見るつもりはなかったけれど見てしまったというか。
会場に克己の姿が無かったから外にでも居るのかと思い、うろうろしていたらうっかり瀬野と達川らしき二人のラブシーンを
目撃してしまった。
慌てて逃げようとしたけれど、茫然としている自分に気が付いた瀬野が達川を抱き締めたままにっこりと笑って彼に気付か
れないように手まで振ってきた。
邪魔してごめんなさい、という意味で両手を合わせたらそんなに気にしていないようで、さっきまで自分に向かって振っていた
手で達川の後頭部を撫でていた。
見ているこっちが恥ずかしい。
怒られはしなかったけれど、さっさとその場から去ることにした。こっちが耐えられない、色々と。
二人ともそれなりの経験をつんでいるだろうから、音を立てないように細心の注意をはらって彼らに背を向ける。
「拓海?」
わずかな音に反応した達川が瀬野を呼ぶ声がし、思わずびくりと体を揺らしてしまう。
気付かれたか?
「んー、何でもないって誠馬。風だ、風」
瀬野のフォローに彼は納得したようで、それ以上何も言わなかった。
逃げるなら今だ。
何で親睦会でこんなにハラハラしないといけないんだろう。
でも、授業で気配の消し方と音を立てない走り方を習っておいて良かった。
ここまでくれば、大丈夫かな。
彼らとの距離を確かめようと振り返った瞬間
「う、わぁ!」
花壇のレンガにつまづいて、綺麗に整えられた茂みに倒れこんでしまった。
バキバキ、と木が折れる嫌な音がする。
「いってぇー・・・・・・」
思い切り突っ込んでしまったらしく、体を起こそうとしてもなかなか思うようにいかない。
誰も居ないところでよかった。こんな間抜けな姿誰にも晒せない。
茂みも壊れてしまったようだし、悪いと思うけれど黙っていれば自分がやったということは気付かれないだろう。
あくどい事を考えつつどうにかバランスを取ろうと地に手をつけたけれど、また木が折れる音がした。
「誰だ」
悪いことは続くようで。
どうやらすぐそこに人が居たらしい。
バランスを取りつつ顔を上げると月をバックにした背の高い男が、こちらを見据えている。
顔には目を隠した白い仮面が彼の素性を誤魔化していた。彼が着ている軍服に似合うようにデザインされているようで、
見た目的にはそれなりに格好いい、と思う、が。
軍服?
一年生が皆着ている礼服とは違い、軍服の面影を残す礼服を着ている彼は生徒会の人間、ということか。
さらに、その軍服の形状を見る限り、陸のもの。
さらに、一度ビデオで観た副会長と言っていた千宮路とは全く違う雰囲気。
まさかと思ったけれど、彼しかつけないという噂の階級章が月の光で金色に輝いた。
「う、碓井・・・・・・生徒会長?」
うざったいと思って親睦会が始まって早々にとった仮面が今切実に欲しかった。
「・・・・・・お前、ウチの生徒か?」
翔の問いには答えず彼はつかつかとこっちに歩み寄ってくる。
ひぃ、殺される!!
