本来、人ごみというものは嫌いなのだ。
ギリシア風のテラスに出てひんやりとした夜風を感じながら達川はため息を吐く。
優雅な曲に、ただのパーティのような雰囲気。
政治家のご機嫌取りの為にこのパーティを開いていることなんて、きっと一年生は気付いていない。
でもこの様子だと、来年度の予算もアップするだろう。
空の生徒会役員が政治家に話しかけられ、笑顔を返している姿がここから見える。彼らも大変だ。
もちろん、自分もだけど。
「あ、いたいた、お兄ちゃん」
この学校内では聞けない少女の声に振り返ると、そこにはこの日の為に用意したのだろう白いドレスを着た妹が立っていた。
「優奈」
一つ年下の彼女は最近とても綺麗になった、と家族目から見ても思う。
「探しちゃったよ。人多いね」
肩を竦めて笑う彼女には、普段冷たいと言われる笑みではなくどこか温かみのある笑みを返した。
「元気?っていっても最近会ったけどね」
照れ笑いを浮かべる彼女の言葉に最近会った理由を思い出し、目を細める。
「そうだったな」
「もー、お兄ちゃん、相っ変わらずなのね」
大して興味もないというような兄の態度に彼女は憤慨していたが、いつもの事だとすぐに笑顔に戻った。
「ね、お兄ちゃん」
「何だ?」
「拓海さんは?」
彼女の顔が少し紅くみえるのは、気のせいじゃない。
「・・・・・・さぁ?そこら辺にいるんじゃないか?」
手すりに寄りかかりながらの素っ気無い返事に彼女はまた眉を上げる。
「いっつも拓海さんお兄ちゃんと一緒にいるんでしょ?ねぇ、どこにいるの?」
「自分で探せ。お前の婚約者だろう」
そう、笑ってしまうことに自分の妹と瀬野は婚約をしている。
確かに達川の親は政治家で、それも名のある政治家で、瀬野の家とは仲が良かった。
でもまさか、この妹と彼が婚約することになるとは夢にも思わなかった。
話では、優奈が瀬野のことを小さい頃から好きで、優奈が言い出したことらしい。
兄としては妹が好きな相手と、しかも充分に信頼の置ける相手と結婚するということは喜ばしいことなのだろうけれど。
何故だろう、素直に喜べない。
この間、妹と会ったのは瀬野との婚約報告を受けたから、だ。
瀬野に聞いたら彼は「妥当な線じゃない?」と笑っていた。
家柄も年齢も、妥当だと。
優奈は可愛いし、きっと可愛い子好きの彼にとっても良い話だったに違いない。
「お兄ちゃん、何か冷たいー」
むぅと頬を膨らませる彼女の言葉にはっとする。
知らず知らずのうちに、自分の言葉が刺々しいものになっていた気がする。
「・・・・・・解かった、俺も探すから」
それをフォローするように彼女のお願いを聞き届けると、優奈の表情がぱっと明るくなった。
後ろめたいものを感じつつ、ツキツキ痛む胸を押さえる。
「馬鹿だな、俺も」
お願いね、と言って去っていく彼女を見送り自嘲した。
このパーティも公務のはずなのに、全然自分を律せていない。
公務に私情を持ち込むな、とこの間陸と海の生徒に厳しく注意した自分が、だ。
切り捨てないと。
無駄な感情を持ち込んだら、公務に支障が出る。
「だからさ、この時の誠馬がむっちゃくちゃ可愛くって、ね、日向ちゃん聞いてる?」
「聞いています・・・・・・」
会場の外の人気の無いロビーのソファで、愚痴というより惚気を延々と翔は聞かされていた。
瀬野の語りには愛が溢れていて、もうお前らどうにでもなれよ、と言いたくなったが一応相手は上官、しかも他学科。
下手な事を言ってさらに学科同士の仲が悪くなったら困る。
何だか国際問題を抱える外交官の気持ちが解かったような気がした。
「誠馬もさぁ、俺の事好きならとっとと告ってくれたらいいのに」
「は・・・・・・?」
彼の強気な発言には思わず聞き返してしまう。
「誠馬は俺の事好きだよ。見てれば解かるだろ」
「あ、そうですか・・・・・・だったら何で先輩から言わないんですか?」
「それは、まぁー・・・・・・色々事情があるんだよ」
どんな事情だ。
そんな翔の心の中の突っ込みを読んだかのように彼はその理由を口にした。
「俺、誠馬の妹と婚約してるんだよな」
婚約の事を知らされたのは父親からの電話でだった。
