「紬ちゃーん、一緒に昼飯食べようぜ」


 ・・・・・・今日で絶食3日目。


 食料である更科は近付くなって言ってるのにウザイくらい声をかけてくる。ってか、ウザイ。

 昼飯って何だ、お前を丸かじりしていいのか!?

「お前・・・・・・襲うぞ!」

 小声で注意してやってるのに更科は引かない。

「俺としては全然構わないからねぇ」

 くそ、何この人間!!

 のん気な更科とは対照的に、俺の体力と気力と理性は限界に近かった。そんなに美味そうな匂い漂わせて俺に近付くな。本気で噛み付きそうなんだ。

 どうにか色々我慢して毎日を過ごしてるってのに、更科は容赦ない。

 そんなに死にたきゃ自殺でもしてくれ。

 普通の人間食を食べても腹は満たされる事が無い。俺が欲しいのは更科の体液。

 切ない腹を抱えて俺は更科から逃げ回っていた。

「も・・・・・本当に勘弁してくれよ。なんでこんな耐久戦に入ってるんだ・・・・・・」

 芝生の上でぐったりしている俺の隣りで更科はのんびり昼飯を食べている。くそ、コロッケパンが美味そうじゃねぇか・・・・・・。

 ここは人が滅多に来ない上茂みも多いから、こういう会話がかろうじて出来る場所だ。

「俺は全然耐久してないけどねぇ」

 のんびりした更科の声に思わず身を起こして叫んでいた。

「・・・・・・襲うぞ!」

「どうぞ?」

 ついでに両手を広げて彼はOKを出してくる。

 く・・・・・。

 誘惑に負けそうになる。でも、でも、唾液くらいなら・・・・・・。

 ふらりと見えない手に押されるように俺は更科の広げた腕の中に納まっていた。

「紬ちゃん」

 いっぺん足を踏み外すと落ちるトコまで落ちてしまう。

 俺の名を呼んだ唇に自分の口を押し付けていた。

 何日か振りの食事・・・・・・というよりおやつ程度なんだけど。

 あたりに卑猥な音が響くのも気にせず、体に彼の力を取り込んでいた。気持ちいいし、この満たされる感覚が堪らない。

 はぁ、と熱い息を吐きながら何度も唇を貪った。

「さら、しな」

 少し上の方にある彼の目をぼんやり見上げると、彼の目に少し熱が宿っているのがわかった。

「紬ちゃん・・・・・・これで、足りるの?」

 擦れた声で囁かれ、小さく首を振った。

 勿論、横に。

「足り、ない」

「・・・・・・だよね」

 ふっと彼は笑い、また俺の耳元で囁く。

 俺も、と。

「もっと・・・・・・」

 もっと、力が欲しい。これくらいじゃなくてもっと、確かな・・・・・・。

 がっと口を開けて更科の肩口に噛み付こうとしたのを彼に止められた。

「駄目」

 酷い言葉に思わず縋るような目で彼を見ていた。

 何で?足りないって、言った。俺は。

 俺の言いたい事がわかったのか、更科は柔らかく微笑む。

「紬ちゃん、血じゃ無くて・・・・・・」


がぶ。


 彼に止められる間もなく俺は俺の口を押さえていた更科の手を咬んでいた。

「・・・・・あっ!わ、悪い、更科!!」

 思いっきり肉を咬んだ感触に俺は我に返り、彼の手から口を離す。外傷は無いけど更科はスゴイ痛そうにしてる。

「ああもう、だから離れとけって言ったのに・・・・・・」

「だから、それは無理だって言ってる・・・・・・」

 涙目になりながらも更科はどうにか笑顔を作っていた。

 なんで、そんなに我慢するんだよ。まったく・・・・・・。

「馬鹿」

「まさか口説いてるときに咬み付かれると思わなくて・・・・・・」

「・・・・・・ごめん」

 気を抜いていた俺が悪い。

 しゅんとして謝ると、気にしないでと笑われた。

「更科・・・・・・でも、本当に俺には近づかない方が」

「ずっと、気になってたんだよねぇ。紬ちゃんのこと」

 噛み付かれた手を押さえながら、突然更科はそんな事を言い出す。

「何で、他人を拒否するような態度取るのかなって。1年の時から考えてたんだぜ?」

「1年?」

 去年のことなんて全然覚えていない俺に更科は予想済みだったらしい。

「俺達、1年の時からクラス一緒だったんだって」

「そうだっけ?」

「やっぱり覚えてないんだ」

 覚えていない、というか最初から覚えなかったというか・・・・・・。

 人間と関わりを持つ気はさらさらなかった。それを小学校からずっと続けてきたから、人間の友人なんて一人も居ないし。

 それが普通だったし。

「俺が、怖い?」

 黙りこんだ俺に更科が突然そんなことを聞いてきた。

 怖いって・・・・・・。

 更科が伸ばしてきた手にびくりと体を揺らすと、少し彼の手の動きも止まった。でもすぐに俺の頬に触れる。

「・・・・・・少し」

 俺の正直な返答に更科が優しげに笑う。

「俺が、紬ちゃんを守ってあげるから。これからは」

 ・・・・・・何言ってんだよ、コイツ。

「お前、守るって何だよ。俺は狼男だぞ?守られるなんてにあわねぇ言葉使うな」

 そうだ、俺は恐怖の狼男だぞ!なんで人間に守られるんだよ。

 後ろを振り返って睨んでやると爽やかな笑顔を返された。

 く・・・・・そんな笑い方されると何だか気まずい。

「普通の狼男だったらな。紬ちゃん可愛いから、保護欲掻き立てられるわけ」

「ほごよくぅ!?」

 ってか、保護って・・・・・・。

 狼男としてのプライドがガタガタと崩れていく。

 狼男ってのは普通、保護じゃなくて退治される側で・・・・・・。

「だって、狼の姿になってても紬ちゃん小犬じゃん。パピヨンみたい」

 パピヨン!?

