「更科〜こっち」
「あ、更科!気をつけろ!」
「更科君カッコイイー!」

 賑やかな校庭には意外と更科の名前が飛び交っていた。と気付いたのは最近。

 アイツ、女たらしのクセに人気者だもんな。

 っていうか普通の体育で何故女子の歓声が聞こえてくるんだ・・・・・・。

 この時間は選択体育。俺もある程度運動が得意だったから選択したんだけど、失敗だったな・・・。

 なんて言ったってイヌ科だから。走ったりは結構得意なんだぞ。

 まぁ、見かけで判断されて俺は殆ど参加してないけど。

「あ、悠誠せんぱーい!」

 廊下のほうから移動中だったらしい木佐貫のラブコールにも顔色を変えず手を振っている。

 惚れた男のカッコイイ姿を見れてさぞ満足だろうな。

 更科はサッカー中。サッカー部員相手にいい勝負をしている。

 カッコイイのは認めるけどさ・・・・・・。

「あ、ねぇ、紬ちゃんも一緒にやろうよ」

 こっちに向かって手を振ってくるな!

 嫌だ、と返事をする前に更科の近くに居たクラスメートが少し微妙な顔をした。

「更科、止めとけよ。坂下って運動苦手そうじゃん」

「は?そんな事ねぇよな、紬ちゃん」

 ・・・・・・更科のヤツ、何でそんなに自信満々に言うんだよ。

 その態度にさらに相手は言葉を続けた。

「だってさー、ソイツ、狼男なんて信じてるんだろ?なんかオタクっぽいじゃん」

 ・・・・・・不愉快だけど、彼らの思考は頷ける。

 人間が俺らの存在を認めるわけが無いし。

 別に今更信じてもらおうなんて思ってもいないし。

「何言ってんだ。狼男は居るぞ」


 ・・・・・・・・・・へ?


 さらっと答えのは更科だった。しかも平然と。

 賑やかだった校庭が一気に静まり返ると同時に俺の血の気も下がった。

 さ、更科・・・・・・どういうつもりだ!

「ちょ、更科何言ってんの?お前、最近アイツとつるんでたけどソレに感化された?」

 友人の戸惑いにも更科はいつもの笑顔で

「だって、俺が狼男だし」

 またさらりと爆弾発言。

 再び校庭が静まり返る。

 本当にどういうつもりだよ、この馬鹿!

「可愛い子見るとすぐ食べたくなるからなぁ」

 そして更科のぼんやりした言い方に、今度は校庭中が爆笑の渦に飲まれていた。

 ・・・・・・ああ、そういうことね。

 心配した俺が軽く馬鹿だった。

 はぁーとため息をつくとホイッスルが鳴り響く。また試合が始まったんだろう。

「大丈夫?紬ちゃん」

「うわぁ!」

 いきなり横から話しかけられたから心臓が飛び出すかと思った。

 いつの間にか更科が横に座っていた。試合に出たんじゃないのか?お前・・・・・・。

「何だよ・・・・・・話しかけんじゃねぇよ狼男」

 嫌味のつもりだったのに、更科はにやりと笑う。

「同類だからいいだろ?」

 む。一緒にするな。

「お前なぁ!」

「あ、紬ちゃん、こっちこっち」

 へ?

 俺の腕を軽く引っ張って更科は俺をすぐ近くの陸上部辺りが使っている水色のベンチに移動させた。

 そんなに前に座っていた場所とは変わりないのに・・・・・・。

「ここなら日陰だから」

 日陰・・・・・・確かに木の下だから、日陰だけど。

「具合悪いんだろ?俺に寄りかかっててもいいから、休んでな」

 具合が悪い・・・・・・って。

 確かに、俺、コイツからあんまり力貰って無いから体力は落ちている。

 でも、そんなに人にわかるほど疲れてるように見えたかな・・・・・・?