普通に「最近はどこの情勢が――」という政治的話と軍事的話を交わしていた最後に
「あ、お前、達川優奈と結婚しろ」
そんな軽いノリで言われたのだ。
拒否する理由もなかったけれど、拒否する時間も無かった。
「俺から言っちゃったら、多分アイツ俺の事一発殴って終わり。自分の気持ちはひたすら押し込めようとするだろうな。
でも、アイツが自分の気持ちを抑えられなくなってーって展開だったらオケじゃん?」
「は、はぁ・・・・・・」
「それまで俺はとにかく誠馬に好かれるよう頑張るわけよ」
どうやらアレでも好かれようと頑張っているらしい。
頭が良いのか馬鹿なのか解からない人だ。きっと、こんな風だから副会長なのだろう。
「さーて、愚痴聞いてくれて有難う、日向ちゃん」
そろそろ時間だ、と呟きながら瀬野は立ち上がり背伸びをする。
「俺はそろそろお姫様を迎えにいかないと。多分今頃俺を探してるだろうし」
「あ、婚約者の方ですか?」
お姫様、と言われ会場でちらっと見た生徒会役員の婚約者である少女達の姿を思い出す。
久々の婚約者との対面に彼女達は顔を赤らめたり色めき立ったり、普通の女の子の反応をしていた。
けれど、瀬野はにんまりと笑う。
「まっさか。俺の姫は誠馬だけだっての」
金色の髪を持つ彼は、おとぎの国の王子様のイメージにぴったりで。
笑えない冗談だなぁ、と思いつつ翔は彼を見送った。
まぁ、思っていたより良い人で良かった。
「・・・・・・そういや克己どうしてるかな」
忘れていた、なんて口が裂けても言えない。
「ったく、一体どこに行ったんだ、あの馬鹿」
館内を探すだけ探して、後は今達川がぶらついている西洋風の庭園のみ。
人気が無い上明かりは空にある月しかないので、見通しが悪くて仕方が無い。
まぁ、霧の中の航海よりはずっとマシだが。
「誠馬みーっけ」
「ぅわ!」
一体どこから現れたのか、探し人の声を共に背中に彼の体重が圧し掛かる。
「瀬野!何を遊んでいた!公務中だぞ!」
「公務じゃないって親睦会」
「それも公務の一つだ!」
「それじゃ、船での演習中に俺に抱かれるのも、公務の一つ?」
首に腕を回したまま彼はあまり思い出したくない事を聞いて来た。
何で、この状況でそんなことを聞いてくるのだろう。タイミングが悪いのにも程がある。
「・・・・・・当たり前だ」
「そ、か」
あっさりと彼は自分を解放した。いつもの性質の悪いからかいと同じだったらしい。
「優奈が探していたぞ、瀬野」
「俺が探していたのは誠馬だけど」
「俺?何か用だったのか?」
何か命令が下されただろうか。
そんな真面目なことを考えた誠馬の表情は仕事の顔になり、それに瀬野は彼の真面目さに感心しつつ微笑んだ。
「ああ、俺の私情で、ね」
ワザと相手が嫌う単語を使うと達川の眉が不快気に上がる。
「私情?」
「誠馬って、俺の事好きだろ」
「は?」
「なぁ、好きだろ?つか、好きって言え」
幼馴染で付き合いはかなり長いが、瀬野が考えている事がわからない。
そんな事を聞いて、どうする。無意味な事この上ない。
「馬鹿な事を俺に言っている暇があるなら優奈のところに」
「馬鹿じゃない。お前だって知ってるくせに」
「何をだ」
「俺がお前の事を好きだって事」
さわりと冷たい風が綺麗に整えられた茂みを揺らした。沈黙が周りの音を耳に届かせる。
思わず見入ってしまった瀬野の眼は静かな海の色。
飲み込まれるかと思った。
それに抗わなければ楽なのだろうけれど、自制心が自分を引き上げてくれる。
「そんな事、確かめてどうする。無駄なだけだ」
震えそうになる腕をさすって奥歯を噛み締めた。
好き、とか言い合って何かが変わるかと言えばそうじゃない。
自分はそう思うのに相手はどうやら不服なようで。
「無駄じゃない。少なくとも、俺は嬉しいね」
「そんな感情、他の事でもいくらでも手に入れられるだろうが」
「入れられない。特別な感情だ」
「俺は要らない」
「俺は欲しい」
「じゃあ命令しろ。公務だったらいくらでも言ってやる」
優奈の綺麗な笑顔が脳裏をよぎり、なるべく冷たい声と表情で言ってやったら瀬野が珍しく苦しそうな表情になる。
