『怖いよ、兄さん』


 紬が泣きそうな顔で俯く姿なんて、久しぶりに観た。

 広貴は思わず部屋から出かかっていた体を硬直させてしまう。

 それは臣も同感だったようで、小さな紬の背を信じられないモノを観るような目で凝視していた。

 初めて人間に対して抱いた感情をどう処理すればいいのかわからないでいるのだろう、紬は。

 契約者を軽んじている臣にはわからない事だし、すでに円満な状態になっている広貴にも理解しがたモノだから二人とも彼にかける言葉が見付からない。

 譲は、長兄として月並みな言葉を言う位の事しか出来ていなかった。


 こんな事態になったのも、すべてはあの日の所為だ。


 外に出かける為に黒いロングコートを羽織りながら、広貴は過去の記憶を探り出す。

 幼い紬がようやく一人で外を歩けるようになった矢先に起こった事件。

 夕食の準備に母親達が追われているところで、テレビを観ていた臣が突然辺りをきょろきょろとみまわして一言。

『つー兄が、呼んでる』

 普通の人間には聞こえない音を、狼一族はとらえることが出来る。

 慌てて匂いを辿ってみたら、その先には人間に囲まれて血塗れになっていた小さな子犬が居た。

 その日から紬は常に人間に猜疑心を抱いていた。仕方のないことだと、思っていた。

 だから無理に紬に契約者を見つけろということは今まで言えなかった。

 今回は、またとないチャンスなのだ。

「おい、臣」

 リビングでただぼーっとしている育った背中に声をかけると、彼はまた怒られるのかと思ったのかびくりと体を揺らしていた。

「な、何だよ広兄・・・・・・」

「お前、紬の契約者の家、知っているよな?」

「・・・・・・知ってるけど」

 だから何?と言いたげな反抗的な目ににやりと笑って見せた。

「案内しろ」





「・・・・・・なに、やってるんだろうな。俺」

 紬達が居なくなってから数時間、ひたすら更科は今までのことを思い出しては考え、考えては思い出し、を繰り返していた。

 熱しやすく冷めやすい、とよく友人にからかわれていた自分が、誰か一人をひたすら思い続けるなんて、前に付き合った人間が今の自分を観たら「お前、誰?」と言われそうだ。

 ちょっと前までは、欲しいものは必ず手に入れる主義だった。

 でも今は、相手が迷惑なら諦められる・・・・・・諦めるという言葉は正しくない、身を引く、というのが多分一番近い。

「ちょ、嫌だ!離せよ、広兄!」

 人が真剣に考えているというのに、何だか外が騒がしい。

 しかも何だか凄く聞き覚えのある声だ。

 ガラリ、というガラス戸を開ける音が自分のすぐ横で聞こえ、冬の冷気が滑り込んでくる。

「お前が、紬の契約者か?」

 ベランダに立っている黒髪美青年が何の挨拶もナシに、そんなことを聞いてきた。

 玄関でチャイムを鳴らして今日は、ではなく、ベランダでノックもナシに、だ。

 因みにココはマンションの5階。

「・・・・・・一応玄関というものも有るんですが、どちら様ですか?」

 軽い嫌味にも不法侵入者はたじろぎもせず、目を細めた。

「俺は坂下紬の兄だ。因みに、会ったと思うがこっちは弟の臣」

 左手に持っていた、という表現がぴったりな状態で臣は更科の前に出た。

「離せよ広兄!」

「愚弟が迷惑をかけたな。コイツのことは気にするな、コレはタダのブラコンだ。多少行き過ぎてはいるが」

「ブラコンじゃない!俺は本気でつー兄が!」

 ガウゥゥ!