「更科・・・・・・?」

「ん、何?」

 いや、用があったわけじゃないけど・・・・・・。

「あんまり、狼男とか言わない方が良いんじゃねぇの?」

「何で?」

 何でって。

 巧く説明できないけど、さ。

「狼男なんて、ただの人殺しじゃないか・・・・・・」

 今は殆ど無いけど、昔は手当たりしだいに人間を襲っていたと聞いている。

 今だって、その衝動を抑えられない時があるんだから、ハンターに狙われても仕方が無いと思うときもある。

 いつ、人を殺してしまうかわからない。

「・・・・・・紬ちゃん、狼男嫌いなのか?」

 それは、わからない。でももし自分がただの人間だったら全然生活が違っただろうとは思う。

 黙りこくった俺の代わりに更科が口を開いた。

「俺は、好きだけど」

「え?」

「だから、狼男」

 更科ってホラー系が好きなのか・・・・・・?

 俺が彼を振り返ると、更科は校庭のほうをじっと見ていた。

「キスって、食べてしまいたいほど好きって意味があるって、聞いたことある?紬ちゃん」

 キス、という単語に俺は何となく自分の口に指を持っていっていた。

 って、何でいきなりそんな話だ?

「人間も、そういう衝動に駆られることがある。狼男だけじゃない」

 ああ・・・・・・。

「人間、も」

「そ。だからそんな異常なことでもないんじゃない?実際今の狼男、人殺してないんだろ?」

「そうだけど・・・・・・」

 それで、いいのかな・・・・・・。

「いーのいーの。紬ちゃん、少し難しく考えすぎ。もう少し人生楽しまなきゃ」

 ばしばしと少し強めに背を叩かれ、ちょっと苦しかったけどいつもみたいに文句を言おうとは思わなかった。

「きっと狼男が食べたくなる相手だって、無差別じゃなかったはずだ」

 狼男が好きになった相手が、彼の犠牲者となったのだろうか。

 更科が言う事が正しいとしたらそういう事になる。

 でも、自分が愛しいと思った相手が醜く変貌した姿で現れた自分を見て恐怖に絶叫し、逃げ惑う愛しい相手をつかまえ、その血で手を染めた狼男の心情は、きっとその立場になってみないとわからない。

 そんな思いで、動かなくなった愛しい相手の血肉を貪ったんだろう。



 きっと、激しい虚無感と自己嫌悪しか残らない。



「おい、更科、交代」

「ぅんだよ、笠城。折角紬ちゃんと話してるんだからお前代わりにやってきてくれてもいいだろうが」

 ベンチの方に汗だくになっている更科の友達がやってきた。

 確か、更科とは付き合いが長いらしい間柄のヤツ。名前は・・・・・・なんだっけ。

「ざけんな。適当な男は嫌われるぞ」

 べしっと更科の派手な頭を叩いて、更科が立ち上がって空いたその場所に彼はどっかりと腰を落ち着けた。

「オイ、笠城!」

「次のゲームで3点決めてこい。そしたら退けてやる」

「ちっ。紬ちゃん、すぐ終わらせてくるからな!」

 別にすぐ終わらせてこなくても良いんだけど・・・・・・。

 校庭に走っていく更科を適当に見送って俺はため息を吐いていた。

「更科、迷惑?」

「へ?」

 そんな俺の態度に笠城・・・・・・だっけ?がそんなことを言ってきた。

 迷惑っつーか・・・・・・。

「アイツ、ワケわかんねぇんだもん」

「あっはっは。言えてる」

 ・・・・・・笑い方が棒読みなのは何故だ、笠城。

「でも、端から見てて本当に構ってるって思うくらいアイツが誰かを構うなんて珍しい」

「・・・・・・そうなのか?」

「そう。アイツ、ああいう性格だからクラスの担任にクラスで浮いてる子をどうにかしてくれって頼まれる時が有るんだ。
 今回も楓センセに頼まれてるのかと思ってみてたけど、何か違うから」

 違うって・・・・・・。

 確かに俺より更科と付き合いの長い彼が言うのならそうかも知れない。でもそれはアレだ。契約者とかワケがわからない事になったからだ。

「ま、しばらく相手してやってよ。アンタも損しないだろうし」

 笠城はそう言って校庭のゲームに視線を戻した。

 損。・・・・・・・・・してるっての。

 だって、この体の倦怠感は更科の所為だろうし。

「紬ちゃん〜俺の勇姿見ててくれたかい?」

 本当に早く終わらせた更科が息も絶え絶えで聞いてくるけど。

「俺と話してたから見てないと思うけど」

 笠城の一言に更科は彼を睨み付けていた。

「話?何話してたんだよ、てめぇ」

「おや怖い。いいのかなぁ?更科君、すぐ近くに片想いの相手が居るっていうのに」

 はっはっはーとまた棒読みで笑う笠城は、掴み所の無いヤツだ・・・・・・。

 でも何か、あの更科が怒っててそれを軽くあしらう笠城のやりとり、面白いな・・・・・・。

「別に大した話してないって、更科」

 くすくす笑いながらフォローを入れると二人の言い争いが止まる。

 ん?何だ?

