人狼の本来の姿は、勿論狼だ。
その姿になっていると凄く楽。
契約者が居ない時は、人に戻る為に必要なのは月の光。伝説では月の光を浴びると狼になるっていうけど、本来の姿が狼の俺達の一族は反対なんだ。
動物虐待騒ぎがあってからも、夜の散歩は止めなかった。臣には止めろと言われたけど、何となく悔しいじゃないか。
唯一の安息の時だから。だから今日も怪我が治りきっていない足ででも散歩をしている。
でも、怪我をしているから早めに帰ろうとは思ってた。
そろそろ帰ろうかと思ってくるりと踵を返すと、なにやら大きな影が俺の影を消しているのに気がつく。
因みに、今の俺の姿は、人狼としてはまだまだお子様なので、子犬。
「犬だ・・・・・・」
ちょっと驚いたように言ったのは、俺が最も苦手とする人間。
逃げようとする前に体を持ち上げられ、抱きかかえられる。
そして、近くになったその人間の顔に俺は青ざめた。
更科!!?
そう、クラスメートであり俺が一番嫌いな男が、狼姿の俺を抱きしめていたのだ。
ヤバイ、逃げなきゃ。
そうは思うけど、人間の男の力には敵わず、顔見知りなため人間に変身するわけにもいかず。
更科は女相手に凄く軽い男だ。動物相手に笑顔で接するようなタイプには見えない。
動物虐待の事件を思い出し、俺はじたばたとヤツの腕の中で暴れた。
「オイオイ、暴れるなって」
そしたら、宥めるように更科は俺の喉から腹にかけて撫でてきた。
き、気持ちいい・・・・・・。
うっかり暴れるのを止めると、彼は上機嫌で歩き始める。勿論、俺が帰ろうとしていた方向とは別方向に。
「首輪が無いところを見ると、お前フリーだな?俺んちに来いよ」
俺の腹あたりに鼻を擦り付けながら更科はそんな事を言ってきた。
は?コイツ、俺を飼う気!?
「俺、一人暮らしだし。遠慮は要らないぜ?」
遠慮とかの問題じゃねぇんだよ!!俺、俺、帰るぅぅぅぅ!
ジタバタしても所詮子犬の反抗。すぐに更科の住んでいるマンションに着いてしまった。
「ほら、到着〜」
ようやく自由になったのは更科の家についてから。唯一の出口は彼が閉めてしまった。
どうしろと?
自由になったはいいけど普通の犬みたいに部屋を走り回る気にもならず、玄関でちょこんと座り込むしかなかった。
そんな俺の様子を見た更科は軽く笑って再び俺を抱き上げる。
「腹、減ってないか?何か喰えるもんあったかな・・・・・・」
連れて来られたのはキッチン。一人暮らしにしては綺麗にしている。
俺を床に下して、更科は何かを用意し始めた。
「ホラ、これで今日は我慢してくれよ」
目の前に置かれたのは、暖められた牛乳。
恐る恐る舐めようと身をかがめつつ目を上げると、更科の興味津々な瞳とかち合う。
動物とか、相手にするの初めてなんだろうか。
「毛並み、綺麗だな。ちゃんと洗われてたみたいだ」
ミルクを飲み終えた俺を更科は今度は風呂場に連れてきて洗い始めた。その手付きもどこか優しい。
わしゃわしゃと泡に包まれて目を閉じる俺に「大人しいじゃん」と彼は評価する。
そこら辺の犬と一緒にされるのは困る。
ドライヤーの温風で毛を乾かしてもらっている時、俺はすでに眠くなっていた。
「お前の名前も決めないとな」
何にしよう?と彼は首を傾げながら俺をベッドに寝かせる。
体を撫でてくる彼のでかい手が気持ちいい。
「名前か・・・・・難しいな。太郎、とか・・・・・・クロ、とかどうだ?お前毛並み黒いし・・・・・・」
その時、何を思ったのか更科の手が止まる。
「・・・・・・ツムギ」
へ?
「アイツに、似てるんだよな。黒い毛とか、ちょっと目つき悪いとことか。ツムギにするか」
・・・・・・って、それって俺の、名前・・・・・・。
「んじゃ、ツムギ、おやすみ」
更科もベッドに入ってきて、すぐ寝てしまったようだ。俺も眠気に負けて、そのまま寝てしまったのだけれど。
大事なことを、忘れていた。
目を開けるといつもと違う天井で。
あ、そっか、俺、更科の家に居るんだっけ。
隣りには更科の寝顔があったから、すぐに昨日の出来事を思い出せた。つか、上半身裸で寝てんじゃねぇよ。
けれど、昨日よりなんだかベッドが狭く感じるのは気のせいか?
寝起きの頭ではそんな事を深く考える事が出来なくて、冷気に触れる肩を暖かいベッドの中に入れる。
もう少し寝ていられるはずだ。
・・・・・・アレ?
ちょっとした違和感に、閉じかけていた目を開ける。
俺、狼の姿のはず・・・・・・だよな?
もぞりと狭いベッドの中から手を出してみる。うぅ、寒い。
・・・・・・指が五本。
って、人間の姿に戻ってんじゃん!!俺!!
