
「褒めてない」
はぁ、とため息を吐いた真壁に、本上はくすくすと笑ったかと思いきや、その視線を田中へと流し、そして不快気にその目を細めた。
「あいつ、面倒だよ。僕、あーいうヤツ嫌いだな。何て言うの、ウジウジした感じがさぁ。こっちが威嚇すると泣きそうな顔すんの」
「威嚇したのか、お前」
「あったり前!言っとくけど、あいつが甲賀さん好きだってアンタより先に気付いてたよ!」
「あ、そ……」
何だか変な展開になっているな、と真壁は憤慨している本上を横目に思う。甲賀克己の恋愛模様などどうでも良い事だ。しかし
「田中、あいつ気をつけた方が良いよ。ああいうヤツに限って、キレたら何するか解かんない」
本上のその忠告は妙に耳に残った。何となくだが、理解出来る部分があるからかも知れない。そして、そんな事をわざわざ自分に言いに来た本上のことも。
じっと自分より背が低い彼の整った顔を見つめると、彼は不快げに眉間を寄せた。
「何。僕も気持ち悪いって?」
先程の田中との会話を聞いていたのだろう。しかし、本上に対してはそんな気分にはならなかった。この、どこか自信満々でざっくりした態度の所為だろう。
「俺はホモは理解出来ないが、お前みたいなヤツは嫌いじゃないぞ、本上」
元々、同性愛者を嫌悪した事は無い。理解が出来ないというだけだ。田中に対してあまり良い感情を抱かないのは、本人と性格が合わないからだろう、と分析していると、本上が何を思ったのかニヤリと笑った。
「うん、気分良いからもっと惚れると良いよ、僕に」
「惚れてない」
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