「悠誠先輩―、遊びに来ちゃいました」
昼休み、元気な一年生の声に教室の殆どのクラスメートが微笑ましい目で彼を見て、俺と更科だけががっくりと肩を落とす。
「今日は一緒にお昼食べてもいいですか?」
手に持っている弁当箱を掲げながら木佐貫ははしゃいで観せる。彼の顔はかなり可愛いから、それだけで更科の友人達は彼を気に入り、すでに弟的な扱いを始めていた。
・・・・・・もういっそ付き合っちまえよ、更科。
心の中でアドバイスをした時
「ごめん、俺紬ちゃんと食べるから」
・・・・・・・・聞き間違いだと言ってくれ、神様。
木佐貫から射殺さんばかりの視線を感じるんだけど・・・・・・。
「坂下先輩、僕も御一緒させて頂いても構いませんよね?」
有無を言わせない木佐貫の笑顔に、「滅殺」の二文字が見える。
俺の所為か?違うだろ?
「良いんじゃね?っていうか俺、更科と昼飯なんか食わないし・・・・・・」
熱帯と極寒の間に挟まれて俺は気分が悪くなりかけていた。
熱帯である更科は俺の肩に馴れ馴れしく腕を回してきたり。
「なぁに言ってんの、紬ちゃん。あんな熱いキス交わした仲なのに〜〜」
何を言い出す!更科!!
俺が硬直したと同時に教室中がざわめいた。
っていうか、キスって!狼の姿の時の話じゃねぇ・・・・・・そ、その前にもしたけどさ!
「へぇ・・・・・・」
木佐貫からは物凄い冷気を感じるし・・・・・・。もぅ嫌だ・・・・・・。
「何だよー、坂下といつの間にそんな仲になっちゃったわけ?」
何も知らない更科の友人達は面白がって変な野次を飛ばしてくる。
「一昨日くらいかな?ねー、紬ちゃん?」
「知るかボケェ!」
お前も調子に乗るんじゃねぇ!
「・・・・・・わかりました、今日は帰ります」
意外にもあっさり退却を口にした木佐貫の笑みはやっぱり可愛く極悪で。
「その代わり、坂下先輩、ちょっと放課後カオ貸してください」
笑顔なのに、女顔負けに可愛いのに、台詞とオーラが怖かった。
ヤバイ、ハンターを怒らせてしまった。
木佐貫がどの程度の力を持っているのか知らないけど、契約者から充分に力を貰えていない俺が対抗出来るかは結構不安で。飢え死にの前に滅殺されるかもしれない・・・・・・。
「何か暗いねぇ、紬ちゃん」
「誰の所為だと思っていやがる・・・・・・」
人の気も知らないで美味そうに昼飯食ってんじゃねぇよ。パンとか茶とかで腹が満たされる人間が心底羨ましい。
木佐貫が帰った後、俺は笑顔の更科にあまり人が来ない裏庭の奥のほうに引っ張られてきた。
「ココ、何しても人来ないから大丈夫」
得意満面に語るけどな。
「何してもって・・・・・・何してたんだ?」
俺の問いに更科は視線を思いっきり逸らしていた。何だ?
「まぁ、俺、ここに来ると狼に変身する・・・・・・とでも言っておくよ」
「え!?お前も人狼族!?」
「モノの例え。ってか鈍いねぇ、紬ちゃん。気付いてたけどさ」
んだよ、一瞬期待しちまったじゃねぇか・・・・・・。
更科が人狼族だったら契約出来てないしな・・・・・・。
「紬ちゃん、食べないの?」
昼食を何も持って来てない俺に更科は少し不思議そうに聞いてくるけど、この状況じゃ嫌味にしか聞こえない。
「俺の昼食は、お前」
確かに人間食も食えるけど、力にはならないからな・・・。
契約者っていうのはそういう事なんだって。
反応がなかなか返ってこないから、流石に言い方があからさますぎたかな・・・と反省しかけたけど。
「・・・・・・紬ちゃんのエッチぃ」
「何でそうなる!!」
いい加減その変な反応止めろよ!たまには怯えろ!
にやにや笑いながら俺の頭を撫でてくる更科の手を振り払ってやった。
「言ったはずだ、俺のメシは契約者であるお前の」
「体液でしょ?」
覚えてるじゃないか。
そう!と頷いてみせてもやっぱり更科は怯えも嫌悪も見せない。
「でもさ、具体的にどうやって体液あげればいいわけ?」
「へ?」
あー・・・・・・って、その質問は一種のイジメか?
「俺が噛み付いて血を啜ってOK」
俺はそのビジョンしか浮かばないけど。
ぐっと親指を立ててみせると更科は何故かため息をついていた。
「・・・・・・紬ちゃん、親とか兄弟とかいないの?」
「いるけど?」
何でそんなこと聞いて来るんだ?