理由も根拠もないけれどそう心の中で叫んで逃げようとしたけれど、細かい茂みはなかなか自分を解放してくれない。
「あ、あのごめんなさい!」
「・・・・・・何を謝っているんだ?」
「え?」
てっきり鉛弾をプレゼントされると思っていたが、ただ体を持ち上げられただけだった。
・・・・・・どうやら助けてくれたらしい。
「あ・・・・・・りがとうございます」
地に足がついた時、茫然としつつもとりあえず礼を言うと頭を撫でられた。
何だか子供に接するような態度は、上官が部下に接する態度とは違う気がする。
「お前、名前は?」
「日向、です。日向翔」
「日向翔?お前が?」
驚いたような声から察するに、彼は自分の名前を知っていたらしい。
「あぁ、瀬野が欲しいとか何とか言っていたんだがな、お前を」
「瀬野先輩・・・・・・」
すでに話はしていたのか。
がっくりと肩を落としたけれど、多分その話は白紙に戻されるだろう。さっきの瀬野と達川の様子から判断して。
あの二人、くっついてくれてよかったー。
「その話はお断りしたん・・・・・・ですけど」
でも、さっき自分のこの先を左右出来るこの生徒会長の目の前で思いっきり間抜けな姿を晒してしまっていた。
ここで「ウチの科にお前のような者は必要ない」と言われたらどうしよう。
「断わった?何故」
けれど、彼は意外と言いたげな質問をしてくる。
「上の人間に気に入られた方がこの先やりやすい。抱きぐるみの地位でも手に入れれば、そいつの権力しだいで授業に
出なくても良くなるからな」
「そ、それはちょっと・・・・・・」
ソレが嫌だからお断りしているのだが。
曖昧な笑顔を引き攣らせる翔に彼は首を捻る。
「お前くらいの顔だったらどこかの政治家に囲われていてもおかしくない。なんなら、瀬野が迷惑をかけたようだからその
詫びに誰か紹介してやるか?一生楽に暮らせるぞ」
政治家、と聞いてさっき自分達に絡んできた男の顔を思い出し、反射的に首を横に振っていた。
あんな人間に囲われて堪るか。
「遠慮させて頂きます」
「何だ、軍人になりたいのか?」
「いえ、それも無いです」
すでに軍人として地位を確立させている相手にそう言うのはどうだったかな、と言ってしまってから思ったが、彼の空気は
変わりなく穏やかだった。
「・・・・・・そうだな、お前みたいな人間に血の臭いは似合わないな」
それどころか、意外な一言。
「瀬野が一年にちょっかいを出したくなる気持ちも解かる。汚い人間は綺麗な人間に憧れる、というところか」
疲れが見える言葉に、そういえばビデオでは遠征に言っていると千宮路が説明していたことを思い出す。
この親睦会の為にわざわざ遠征先から戻ってきたのだろう。
・・・・・・意外と律儀な人だ。
「意外か?」
「え?」
「生徒会長であるこの俺が、そんな事を言うなんて、という顔だ」
白手袋をはめた指で顔を指され、反射的に顔に手をやっていた。その仕草が彼を笑いに誘ったらしい。
声をたてて笑うということはないが、見える口元が上がっている。
「意外というか、意外・・・・・・でしたけど、安心しました」
「安心?」
「優しい人なのかなーって・・・・・・」
思ったことを素直に言ってしまったら、碓井が笑みを消した。
「軍人としては欲しくない言葉だな」
「ご、ゴメンなさい!」
「いや。それが嬉しいと思うから俺もまだまだかもしれないな」
再び笑みを作る彼に心底ほっとする。彼の一挙一動が心臓に悪くて仕方が無い。
瀬野もだったけれど、上官を相手にするのは本当に行動が制限されて疲れる。
それ以上に相手も疲れているのも雰囲気で感じていた。
「疲れているみたいですね」
コレくらいの話題なら殺される事は無いだろう。
少しビクビクしながら聞いたが、やはり相手は普通に答えてくれた。
「ああ・・・・・・遠征続きで。帰ってきたら帰って来たで仕事に迎えられるしな。好きでもない婚約者の相手をさせられて
今はいつのも倍疲れている」
「ちゃんと寝れていないんじゃ・・・・・・あ、遠也・・・・・・俺の友達が言っていたんですけど、眠れない時はホットミルク飲む
と良いらしいですよ。えーと、はちみつ入れると効果倍増だって。コーヒーばっかりじゃ体に悪いですし、今夜にでも試して
・・・・・・って何笑っているんですか!?」
こっちが必死に豆知識を思い出しているというのに、相手は何故か笑いを堪えている様子。
そりゃあ、生徒会長にミルクなんて勧める人間はそうそう居ないだろうけれど、そこまで笑わなくてもいいじゃないか。
指摘されてもまだ収まらないらしく、彼は口元を押さえていた。