 ひたすら主張する臣に向かって広貴は尖った犬歯を見せながら思い切り吠えた。その様子から本物の狼男だと更科も察す。


 これが噂のワイルド系狼男、だ。


「何か俺に用でも・・・・・・?」

 臣よりは話が通じそうだと思い、ついでに紬の兄だということもあり、更科は控えめに問う。

「ああ、お前、紬の契約者だろう?」

「はい・・・・・・」

「一言、言っておきたくてね」

 意味深な言葉に更科は思わず身構えていた。

 臣のように敵意剥き出しにされるのか、それとも契約者を止めろと控えめに言われるのか。

 どちらにしても、歓迎出来ないけれど。










「押して駄目なら引いてみろ」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぃ?」




 今なんて?と首を傾げる更科に広貴はため息を吐いた。



「押して駄目なら引いてみろ。紬にもある程度の切っ掛けを与えてやって欲しい」

 彼が好き、という感情に気付く段階は終了した。

 今は、狼男ならではの恐怖に負けそうになっている。そこをどうにか乗り越えないことには。

「何言ってんだよ!広兄!人間がつー兄に何やったかわかってんのか!?」

 助言を始めた兄に物申したのは臣だった。

 本当はこの弟が紬を心配する気持ちも十二分に理解出来る。が

「別に、人間全員を好きになることはないだろうが。俺達には、たった一人で充分だ」

「それは、そうかも知れないけど」

「お前は、いい加減諦めろ」

 主語が無いけれど、兄が何を言いたいのかはすぐにわかった。

「人間なんかに、つー兄を幸せに出来るはずがない!」

 そう言い捨ててベランダから飛び出していく臣を、広貴は引き止めもせず見送った。ここら辺のタイミングで居なくなってくれればいいなと秘かに思っていたから。

「紬も臣もまだガキなんだ」

「はぁ・・・・・・」

 本人達が聞いたら怒り狂いそうなことをさらりと言えるのは兄の特権だろう。

「人間にとって、俺達の存在はきっとお前が想っている以上に重いぞ」

「・・・・・・俺は、重いなんて想っていませんから」

「きっと、そのうち重いと思うようになる」

「思いません」

 きっぱり答える更科の目は真剣そのもの。

 そうじゃないと困る。

「紬を泣かせるようなことになったら、臣より一足先に俺がお前を殺しに来るからな」

 臣には悪いとは思ったけれど、彼なら何とかなると確信に近いモノを感じていた。

「・・・・・・アンタも充分ブラコンですよ」

 認められたと察したのか、更科は少しほっとしていたようだった。

 これで後は紬が、ある程度の悟りに近いモノを得れば大丈夫だろう。

「じゃあ、俺は」

「あ。せめて帰りは玄関からお願いします」

 何の迷いもなくベランダから帰ろうとする広貴に更科は玄関の方を指差す。

 何故か不満げな顔で玄関へ向かう広貴の表情は見なかったことにしておいた。







 まさか、兄さんと更科がそんな話をしているとは思いもしなかった、翌日。


「・・・・・・なんか、ほっといても死にそうだね」

 ふらふらと学校の廊下を歩いていた俺に声をかけてきたのは意外にも木佐貫だった。

 木佐貫が話しかけてくるっていうのも意外だったけど、いつも朝一番に俺に声をかけてくるのは更科だったから。

 振り返ったそこにいた彼の表情は何故か呆れ顔。

「アンタが死んだら悠誠先輩は僕のモノになるから良いけどさぁ」

 うん、まぁそう決まったわけじゃないけどな。

「楽でよかったじゃないか」

 ふっと笑って見せると木佐貫は何故か硬直する。

 そんな、不気味なものを見たような目で見てくるなよ。

「ちょ・・・・・・何、それ。アンタ本当に狼男?」

 お前、狼男にどんなイメージ抱いてるんだ。
 
「・・・・・・一応」

 頭がぐらぐらする。体に力が入らない。

 本気でヤバイな。

「僕としては、もうちょっとやりがいが欲しかったって言うか・・・・・・」

 やりがいって・・・・・・なんだよ。

「ホラ、よくあるじゃん、障害が多ければ多いほど燃えるってヤツ!」

 熱弁する姿に軽く目眩がした。

 コイツ、もしかしなくてもかなりのドリーマーか?

