「はい、カーット。そこまでそこまで、はいはいはいはい離れて離れて」
 ぱんぱんと手を叩きながら翔と克己の間に割って入ったのは遠也だった。
 そんな遠也を克己は不機嫌そうに迎えるが、翔の方は笑顔で迎える。
「おー、遠也、お疲れ。作戦は成功か?」
 ベッドから身を起こした翔は全く衣服に乱れはなく、克己の方も同じだった。その予定だったが、まさか克己が翔に変な真似はしていないだろうな、と翔の頭からつま先まで遠也は観察してから、ようやく無事を確かめて笑顔を見せた。翔にだけ。
「はい、成功のようです。これでB組の人間もしばらくは大人しくしているでしょう」
「これもひとえに俺の台本が完璧だったからだな」
 はっはっはと笑うのはいずるだった。手に持つコピー用紙を冊子にしたような薄いそれが、彼の作った台本だ。クラス全員がそれを手に今日一日過ごした。そのラストは、先ほど翔が演じた、演じたとは言い難いほどの棒読みな上にたどたどしいものだったが、古い盗聴器ごしであれば雑音も混じりむしろ生々しく聞こえたであろう情事シーンで終わる。
「俺らが勝ったって言っても流石に、火付けはやりすぎだからなー。これに懲りてくれればいいけど」
 部屋に入ってきた正紀も仕上げ組の一人だった。その手には矢張り丸められた台本が握られている。
 昨日の一戦の小屋の火付けは、殺傷能力が高く危険な作戦だ。今日もまだ目が痛い、頭が痛い、と不快感を訴えるクラスメイトが多かった。そこで入った情報によれば、そんなことをやったB組が自分達に逆恨みし、なにやら復讐を企てているらしい、と。その瞬間緊急クラス会議が始まり、彼らの策にはまった振りをして、これ以上無い程に叩き潰した。
 きっと、自分達が彼らの策を読んでいたということを知らないB組は、自分達の力がなかったのだと衝撃を受けている頃だろう。だが、自分の力を過信し傍若無人に振舞いつつあったB組には良い機会だ。元々、B組は他のクラスにも良い感情をもたれていなかったようで、今回の彼らの策の情報を流してくれたのも他クラスの人間だった。
「甲賀も、声でない振りごくろーさん」
 正紀にそう言われ、遠也に口元に貼られていたガムテープを剥がされ、克己もようやく口を開くことが出来た。ビリッと容赦なく剥がされたので、口の周りがかなり痛い。
「……なかなか、きついな」
 今日初めて出した声はどこか掠れているが、出ないわけではなかった。学年で有名な甲賀克己がどこか負傷していると知れば、B組は迷わず行動するだろうと断言したのは遠也だった。昨日、指揮官として活躍したその人物の声がないと知れば、有利だと考えるのが自然だ。
 そして、貼られたガムテープは一応監視されていたら、という配慮でそれなりに演技をすることとなり、しかし生でキスをするのも駄目だと遠也に貼られたのだ。翔はそんな様子を見ながら「べっつに男同士のキスなんて回数に入れねぇし、俺は構わないぞ?」と言ったが、それを遠也は拒否し、克己の方は項垂れた。少し位意識してくれてもいいだろうという男の嘆きが遠也の耳には聞こえた。
「さーて!この後は打ち上げだ!木戸たちがもう準備してるらしいから、早く行こうぜ」
 勝利の打ち上げの準備も作戦会議と共に始めていたらしく、正紀がうきうきと声を上げる。負けたら負けたで反省会と称して打ち上げを行ったに違いない。B組もそれくらいの打たれ強さがあればいいのだが。
「でも、何で俺が喘ぎ役なんだ?こういうのって本上の方が上手いだろ」
 翔は渡された台本を見直しながら、作戦を知らされた当初から感じていた疑問を口にする。その瞬間、部屋の中が一気に静かになった。
「……あれ?何だ?何か、聞いちゃいけなかった……か?」
 翔と目を合わそうとしない面々はそこら辺の事情を知っていた。どうやら、B組のリーダー格である佐古肇は翔に好意を抱いたようだと、克己から知らされ、それならば手酷く失恋させて士気を殺ぐかという策になったのだが、翔本人はそれを知らない。知らせるな、と克己に睨まれたからだ。
「ま、細かい事は気にしっなーい!さ、日向、今日は飲むぞー!」
「お、おい、篠田……」
 正紀に肩を組まれ、翔は戸惑うが、それには遠也も加担する。
「そうですよ、日向。早くしないと美味い食べ物は全部あの人達に食べられてしまいますよ」
 皆、食い物と美人を見ると眼の色が変わる若い生き物だ。それを言われては、急がないわけにはいかない。
「あ、そうだな」
 所詮、色気よりは食い気だ。食い物にあっさりと釣られた翔を、克己はただため息を吐くしかなかった。