「じゃ、その親や兄弟の契約者の体には咬み痕が沢山あるってわけだ?」
・・・・・・・・。
いや・・・・・・無い。
上の二人の契約者に何度か会った事があるけど、そんなの無いし・・・・・・。
広貴兄さんに至っては契約者である千莉くんっていう結構可愛い子なんだけど、その子が包丁で怪我しただけで顔色変えてたっけ。あれを見ていると噛み付いてるわけ・・・・・・ねぇよなぁ。
っていうか、死ぬし、多分。
「アレ・・・・・・?じゃあ兄さんたちどうやって・・・・・・」
「・・・・・・紬ちゃん、俺、多分知ってる。その方法」
・・・・・・は?お前人間じゃん。何でそんな事知ってるわけ?
「嘘吐くなよ。何で俺がわかんないでお前がわかるんだよ」
「う〜ん・・・多分経験の違いってヤツ?」
何の経験だよ。
「お前、本気で狼男になったことあるのか?無いだろ?」
バッカらし。
普通の人間に俺達のことわかってたまるかよ。
「ね、紬ちゃん。最初、俺とキスして力ついたんだよね?」
「ああ、でもそれはお前の体液を」
「多分、契約解除行為ってヤツを、その二人でするんじゃない?」
「え・・・・・・?」
契約解除行為・・・・・・って。
思い当たった事に俺は顔を紅くしてしまった。
「う、嘘・・・・・・」
そ、それを俺は更科とやらないといけないのか!?
「や、ヤダヤダ!ぜ、絶対やだ!!」
そう思ってすぐに俺は必死に首を横に振っていた。
だって、だって!!
で、でも、俺達は3食ともそれでないといけなくて、ってことは俺、一日に三回も!?っていうか兄さんたち何やってんの!?どーりで家に帰ってこない日があると思ったよ!!
「そこまで否定されると俺、結構傷つくんだけど・・・・・・」
「だ、だってぇぇ・・・・・・」
泣きが入るぞ、本当に!
「大丈夫、俺結構巧いと思うし」
そういう問題じゃねぇんだよ!!
「やだ!何で人間とそんなこと・・・・・・っ出来るわけないだろ!?」
ぼろっと落とすつもりの無かった涙が俺の意志に反して次々と頬を伝う。
「ちょ、紬ちゃん?」
慌てる更科の声に必死にそれを拭うけど、あまり意味は無い。
だって、本気で怖いんだ。
「そんなに、俺じゃ嫌だった・・・・・・?」
俺の涙の意味を勘違い・・・当たらずとも遠からずな勘違いだけど、更科の少し哀しげな呟きに俺は首を何故か横に振っていた。
「違う。更科だから嫌なんじゃなくて、人間だから嫌なんだ」
本当に小さかった狼姿の俺を囲んだ大きな人間達は、大きな手で俺の体を殴ったり蹴ったり、仕舞いには多分俺を殺すつもりでカッターで首の傷をつけた。
あの時の怖さは、俺にしかわからない。
何もしてないのに、どうしてこんな目にあわないといけないんだって。
「更科だって見ただろ?俺の首の傷。コレつけたの、人間なんだよ。怖いのに、なるべく関わりたくなかったのに、契約者になれるのは人間だけって、そんなの俺には無理に決まってる!」
一連の事件を知っている家族でさえ、契約者を見つけられないでいる俺に早く見つけたほうがいいと勧めてきた。それが、行き場のない怒りを生んでいて、それを今更科にぶつけている気がする。
「人間なんかと契約するくらいなら、あのハンターに狩られるか、餓死したほうがマシなんだよ!」
「紬ちゃん・・・・・・」
「だから、もうほっといてくれよ、更科・・・・・・お前だって、本当は物珍しさで俺に構ってるだけなんだろ?俺より、木佐貫に構ってやれよ、アイツだって充分可愛いだろ?」
そうしてくれると本当にありがたいんだけど。
ゴシゴシと納まりつつあった涙を拭いているとその手を両方とも握られた。
「更科?」
「物珍しさなんかじゃない」
痛む目を開けるとすぐそこに更科のカオがあったから驚いて息を呑む。
「俺は、本気で紬ちゃんが好きだよ?木佐貫より紬ちゃんのほうがずっと可愛い」
か、可愛いって・・・・・・。
頬が熱くなるのを感じて戸惑いの目を更科に向けてしまう。
「や、やだ・・・・・・更科、離せよ・・・・・・」
「俺が、護るから」
「更科、お願いだから」
「俺が紬ちゃん護ってやるから。他の人間からも、ハンターってやつからも」
離せ、って言ってるのに更科は力を緩めない上に、力を加えてる・・・・・・。
