「あれぇ、紬ちゃん、今日遅刻?」

 教室に入った時はすでに3校時目終了時。しかも4校時目は体育だから、クラスメートの殆どは着替えて体育館に行ってしまっている。ああ、めんどくせぇ・・・・・・。

 しかも話しかけてくるなと念じてはいたが、やっぱり話しかけてきやがった。

「更科・・・・・・」

 ぐったりしながら彼を呼ぶと、ちょっと驚いたような顔をされる。

「紬ちゃん、俺の名前覚えてたんだー。しかも初めて呼んでくれたね」

 ちっ。何も言わなきゃ良かった。

「おい、更科〜〜」

 天の助けか、更科とつるんでいる奴等が彼を呼んで体育館に急げとか言ってる。

「おい、呼んでるぞ」

 こっちはさっさと行って欲しいってのにヤツはにっこり笑った。

「俺紬ちゃんと行くよ。早く着替えなって」

「は!?」

 こんな直接的なお誘いは初めてで、俺が目をむいて驚いているのを尻目に更科は友人に「先に行ってろ」と返す。そしたら予想通り彼の友人達は俺を怪訝な目で見てくる。

 俺を変な目で見るな!悪いのは更科だっての!!

「でもダイジョブ?昨日の怪我」

 仕方なしに人が居なくなった教室で着替えを始めると更科が心配そうに聞いてきた。

 あ、足ね、忘れてた。

 お前と今日の朝方ディープなキスをしたから完治しましたよー・・・・・・なんて言える訳が無く。

 遅刻をしてきたのは、コイツが学校に行く時に玄関のドアに鍵をかけて出て行ってくれたからだ。人間の姿に戻って、玄関の鍵を開けて出て来ても良かったけれど、それだと鍵を閉められない。だからベランダに出て、昼間うろうろしている蝙蝠を使って家に戻ってきたんだ。

 セイを捕まえるのに2時間くらいかかったんだよ・・・・・・。

 しかも親には初めての午前様ということで怒ればいいものを褒められたからな!

 契約者を見つけたと早々にバレて、一家全員でパーティ騒ぎ。好きでこんな事になったわけじゃないのに。臣にはなぜか冷たい目で見られるし・・・・・・。

 さっきからずっとイライラしていた俺は、いつものような「じろり」という睨み方ではなく、「ギロリ」と更科を睨んでいた。

 考えてみたら、全部コイツの所為じゃねえか。

「平気だから、あまり俺に構わないでくれないか?」

 つかさっさと体育館に行ってしまえ。もうすぐ授業始まるっての。

 でも、更科は俺の言葉なんて聞かなかったかのように

「おお、紬ちゃんが20文字以上しゃべった」

 聞けよ、人の話。

 ああもう、本当にイライラする。

「更科・・・・・・っ」

「あ、ほら。」

 ほら、と彼は何かを示し、にっこり笑った。

「思った通り。声もスゴイかわいー」

「はぁ!?」

「紬ちゃんの英語の朗読とか古典の朗読とか、凄く綺麗だなって思いながら聴いてたんだよ」

「・・・・・・お前は、男も口説くのか?」

「冗談!俺が口説くのは紬ちゃんだけよ?」

 ああ、コイツ言い慣れてるな。

 何となく色々なやつに同じ事を言っているんだろうと予想がついて、さらに俺はコイツが嫌いになった。

 それでも、コイツが契約者だという事は事実は変えられない。

 そういえば、契約解除の仕方もあるんだ。忘れてたけど。

 確か、被契約者か契約者、どちらかが別な人間と交われば、契約解除になる。


 ・・・・・・て、ことは。


 制服のセーターを脱ごうとした手を止めて派手な外見をした更科をじっと見た。今はジャージだけど。

 コイツ、女とっかえひっかえなんだろう?だったら今夜にでも契約解除行為するんじゃないか?つか、彼女とかいるんだろ?
 そう考えた瞬間、一気に曇りだった心情が晴れた。