驚きのあまり飛び起きると、意外性ナシに俺は全身裸。上半身裸の更科に文句なんか言えない状態だ。
「嘘・・・・・・何で!?」
夢かと思って手で顔に触れるけど、毛がない。
普通、俺が戻るぞーって気合を入れないと人間の姿には戻らない。
昨日のことを思い出してみようとしてすぐに、こうなった原因に思い当たる。
・・・・・・確か、更科のヤツ、・・・・・・俺の名前を、呼んだ。
さっと血の気が引いた。
俺の本来の姿の時に全然知らない奴から名前を当てられる、っていうのは言霊がどうのってことで、本来の姿を見て、人間の姿の時の彼だとわかるということはそれだけ愛がある、と判断される、らしい。
そして、その名前を当てたヤツは、当てられたヤツの契約者、ということに・・・・・・なる。
つまり、更科が俺の契約者に、なった・・・・・・と。
「ん・・・・・・」
冷気に反応したのか、普通の覚醒か、更科の体が動き覚醒の気配を観せる。
ヤバイ。やばすぎてもう笑うしかない。
「・・・・・・あれ?紬・・・・・・ちゃん?」
眠い目を擦りながら彼は俺の名前を呼んだ。寝起きも見られる美形だな。
ああ、もう駄目だ。
「なんで、ハダカ?」
って、更科も突っ込みどころはそこかよ。
「お、俺・・・・・・」
なんて説明するべきなんだ?
困惑する俺の頬に更科が手を伸ばしてくる。
あの、昨日撫でてきた大きな手が、また優しく頬を撫でた。
「夢か・・・・・・」
その呟きに俺は一筋の光を観た。
「そうそう、これは夢だ、夢!」
ああ、でもどうしよう、契約者のこと!
とりあえずココは夢で誤魔化しておかないと・・・・・・。
「だから、ってぇぇ!?」
更科、と名前を呼ぼうとしていきなり腕を強く掴まれた。
ヤバイ、怒ってるのか!?っていうか目ぇ覚ましのか、コイツ!
普通は怒るよな、全然話さないクラスメートがいきなりハダカでベッドにいたら!
・・・・・・ヤバイ、上手く説明しないと俺変態のレッテルを貼られる・・・・・・・。
色々考えて、さぁぁと血の気が下がる。
「あ、あのな、更科、俺だって好きでココにいるわけ、じゃ・・・・・・」
なんか暖かいな、と思ったら・・・・・・俺は更科に抱き締められてるらしい・・・・・・。
・・・・・・コイツ、好きな女か誰かと俺を間違えているのか?それはそれで好都合だけど、でもさっき名前呼ばれたような・・・・・・・。
とりあえず下手に暴れて彼が完全覚醒するのが怖かったから大人しくしていた。
これはこれで恥ずかしいけど・・・・・・。
「・・・・・・更科、いい加減離せ」
ぎゅーっと抱き締められて、もう何分経った?
臣にもここまで長い時間くっつかれてた覚えが無い。
更科の腕の力が抜けたからようやく解放されると思ってほっとした。ああ、このまま適当にミゾオチあたりに一発入れて眠らせて逃げよう。
密かに立てていた作戦を実行しようと拳を握った。でも、力を込めようとしたまさにその瞬間、口元に生暖かいというか、暖かくて柔らかい妙な感触が。
・・・・・・・・・は?
これ以上無いって程の至近距離にある更科は目を瞑っているから表情とかわからない。
と、いうか視界に多分更科の顔全部は入らない。
これって、キス・・・・・・ってヤツだよな?
ドラマとかでしか見たこと無いけど・・・・・・キスって・・・・・・えぇぇ!?
なんで、と思ってすぐに口の中に彼の舌が滑りこんでくる。
パニックになりかけた俺の頭が更にパニックになる。
うぉ、何だか気持ち悪!・・・・・・気持ち悪いっていうか、な、なんか嫌だぁぁぁ。
初めての感触に半泣きになっていて、口の中に溜まった俺のかコイツのかよくわからない液体を恐る恐る飲み下した時、どくりと俺の人狼の血がざわめいた。多分、更科が契約者になった所為もあるだろうけど。
俺達人狼の最高のエネルギー源は、人間・・・・・・契約者の、体液。
溢れそうになる更科の唾液が、もっと欲しい、と思ってしまう。本能的に。
さっきまで嫌だとしか思ってなかったのに。
やばい。
気がついたら、俺の方から更科の唇を求めていた。
何だろう。これが、渇望というんだろうか。
砂漠の中でオシアスを見つけて水を欲しいだけ飲みたい、そんな感じで。
朝になると決まってだるかった体の不快感が無くなっていく。
これが、契約者の力か・・・・・・。
長い長いキスが終わって、更科の唇が俺の首を滑って、鎖骨あたりに鋭い痛みを感じる。
「紬ちゃん・・・・・・」
甘く擦れた声に、眠気を感じながらも胸が疼く。
腹いっぱいになると眠くなるんだよな・・・・・・・・・。
ああ、でも狼に戻らないと。
色々考えている間に更科の手が俺の体を巡っている。
う・・・・・・。
奇妙な高揚感から一変して一気に嫌悪感が湧き上がる。
過去のあの感触に似ているから、だ。
嫌悪感というより、恐怖感に近い。
「やだっ!俺に触るな!」
いくら契約者だとしても人間だ。思い切り突き飛ばすと、彼の体がベッドの下に物凄い音を立てて落ちた。頭を打ったんじゃないかと思うほど鈍い音だった・・・・・・・。
「いってぇー・・・・・・あれ?俺・・・・・・」
ベッドの下から本格的に覚醒したらしい更科の声が聞こえてくる。
彼が顔を上げてベッドの上を見る。その視線の先には小さな子犬がいたはずだ。や、子犬じゃなくて狼だけどな!