 視線を感じて目線をあげるとこっちを凝視する更科と笠城が。

「・・・・・・顔紅いぞ、更科」

 まだこっちを見ている更科に目をやった笠城がからかうように口元を上げる。

「な・・・・・・うっせぇぞ笠城!ってかお前も見たのか!?」

「勿論。確かにお前が言ってたとおりだった」

 ・・・・・・な、何の話だよ・・・・・・コラ。

「お前ッ!今すぐ忘れろ!何だったら俺がお前の記憶を消してやる!」

「更科怖いって」

 ぎゃあぎゃあ今度は俺がフォロー出来ないことで言い争いはじめ、俺はどうすることもなくチャイムが鳴るまでオロオロする羽目になった。






「と、ゆーワケで契約解除してください」

「ヤダ」

 放課後、男らしく呼び出してひとまず本人に直談判をしてみる。が、やっぱり無理だった。

「お前に契約解除されなかったら俺はどうすればいいんだよ!」

 いい加減、このハングリー状態から解放されたい。

「紬ちゃんが俺を好きになればいいんだよ」

 笑顔でそんな事言うな、馬鹿!

「それが出来たら苦労しねぇんだよ・・・・・・」

 俺の人間嫌いは筋金入り。なぜか最近ベタベタしてくるようになった更科に触られるのはまぁまぁ慣れてきたけれど。

「だーいじょうぶだってば。紬ちゃん、何で俺がこうやってくっついてるかわかる?」

 こうやってくっついている、という状況は更科が俺を背中から抱きかかえている体制。教室でもいきなり後ろから抱きついてくるから困っている。

「こういうのは結局慣れだから。いっつもこーしていれば、そのうち平気になるっしょ?」

「あ、成程・・・・・・」

「ね?」

「なんて言うと思ってんのか馬鹿!お前とは契約しない!」

 離せ!と叫びながらジタバタしても腕力では敵わない。本当に俺、狼男か?

 教室あたりだったらみかねた更科の友人たちが助けてくれるようになったけど、ここは残念ながら人気のない裏庭。助けてくれる人なんて誰も居ない。

「俺は何度も言われるから紬ちゃんに振られるの慣れちゃった」

「慣れるもんじゃないだろ、馬鹿!」

「ね、こうやってくっついてるだけでも、少し力行ってるんじゃねぇの?」

 さっきより元気になっている、と言われ、気付かれたくないことに気付かれてしまった。

 本当に少しだけど、更科に触られると力が来る。

「なんか、嬉しいけど?俺としては。こーんなに簡単に好きな子の為に出来る事見つけられるってのは」

「ば・・・・・・っ!好き好き言うんじゃねぇよ!」

 本当に、なんで。

 俺、こんなヤツの一言一言に反応してるんだろう。

「紬ちゃん可愛ぃー耳紅い」

 後ろからからかうような声が聞こえ、心臓が飛び出るかと思った。

「あ、紅くなんか!」

「紅い紅い。照れんなよ、可愛いから」

「て、照れてなんかないし、可愛くもねぇよ!」

 頼むからもう離れてくれ!!