「楽なのが一番だって、木佐貫」

 そうそう、楽なのが一番。

 俺も、もう色々考えたくないし。

「ちょ、おい!」

 慌てたような木佐貫の声が耳元で聞こえて、自分が倒れかけたのを知る。

 本当に体から力が抜けていく感じがする。風船から空気が抜けていくような感覚に近い。

「もぅいっそ、狩ってくれ・・・・・・」

「え・・・・・・」

 戸惑うような木佐貫の声に俺は目を閉じた。



 このまま目が覚めなかったら楽なんだけどなぁ・・・・・・。







 そんな甘い願いが簡単に叶うわけもなく。

 目を開けたら学校の保健室のベッドの上だった。

 昨日良く眠れなかった所為もあるんだろうけど、爆睡したお陰で今朝より体の調子は良かった。

 あー、さすが狼男、体が頑丈なのがとりえかよ。

 寝癖が出来ているだろう頭を撫でて、あくびをしていたら手に有り得ない感触が。

 髪質よりずっと柔らかくて、暖かい感じ。

 擬音で例えるのなら、ふさっとした感触なんだけど・・・・・・。


 あれ?


 初めて触る感触に何かわからず、隣りに立てかけてあった鏡を見・・・・・・・・・・・・。




て、ぇぇぇぇ!?




「ぎゃああああああ!!」





 しばらく自分の姿を凝視して事の重大さに大絶叫してしまった。

 何だよコレ何だよコレなんだよコレぇぇぇ!!

 鏡に齧り付いてまじまじと自分の姿を見るけど、幻じゃない!



「坂下君!?どうかしたの!?」

 悲鳴を聞きつけた保険医が四方に引かれてあったカーテンを開けようとする。

 その早い対応は教師の鑑だと思うけど!!


 ヤバイ!



「な、何でもないです!変な夢みただけで!!」


 あああ、これが夢だったらいいのに!!

 どうにか俺の言い訳に納得してくれた保険医は寸でのところでカーテンを開けなかった。

 よ、よかった・・・・・・。

 俺は頭の一部を覆っていた両手を胸に移動させてため息を吐く。

 何なんだよぉ・・・この中途半端な姿はぁぁぁ・・・・・・。

 情けなくて目が熱くなる。


 俺の頭には、狼の耳、というより犬耳と言ったほうがいい耳が二つ、生えていた。


 人間の耳は消えてそこに、だ。



 多分あまりにも力が無くなった所為で人間体を保つことが出来なくなっての現象だと思うけど、こんな姿じゃ家まで帰れない!


「失礼します」

「あら、更科君丁度良かった。坂下君起きたところよ」


 更科!?

 俺は慌てて布団を頭まで被って寝た振りをする。

 って、寝たふりしても無理だよな、保険医思いっきり俺起きたって言ったじゃん!

「私これから職員会議なのよ。鍵預けておくから、彼のこと頼んでいいかしら?」

 止めてくれよ保険医!!

「ああ、構いませんよ」

 更科!カンベンしてくれ!


 更科にこんな情けない姿は見られたくない。

 布団の中で俺は半泣きになっていた。


「紬ちゃん」

 俺の心境なんて露知らず、保険医が出て行ったらすぐに更科はカーテンを開けていた。

 布団を頭まで被って丸まっている俺には、彼がどんな顔で俺を見ていたのかはわからなかった。

「木佐貫から聞いたんだ。・・・・・・それって力が足りない所為だろ?」

 いつもより少し重い調子の声に俺は引っ掛かるものを感じる。

 どうしたんだろう、更科・・・・・・。

「昨日、ずっと考えてて・・・紬ちゃんが人間嫌いなのは知ってるのに、いつまでも俺が契約し続けるのは無理だよな」


 ・・・・・・え?


「契約、解除してもいいよ。倒れるまで辛い想いさせてゴメンな?」


 契約解除。


 今までそれを望んでいたはずなのに、胸が苦しい。


「でも、少しはわかってくれてたらいいんだけど・・・・・・人間って、紬ちゃんを傷つけたようなヤツばっかりじゃないって。木佐貫のヤツ、何だかんだ言って紬ちゃんのこと心配してたよ」

 ぎし、とベッドが少し揺れたのは更科が腰掛けたからだろう。

「きっといつか、紬ちゃんも本気で好きになれる人が出来ると思う。それが俺じゃないのはまぁ、それなりに悔しいけどさ。紬ちゃんが幸せならそれでいいし」

 心臓が早鐘みたいに鳴り響く。なんか言わないといけないのに、何を言えば良いのかわからない。

 ひたすら寝た振りをしていた俺の頭の上に更科の手が乗っかった。布団の上からだけど。

「・・・・・・1年の頃、偶然基ちゃんと話してる紬ちゃんみかけて、初めて見た笑顔に一目惚れだったんだ。一回きりだったからもう一度見たくて構いまくってたけど、結局無理だったんだよなぁ。残念」