俺はわざとらしく甘えるような声を出してしっぽをぴこぴこ振ってみせる。
それに更科は微笑ましいものを見るように目を細めて、俺の頭を撫でた。
さっきは嫌だと思ったけど、コイツの手は優しいな・・・・・。
「夢か・・・・・・」
痛む頭を撫でながら彼は立ち上がってバスルームへと消えていく。
ああああああ、焦ったぁぁ。
一瞬の隙に狼の姿に戻れた俺ははぁぁぁとため息を吐いた。この姿だから「はぁぁぁ」じゃなくて「きゅーん」という情けない音だけれど。
さて、どうしよう。
まだ人間嫌いで、しかも最も嫌いな更科が契約者になってしまった。
ヘコむ。
今はそれしか出来なかった。
「つー兄!」
どうにか家に帰ってくると、学校に行かなければいけない時間帯だというのに臣がいきなり玄関の扉を開けてきた。
「臣?お前、学校・・・・・・」
そんな事どうでもいいと言う様に彼は首を横に振る。
「今までどこ行ってたんだよ!心配したんだぞ!?」
両肩を掴んでがくがく揺らしてくる臣の慌てぶりには驚かされた。なんだ、珍しい。
「俺達は心配していなかったけどな」
リビングの方から広貴兄さんの声が聞こえてきて、臣ががぁっと彼に向かって吠えていた。
俺も何で年上じゃなくて年下からこんなに心配されてるんだ・・・・・・?
「ね、つー兄、今までどこ・・・・・・」
突然、臣は俺の肩口あたりを見て硬直する。何だ?
「・・・・・・もしかして、契約者・・・・・・見つけてきた、の?」
どことなく震えている声に、ああやっぱりわかるもんなんだと思うしかなく。
「・・・・・・一応・・・・・・」
アレは契約したって事になるのかな・・・・・・。でも、アイツの体液で一応体力戻ったし・・・。
そう答えた瞬間、家の奥のほうが騒がしくなった。
「え、なになになに!?紬ちゃん、契約者見つけてきたの!?」
「本当か?良かったな」
「ちょっと、紹介しなよ!?」
「わぅ!」
母さんと上の兄弟二人、それと狼の姿の父さんに詰め寄られ、一歩後退した。
怖いんですけど・・・・・・この人達。
「あの、いや、でも俺・・・・・・」
まさか、事故でそうなったとは言えず。
元々基本的に陽気な人達だから、一回騒ぎ出すと止まらない。
ああもう、どうしろってんだ。
「あのさ・・・・・・」
「ふざけんな!」
静かにしてください、と俺が頼み込む前に、臣の怒声が家中に響いた。
え?
一瞬、うるさかったから怒ったのかと思ったけど、臣は俺をじっと睨んでいる。
今まで見たこと無い、怒りを堪えるような顔で。
「人が、心配していたってのに、契約者を見つけてた?何だよ、ソレ!」
「あら、良い事じゃない?」
母さんののほほんとした一言に怒りが頂点に達したらしく、臣が、がんと玄関を殴った。
狼男の腕力っていうのは人間のそれの数倍。もちろんドアは軽くへこんでいた。銅製なのに・・・・・・。
「・・・・・・馬鹿らし。俺、学校行く」
そしてそのまま出て行ってしまった。
臣・・・・・・?
そういえば、アイツ、俺は今のままでいいと思うとか言ってたっけ・・・・・・。
俺に契約者が出来るのが嫌だったのか?
でも、何で?
「アイツのは単なるブラコンだ、気にするな」
「あ、そうだよな」
広貴兄さんの一言に、あっさり納得してしまう俺も俺か。
「それより」
臣の態度は置いて置いて良いものなのか俺にはわからなかったけど、兄さん的にはOKらしい。
話を変えられた。
「学校に行くなら、Tシャツか何か着ろよ」
そう言いながら兄さんは俺のシャツのボタンをしめる。
俺、首周りキツイの嫌いなんだけどな・・・・・・。
「何で?」
「キスマーク」
は?キスマーク?
「ついてる」
兄さんの淡々とした顔じゃあそれがどういう事を示すのかわかりにくいし。
それに。
「キスマーク・・・・・・って何?」
俺の頭の中ではYシャツとかに口紅をつけられた旦那が奥さんに怒られている場面が流れる。
でも、俺昨日女となんか・・・・・・。
兄さんは深いため息を吐いていた。
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