 腰に回されている更科の手をどうにか外そうとするけど、やっぱり無理で。

 文字通り無駄な足掻きをしている俺の首元に、何かが触れて背筋がぞくりとした。

「更科っ!?」

「傷」

 彼がしゃべると同時に首に暖かい息が。

 何だかくすぐったいような妙な気分。

「綺麗な肌なのに、こんなモノつけちゃって」

 どこか不快気な彼の声に何で俺が悪いことをしたような気分になる。

「痛かった?」

「・・・・・・そりゃ」

 優しいの半分と甘いの半分の声に、ほだされかけてる。

 臣に怒られるかもな・・・・・・こんなところ見られたら。

「紬ちゃんが人間に怯える気持ち、わかんないわけじゃないんだけどねぇ」

 ぎゅ、と更科の腕に力が入って強く抱きしめられている。

 反抗しないといけないと思いつつ、体が動かない。

「そんな人間ばっかじゃ、ないでしょ?」

 う。

 そりゃ、そうかも知れないけど。

 あの日、更科に拾われた日、また殴られたりするのかと思った。でも、更科は俺だと気付かなくてもかなり優しく接してくれて。

 意外と思うより、嬉しかった・・・・・・のは認める。

「・・・・・・更科は」

「うん?」

「更科は、優しいと、思う」

 客観的に見て、だけど。

 なんで彼がモテるのか、この数日間である程度理解出来た。外見もだけど、多分狙った相手には凄く甘いんだろうな。

「俺が、人間じゃないっていうのも、あっさり受け入れてくれたし、怖がったり変な興味を示したりもしなかった」

 こんな人間もいるんだ、と思わせてくれた。

 けれど、人間=イイヤツという式を成り立たせるにはまだ少し弱い。

「少しだけなら・・・・・・大丈夫」

 そう、少しだけなら。

 色々、大丈夫かなって。

「更科君・・・・・・まだ来てないの?」

 少し遠くのほうで女の声が聞こえた。切実な叫びに耳がぴくりと動く。

 狼だから聴力もそれなりにいい。多分、更科には聞こえなかったはず。

「・・・・・・おい、呼んでるぞ、女子が」

 流石、人気者の更科君だ。

「え?」

 更科はそう言われて心当たりがあったらしく少し嫌そうに表情を歪めるだけだった。

 腰にしがみついている彼の手を軽く叩いてやるのに、彼は離れようとしない。

「好きな相手がここに居るのに、わざわざ行く事ないだろ?」

 ・・・・・・告白の呼び出しか。

「お前なぁ」

「今は、紬ちゃんと一緒に居たい」

「・・・・・・何だよ、それ」

 一体何人の女子にそう言ってきたんだろう、コイツ。

「・・・・・・駄目?」

 ぞくりとする声で聞きながら、更科の手が俺の腰あたりを撫でていた。

 その変な動きに思わず身を竦める。

「ちょ・・・・・・っ更科!?」

「少しなら大丈夫なんだろ?」

「す、少しって、別にこういう意味じゃ!うあ!」

 制服の中に進入してきた手に軽い悲鳴を上げてしまう。

 狼の姿の時に誰かに撫でられるのは慣れてるけど、人間の姿の時はあまりそういう経験が無い。

 更科の指についているゴツイ指輪の感触がさらに羞恥を誘う。

「やだやだ!更科!やめろよぉ・・・・・・っ」

 身を縮めて彼の手の動きに耐えようとしているのに、彼はそれさえも可愛いと耳元で囁いてくる。

 くそ、手馴れていやがる!

「紬ちゃん・・・・・・」

「あ・・・・・っ」

 更科の指に胸を撫でられた時が限界だった。



 
 もう駄目。




「・・・・・・紬ちゃん」

「・・・・・・」

「それってちょっと卑怯じゃない?」

 はーあ、と深いため息をつく更科の膝の上には、俺が居た。

 ただし、狼の。

 ぱっと見、子犬の。

「そんなに嫌だった?」

 両手でひょいっと抱き上げられて更科と顔をつき合わせられる。

 少し不満げな更科の目にとぼけるように首を傾げてみせた。

「・・・・・・ちくしょう、可愛い・・・・・・」

 更科は犬好きだったらしく、この姿の俺を強く抱き締めたその時点で俺の勝ちは決まっていた。

 悪いな、更科。

 思いっきり抱きしめてくる彼が、意外とやりやすいヤツだと今になって気付いた。

 でも、悔し紛れに力任せに抱きしめるのは止めてくれ。苦しい。

 苦しいけど、なんとなく安心するっていうことは、まだコイツには言わないほうがいいかな・・・・・・。

「ねぇ、紬ちゃん、今日は俺の家に泊まりなよ」

 不穏な笑みを浮かべて彼はそんなことを言ってくる。

 一生懸命首を横に振ったのに、コイツは知らない振りをしてくれた。

 ダメダメ!臣に怒られる!ぜってぇ怒られるもん!

「けってぇーい」

 駄目だってばー!!



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更科が壊れた・・・・・・(唖然)