「悪い。アルコールを勧められた事はあったが、まさか・・・・・・」
「アルコールって・・・・・・会長まだ未成年でしょうが」
「あぁ、そんなことを言われたのも初めてだ。日向は真面目だな」
「からかわないで下さい」
「褒めているんだ。瀬野に、渡さなくて良かった」
「ちょ・・・・・・!」
囁かれた耳に彼の吐息が触れ、その生々しい感触に非難の声を上げた。けれど相手はそれさえも面白そうに見ている。眼が
見えないから予想だけれど。
不意に鼻を掠めた香りはどこかで嗅いだ事のある香り。
煙草の香りだ。
淡く香ってくる程度なら格好良いと白い仮面を間近に見ながら思う。
す、と頬を白手袋をつけた手が撫で、それが少しくすぐったくて肩を竦めながら目を閉じてしまった。
今度は唇をその指が撫で、体温を感じられない布の感触に戸惑うしかない。
「あ、あの、碓井会長?」
仮面のおかげで彼の視線を追えない上、初めて会った人間だから何をされるのか予測がつかない。そんな不安に揺れる翔の
眼に彼は身をかがめる。
「何なら、俺がお前を囲うか?」
「へ・・・・・・」
驚く翔の顎を軽く掴み、上げる。何の覚悟もしていなかった翔は彼の思うがままにされてしまった。
そして
「あ、碓井だ。お前、久し振りだな」
彼が目的を達する寸前で邪魔者が入った。
それに碓井は舌打ちをしつつも何事も無かったかのように彼を振り返る。
「瀬野か」
そこではさっきまで自分の恋人とイチャついていた彼が笑顔で手を振っていた。
「何してんのー?ってか日向ちゃんじゃん」
今気が付いたように彼は声を上げるが、この様子だと知っていて声をかけたな、と碓井は見抜く。
知っていて邪魔をしてきたのか。
「どしたの、日向ちゃん。この狼みたいなお兄さんになんかされた?」
放心状態だった翔は瀬野に声をかけられてようやく我に返ることが出来た。
我に返って、さっきの状況を思い出し無意識のうちに自分の口を手で覆う。
キスをされそうになった、と自覚した瞬間に顔が熱くなった。
「あ、あの・・・・・・っ俺、失礼します!」
自分が悪いわけじゃないとは思うが、いたたまれなくなり翔はその場から逃げ出した。
元陸上部の足は伊達ではなく、転ぶ事も無く翔の姿はすぐに見えなくなる。
「おー。日向ちゃん足はやーい」
「何故、邪魔をした?」
特に怒るわけでもない声色に瀬野は肩を竦めて見せた。
「あーいう子、からかっちゃダメだよ」
「お前に言われたくないな」
「それに、ケイタ君に手ぇ出しただろ」
「達川には手を出していない」
「・・・・・・誠馬に手ぇ出したら殺すぞ」
「殺せるものなら殺してみろ」
「変わんないねー、碓井。相変わらずムカつくわー」
「ピヨコがピーピーうるさいのも相変わらずだ」
「ピヨコっつーな!大体な、発想が単純なんだよ!俺の頭が黄色いからってピヨコはないだろ!」
普段は滅多に怒らないという噂の瀬野が声を張り上げている。
海の生徒が見たら驚きの衝撃シーンなのだろうが、碓井から見たらいつもの事だ。
碓井の冷笑に彼の頭も冷めたらしく、指を指して怒るのを止めて咳払いをした。
「それに、今日は俺機嫌良いんでね。お子ちゃまカップルに手を貸してあげたくなったのさ」
「お子ちゃまカップル?」
「翔、お前どこ行っていたんだ」
「っつみ!」
会場の入り口で克己の無事な姿を発見できて色々な意味でほっとする。
だから思わず彼に抱きついていた。
人前で抱きつかれたのは初めてで、流石の彼も驚きを隠せない様子。
「翔?何かされたか、瀬野に」
「瀬野先輩には何もされてない・・・・・・」
ぎぅぅぅとさらに腕に力を入れて抱きついていたら頭を撫でられた。
ようやく現実に戻ってきたような気がしてほっとする。
一体、何だったのだろう。
夢だったのではないかと密かに思いつつも、腕や胸についているあの茂みの小さな葉っぱを見てあれは現実だったのだと思い知る。
結局、彼の素顔は見ないままだったが、もう二度ときっと二人きりで会うようなことは無いだろうし。
っていうか絶対ありませんように。
瀬野が来なかったら絶対に触れていただろう唇をこすりながらそう願った。
「・・・・・・そういや、あのオジサンどうしたんだ?克己・・・・・・って何で眼ぇそらす!」
終。
どーんと5.軍服8.敬礼27.奴隷11.シーソーゲーム22.すべてが夢のように
いや、長かったんで多めに見てください・・・・・・orz
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