 布団の隙間から入ってきた手が俺の頭を撫でる。

 その手の暖かさに目が熱くなった。

 ・・・・・・って、今コイツ俺の頭撫でてるよな。



「・・・・・・アレ?」




 手に何だか妙な感触を感じた更科の不思議そうな声が聞こえる。

 ああ、気付かれた・・・・・・。

「紬ちゃん・・・・・・何か生えてない?」

 知ってるよ。わかってるよ。

 本当は隠したかったけど、もう止めた。

「さらしなぁ・・・・・・」

 布団を被ったまま身を起こすと今日初めて更科の顔を視界に入れる。

 俺の情けない顔に彼はただ事じゃないと思ったのか、眉を寄せていた。

「どうしたんだ?」

 顔以外ブランケットで覆っているから、まだ更科は俺の異常状態に気付いてない。

「・・・・・・笑わない?」

「笑わない」

 真剣な彼の顔を信じて、俺はブランケットを握っていた手の力を緩めた。

 ぱさりと肩に落ちた布が露わにしたそれは


「・・・・・・犬耳だ」

「狼だ!」


 人間の耳が生えていたはずのそこには狼の時に生えるはずの耳がある。

 コレ、本当に俺が狼男だって言う証拠だよな・・・・・・。

 木佐貫、観てないのかな、コレ・・・・・・。

「多分、力が極端に減っちゃったから」

 俺の説明に物珍しげにそれに触れていた更科の表情が強張る。

 別に、更科の所為じゃないのに。

 そんな顔をさせているのは俺の所為か・・・・・・。

「可愛い・・・・・・」


 ん?


 ボソッと更科が何か呟きながら俺の耳を触っていた。楽しいのか・・・・・・?

「や、うん。でも、可愛いよすごく」

「・・・・・・さらしな」

「何?」

 耳くすぐったいからやめれ。

 そう言うつもりだったんだけど、何故か泣けてきた。

「紬ちゃん?」

 どうしてそんなに優しく俺を呼べるんだ。

「人間は、嫌いなんだ」

 何度も口にした文章を俺は初めてある覚悟を決めて言った。それに彼は俺から手を離した。

 他人の体温が無くなった耳が少し寒くて、ぴくりと動いたのがわかる。

「だから、力を貰うことはこれから先、絶対無理」

「そんな事言わない。先のことなんか解からないんだから」

 苦笑しながら俺の頭を撫でて、「頑張れ」と無意味なエールを送ってくれた。

 そんな努力、する気ないから。

「更科、以外は・・・・・・」

 俺の小さいけれどはっきり言った言葉に、更科は一瞬何を言われたかわからないようだった。

「・・・・・・それ、どういう意味?」

「更科以外の人間は嫌いなんだよ、更科以外の人間を好きになることは絶対無理なんだ」

 更科が着ている制服を握りながら早口で言った。

 もっとゆっくり、とは思うけど、心が逸る。

 わかって、くれるかな・・・・・・。

「だから、更科以外の人間と契約なんて、出来ない」

 人間と、っていうか・・・・・・多分誰でも無理だ。

 昨日、臣に色々やられて、全部更科にもやられたことなのに、駄目だった。兄弟相手でもそうなんだ。

 だからさ・・・・・・。

「俺、更科を喰いたくて仕方ないんだよ・・・・・・」

 そう思ってしまう自分がまだ怖い。

 今は特に飢餓状態だから、ちょっと理性飛ばしたら一生後悔することになりそうで。

「・・・・・・俺も、紬ちゃんのこと喰いたいよ」

 そっと後頭部に置かれた手は凄く優しかった。

 大丈夫だと言う様に。

「言ったろ?俺も狼男だって」

 ・・・・・・意味合い、違うだろ。

 でも、実際のところ、あんまり変わらないのかも知れない。

「じゃあ・・・・・・」

 俺が、更科を喰いたいと思うのも、自然なことなのかも。

「俺が、更科を食う前にお前が俺を喰って」

 そうすれば、この奇妙な衝動が納まる気がして。


 更科の返事はベッドの軋みの音だった。





 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!