「更科」

「ん?なんだい、紬ちゃん」

「お前、今彼女いる?」

「いんや。今はフリーですけど?」

「ちっ。居ないのか」

 思わず口に出して舌打ちしていたが、まぁいい。

「じゃあ、セフレは?」

「・・・・・・紬ちゃんの口からそんな言葉が出るとは思わなかったけど。居るっちゃ居るけど?」

 よっし。

 思わず心の中でガッツポーズ。

「でも、最近本気で好きな人が出来たから、ご無沙汰なんだけどね」

 え。

 付け足しのように言われた言葉に思わず硬直していた。

「なに、お前・・・・・・まさか好きな人以外抱きたくなくなったわけ?」

「ん。まぁそーゆー事。俺ってば意外と純情なのよ〜」

 セフレが居る時点で純情とは言いがたいが。

 片想いってことか、んー・・・・・・。

 つまり、コイツとその片想いの相手が両想いになれば俺との契約解除ってところか。

 よしっ。

「早くそいつと両想いになれ!」

「は?」

「いいか?一週間以内にそいつと両想いになれ。でないと」

 俺が死ぬ。いや、本気で。

 一日に3回契約者から力を貰わないとかなり辛い。食事と同じようなものだ。

 でも、契約者が居なかったら月からとか補給方法は結構ある。契約者がいると月から力を貰えない。

 つまり、一週間が限度なんだ、俺の絶食期間は。

「紬ちゃん?なんで・・・・・・」

「細かい事は考えるな。それと、俺には近付くな」

 5日目6日目になると、多分ハングリー状態で契約者である更科を襲いかねない。殺人はこの時代タブーだから。

「・・・・・・それ、ちょっと無理だわ」

 ぼそりと更科が低い声で呟いた。

 それ、とは何を示しているんだろう。一週間以内に両想いになることか?それとも両想いになることか?

「紬ちゃんに、近付くなってのと、両想いになれっての。同時に実行できるわけないじゃん」

 更科の言ったことは俺の予想には無かったことで。

「あ?何でだよ」


「だって、俺が好きなの紬ちゃんだし」


 ・・・・・・。


 ああ、そりゃ確かに同時に実行出来るわけないな。



 ・・・・・・って、違うだろ、俺。



「冗談」

「いや、マジだよ?」

「ゴメンナサイ、お断り」

「だろうと思った」

 振られたってのに更科はへらへらと笑っている。本当は冗談じゃないのか?

 そういう事、冗談で言えるから、だから人間ってヤツは嫌いだ。

「でーも、俺は諦めませんよ。一週間以内に紬ちゃん落として見せましょう」

「何でそうなるんだ!」

「だって、紬ちゃんが言ったんじゃん?好きなヤツ一週間以内に落とせって」

 言ったけどさぁ、ここは男らしく諦めようよ・・・・・・。

「勘弁してくれ・・・・・・・」

 ああ、言わなきゃ良かった。

 ホント、後の祭りだ。

「あれ、紬ちゃん・・・・・・」

 苛立ち紛れにシャツを脱ぎ捨ててジャージを手に取ったらまた更科が何か言ってきた。

「何だよ」

「首元の・・・・・・」

 首元?

 何だか変な顔をしている更科の視線をなぞると、俺の首より少し下の鎖骨あたりが少し赤くなっていた。

 ・・・・・・?なんだ?虫にでも刺されたか?

「虫刺されじゃねぇの?」

「え・・・・・・?」

 至極一般的な返答をしたというのに更科は驚いたような顔をして俺を見る。見る、というより凝視っていう言葉の方がしっくりくるけど。

「紬ちゃんの方こそどうなのよ?」

「へ?俺?」

「そ、彼女とか居ないの?」

「居るわけねぇだろ!」

 思わず即答してしまってから、しまったと思う。ここで居るとか言っとけば、都合が良かったんじゃないか?

 でも、人間の女と付き合うなんて事、想像しただけで鳥肌が立つ。

「それなら俺にもまだチャンスあるってことだよな」

 そしてヤツは予想どおりの台詞を言ってきた。

「ねぇよ」

 だって俺人間嫌いだし。

「そんな冷たいこと言わないでよ〜紬ちゃん〜〜」

 ふいっとそっぽ向いた俺の背中にいきなり抱きついてきやがった!!

「ぎゃあああ!!離れろ!!」

「あ、紬ちゃん抱き心地いい〜〜・・・・・・紬ちゃん」

 満足そうにしていたヤツの声がいきなり低くなって、その変化に俺は思わず体を揺らしていた。

 僅かな恐怖を感じたから、だ。

「ここの傷、どうしたの?」

「え・・・・・・」


 傷。


 俺の体に傷、というほど残っている痕は一つしかない。

「・・・・・・小さい頃、散歩してたら知らない男に」

 それだけ言うと空気が少し変わった。


 嘘は言ってない。


「それ以来俺は人間が嫌いだ。だから、お前にチャンスなんか無い」

 少し乱暴に更科の手を振り払って、俺は視線を感じながらも先に教室から出た。

 これで、少しアイツがおさまってくれればいいんだけど。


 ま、人間ってのは図々しい生き物だからな!納まるわけないか!!