「……なぁ、泣き止めよ、佐古。何か俺も哀しくなってきたじゃん」
「うるへぇ……今日は泣かせろ」
 未だに泣き止まない佐古の肩を叩きながら、鍋嶋も鼻をすすり上げる。いつまでたっても日陰者である自分達に光が当たる日は来ないのだろうか。そんな暗い未来に、泣けてきた。
 そんな、時だった。首に急激に重みを感じたのは。
「なっ!」
 首の後ろの硬い靴底の感触に声を上げたが、次の瞬間自分の置かれている状況に背筋が冷たくなる。顔のすぐ下には先ほど佐古が叩き落とした盗聴機器があった。これは、この自分の首を踏む足がちょっと力を入れれば、顔面から硬い地面へと落ちてしまうような状況だ。バランスを崩さないように首を横に向ければ、佐古も同じ状況に目を見開いている。
「……お前達が今回の事の主犯格だな」
 上から降ってきた怒りの滲んだ声に、E組の誰かだとはわかるが、その誰かが誰かまでは解からない。
「だ、誰だっ」
 声は引き攣っていたが、佐古が気丈に問う。だが、相手はその問いに答えなかった。
「……お前らのくだらん作戦の所為で、一時物を奪われた。取り返したが、その持ち運びが乱雑だった所為で、箱の角が潰れていた!どうしてくれる!」
 えぇー。
 確かに自分達に非はあるが、あまりにも細かい面を怒られ、佐古と鍋嶋は一瞬唖然としたが、すぐに首を踏む力が増し、恐怖を覚えた。
「折角、あの方から貰ったものだったのに、それを貴様らは……!」
「す、すいませんっした!」
 恥も外聞も捨て、もう二人声を合わせて平に謝るしかない。
「もう二度と、こんな下らん喧嘩は売るな。二度目は無い」
「は、はいっ!」
「俺達を侮るな」
「はい!」
 その言葉に相手も満足したのか、葉音がしたと思えば、首を踏む足が消えた。慌てて二人が後ろを振り返ったが、もうそこには誰もいない。ただ、彼が落としたらしい木の葉がいくつか舞うだけだ。
「……鍋嶋」
「……うん」
「E組って怖い、な……」
「俺も今同じ事考えてた」
 たった数人で一網打尽にされた先ほどの一戦と、今の事を考えるととてつもない敵を相手にしていたような気がする。それを思うと、自分達の今の命があるのは奇跡的なのかもしれない。
「帰ろか、佐古」
「……おぅ」
 すごすごと木の上から降り、二人は帰路についた。今まで感じたことの無い程の敗北感と、虚無感を抱きながら。
 そんな二人を遠目から見ながら、和泉は小さく息を吐いた。
「夢も醒めねば現、か」
 恐らく、クラス全体の能力的にはB組との差はそれほど無い。彼らが手段を選ばなければE組など一網打尽に出来るはず。だが、E組は多少彼らより頭がよく、多少彼らより結束力があり、他クラスとの仲も悪くない。
 総合的に見ればE組の方が多少上かもしれないが、B組が対抗出来ない相手でもない。それなのに、彼らがE組を強大な相手と認識したのは、E組の作戦勝ちと言えよう。
 小賢しい部分ではE組の方が格上か。
 けれど、そんな助言を敗者にするつもりは全くない。
「和泉!打ち上げ始まるぞ、たまにはお前も来いよ」
 そんな翔の声を聞きながら、和泉は手の中にあった金平糖を口の中に放り込んだ。







口にガムテープを貼られた克己と顔を突き合わせていた翔はきっと笑いを堪えるのに必死だったでしょう。
お前ら楽しそうじゃないか。

合同企画のお題は@ちょっと大人向けAあっはんうっふんを翔に言わせる。Bホワイトデーでした。






克己と翔のいちゃつきが足りん!!って方はこちらからどうぞ。恋人でしたよオチです。