アスラとガーズは敵対関係にあったが、しばらく休戦状態だった。それというのも、一番最近の戦いでお互いの将が一騎打ちとなり、双方とも大怪我を負ったからだ。
 アスラの第一王子とガーズの第二王子の打ち合いは2時間続き、その一戦でアスラの王子は右腕を無くし、ガーズの王子は胸に生々しい傷が残る程の傷を負った。
 それから、むやみやたらにお互い喧嘩を吹っかけることはなくなった。
 落ち着いた、と思っていたが……。
 夕日は陸と共に歩きながら、さっきの事を思い出していた。
 あのアスラの王子は自国の王子のライバルとも言っていい存在だ。もし、この国で鉢合わせたら一体どうなるか。とりあえず、彼が来ている事を彼に知らせておかないといけない。
 しかし、不味い事になった。
 彼が王宮に向かったとなると、自分は彼と顔を合わせ、「ガーズの王子」と名乗らないといけない。だが、あの男は克己の顔を知っている。ついでにいえば、彼の側近をやっている自分の顔も知っている。
 自分が克己ではないと、バラされてしまう。
「克己様」
「……ん?」
 色々考えながら歩いていれば、陸に袖を引かれる。何か指し示している彼の指の先には、狭い横路地があり、そこに白い塊が落ちていた。
 何かのゴミかとも思ったがそれがもぞりと動いたその時に、ようやく生き物だと知る。
「あれ?もしかして人か?」
「もしかしなくても人ですよ、克己様!」
 慌ててその塊に駆け寄る陸の後を付いていけば、矢張りそれは人だった。白い日よけの布に包まれた彼を抱き起こす陸と同じくらいの年齢の少年。
「大丈夫ですか?」
 息をしていることを確かめてから、陸は少年の頬を軽く叩く。すると少年の眉間が寄り、うっすらと目蓋が上がった。
 それに陸がほっとしたような笑みを浮かべ、夕日を見上げる。
「……ここは、イル……?」
 少年は首をのろりと動かしたが、それで力尽きたかのように再びぐったりと眼を閉じた。
「無理をしないで下さい。今、教会の方に」
「俺が」
 陸が少年を抱えようとしたところに夕日が手を出した。陸の肩には重かった少年を、いとも容易く抱え上げた夕日には思わず眼を見張る。
「すみません……どうも、暑くて」
 背に抱えた少年が息も絶え絶えに言った言葉には夕日も思わず苦笑してしまった。自分と同じ状況だったのだ、この少年は。
 ということは、この少年はイルの人間では無いということか。まさかこの華奢な少年が、武道大会の参加者なのだろうか。
「あつい……」
 いや、こんな暑さで倒れるくらいでは多分武道大会に出れない。まぁ、夕日自身もようやくこの気温に慣れてきたのだが。
 ガーズはほぼずっと雪に埋もれている国だ。そこに慣れてしまっている自分にこの国の温度は暑すぎる。彼もきっと似たような身の上だったに違いない、と勝手に親近感を抱いていた。
「……誠一郎さん」
 ん?
 背負った少年がどこかで聞いたことのある名前をつぶやいたような気がした。

 ギャアアアアア。
 そんな悲鳴が会場に響き、観客もあまりにも凄惨な場面に顔を引き攣らせていた。
「おいおい……こりゃあひでぇな」
 思わず正紀は呟き、勝者である黒いフードを被った男を睨みつけていた。審査員が止めるもの関わらずその男は対戦相手を一瞬にして肉塊に変えた。
 ありゃあ、魔法だ。
 この試合では魔法を使うのを禁止されている。だが、それを魔法だと気付かれないように男は振舞って適当に剣を振り回していた。さりげなく、誰にも邪魔されないよう結界まで張っている。だが、誰にも気付かれていない。
 こんな高度な魔法を使うのは、まさかと思うが……。
「魔族だ」
 隣りで突然自分が考えた事と同じ言葉を呟かれ、はっと振り返ればそこには以前自分を脅した男が難しい表情で会場を眺めていた。
「あ、あんた……!」
 彼は驚く正紀をちらりと見て軽く笑った。
「よぉ、痴漢。俺の名前は更科だ」
「痴漢じゃない!人聞き悪い事言うな!俺の名前は篠田だ」
 克己から聞いたとおり、あの日向という少年がこの国の王子なら彼はこの国の騎士だという事になる。だから正紀も正直に自分の名を明かした。
「んじゃ、篠田。お前アレが魔族だって気付いたな?お前も魔力持ちか?」
「……いんや。俺は闘士。でも気配はわかる」
 今まで自分達が相手にしてきたのは魔獣や魔族だ。敵の気配には敏感になってきている。魔力を持つものは誰が魔力を持つか解かるというが、正紀が感じるのは特異な気配だけだ。だが、その特異な気配を持つ者は皆魔法を使うことが出来る。恐らくは、自分が感じるその特異な気配が、魔力というのだろう。
「ならこの国の結界が最近揺らいでいることは気付いているか。通常なら、あんな魔族はこの国に入れない」
 そうは言われても正紀自身に魔力は無く、困惑するしかない。そこまでは気付かなかった。だが、この国に入って、自国とは違う空気があるのは感じていた。
「……いや……だが、王子はそう言っていた。神子になんらかの変化があったんじゃないかと」
「神子に変化は無い。内部の誰かが、彼らを中へ招いたと我が王はお考えだ」
「何だって?」
「そこで、貴公に頼みがある。ガーズの騎士篠田正紀」
 更科と名乗った男はこちらを振り返り、にこりと笑った。教えていない自分のフルネームを言い当てられ、思わず眉を寄せてしまう。すべて、お見通しなのか、と。
「なるべく早く、この用事を済ませてくれ」
 更科は説明を終えると、初めて苦しげに眉を寄せた。
「あの男は、勝ち進めば我が主……翔様と対戦することになる」
 すでにCブロックで優勝を決めていた翔が次に対戦するのはこのDブロックでの優勝者。翔は闘士としての技量は高いが魔力を持たない。彼があのように肉塊に化すところなど、見たくは無い。
 正紀も克己と共にいた少年の顔を思い出し、彼が切り刻まれる様を想像し思わず眉を寄せていた。
 克己にも、護れと言われていることだし。
「……解かった」


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