 って思いっきり小型犬じゃん!

「うっせぇ・・・・・・気にしてんだよ」

「あ。そうなの?」

 当たり前だ。

 弟のはずの臣より小さいからな・・・・・・。あの差は一体なんなんだろう。

「可愛いからいいと思うけど」

「可愛いってどっかの誰かが言うから嫌だ」

「え。誰に言われてんの」

「お前だお前!!」

 とぼけんな!

 うがぁっとつい狼のように威嚇をしてしまうけど、やっぱり更科は表情一つ変えない。

「ねぇ、基ちゃんは?」

「基?」

「基ちゃんとは仲良いよね、何で?」

 人間嫌いの俺が、仲良くできる理由なんて一つしかないだろう。

「基は、従兄弟」

「・・・・・・じゃあ基ちゃんも狼男?」

「半分だけな」

「へぇ。狼男って実は美形が多いんだ」

 そういえばそうかも。

 でも人間と俺達の美形のレベルって違う気がするんだよな。

「基ちゃんの前では笑うよな、紬ちゃん」

「へ・・・・・・あ、ま、身内だし・・・・・・」

「俺、紬ちゃんの笑顔に惚れてるんだよねー」

「うにゃぁ!?」

 いきなり両頬をつねられ横に伸ばされた。っていうかこんなことされるの俺初めてなんだけど。

「ちょ、しゃらしな!?」

「あは。しゃらしなだってー、可愛い〜〜」

「馬鹿!」

 もう、何なんだよ、コイツ!!


「ホント、好きだよ」


 ・・・・・。


 その言葉が耳に届いた瞬間、別に力を貰ったわけじゃないのに体が熱くなった。

 いや、体じゃなくて・・・・・・胸辺り。

「だから、怖がらないでよ」

 切ない音の懇願に、こっちが泣きそうになった。

 なんで、どうして。

「さら、しな・・・・・・っ」

 彼の顔が近付いてきて、キスされる。

 力を渡すようなキスじゃない、触れるだけのキスなのになんでこんなにやっぱり満たされるような感覚を味わえるんだろう。

 わけわかんねぇ。

「悠誠先輩!」


 げ。


 木佐貫の声に俺は更科の体を突き飛ばそうとしたのに、更科はさらに強く俺の体を抱き締めてくる。

「俺が守るって言ったでしょ?」
 


 そんなこと、小声で囁かれたら、どうしていいかわからなくなるじゃないか。



「ちょっ!何やっているんですか!二人とも!!」

 更科の腕の中に納まっている俺の姿に木佐貫はブチ切れ寸前。いや、もうブチ切れていたな。

 俺の所為じゃないぞ。言っとくけど。

「何って見たらわかるだろ?俺、紬ちゃん口説き中」

 自分に告白して来たヤツによくそんなこと言えるよな・・・・・・。

「悠誠先輩!その人狼男だっていったじゃないですか!なのになんで」

「紬ちゃんが好きだから。それに紬ちゃんが狼男だなんて証拠はどこにも無い」

「それは」

 口ごもる木佐貫に更科は追い討ちをかけた。

「紬ちゃんに手ぇ出したら俺が許さない」


 ・・・・・・。


 ちょっと、待て。

 これじゃあ、本当に俺コイツに守ってもらってるじゃないか。

 コイツ、俺が狼男だって知ってるんだろ?

 知ってて、何で、こんな・・・・・・。

 ワケわかんねぇって、本当に。

「絶対にその人が狼男だって証拠みせてやりますから!」

 そう言って木佐貫は居なくなった。

「おー。なかなか威勢がいいなぁ」

「もぅいいだろ!離せ馬鹿!」

 適当に腕を振ったらゴッと少し痛そうな音が聞こえたけど、そんなことに気をとられている時間は無い。 

 さっさと更科の腕から抜け出して、俺はその場から逃げ出した。


 だって、おかしいんだ。


 さっきから心臓辺りが変に熱くて、苦しい。

 人間相手になんでこんな奇妙な感覚を味わわないといけないんだ。
 


 この状態が意味する事を俺はまだ知らなかった。





「つー兄」

 それでもやっぱり唾液程度じゃ足りなくて、家に帰ってきた頃にはぐったりしている俺に部活も終えて帰ってきた臣に久し振りに話しかけられた。

 あの一件以来、話しかけても無視されてたから。

「ん?臣?」

「・・・・・・なんで、そんなにぐったりしているんだ?」

 契約者がいるのに、前よりぐったりしている俺が不思議なんだろう。

 心底不思議そうにしているから俺はついため息をついていた。

「だーぁかーらぁー、契約したって、別に俺相手が好きで契約したわけじゃないんだよ」

「え?」

「本当に偶然で、だからロクに力も貰ってない」

「もしかして、ヤってないの?」


 う。そんなずばっと聞いてくるなよ現役中学生!


「誰がやるか、馬鹿!」

 更科と、そんなこと出来るわけない。

「本当!?」

 今までむすっとしていた臣がいきなり笑顔になりやがった。

「やっぱそうだよな!つー兄に限って、人間なんかに恋するわけないもんな!」

「ま、まぁな・・・・・・」

「よっし、じゃあとっとと契約解除だー」

 急にうきうきし始めた臣の変わり身には少々驚いたが、まぁ、こんなもんだろう。

 アレ。でもこいつも人間嫌いだったっけ・・・・・・?





 NEXT











は。恥ずかしぃ・・・・・・。