 って、ほんの少し前には思っていたのに、今はもうそんな事を思う余裕は無かった。

 

「辛くない?紬ちゃん」

 上からかけられる声に必死に首を縦に振ることしか出来なかった。体の中に埋められた更科の指が探るように動き出す。

「ぃヤダ、更科っ!動かさないで!」

 辛くはないけど気持ちが悪い。

 泣きそうな顔で、というかすでに泣いていたと思う俺の顔を見て更科は少し辛そうに眉を寄せた。

「慣らさないと辛いのは紬ちゃんだから」

「さらし」

「泣いても、止めないから。力貰わないと辛いのは紬ちゃんなんだよ」

 わかってるけど、わかってるけどさ。

 そうしているうちに更科がゆっくりと指を引き抜いていく。

「さらしなぁ」

 気持ち悪さが払拭されたはずなのに、何故か物足りない気分になる。

 そんな時、俺の声はまるで何かを強請るように彼を呼んでいた。

 でも、何故か更科はぴたりと動きを止める。

「名前」

 へ?

「俺の、名前。下の、呼んでよ」

「なまえ・・・・・・?」


 ・・・・・・なんだっけ。


 こんな時に俺に考えるような問題出すなよ。


「・・・・・・紬ちゃん、ちょっとそれ酷くない?」

「ぁん!」

 俺が更科の名前を覚えていないのに気が付いたのかさっき抜いた指をまた、今度は少し乱暴に入れてくる。

 その衝撃に体を揺らしていた。

「思い出したら入れてあげる」

「え・・・・・・」

 にっこりと意地の悪い笑みを向けてきた更科の一言は、ひ、ひでぇ・・・・・・。

 さっきまで壊れ物扱うようだった彼の手が大胆に動き始める。勿論、体内にある指も、だ。

「う、そ。やっ、さらしなっ」

 気持ち悪いと思っていた指の動きが、今度は何だか体が熱くなる。

 う、うそぉ・・・・・・気持ちイイ・・・・・・。

「紬・・・・・・」

 いつも名前で呼ばれてるけど、そんな擦れた声で呼ばれたら、俺・・・・・・。

「んっ」

「スゴイ綺麗な体・・・・・・想像以上」

「ひゃあ!」

 ちくんと首元に痛みが走るのに、今ではそれも快感の種、ってやつらしい。

「中、なんか絡み付いてくるみたい。すっげー熱いし・・・・・・早く入れたいよ、紬」

「ふ・・・・・・っ。じゃ、あ、さっさと」

「ダメ。俺の名前呼んでくれないと」

 もう、何なんだよぉ・・・・・・。

 中途半端に高められた体内の熱に泣きそうになる。

 熱、より俺の体は飢餓状態。痛いとか気持ち悪くてもいいから早く欲しい。

 なまえ、なまえ、なまえ。

 どっか行きそうになる意識の中で必死に考えた。

 確か、そう、確か。


「おねが・・・・・・さらしなぁ・・・スキ、だから」


 困った時は色仕掛け。


 確か、母さんが昔そんなことを言っていた。


 別に意識してたわけじゃないけど、涙目の上目遣いっていうのも中々利くらしい。



 ちょっと驚いたように目を見開く更科が、面白かった。


「・・・・・・なかなかに卑怯だよな・・・・・・」

「さらしな」

「俺の名前、悠誠、ね。次から名字呼んだらキス一回。わかった?」

 もう何でもいいよ。

 こくこく必死に頷いて、脳に悠誠という名を刻み付ける。

 悠誠、一番大事にする名前。

「ゆぅ、せい」

 それからの思考は、何故か途切れている。
 ただ、物凄い熱いのに、何だかとても気持ち良かったってことだけおぼろげに覚えていた。






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ぬるいなぁご、ごめんなさ・・・・・・。でも、凄く恥ずかしいです・・・。
エロ書きは理性との戦いです・・・。