「狼の臭いがする」

 体育館に向かう途中の渡り廊下に来たら、いきなりそんな声が聞こえた。

 狼・・・・・・って。

 瞬時に悪寒を感じ俺はその声がした方向を振り返る。そこには見知らぬ男子生徒がにやにやと嫌な感じに笑って立っている。見知らぬってか、あんまり他人を気にしていなかったらもしかしたら同学年かも知れねぇけど。

 俺と同じくらいの身長で顔もよく、難があるとすれば

「見つけた!狼男!!」





 モンスターハンターってところか・・・・・・。





 俺達の天敵、モンスターハンターは日々人間に気を使いながらひっそりと暮らしている俺達を執拗に追いかけ、抹殺を目標としている。

 ってかね、俺達一応住民票持ってるから、俺達殺したらお前ら殺人罪で起訴されるぞ?

「僕の名前は木佐貫龍音。日本モンスター連盟に加盟してるんだ」

 ああああ、もう、嘘だろぉぉぉ?

 伝説と言われていても、こういう仕事をしているヤツはいる。一応17年間狼男生活を送って来ているから何度かハンターに会ったことはある。

 その度に兄弟全員で撃退・・・・・・タコ殴りとも言うけど、してきた。だから恨まれるとかは思わないでおいて。

「見れば何だか弱ってるみたいじゃない。覚悟しなよ」

 あぁ、何ていうか、厄介ごとは重なるってマジなんだ・・・・・・。

「ウザい・・・・・・」

 ボソっと呟くと木佐貫はムキィ!とよくわからない超音波みたいなのを発した

「いい度胸だね!今すぐ滅殺してやる!!」

 そう言って彼は制服の内ポケットからナイフみたいなのを取り出した。

 オイオイ、マジかよ。

「それ・・・・・・」

 俺が光るナイフを指差すと彼はにやりと笑った。

「気が付いたようだね。そう、これは銀で出来た特注のナイフだ!」

「いや、銃刀法違反だなぁって・・・・・・」

「狼のクセに法律語ってんじゃない!」

「それは人種差別ってものだろ」

 本当に、生きにくい世の中だ・・・・・・。

 狼ってだけでこんな人種差別を受けるなんて・・・・・・。

 コレ、訴えたら勝てるかな。


「紬ちゃん?何やって・・・・・・」


 本当にどうしてこんなに厄介ごとが重なるんだ。

 確かに、次の時間が体育だから更科がココに来る予想は出来た。でもこのタイミングで来なくてもいいだろ。

「更科・・・・・・」

 俺はナイフを持った生徒に襲われている。こんな場面を見た人間が何を考えるかなんて俺には到底想像出来ない。


 のに


「何やっている!!」

 初めて聞いた更科の怒声に俺も木佐貫もびくりと身を竦ませていた。いつもあんなにへらへらしている更科がこんな声を出すなんて思わなかった。

 茫然としている俺と彼の間に割って入って、更科は俺を庇うように背で隠す。


 ・・・・・・ってか、俺、庇われてんだよな。


「更科、何で・・・・・・」

「何で先輩がソイツ庇ってんだ!」

 俺の疑問は木佐貫の怒声にかき消された。

 って、先輩・・・・・・って木佐貫、更科の事知って・・・・・・?

 更科も少し驚いた顔をしている。

「お前は、確か・・・・・・」

「ソイツは狼男なんだ!危険な生き物!早くこっちに引き渡してください!」

 ぎゃああああ!!何言ってんだこのヤロウ!!

 今までひた隠しにしてきた事をべらべらとしゃべられ、俺は気が気じゃなかった。

 でも

「・・・・・・はぁ?狼男?何言ってんだよ?」

 そうだ、更科!それが正しい人間の反応だ!

 更科の馬鹿にしたような言い方に木佐貫は嫌な予感を覚えたらしく、眉を寄せた。

「まさか、先輩がコイツの契約者」

「っだああああああああ!!」

 ハンターの言う事を事前に察知した俺は思わず絶叫していた。

 契約者の事を更科に話されるのは困る!

「紬ちゃん?」

 驚いた更科が振り返ってきたから曖昧な笑顔を浮かべてやる。

「さ、更科・・・・・・授業始まってる」

「あ!ヤバイ、すげぇ遅刻してるよな、急ごうぜ、紬ちゃん」

 はぁ、第一関門突破、ってとこだな・・・・・・。

「木佐貫も急げよ、授業始まってるんだから」

 更科は律儀にも茫然としている木佐貫にも声をかけていた。

 瞬間、彼の顔が一気に紅くなるのを俺は見てしまった。怒りじゃない、多分それ以外の理由で。

 何だか、物凄く嫌な予感を感じるのは・・・・・・気のせいであってくれると嬉しい。









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