「誠馬・・・・・・」
「・・・・・・お前に俺の気持ちが解かってたまるか」
欲しいとか、特別とか、彼は言えばそれで満足かも知れない。
でも、自分は違う。
「お前は優奈の婚約者だぞ」
「そうだけど?そうなったら誠馬は俺の義兄さんだな」
「明るく言うな」
自分達がそんな気持ちを通じてしまったら、彼女に対する裏切りになってしまう。
なんの罪悪感も無いらしい瀬野の態度に苛立ちを感じる。
そりゃあ、軍人自体倫理観を無視した存在かも知れないが、家族相手に罪は犯したくなかった。
「大体、だったら何で優奈と婚約した」
「親父に言われたんだ」
解かりきっている事を言わないで欲しい。
それ以外に、理由が無いのも知っているけれど。
「お前が、誰かと婚約するのは覚悟していた。でも何でそこで優奈なんだ」
他の女だったら、多分こんなに息苦しさを感じていない。
「優奈、は俺の妹だ」
「知ってる、けど」
「だったらもし俺が女だったらお前と結婚出来ていたのか、とか馬鹿げた事を考えるんだ!」
もし女だったら、自分は長女で瀬野と同じ歳。優奈よりまず先に自分に白羽の矢が立てられただろう。
それが無性に悔しくて、優奈が羨ましくて堪らなくなる。
馬鹿みたい、だという事は解かっているが。
もし、なんて有り得ないのに。
「別なヤツだったら、諦めがつくのに・・・・・・」
瀬野を直視出来なくて奥歯を噛み締めながら目を逸らす。
眼が熱くなるのを誤魔化すつもりで被っていた帽子を取った。
それを胸あたりで強く握り締めると瀬野が近寄ってくるのが気配でわかる。
「・・・・・・俺は、お前が男で良かったと思う」
「はぁ?何で・・・・・・」
「だって、お前船に乗せていけるだろ。女だったら乗船出来ない。その意味、解かるか?」
意味、と言われても多少長い時間彼の側に居られる、という利点しか見つけられない。
見かねた瀬野が白手袋をつけた手を自分の胸に当てる動作をした。
「俺は、自分の船が沈む時はその船と命を共にする」
「それは・・・・・・」
船長もしくは艦長の資格を取れたらそれに見合った教育を受けることになる。
達川はそれがどんなものかは知らないが、その決まりごとは有名だった。
「結構、自分の船にずっと乗ってると愛着が湧くもんなんだよな。コイツとなら、一緒に海に消えてもいいかなーって思うように
なるから不思議だ」
なんて事ないように瀬野は笑うが、その決まりごとは彼ら以外の人間には悲壮な最期。
陸の人間が聞いたら多分その精神を鼻で笑うだろうし、その決まりごとがある所為で船長になりたがる人間は少ない。
それ程のことを何てことないようにやり遂げる人間だから瀬野は今の地位に立っている。
そして、彼が命を共にしてもいいと言う船にまで嫉妬を感じる自分は多分もの凄く惨めな人間だ。
月がある空を眺めている瀬野の横顔に、なんだか堪らない気分になってきた。
「その時はお前も一緒に連れて行くから」
だから、いつもの軽い調子で言われた台詞の重さに一瞬気付くことが出来なかった。
「瀬野・・・・・・それは・・・・・・?」
「船が沈む時はお前も一緒に連れてく。初めてその話を教官から聞かされた時から決めてた。本当は、好きな相手には
生きて欲しいーって思うのが正しい恋愛なんだろうけど、俺には無理だな。俺はお前を一緒に連れて行きたいよ」
大好きな船で大好きな海の中に大好きな人と。
ここまでそろった最期なんて、幸せ以外の何物でもない。
「覚悟しておけよ、誠馬。泣いても喚いても俺は離さないからな」
ごめん、優奈。
心の中で今頃彼を探しているだろう自分の妹に謝った。
どうしても、彼の言葉を嬉しいと思って拒否する事が出来ないから。
公私混同も良いところな話なのだけれど、最期くらい自由にさせて貰ってもいいか。
「光栄です、キャプテン」
綺麗だと言われる指先をビシッと伸ばした敬礼を貰い、瀬野も満足げに笑んだ。
「それは公務?」
解っている癖に聞いてくるなんて、本当にタチが悪い相手だ。
「・・・・・・私情だ、馬鹿」
終。
スミマセン、なんか書きたい事だけざららっと書いた気が。
続きをご所望の方はこちらへ・・・・・・
|