「紬ちゃんが平気になるまでは手は出さないから、安心して?」
「そんな日、来るわけ」
「かも知れないけど、まぁ無駄な努力させてよ」
ね?と笑われてはどうしようもなく。
俺が他の人間を抱くとか抱かれるとか、そういうことは絶対に有り得ないから、更科が俺に飽きるまでの辛抱・・・・・・らしい。
「悠誠先輩とのお昼は楽しかった?」
相変わらず笑顔が怖いぞ木佐貫。
放課後、顔を貸せと言われたので貸しに行ったら開口一番にそれだった。
「お前、本当にモンスターハンター?」
ハンターって普通の学校に通うもんなのか?俺達は溶け込む為に通ってるけどさ。
俺の純粋な質問を曲げて解釈したらしく、更科は表情を歪める。
「何?僕が半人前とでも言いたいわけ?」
凄く言いたいけど、言わぬが華だろうな・・・・・・。
「まぁ、今日はハンターとしてじゃなく、ただの木佐貫龍音として坂下紬に話がある」
ビシィ!と効果音がつきそうなほどキレのいい指差しに思わず後ずさり。
「悠誠先輩はアンタなんかに渡さない!」
・・・・・・・あっそ。
別に俺だって欲しいわけじゃないんですけどね。
「でも、お前一回振られてるんだろ?」
意図的じゃなかったけどこの一言はさらに木佐貫の怒りを買うことになってしまった。
「この僕が振られるなんて有り得ない!」
「・・・・・・いや、でも振られたんだろ?」
自信満々に言い切れるほどの顔だけど、事実は消せないだろう。
「それはお前が居るからだー!!」
地団駄踏みながらの木佐貫の理由はなんとも短絡的。
「そんな、理不尽な・・・・・・」
「っていうか、僕は、狼男なんて卑しい種族があの人を手に入れるのがムカつくんだ!」
・・・・・・卑しいだって?
人種差別にも程がある。何なんだよ、その言い方。
冷静に居られる自信はあったのに、人間なんかにそんなこと言われる筋合いは無いと思った瞬間怒りが燃え上がってきた。
「卑しいって、誰が?」
「お前らモンスターだよ!人間を犯して生きながらえてるなんて、最悪じゃないか!」
・・・・・・別に犯してなんか。つか、まさか木佐貫の顔からそんな具体的な単語が出てくるとは。
「お前なんか、悠誠先輩に似合わないんだからな!他人の血を飲むなんて汚らわしい!」
うっわー、言われちゃった。って感じだった。
更科はカッコイイし、人気者だけど、俺は別に女顔ってだけだし?しかも人当たりは滅茶苦茶悪い。
似合う、とか、似合わない、とか。
・・・・・・そんなの俺が一番知ってるよ!
「だったらとっとと更科に色目でも使って寝取ってくれよ!」
思わずそう怒鳴っていた。
そうだよ、木佐貫なら更科とお似合いなんじゃないの?
「俺だって迷惑しているんだよ、更科に契約者になってもらうつもりなんて全然無かった。事故だった。だからアイツは今自分がどんな位置にいるかわかってない!力だって貰えないんだ。お陰で俺は具合が悪くて仕方ない。とっとと更科と寝ろよ、木佐貫」
イライラする。
おかしいな。
何で俺、こんなに、イライラ・・・・・・じゃない。
悔しい。
何だか凄く胸の中がもやもやするし、頭は重い。
更科と関わるようになって、何だか変な感情ばかり出てきている。
更科さえいなかったら、こんな事にならなかったのに。
「俺は更科が大嫌いなんだよ。早くしねぇと食い殺すぞ」
グルル、と喉の奥のほうで呻いてみせると木佐貫の表情に緊張が走る。
きっと心の中で決意を固めたんだろう。それでいい。
更科は、優しすぎるんだと昼に知った。
狼男なんて普通の人間は恐れる俺を普通に受け止めて、必要ないのに護りたいなんて言ってる。
馬鹿みたいだ。
人間が誰かを好きになるのは一瞬。きっと、更科もすぐに別な人間に目が行くようになる。
そう、例えば、目の前で俺を睨んでいるハンターとかな。コイツの顔は綺麗過ぎる、きっと、更科も俺よりコイツを構うようになるさ。
「絶対悠誠先輩をお前から救ってみせる」
決意のこもった台詞を鼻で笑ってやった。それこそ俺の願いだからな。
「どいつもコイツも馬鹿ばっかだな・・・・・・」
でも、多分一番馬鹿なのは、更科の言葉が嬉しいと思ってしまった俺なんだろうけど。
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